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「……それで、これがその手紙ですか?」
私は執務机の上にある、毒々しいほど派手な封蝋(ふうろう)が押された手紙を見下ろした。
執事のハンスが、まるで爆発物を扱うかのように身を縮めている。
「は、はい。王都からの急使が届けてまいりました。『至急、エマールに読ませろ』とのことです」
「開封します。ペーパーナイフを」
「お、お気をつけて……毒が入っているかもしれません」
「レイド殿下にそんな知能はありません。あるとすれば、香水による嗅覚へのテロ行為くらいでしょう」
私は手際よく封筒を切り裂いた。
案の定、封筒からはムッとするような薔薇の香りが漂い出た。
(……香水代の無駄遣いね。この濃度、瓶の半分は使っているわ)
私は鼻をつまみながら、手紙を広げた。
そこには、ミミズがのたうち回ったような文字で、こう書かれていた。
『エマールへ。僕だ、レイドだ。
今すぐ王都へ戻ってこい。
シルフィが新しいドレスを欲しがっているんだが、王家の財務官がうるさくて買えない。
お前の実家の金で何とかしろ。
あと、僕の部屋の掃除もしてくれ。
戻ってきたら、側室にしてやらなくもないぞ。
感謝しろ。愛をこめて。レイド』
「……」
私は無言で、手紙を机の上に置いた。
ハンスが恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……なんと書いてありましたか? やはり、脅迫状……?」
「いいえ。ただの『知性欠如証明書』です」
私は即座に、手元の『保留』トレイ……ではなく、『要・添削』トレイに手紙を放り込んだ。
「ハンス、後で赤ペンと辞書を用意してください。誤字脱字が十七箇所、文法の間違いが五箇所、論理的破綻が全行にあります。添削して突き返します」
「て、添削ですか……?」
「ええ。元婚約者としての、最後の手向け(教育的指導)です」
私が淡々と告げると、ハンスはポカンとした後、吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。
「かしこまりました。……あ、それとエマール様。旦那様がお呼びです」
「閣下が? こんな夜更けに?」
時計を見ると、もう夜の十時を回っていた。
就業規則的には残業時間だ。超過勤務手当を請求せねばならない。
「はい。『私の部屋に来るように』とのことです」
「……分かりました」
私は少し身構えた。
夜に寝室へ呼び出し。
契約上の「白い結婚(書類上の夫婦)」とはいえ、相手はあの美貌の辺境伯だ。
もしや、大人の駆け引き(ロマンス)が始まるのだろうか?
(……いや、ないわね。きっと明日の予算会議の予習でしょう)
私は手帳と筆記用具を携え、クラウス様の私室へと向かった。
◇
「失礼します」
重厚な扉をノックして中に入ると、クラウス様はソファに座り、月明かりの下でグラスを傾けていた。
その姿があまりにも絵になりすぎていて、私は一瞬、息を呑んだ。
(……この方の顔面偏差値は、インフレを起こしているわね)
「来たか、エマール。座ってくれ」
クラウス様が向かいの席を勧める。
テーブルの上には、書類も計算機もない。
あるのは、豪奢なベルベットの小箱が一つだけ。
「……お話とは、なんでしょうか? 明日の視察ルートの変更ですか? それとも、レイド殿下からの手紙の件?」
私が尋ねると、クラウス様は首を横に振った。
「いや、仕事の話ではない。……約束の品が届いたんだ」
「約束?」
「忘れたのか? 昨日の夜、君が『欲しい』と言ったものだ」
クラウス様は、テーブルの上の小箱を、指先ですっと私の方へ押し出した。
「開けてみてくれ」
私はゴクリと喉を鳴らし、箱に手を伸ばした。
(まさか、本当に……?)
