4 / 28
4
しおりを挟む
辺境伯邸のエントランスホールは、外観に違わず広大だった。
高い天井、磨き上げられた(ように一見見える)床、そして壁に飾られた歴代当主の肖像画。
ズラリと並んだ使用人たちは、私の一挙手一投足に怯え、まるで処刑台に引かれた囚人のように青ざめている。
「……」
私は無言で、ホールの中央に敷かれた赤い絨毯の上を歩いた。
コツ、コツ、とヒールの音が響くたびに、メイドたちが「ひっ」と肩をすくめる。
「(どうしよう、目が合っただけで石にされそう……)」
「(王都では、気に入らないメイドを冬の池に突き落としたって噂だよ……)」
ひそひそ話が聞こえてくるが、訂正するのも時間の無駄だ。
私はある一点で足を止めた。
飾られている年代物の甲冑(かっちゅう)の前だ。
「……執事」
「は、はいっ! 執事長のハンスでございます!」
白髪の上品な老紳士が、直立不動で返事をする。その額には冷や汗が滲んでいた。
「この甲冑の関節部分、錆(さび)が浮いていますわね」
「へ……?」
ハンスは呆気にとられた顔をした。
「え、あ、はい。古いものですので、どうしても湿気で……」
「『古いから』は理由になりません。錆は金属の癌(がん)です。放置すれば腐食が進み、修復不可能な状態になります。そうなってから買い換えるのと、今すぐ研磨剤と防錆油(ぼうせいゆ)で手入れをするのと、どちらがコスト安か計算できますか?」
私は扇子で甲冑の腕部分をコンコンと叩いた。
「この甲冑は芸術的価値の高い美術品です。資産価値を損なう行為は、職務怠慢(ネグレクト)と見なしますよ」
「は、はいぃっ! 申し訳ございません! すぐに手入れさせます!」
ハンスが深々と頭を下げる。
周囲のメイドたちも、私の剣幕に震え上がっていた。
「(ひぃぃ、細かい! やっぱり噂通りのおっかない人だ!)」
「(錆ひとつで詰められるなんて……これじゃあ私の雑な窓拭きなんて即・死刑だわ!)」
恐怖のベクトルが少しズレている気がするが、結果として掃除が徹底されるなら問題ない。
「それから」
私はくるりと振り返り、ホールの照明を見上げた。
「魔導ランプの光量が不均一です。左奥の二つ、魔石の交換時期が過ぎているのでは? 光量が落ちると作業効率が下がり、ミスを誘発します。在庫管理表はどうなっていますか?」
「そ、それは……その……」
「在庫切れ、ですか?」
私の問いに、ハンスが気まずそうに目を逸らす。
「じ、実は……予算が厳しく、来月まで購入を控えておりまして……」
「暗い部屋で作業をして、高価な食器を割ったり怪我をしたりするリスクコストを考えれば、魔石代など微々たるものです。今すぐ購入手配を。……ああ、正規ルートだと高いですね。私が知っている卸業者を紹介しますから、そちらを通してください。二割は安くなります」
「……は?」
ハンスがポカンと口を開けた。
「に、二割も……ですか?」
「ええ。大量発注を条件に、掛け率を交渉してありますので。……ちょっと、メモを取ってください。口頭での指示は『言った言わない』のトラブルの元です」
「あ、はいっ! ただいま!」
ハンスが慌てて懐から手帳を取り出し、必死にメモを取り始める。
その後も、私は屋敷の中を歩き回りながら、次々と指摘を飛ばした。
「カーテンの裾がほつれています。洗濯の際にネットを使っていないのでは? 修繕費がかさみます」
「この花瓶の位置、動線上にあり危険です。ぶつかって割る確率が統計的に高い配置です。五センチ右へ」
「暖炉の薪(まき)、乾燥が不十分です。燃焼効率が悪く、煙突に煤(すす)が溜まりやすくなります。定期的な煙突掃除のコストが増えますよ」
私の口から飛び出すのは、いじめの言葉でも人格否定でもない。
純粋なる「業務改善命令」の嵐だ。
最初は怯えていた使用人たちも、次第にその表情が変わっていく。
「(……あれ? なんか怒ってる内容が、全部もっともだぞ?)」
