断罪された悪役令嬢、行き先は推しの住む辺境ですが、何か問題でも?

萩月

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馬車が北へ進むにつれ、窓の外の景色は鮮やかな緑から、刺すような白へと変わっていきました。

かつては着飾った貴族たちが闊歩していた王都の風景は遠ざかり、今や目に映るのは険しい岩山と、舞い散る粉雪ばかりです。

「寒っ……! お嬢様、本当に大丈夫なんですか? ここは人間が住む場所じゃありませんよ。シロクマの住処です」

アンナが毛布にくるまりながら、ガタガタと震えています。

しかし、私はと言えば、窓を全開にして身を乗り出していました。

「何を言っているの、アンナ! この空気の冷たさ、そして重厚感! これこそが、本物の『漢』を育てる最高のスパイスじゃありませんか!」

「スパイス……? お嬢様、冷気で脳が凍ってしまったのですか?」

「失礼ね。見てなさい、あそこの国境の砦を! 門番さんたちの体格が、王都のひょろひょろした騎士たちとは一線を画しているわ!」

馬車の行く手に、巨大な石造りの門が見えてきました。

そこには、分厚い毛皮を纏った兵士たちが立ち並んでいます。彼らは王都の騎士のような華美な甲冑は身につけていませんが、その胸板の厚さは毛皮越しでも容易に推測できました。

「止まれ! ここから先はヴォルカノフ辺境伯領だ。通行許可証を提示しろ」

地響きのような低い声。馬車が止まると同時に、一人の兵士が近づいてきました。

私は待ってましたとばかりに、馬車の扉を勢いよく蹴り開けました。

「ご苦労様です! これを持って参りました!」

私が差し出したのは、セドリック殿下から叩きつけられた『国外追放命令書』です。

「……これは、追放命令? 貴様、王都の貴族令嬢か?」

兵士は書類と私の顔を交互に見ました。

普通なら、ここで令嬢は屈辱に震え、涙を流すのでしょう。しかし、私の瞳は爛々と輝いています。

「はい! メリー・バートンです! 婚約破棄されて追放されてきました! 今日からこちらでお世話になりますので、よろしくお願いします!」

「……は? 追放されて、そんなに嬉しいのか?」

「嬉しいなんてもんじゃありません! この、雪に鍛えられた門の頑丈さ! そしてあなたの、その丸太のような前腕筋! 王都ではお目にかかれない逸材ですわ!」

私は兵士の腕を指さして、興奮気味に語りかけました。

「お嬢様! 初対面の、しかも国境警備の人に筋肉の解説をしないでください! 捕まりますよ!」

アンナが車内から必死に私を引き戻そうとしますが、私は止まりません。

「いいですか、その前腕の血管の浮き出方! それは日々、重い槍を扱い、厳しい寒さに耐え抜いた証……! 素晴らしい。この領地に一歩入るだけで、私の肌艶が良くなる気がしますわ!」

「お、おい……。この女、本当に大丈夫か? 頭の病気じゃないのか?」

兵士が引き気味に同僚に相談しています。

「放っておけ。王都の貴族は変な遊びが流行っているんだろう。書類は本物だ。通してやれ」

「おい、待て。辺境伯閣下には報告しておくべきか?」

「ああ、『頭の残念な令嬢が一人、不法投棄されました』と伝えておけ」

「不法投棄!? 失礼な! 私は自ら望んでこの聖地に足を踏み入れたんですのよ!」

私が言い返そうとすると、無情にも門が開き、馬車が動き出しました。

「さようなら、素敵な前腕筋の方! またお会いしましょうね!」

「二度と来るな!」

兵士の怒鳴り声を背に、馬車はついにヴォルカノフ辺境伯領へと入りました。

辺りは一面の銀世界。ですが、私の心は真夏の太陽よりも熱く燃え上がっています。

「アンナ、見なさい。あそこに見えるのが、ヴォルカノフ城よ」

遠くの山の中腹に、黒々とした無骨な城がそびえ立っていました。

美しさよりも実用性を、優雅さよりも堅牢さを選んだその姿は、まさに主であるアレクセイ様を体現しているかのようです。

「あの中に、私の『推し』がいる……。あの中に、国宝級の大胸筋が眠っているのね……!」

「……お嬢様。一つ確認ですが、あそこに行って、まず何をするつもりですか? まさか正面突破で『筋肉を見せてください』なんて言いませんよね?」

アンナの至極真っ当な質問に、私は不敵な笑みを浮かべました。

「まさか。私はこれでも元・侯爵令嬢よ? 礼儀作法は叩き込まれているわ」

「それを聞いて少し安心し――」

「まずは城の壁を這い上がって、アレクセイ様のトレーニングルームを特定するわ。そして、窓越しに彼のパンプアップを鑑賞する……これが淑女の嗜みというものよ!」

「通報していいですか? 今すぐ、あの門番さんのところに戻って自首してください!」

アンナの絶叫が雪原に響き渡ります。

ですが、私の決意は揺らぎません。

婚約破棄? 国外追放? そんなものは、この素晴らしい「推し活ライフ」のための些細な入場料に過ぎないのです。

「待っていてくださいね、アレクセイ様。あなたの人生に、最高にうるさくて、最高に筋肉を愛する嵐が吹き荒れますわよ!」

馬車は雪を蹴散らし、私の欲望……もとい、希望の城へと突き進んでいきました。
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