震える手で蓋を開ける。
そこには、黒いベルベットの海に沈むように、一本の万年筆が鎮座していた。
「っ……!!」
私は思わず声を上げた。
それは、単なる筆記具の域を超えていた。
軸は漆黒のエボナイト製で、手に吸い付くような艶がある。
キャップのリング部分には、ヴァイサリウス家の紋章である「氷狼」が精緻な彫金で施され、その目には極小のサファイアが埋め込まれている。
そして何より、ペン先。
18金の大型ニブが、黄金の輝きを放っている。
「こ、これは……王都の老舗『モンブラン・ロイヤル』の限定モデル、マイスター・シュテュックの特注品……!?」
「ああ。君の手に合うように、重心バランスを調整させた。インクフローも、君の計算速度に追いつけるよう、潤沢に出る設定にしてある」
「す、すごいです……!」
私は箱から万年筆を取り出した。
手に持った瞬間、その完璧な重量バランスに鳥肌が立った。
重すぎず、軽すぎず。まるで指の一部になったかのような一体感。
「試し書きをしても?」
「もちろん」
私は持参していた手帳を開き、サラサラと数字を書き連ねた。
『1,234,567,890...』
「……!!」
滑らかだ。
氷の上を滑るスケートのように、ペン先が紙の上を走る。
カリカリという不快な摩擦音は皆無。ただ、インクが紙に染み込む心地よい感触だけがある。
「素晴らしいです! これなら、決算処理のスピードが通常の1.5倍は向上します! 複利計算も微分積分も、ストレスなく行えます!」
私は興奮のあまり、頬を紅潮させて叫んだ。
「見てください、閣下! このインクの濃淡! 払いと止めの美しさ! 最高です! どんな宝石よりも価値があります!」
私は万年筆を両手で包み込み、うっとりと頬ずりをした。
「ありがとう、万年筆さん。これから私の相棒として、共に赤字を殲滅しましょうね……」
「……」
ふと気配を感じて顔を上げると、クラウス様が口元を手で覆い、肩を震わせていた。
「か、閣下?」
「……いや、すまない。君がそこまで喜ぶとは」
クラウス様は顔を上げ、優しく目を細めた。
「普通の令嬢なら、『綺麗な宝石!』とか『素敵なドレス!』と喜ぶ場面なんだが……君は、『インクの濃淡』と『計算速度』に感動するんだな」
「当然です。宝石は眺めるだけですが、この万年筆は『価値を生み出す』道具ですから。投資対効果(ROI)が段違いです」
「ふっ……。本当に、君はブレないな」
クラウス様は立ち上がり、私の隣に座った。
そして、私の手にある万年筆を、私ごと包み込むように手を重ねた。
「っ!?」
温かい体温が伝わってくる。
「気に入ってくれてよかった。……だが、エマール」
「は、はい」
「その万年筆にばかり頬ずりされると、贈り主としては少々、嫉妬するのだが」
クラウス様の顔が近い。
アイスブルーの瞳が、熱を帯びて私を見つめている。
「え、あ、その……」
「私にも、感謝の言葉以上の『報酬』はないのか?」
「ほ、報酬……?」
私は混乱した頭で計算を試みた。
(高価なプレゼントに対する対価。通常であれば、同等額の返礼品。しかし、私の現在の資産ではこの万年筆に見合うものは用意できない。となると、労働力での提供か、あるいは……)
「計算しなくていい」
クラウス様が、私の思考を遮るように囁く。
「答えは、感情で出すものだ」
彼は私の顎をそっと持ち上げた。
唇が、触れるか触れないかの距離まで近づく。
「……っ」
私は思わず目を閉じた。
(これは……キスされる!? ファーストキスが、計算機も帳簿もない、こんなロマンチックなシチュエーションで!?)