「(私の髪型とかドレスの趣味とかじゃなくて、純粋に仕事の話しかしてない……)」
「(しかも、安く買える業者を教えてくれたり、効率の良いやり方を指示してくれてる……?)」
戸惑いと、ほんの少しの尊敬(?)が入り混じった複雑な空気が流れる中、背後からパン、パン、と乾いた拍手の音が聞こえた。
「見事だ」
クラウス様が、楽しそうに笑っている。
「到着して十分足らずで、我が家の積年の課題を十個も見つけ出すとは。やはり君を連れてきて正解だった」
「お褒めにあずかり光栄ですが、問題は山積みです。閣下、これまでの領地経営がいかに『どんぶり勘定』だったか、自覚していただきたいですね」
私はキッと彼を睨んだ。
しかし、クラウス様は全く堪えた様子もなく、むしろ嬉しそうに目を細める。
「ああ、耳が痛い。だが、これからは君がいる。頼もしい限りだ」
「口で言うのは簡単です。……ハンス、先ほど頼んだ帳簿類はまだですか? 夕食前にある程度の収支傾向を把握しておきたいのですが」
私が再び執事を急かすと、クラウス様がすっと私の前に立ちふさがった。
「エマール。仕事熱心なのはいいが、今日はもう休め」
「はい? 何を仰いますか。鉄は熱いうちに打て、赤字は早いうちに潰せ、です。移動の疲れなどありません」
「君の顔色は真っ白だ。それに、馬車の中で興奮して喋りっぱなしだっただろう」
「それは閣下が煽るから……きゃっ!?」
不意に、視界がぐるりと反転した。
気づけば、私の体は宙に浮いていた。
いや、違う。
クラウス様に、横抱きにされていたのだ。
いわゆる、お姫様抱っこである。
「な、ななな、何をっ!?」
冷静沈着な私も、これには声を裏返さずにはいられなかった。
使用人たちが「きゃああっ!」と黄色い悲鳴を上げ、ハンスが「お熱いことで……」と目を伏せる。
「下ろしてください! 就業規則違反です! セクシャルハラスメントで訴えますよ!」
「夫婦間のスキンシップだ。訴えは却下する」
クラウス様は平然と言い放ち、私を抱えたまま階段を上がり始めた。
「ちょ、閣下! 重いですわ! 私の体重とドレスの重量で、貴方の腰椎にかかる負荷を計算してください!」
「軽いものだ。羽根のようだよ。……ちゃんと食べているのか? これから食事管理も私の仕事だな」
「論点をずらさないでください!」
私の抗議も虚しく、クラウス様はスタスタと廊下を進んでいく。
その胸板は厚く、腕は鋼のように硬い。
至近距離で見上げる彼の顔は、悔しいほどに整っていて、アイスブルーの瞳が優しく私を見下ろしている。
(……近い。心拍数が、また……)
数字以外のイレギュラーな事態に、私の脳内コンピューターがエラーを吐きそうになる。
「ここは君の部屋だ」
クラウス様が足で器用に扉を開け、私を豪奢な天蓋付きベッドの上に下ろした。
ふかふかのマットレスに沈み込む。
「夕食まで、少し眠れ。これは『業務命令』だ」
「……業務命令、ですか?」
「ああ。雇用主(夫)としての命令だ。最高のパフォーマンスを発揮するためには、休息も必要経費だろう?」
私の得意な理屈を返され、私はぐぬぬと言葉に詰まった。
「……分かりました。休息もタスクの一環と認識します」
「よろしい」
クラウス様は満足げに頷くと、私の額に落ちた前髪をそっと指で払った。
その指先が触れた場所が、カッと熱くなる。
「夕食の時にまた来る。……逃げるなよ、私の『最強の経理担当』」
甘い声でそう囁き、彼は部屋を出て行った。
パタン、と扉が閉まる。
広い部屋に一人残された私は、真っ赤になった顔を両手で覆い、枕に顔を埋めた。
「……計算外だわ」
心拍数の乱れが収まらない。
このままでは、精神的な消耗によるカロリー消費で、夕食前に倒れてしまいそうだ。
(……まずは呼吸を整えて、心拍数を正常値に戻す。それから、この部屋の調度品の資産価値を目視で鑑定して、気を紛らわせるのよ、エマール!)
