婚約破棄、歓迎~自称聖女を返品不可で引き取って~

萩月

文字の大きさ
19 / 28

19

しおりを挟む
「では、勝負開始ですわ」

私の合図とともに、地獄の「お仕事対決」が幕を開けた。

場所は執務室。
審査員は、すでに疲労困憊の顔をしているオルグレン様。
そして、観客(野次馬)として、窓の外からポチが心配そうに覗き込んでいる。

「先攻、ミナ様。どうぞ」

私が優雅に手を差し出すと、ミナは腕まくりをして立ち上がった。

「任せてください! 私、こう見えても片付けには自信があるんですぅ!」

ミナは自信満々に、オルグレン様のデスク周りに積まれた書類の山へと突撃した。

「うわぁ、汚い字! それに紙もボロボロ! こんなの、オルグレン様が見るに値しません!」

「おい、待て。それは重要な……」

オルグレン様が止めようとするが、ミナの暴走は止まらない。

「えいっ! これはポイ! これもポイ! あ、この紙は裏が白いから、お絵かきに使えますね! 再利用~!」

ミナは軽快なリズムに乗せて、書類を次々と「ゴミ箱」と「お絵かき用」に分別していく。

「そしてぇ、残った書類は……はいっ! 色別に並べ替えましたぁ!」

「……色別?」

「はい! 赤い紙、青い紙、黄色い紙! 虹色みたいで綺麗ですよねぇ! これで仕事も楽しくなりますよ!」

ミナは満面の笑みで、グラデーション状に並べられた(中身の関連性は無視された)書類の束を指し示した。

「……できたぁ! どうですかオルグレン様! 綺麗になったでしょう!」

「…………」

オルグレン様は、震える手で一枚の「ゴミ箱行き」にされた紙を拾い上げた。

「……これは、隣国との不可侵条約の原本だ」

「へ?」

「そして、お前が『裏が白い』と言ってミナの似顔絵を描こうとしたこれは……王都への緊急支援要請書だ」

「あ、それ書き損じちゃったんですぅ。テヘッ」

「……テヘッ、ではない」

オルグレン様のこめかみに、青筋がピキリと浮かんだ。

「貴様……俺に、隣国と戦争をさせたいのか? それとも、王都を見捨てて独立国家を作れと?」

「えーっ、そんな難しいこと分かりませんよぉ! 私はただ、綺麗にしようと……」

「ミナは頑張ったじゃないか!」

ここで、黙っていればいいのにギルバート殿下が口を挟んだ。

「彼女は君のために、必死で環境を整えようとしたんだ! 結果が少し裏目に出たからといって、その『健気な心』を踏みにじるのか!?」

「そうだそうだー! オルグレン様のいじわるー!」

このバカップルの言葉を聞いた瞬間。

私の中で、何かが「プツン」と音を立てて切れた。

「……代わりなさい」

私は低く、冷たい声で告げた。

「え? あ、はい。次は悪役令嬢の番……」

「どけと言っているのです!!」

ドンッ!!

私はミナを体当たりで弾き飛ばし、デスクの前に立った。

「……あーあ。お嬢様、久しぶりに『スイッチ』が入っちゃいましたね」

後ろでマリーが「南無」と手を合わせているのが見える。

私は深呼吸を一つすると、高速で手を動かし始めた。

「まず、この色分けされた虹色のゴミ山を解体! 条約書は最優先フォルダへ! 支援要請書は書き直して即時発送! ゴミ箱の中身を救出、これは三年前の重要判例! 全部元通り! いや、元より効率的な配置へ再構築!」

バババババッ!!

私の手は残像が見えるほどの速度で動き、わずか三分でデスクの上は完璧に整頓された。

「……終わりました。閣下、確認を」

「は、早っ……!?」

オルグレン様が目を白黒させながら書類を見る。

「……完璧だ。時系列、優先度、関連案件……すべてが紐付いている」

「当然です」

私は乱れた前髪を払い、振り返った。
そこには、ポカンと口を開けているギルバート殿下とミナがいた。

「さあ、ここからは私のターンですわ」

私は扇子をパチンと鳴らし、二人を見下ろした。
深呼吸。
酸素をたっぷりと吸い込む。

そして、マシンガンの引き金を引いた。

「いいですか、お二人とも。よくお聞きなさい」

「ひっ」

「先ほど殿下は仰いましたわね? 『健気な心』? 『頑張った』? それがどうしたと言うのです?」

私は一歩踏み出した。二人は一歩下がる。

「仕事において、結果の伴わない努力など、ただの『自己満足』です! いいえ、マイナスの結果を生む努力は『妨害工作』と呼びます! ミナ様、貴女がやったことは片付けではありません、国家反逆罪レベルの破壊活動です!」

「だ、だってぇ……私、良かれと思って……」

「その『良かれと思って』が一番タチが悪いのです! 無能な働き者は、敵より恐ろしいという言葉をご存じない!? 貴女が虹色に並べ替えたせいで、緊急度の高い書類が埋もれ、対応が遅れたらどうするつもりでしたの? 『テヘッ』で死んだ兵士が生き返るとでも!?」

私の言葉は止まらない。
十年間、王宮で溜め込んできた鬱憤が、今ここで爆発していた。

「それに殿下! 貴方様もです! 『彼女は頑張った』? だから許せと? 甘えるな! ここは幼稚園のお遊戯会ではありません! 政治と軍事の中枢です!」

「ぐっ……し、しかし、愛があれば……」

「愛で書類が片付きますか!? 愛で外交問題が解決しますか!? 貴方様が『愛だの恋だの』と夢を見ている間に、誰がその尻拭いをしていると思っているのです! 私が! 私たちが! 睡眠時間を削って数字を合わせ、頭を下げて回っているから、貴方様はその綺麗なお花畑のような脳みそのままで生きていられるのです!」