心臓が早鐘を打つ。
しかし。
「……今日は、勘弁してやろう」
ふわり、と。
額(ひたい)に、柔らかい感触が落ちただけだった。
目を開けると、クラウス様がいたずらっ子のように笑っていた。
「緊張で気絶されては困るからな。……それに、今日はその万年筆とイチャイチャしたいのだろう?」
「うっ……! 否定できません……」
「大事に使えよ、私の『最強の経理担当』」
クラウス様は私の頭をポンポンと撫でると、ソファから立ち上がった。
「もう遅い。部屋に戻って休め。……あ、そうそう。レイドからの手紙だが」
「はい」
「添削が終わったら、私にも見せてくれ。王家への『抗議文』として、正式に送り返してやるから」
「ふふ、承知いたしました。徹底的に赤を入れたものを提出します」
「楽しみにしている」
部屋を出る際、私はもう一度振り返った。
クラウス様はグラスを片手に、優しい眼差しで私を見送ってくれていた。
廊下に出た私は、胸に抱いた万年筆をギュッと握りしめた。
「……計算外だわ」
万年筆の冷たい感触とは裏腹に、私の顔は火が出るほど熱かった。
「この胸の高鳴り……。不整脈でも、カフェインの過剰摂取でもないとしたら……」
私は首を振り、早足で自室へと向かった。
認めてしまえば、きっと私の「鉄壁の理性」が崩壊してしまう。
今はまだ、このドキドキは「新しい文房具を手に入れた興奮」という項目で計上しておこう。
そう、自分に言い聞かせながら。
◇
翌日。
私は早朝から執務室に籠り、鬼の形相でペンを走らせていた。
昨夜の甘い余韻?
そんなものは、朝のコーヒーと共に胃の中に流し込んだ。
今の私の目の前にあるのは、レイド殿下からの「ゴミ手紙」だ。
「……ここも違う! 『愛』のスペルが間違っている! 『I』じゃなくて『Ai』と書くなんて、どこの田舎の方言ですか!?」
昨夜もらった万年筆の滑らかな書き心地を堪能しながら、私はレイド殿下の手紙を真っ赤に染め上げていく。
「ハンス! 辞書を持ってきて! あと、王家への請求書ドラフトも!」
「は、はいっ! ただいま!」
執務室に、私の怒号と、ハンスの悲鳴と、そして万年筆が走る軽快な音が響き渡る。
ここから、私とクラウス様による、元婚約者と王家への「倍返し」……いいえ、「正当なる債権回収」が始まるのである。
私は執務机の上にある、毒々しいほど派手な封蝋(ふうろう)が押された手紙を見下ろした。
執事のハンスが、まるで爆発物を扱うかのように身を縮めている。
「は、はい。王都からの急使が届けてまいりました。『至急、エマールに読ませろ』とのことです」
「開封します。ペーパーナイフを」
「お、お気をつけて……毒が入っているかもしれません」
「レイド殿下にそんな知能はありません。あるとすれば、香水による嗅覚へのテロ行為くらいでしょう」
私は手際よく封筒を切り裂いた。
案の定、封筒からはムッとするような薔薇の香りが漂い出た。
(……香水代の無駄遣いね。この濃度、瓶の半分は使っているわ)
私は鼻をつまみながら、手紙を広げた。
そこには、ミミズがのたうち回ったような文字で、こう書かれていた。
『エマールへ。僕だ、レイドだ。
今すぐ王都へ戻ってこい。
シルフィが新しいドレスを欲しがっているんだが、王家の財務官がうるさくて買えない。
お前の実家の金で何とかしろ。
あと、僕の部屋の掃除もしてくれ。
戻ってきたら、側室にしてやらなくもないぞ。
感謝しろ。愛をこめて。レイド』
「……」
私は無言で、手紙を机の上に置いた。
ハンスが恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……なんと書いてありましたか? やはり、脅迫状……?」
「いいえ。ただの『知性欠如証明書』です」
私は即座に、手元の『保留』トレイ……ではなく、『要・添削』トレイに手紙を放り込んだ。
「ハンス、後で赤ペンと辞書を用意してください。誤字脱字が十七箇所、文法の間違いが五箇所、論理的破綻が全行にあります。添削して突き返します」
「て、添削ですか……?」
「ええ。元婚約者としての、最後の手向け(教育的指導)です」
私が淡々と告げると、ハンスはポカンとした後、吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。
「かしこまりました。……あ、それとエマール様。旦那様がお呼びです」
「閣下が? こんな夜更けに?」
時計を見ると、もう夜の十時を回っていた。
就業規則的には残業時間だ。超過勤務手当を請求せねばならない。
「はい。『私の部屋に来るように』とのことです」
「……分かりました」
私は少し身構えた。
夜に寝室へ呼び出し。
契約上の「白い結婚(書類上の夫婦)」とはいえ、相手はあの美貌の辺境伯だ。
もしや、大人の駆け引き(ロマンス)が始まるのだろうか?