私は必死に、天井のシャンデリアのクリスタルの数を数え始めた。
だが、その数が百を超えたあたりで、控えめなノックの音が響いた。
「し、失礼いたします……」
おずおずと入ってきたのは、震える小動物のような、茶髪の若いメイドだった。
「だ、旦那様より、エマール様の専属メイドを仰せつかりました、ロッテと申しますぅ……」
彼女は涙目で、お盆に乗せた水差しを持っている。
その手はカタカタと震え、水がチャプチャプと波打っていた。
(ああ、また「悪役令嬢」に怯える犠牲者が一人……)
私はベッドから身を起こし、ため息交じりに彼女を見た。
「ロッテ、と言いましたね」
「は、はいぃっ! い、命だけは助けてくださいぃ!」
「取りませんよ、そんなもの。……それより、貴女」
私は彼女のメイド服の胸元を指差した。
「第二ボタンが緩んでいます。配膳の最中にボタンが外れてスープに混入したら、大問題になりますよ。今すぐ付け直しなさい」
「え……?」
ロッテはきょとんとして、自分の胸元を見た。
確かに、糸がほつれてボタンがブラブラしている。
「あ、あの……怒らないんですか? 私の顔が地味だとか、空気が読めないとか……」
「そんな主観的なことで怒る暇はありません。私が怒るのは『非効率』と『損失』に対してだけです」
私はベッドサイドにあったソーイングセット(常備品だ)を彼女に投げ渡した。
「ほら、五分で直しなさい。その間に、この屋敷の組織図と給与体系についてヒアリングを行います」
「は、はいっ! 喜んで!」
ロッテは涙を拭い、なぜか嬉しそうに針に糸を通し始めた。
こうして私は、休息時間すらも情報収集に充てることになったのだった。
高い天井、磨き上げられた(ように一見見える)床、そして壁に飾られた歴代当主の肖像画。
ズラリと並んだ使用人たちは、私の一挙手一投足に怯え、まるで処刑台に引かれた囚人のように青ざめている。
「……」
私は無言で、ホールの中央に敷かれた赤い絨毯の上を歩いた。
コツ、コツ、とヒールの音が響くたびに、メイドたちが「ひっ」と肩をすくめる。
「(どうしよう、目が合っただけで石にされそう……)」
「(王都では、気に入らないメイドを冬の池に突き落としたって噂だよ……)」
ひそひそ話が聞こえてくるが、訂正するのも時間の無駄だ。
私はある一点で足を止めた。
飾られている年代物の甲冑(かっちゅう)の前だ。
「……執事」
「は、はいっ! 執事長のハンスでございます!」
白髪の上品な老紳士が、直立不動で返事をする。その額には冷や汗が滲んでいた。
「この甲冑の関節部分、錆(さび)が浮いていますわね」
「へ……?」
ハンスは呆気にとられた顔をした。
「え、あ、はい。古いものですので、どうしても湿気で……」
「『古いから』は理由になりません。錆は金属の癌(がん)です。放置すれば腐食が進み、修復不可能な状態になります。そうなってから買い換えるのと、今すぐ研磨剤と防錆油(ぼうせいゆ)で手入れをするのと、どちらがコスト安か計算できますか?」
私は扇子で甲冑の腕部分をコンコンと叩いた。
「この甲冑は芸術的価値の高い美術品です。資産価値を損なう行為は、職務怠慢(ネグレクト)と見なしますよ」
「は、はいぃっ! 申し訳ございません! すぐに手入れさせます!」
ハンスが深々と頭を下げる。
周囲のメイドたちも、私の剣幕に震え上がっていた。
「(ひぃぃ、細かい! やっぱり噂通りのおっかない人だ!)」
「(錆ひとつで詰められるなんて……これじゃあ私の雑な窓拭きなんて即・死刑だわ!)」
恐怖のベクトルが少しズレている気がするが、結果として掃除が徹底されるなら問題ない。
「それから」
私はくるりと振り返り、ホールの照明を見上げた。
「魔導ランプの光量が不均一です。左奥の二つ、魔石の交換時期が過ぎているのでは? 光量が落ちると作業効率が下がり、ミスを誘発します。在庫管理表はどうなっていますか?」
「そ、それは……その……」
「在庫切れ、ですか?」
私の問いに、ハンスが気まずそうに目を逸らす。
「じ、実は……予算が厳しく、来月まで購入を控えておりまして……」
「暗い部屋で作業をして、高価な食器を割ったり怪我をしたりするリスクコストを考えれば、魔石代など微々たるものです。今すぐ購入手配を。……ああ、正規ルートだと高いですね。私が知っている卸業者を紹介しますから、そちらを通してください。二割は安くなります」
「……は?」
ハンスがポカンと口を開けた。
「に、二割も……ですか?」
「ええ。大量発注を条件に、掛け率を交渉してありますので。……ちょっと、メモを取ってください。口頭での指示は『言った言わない』のトラブルの元です」
「あ、はいっ! ただいま!」