「お、お花畑……!?」

「ええ、満開ですわね! 春爛漫ですわ! 少しは枯らして現実を見なさい!」

私はさらに一歩踏み込み、ギルバート殿下の鼻先まで顔を近づけた。

「いいですか? オルグレン閣下は、貴方様とは違います。自ら前線に立ち、魔獣と戦い、領民を守り、その泥だらけの手で書類と格闘しているのです。それを……『熊みたい』だの『野蛮』だの、よくもまあヌケヌケと侮辱できましたわね!?」

「そ、それは……」

「閣下の爪の垢を煎じてお飲みなさい! いえ、飲んでも無駄ですわね、成分が高潔すぎて貴方様の体には毒でしょうから!」

私は最後に、ミナに向き直った。

「ミナ様。貴女は『可愛い』を武器に生きてこられたようですが、ここでは通用しません。この北の地で必要なのは、『生きる力』と『知恵』です。計算もできず、常識もなく、ただニコニコして男にぶら下がるだけの人間は……」

私はニッコリと、今日一番の「悪役令嬢スマイル」を浮かべた。

「ポチの餌にすらなりませんわ。栄養価が低すぎますもの」

「ひぃぃぃぃっ!! ごめんなさいぃぃぃ!!」

ミナが泣き崩れた。
ギルバート殿下も、蒼白な顔で震えている。

「ぜ、ぜぇ……はぁ……」

私は息を吐ききり、肩で息をした。
久しぶりに大声を出したので、少し酸欠気味だ。

執務室に、完全な静寂が訪れた。
文官たちも、マリーも、そして窓の外のポチも、全員が直立不動で私を見つめている。

「……す、すごい」

オルグレン様が、呆然と呟いた。

「……ブレス(息継ぎ)なしで、あそこまで……。まるでドラゴンの咆哮だ」

「お褒めにあずかり光栄です(褒めてませんよね?)」

私は乱れたドレスを直し、冷静さを取り戻した。

「さて。勝負の結果は明白かと思いますが?」

「……ああ。ミナの負けだ。完敗だ」

オルグレン様は即決した。
むしろ「ミナの勝利」と判定したら、次に説教されるのは自分だと悟った顔だった。

「いやぁぁぁ! 負けたぁぁぁ! 玉の輿がぁぁぁ!」

ミナが床を叩いて悔しがる。

「約束通り、罰ゲームを受けていただきます」

私は冷酷に宣告した。

「マリー、掃除用具を持ってきて。デッキブラシと雑巾、それから一番臭いのを取る洗剤を」

「はい、お嬢様!」

マリーが嬉々として走っていく。

「ギルバート殿下、ミナ様。これより春まで、この城の『衛生管理担当(トイレ掃除係)』および『除雪部隊(雪かき係)』に任命します」

「そ、そんな……僕は王太子だぞ……!」

「ここでは『無職の居候』です。働かざる者食うべからず。……嫌なら、今すぐあの吹雪の中へ帰りますか?」

私は窓の外を指差した。
猛吹雪がビュービューと吹き荒れている。

「……やります」
「……やらせていただきますぅ」

二人はガックリと項垂れた。

「よろしい。業務開始!」

私が手を叩くと、屈強な兵士たちが現れ、二人を連行していった。
廊下の奥から「トイレってどうやって洗うのぉぉ!」「僕の手が荒れるぅぅ!」という悲鳴が聞こえてくるが、知ったことではない。

「……ふぅ」

私は椅子に座り込んだ。
どっと疲れが出た。

「……ダーリ」

オルグレン様がおずおずと近づいてきた。
そして、そっと温かい紅茶を差し出してくれた。

「……喉、枯れただろう」

「……ありがとうございます」

紅茶を受け取ると、ハチミツがたっぷり入っていた。
甘い。
怒りで沸騰した頭に、糖分が染み渡る。

「……怖かったか?」

「いや」

オルグレン様は首を横に振った。
そして、少しだけ恥ずかしそうに、でも真っ直ぐに私を見た。

「……正直、惚れ直した」

「……はい?」

「俺のために、あそこまで怒ってくれたこと。……嬉しかった」

彼は不器用な手つきで、私の頭をポンポンと撫でた。
その手は大きくて、やっぱり少し力が強かったけれど。

「……ありがとう、ダーリ」

「……どういたしまして」

私は紅茶のカップで顔を隠した。
耳が熱いのは、きっと説教で興奮したせいだ。
絶対に、この天然タラシな熊男のせいではない。

こうして、「聖女VS悪役令嬢」の戦いは、私の圧勝で幕を閉じた。
そして、北の城に新たな「トイレ掃除のプロ(予定)」が二名、誕生したのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

貴方のことなんて愛していませんよ?~ハーレム要員だと思われていた私は、ただのビジネスライクな婚約者でした~

キョウキョウ
恋愛
妹、幼馴染、同級生など数多くの令嬢たちと愛し合っているランベルト王子は、私の婚約者だった。 ある日、ランベルト王子から婚約者の立場をとある令嬢に譲ってくれとお願いされた。 その令嬢とは、新しく増えた愛人のことである。 婚約破棄の手続きを進めて、私はランベルト王子の婚約者ではなくなった。 婚約者じゃなくなったので、これからは他人として振る舞います。 だから今後も、私のことを愛人の1人として扱ったり、頼ったりするのは止めて下さい。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

処理中です...