(……いや、ないわね。きっと明日の予算会議の予習でしょう)
私は手帳と筆記用具を携え、クラウス様の私室へと向かった。
◇
「失礼します」
重厚な扉をノックして中に入ると、クラウス様はソファに座り、月明かりの下でグラスを傾けていた。
その姿があまりにも絵になりすぎていて、私は一瞬、息を呑んだ。
(……この方の顔面偏差値は、インフレを起こしているわね)
「来たか、エマール。座ってくれ」
クラウス様が向かいの席を勧める。
テーブルの上には、書類も計算機もない。
あるのは、豪奢なベルベットの小箱が一つだけ。
「……お話とは、なんでしょうか? 明日の視察ルートの変更ですか? それとも、レイド殿下からの手紙の件?」
私が尋ねると、クラウス様は首を横に振った。
「いや、仕事の話ではない。……約束の品が届いたんだ」
「約束?」
「忘れたのか? 昨日の夜、君が『欲しい』と言ったものだ」
クラウス様は、テーブルの上の小箱を、指先ですっと私の方へ押し出した。
「開けてみてくれ」
私はゴクリと喉を鳴らし、箱に手を伸ばした。
(まさか、本当に……?)
震える手で蓋を開ける。
そこには、黒いベルベットの海に沈むように、一本の万年筆が鎮座していた。
「っ……!!」
私は思わず声を上げた。
それは、単なる筆記具の域を超えていた。
軸は漆黒のエボナイト製で、手に吸い付くような艶がある。
キャップのリング部分には、ヴァイサリウス家の紋章である「氷狼」が精緻な彫金で施され、その目には極小のサファイアが埋め込まれている。
そして何より、ペン先。
18金の大型ニブが、黄金の輝きを放っている。
「こ、これは……王都の老舗『モンブラン・ロイヤル』の限定モデル、マイスター・シュテュックの特注品……!?」
「ああ。君の手に合うように、重心バランスを調整させた。インクフローも、君の計算速度に追いつけるよう、潤沢に出る設定にしてある」
「す、すごいです……!」
私は箱から万年筆を取り出した。
手に持った瞬間、その完璧な重量バランスに鳥肌が立った。
重すぎず、軽すぎず。まるで指の一部になったかのような一体感。
「試し書きをしても?」
「もちろん」
私は持参していた手帳を開き、サラサラと数字を書き連ねた。
『1,234,567,890...』
「……!!」
滑らかだ。
氷の上を滑るスケートのように、ペン先が紙の上を走る。
カリカリという不快な摩擦音は皆無。ただ、インクが紙に染み込む心地よい感触だけがある。
「素晴らしいです! これなら、決算処理のスピードが通常の1.5倍は向上します! 複利計算も微分積分も、ストレスなく行えます!」
私は興奮のあまり、頬を紅潮させて叫んだ。
「見てください、閣下! このインクの濃淡! 払いと止めの美しさ! 最高です! どんな宝石よりも価値があります!」
私は万年筆を両手で包み込み、うっとりと頬ずりをした。
「ありがとう、万年筆さん。これから私の相棒として、共に赤字を殲滅しましょうね……」
「……」
ふと気配を感じて顔を上げると、クラウス様が口元を手で覆い、肩を震わせていた。
「か、閣下?」
「……いや、すまない。君がそこまで喜ぶとは」
クラウス様は顔を上げ、優しく目を細めた。
「普通の令嬢なら、『綺麗な宝石!』とか『素敵なドレス!』と喜ぶ場面なんだが……君は、『インクの濃淡』と『計算速度』に感動するんだな」
「当然です。宝石は眺めるだけですが、この万年筆は『価値を生み出す』道具ですから。投資対効果(ROI)が段違いです」
「ふっ……。本当に、君はブレないな」