ハンスが慌てて懐から手帳を取り出し、必死にメモを取り始める。
その後も、私は屋敷の中を歩き回りながら、次々と指摘を飛ばした。
「カーテンの裾がほつれています。洗濯の際にネットを使っていないのでは? 修繕費がかさみます」
「この花瓶の位置、動線上にあり危険です。ぶつかって割る確率が統計的に高い配置です。五センチ右へ」
「暖炉の薪(まき)、乾燥が不十分です。燃焼効率が悪く、煙突に煤(すす)が溜まりやすくなります。定期的な煙突掃除のコストが増えますよ」
私の口から飛び出すのは、いじめの言葉でも人格否定でもない。
純粋なる「業務改善命令」の嵐だ。
最初は怯えていた使用人たちも、次第にその表情が変わっていく。
「(……あれ? なんか怒ってる内容が、全部もっともだぞ?)」
「(私の髪型とかドレスの趣味とかじゃなくて、純粋に仕事の話しかしてない……)」
「(しかも、安く買える業者を教えてくれたり、効率の良いやり方を指示してくれてる……?)」
戸惑いと、ほんの少しの尊敬(?)が入り混じった複雑な空気が流れる中、背後からパン、パン、と乾いた拍手の音が聞こえた。
「見事だ」
クラウス様が、楽しそうに笑っている。
「到着して十分足らずで、我が家の積年の課題を十個も見つけ出すとは。やはり君を連れてきて正解だった」
「お褒めにあずかり光栄ですが、問題は山積みです。閣下、これまでの領地経営がいかに『どんぶり勘定』だったか、自覚していただきたいですね」
私はキッと彼を睨んだ。
しかし、クラウス様は全く堪えた様子もなく、むしろ嬉しそうに目を細める。
「ああ、耳が痛い。だが、これからは君がいる。頼もしい限りだ」
「口で言うのは簡単です。……ハンス、先ほど頼んだ帳簿類はまだですか? 夕食前にある程度の収支傾向を把握しておきたいのですが」
私が再び執事を急かすと、クラウス様がすっと私の前に立ちふさがった。
「エマール。仕事熱心なのはいいが、今日はもう休め」
「はい? 何を仰いますか。鉄は熱いうちに打て、赤字は早いうちに潰せ、です。移動の疲れなどありません」
「君の顔色は真っ白だ。それに、馬車の中で興奮して喋りっぱなしだっただろう」
「それは閣下が煽るから……きゃっ!?」
不意に、視界がぐるりと反転した。
気づけば、私の体は宙に浮いていた。
いや、違う。
クラウス様に、横抱きにされていたのだ。
いわゆる、お姫様抱っこである。
「な、ななな、何をっ!?」
冷静沈着な私も、これには声を裏返さずにはいられなかった。
使用人たちが「きゃああっ!」と黄色い悲鳴を上げ、ハンスが「お熱いことで……」と目を伏せる。
「下ろしてください! 就業規則違反です! セクシャルハラスメントで訴えますよ!」
「夫婦間のスキンシップだ。訴えは却下する」
クラウス様は平然と言い放ち、私を抱えたまま階段を上がり始めた。
「ちょ、閣下! 重いですわ! 私の体重とドレスの重量で、貴方の腰椎にかかる負荷を計算してください!」
「軽いものだ。羽根のようだよ。……ちゃんと食べているのか? これから食事管理も私の仕事だな」
「論点をずらさないでください!」
私の抗議も虚しく、クラウス様はスタスタと廊下を進んでいく。
その胸板は厚く、腕は鋼のように硬い。
至近距離で見上げる彼の顔は、悔しいほどに整っていて、アイスブルーの瞳が優しく私を見下ろしている。
(……近い。心拍数が、また……)
数字以外のイレギュラーな事態に、私の脳内コンピューターがエラーを吐きそうになる。
「ここは君の部屋だ」
クラウス様が足で器用に扉を開け、私を豪奢な天蓋付きベッドの上に下ろした。
ふかふかのマットレスに沈み込む。
「夕食まで、少し眠れ。これは『業務命令』だ」
「……業務命令、ですか?」
「ああ。雇用主(夫)としての命令だ。最高のパフォーマンスを発揮するためには、休息も必要経費だろう?」
私の得意な理屈を返され、私はぐぬぬと言葉に詰まった。
「……分かりました。休息もタスクの一環と認識します」
「よろしい」
クラウス様は満足げに頷くと、私の額に落ちた前髪をそっと指で払った。
その指先が触れた場所が、カッと熱くなる。
「夕食の時にまた来る。……逃げるなよ、私の『最強の経理担当』」
甘い声でそう囁き、彼は部屋を出て行った。
パタン、と扉が閉まる。
広い部屋に一人残された私は、真っ赤になった顔を両手で覆い、枕に顔を埋めた。
「……計算外だわ」
心拍数の乱れが収まらない。
このままでは、精神的な消耗によるカロリー消費で、夕食前に倒れてしまいそうだ。
(……まずは呼吸を整えて、心拍数を正常値に戻す。それから、この部屋の調度品の資産価値を目視で鑑定して、気を紛らわせるのよ、エマール!)
