婚約破棄、歓迎~自称聖女を返品不可で引き取って~

萩月

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「冬の城」の大広間は、かつてないほどの熱気と幸福感に包まれていた。

外は相変わらずの猛吹雪だが、そんなことは関係ない。
城内は私の導入した全館床暖房システムと、参列者たちの熱気で、常夏のように暖かいのだから。

「……綺麗だ、ダーリ」

祭壇の前。
正装したオルグレン様が、眩しいものを見るように目を細めた。

今日の私は、純白のウェディングドレスに身を包んでいる。
ただし、王都でよくある「フリフリの綿菓子」のようなドレスではない。
身体のラインを美しく見せるマーメイドラインに、北の雪の結晶を模した銀の刺繍を施した、クールでエレガントな「大人のドレス」だ。

「閣下こそ。……今日ばかりは『野獣』ではなく『王子様』に見えますわ」

「……よせ。柄じゃない」

オルグレン様は照れて顔を背けたが、その耳は真っ赤だ。
白の礼服に、アークライト家特注の青いマント。
銀髪は完璧にセットされ、その立ち姿は神々しいほど美しい。

参列席からは、ため息のような歓声が聞こえる。
最前列では、お父様がハンカチを噛んで号泣していた。

「うぅ……ダーリが……あんなに立派になって……! もう王太子の尻拭いをしなくていいんだな……! よかったなぁ……!」

「……お父様、声が大きいですわ」

私は苦笑しつつ、祭壇に向き直った。

神父様(普段は筋肉隆々の司祭)が、厳かに告げる。

「汝、オルグレン・フェル・ヴォルフは、この女を妻とし、健やかなる時も、病める時も、計算が合わない時も、これを愛し、守り抜くことを誓いますか?」

「……誓う」

オルグレン様は力強く即答した。

「汝、ダーリ・アークライトは、この男を夫とし、富める時も、貧しき時も(まあ貧しくさせませんが)、壁を壊した時も、これを愛し、導くことを誓いますか?」

「……はい、誓います(修理費は請求しますが)」

「では、指輪の交換を」

神父様の合図で、バージンロードの向こうから、モフモフした影が走ってきた。
リングボーイの大役を任された、子グマのポチだ。
首には蝶ネクタイ、背中にはリングピローを背負っている。

「ガウッ!」

ポチは一直線にオルグレン様の足元へ突進し、じゃれついた。

「よしよし、いい子だポチ」

オルグレン様はポチの頭を撫で、背中のクッションから指輪を取り出した。
そして、震える手で私の左手を取る。

「……入るか?」

「大丈夫です。サイズは完璧に測りましたから」

冷たくて硬い金属の輪が、私の薬指に収まる。
それは、どんな宝石よりも輝いて見えた。

続いて私が、彼のごつごつした大きな指に指輪をはめる。

「……よし。契約完了だ」

オルグレン様がホッとしたように息を吐いた。

「では、誓いのキスを」

その言葉と共に、オルグレン様がベールを上げた。
至近距離で見つめ合う、青い瞳。
そこには、私だけが映っている。

「……ダーリ」

「……はい、あなた」

彼がそっと唇を重ねた。
触れるだけの、優しい口づけ。
でも、そこには言葉にできないほどの愛おしさと、これからの未来への約束が込められていた。

会場中から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
お父様が「おめでとうぉぉぉ!」と絶叫し、マリーが泣き崩れ、兵士たちが帽子を投げて歓声を上げる。

私たちは顔を見合わせ、照れくさそうに笑い合った。

***

披露宴の最中。
マリーが一通の手紙を持って駆け寄ってきた。

「お嬢様……いえ、奥様! 王都から報告書が届きました!」

「あら、あの二人について?」

私はグラスを片手に、封を開けた。
そこには、元婚約者たちの「その後」が記されていた。

『元王太子ギルバート:廃嫡処分が決定。現在は王都から遠く離れた修道院にて、便器磨きの修行中。「なぜだ! 僕は王になる男だ!」と叫びながらトイレブラシを振るう姿が目撃されている』

『元男爵令嬢ミナ:聖女の称号を剥奪され、礼儀作法を叩き込むための厳格な寄宿学校へ強制入学。「おやつがないと勉強できません!」とハンガーストライキを試みるも、三時間で挫折』

「……ふふっ」

私は手紙をパタンと閉じた。

「自業自得、という言葉がこれほど似合う結末もありませんわね」

「……同情の余地もないな」

隣で肉料理を豪快に食べていたオルグレン様が、肩をすくめた。

「まあ、彼らのおかげで私はここに来れたのですから、感謝状くらいは送ってあげてもいいかもしれませんわ。『トイレ掃除頑張ってね』と添えて」

「……性格が悪いぞ、ダーリ」

「あら、ご存じなかったんですか? 私は『悪役令嬢』ですもの」

私はニヤリと笑った。
そう、私は清廉潔白なヒロインではない。
計算高くて、強欲で、自分の幸せのためなら手段を選ばない女だ。

「……だが」

オルグレン様はワイングラスを置き、私の腰を引き寄せた。

「俺は、そんなお前が好きだ」

「……!」

「計算高いところも、意地っ張りなところも、俺をうまく操縦するところも。……全部ひっくるめて、俺の自慢の妻だ」

彼は私の髪にキスを落とした。

「……一生、俺の隣で笑っていてくれ」

「……もう、調子が狂いますわ」

私は赤くなった顔を隠すように、彼の胸に顔を埋めた。
心臓の音が聞こえる。
力強く、温かいリズム。

(ああ、幸せだわ)

王宮での十年間、私はずっと「誰かのため」に生きてきた。
笑う時も、怒る時も、常に仮面を被っていた。
でも今は、心の底から笑える。
この不器用で愛すべき旦那様と、騒がしい仲間たちに囲まれて。

私は顔を上げ、オルグレン様の目を見つめた。
そして、世界一のドヤ顔を作った。

「もちろんですわ、あなた。覚悟してくださいね? これからは領地経営も、子育ても、老後の計画まで、私の完璧なシナリオ通りに進めていきますから!」

「……お手柔らかに頼む」

「無理ですわ。スパルタで行きます!」

私はグラスを高々と掲げた。
窓の外、雪雲が切れて、美しいオーロラが広がっているのが見えた。

私の第二の人生。
それは、最高にエキサイティングで、甘くて、温かい日々の始まりだ。

さあ、宴はこれから。
私はドレスの裾を翻し、愛する旦那様の腕にぶら下がった。

そして、高らかに笑い声を上げた。

「オーッホッホッホッ!! 見事ですわ! 最高の優良物件(旦那様)、ゲットォォォォォ!!」

北の空に響き渡る悪役令嬢の高笑いは、いつまでも、いつまでも幸せに続いていったのだった。
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