クラウス様は立ち上がり、私の隣に座った。
そして、私の手にある万年筆を、私ごと包み込むように手を重ねた。
「っ!?」
温かい体温が伝わってくる。
「気に入ってくれてよかった。……だが、エマール」
「は、はい」
「その万年筆にばかり頬ずりされると、贈り主としては少々、嫉妬するのだが」
クラウス様の顔が近い。
アイスブルーの瞳が、熱を帯びて私を見つめている。
「え、あ、その……」
「私にも、感謝の言葉以上の『報酬』はないのか?」
「ほ、報酬……?」
私は混乱した頭で計算を試みた。
(高価なプレゼントに対する対価。通常であれば、同等額の返礼品。しかし、私の現在の資産ではこの万年筆に見合うものは用意できない。となると、労働力での提供か、あるいは……)
「計算しなくていい」
クラウス様が、私の思考を遮るように囁く。
「答えは、感情で出すものだ」
彼は私の顎をそっと持ち上げた。
唇が、触れるか触れないかの距離まで近づく。
「……っ」
私は思わず目を閉じた。
(これは……キスされる!? ファーストキスが、計算機も帳簿もない、こんなロマンチックなシチュエーションで!?)
心臓が早鐘を打つ。
しかし。
「……今日は、勘弁してやろう」
ふわり、と。
額(ひたい)に、柔らかい感触が落ちただけだった。
目を開けると、クラウス様がいたずらっ子のように笑っていた。
「緊張で気絶されては困るからな。……それに、今日はその万年筆とイチャイチャしたいのだろう?」
「うっ……! 否定できません……」
「大事に使えよ、私の『最強の経理担当』」
クラウス様は私の頭をポンポンと撫でると、ソファから立ち上がった。
「もう遅い。部屋に戻って休め。……あ、そうそう。レイドからの手紙だが」
「はい」
「添削が終わったら、私にも見せてくれ。王家への『抗議文』として、正式に送り返してやるから」
「ふふ、承知いたしました。徹底的に赤を入れたものを提出します」
「楽しみにしている」
部屋を出る際、私はもう一度振り返った。
クラウス様はグラスを片手に、優しい眼差しで私を見送ってくれていた。
廊下に出た私は、胸に抱いた万年筆をギュッと握りしめた。
「……計算外だわ」
万年筆の冷たい感触とは裏腹に、私の顔は火が出るほど熱かった。
「この胸の高鳴り……。不整脈でも、カフェインの過剰摂取でもないとしたら……」
私は首を振り、早足で自室へと向かった。
認めてしまえば、きっと私の「鉄壁の理性」が崩壊してしまう。
今はまだ、このドキドキは「新しい文房具を手に入れた興奮」という項目で計上しておこう。
そう、自分に言い聞かせながら。
◇
翌日。
私は早朝から執務室に籠り、鬼の形相でペンを走らせていた。
昨夜の甘い余韻?
そんなものは、朝のコーヒーと共に胃の中に流し込んだ。
今の私の目の前にあるのは、レイド殿下からの「ゴミ手紙」だ。
「……ここも違う! 『愛』のスペルが間違っている! 『I』じゃなくて『Ai』と書くなんて、どこの田舎の方言ですか!?」
昨夜もらった万年筆の滑らかな書き心地を堪能しながら、私はレイド殿下の手紙を真っ赤に染め上げていく。
「ハンス! 辞書を持ってきて! あと、王家への請求書ドラフトも!」
「は、はいっ! ただいま!」
執務室に、私の怒号と、ハンスの悲鳴と、そして万年筆が走る軽快な音が響き渡る。
ここから、私とクラウス様による、元婚約者と王家への「倍返し」……いいえ、「正当なる債権回収」が始まるのである。
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