私は必死に、天井のシャンデリアのクリスタルの数を数え始めた。
だが、その数が百を超えたあたりで、控えめなノックの音が響いた。
「し、失礼いたします……」
おずおずと入ってきたのは、震える小動物のような、茶髪の若いメイドだった。
「だ、旦那様より、エマール様の専属メイドを仰せつかりました、ロッテと申しますぅ……」
彼女は涙目で、お盆に乗せた水差しを持っている。
その手はカタカタと震え、水がチャプチャプと波打っていた。
(ああ、また「悪役令嬢」に怯える犠牲者が一人……)
私はベッドから身を起こし、ため息交じりに彼女を見た。
「ロッテ、と言いましたね」
「は、はいぃっ! い、命だけは助けてくださいぃ!」
「取りませんよ、そんなもの。……それより、貴女」
私は彼女のメイド服の胸元を指差した。
「第二ボタンが緩んでいます。配膳の最中にボタンが外れてスープに混入したら、大問題になりますよ。今すぐ付け直しなさい」
「え……?」
ロッテはきょとんとして、自分の胸元を見た。
確かに、糸がほつれてボタンがブラブラしている。
「あ、あの……怒らないんですか? 私の顔が地味だとか、空気が読めないとか……」
「そんな主観的なことで怒る暇はありません。私が怒るのは『非効率』と『損失』に対してだけです」
私はベッドサイドにあったソーイングセット(常備品だ)を彼女に投げ渡した。
「ほら、五分で直しなさい。その間に、この屋敷の組織図と給与体系についてヒアリングを行います」
「は、はいっ! 喜んで!」
ロッテは涙を拭い、なぜか嬉しそうに針に糸を通し始めた。
こうして私は、休息時間すらも情報収集に充てることになったのだった。
12
あなたにおすすめの小説
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
何も決めなかった王国は、静かに席を失う』
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。
だが――
彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。
ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。
婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。
制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく――
けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。
一方、帝国は違った。
完璧ではなくとも、期限内に返事をする。
責任を分け、判断を止めない。
その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。
王国は滅びない。
だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。
――そして迎える、最後の選択。
これは、
剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。
何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。
【完結】婚約破棄と言われても個人の意思では出来ません
狸田 真 (たぬきだ まこと)
恋愛
【あらすじ】
第一王子ヴィルヘルムに婚約破棄を宣言された公爵令嬢クリスチナ。しかし、2人の婚約は国のため、人民のためにする政略結婚を目的としたもの。
個人の意思で婚約破棄は出来ませんよ?
【楽しみ方】
笑い有り、ラブロマンス有りの勘違いコメディ作品です。ボケキャラが多数登場しますので、是非、突っ込みを入れながらお楽しみ下さい。感想欄でもお待ちしております! 突っ込み以外の真面目な感想や一言感想などもお気軽にお寄せ下さい。
【注意事項】
安心安全健全をモットーに、子供でも読める作品を目指しておりますが、物語の後半で、大人のロマンスが描写される予定です。直接的な表現は省き、詩的な表現に変換しておりますが、苦手な方はご注意頂ければと思います。
また、愛の伝道師・狸田真は、感想欄のお返事が初対面でも親友みたいな馴れ馴れしいコメントになる事がございます。ご容赦頂けると幸いです。
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
どうやら婚約者の隣は私のものではなくなってしまったようなので、その場所、全てお譲りします。
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる