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「アンナ! いよいよよ。ついにこの時が来たわ!」
私は城の厨房の片隅で、恐ろしい色をした『何か』をボウルの中で力一杯かき混ぜていました。
ボウルの中身は、ドロリとした茶褐色の粘体です。時折、中に入れたナッツや乾燥肉の破片が、不気味な音を立てて底に沈んでいきます。
「……お嬢様。それを『差し入れ』と呼ぶのは、人道に反する気がします。見た目だけなら、魔物の返り血で煮込んだ泥ですよ、それ」
アンナが鼻を塞ぎながら、一歩後ろに下がりました。
「失礼ね! これは、私が古今東西の医学書と、騎士さんたちの食事メニューを徹底的に研究して作り上げた、究極の筋肥大促進食……名付けて『メリー特製・筋肉爆発バー(試作一号)』よ!」
私は高らかに宣言し、ボウルの中身を平らな皿に広げました。
「材料は、大量のゆで卵の白身、粉末にした干し肉、砕いた大豆、そして隠し味に蜂蜜と、北の地に伝わる滋養強壮に良いとされる謎の薬草……。これ一本で、スクワット五百回分のエネルギーを補給できる計算よ!」
「その薬草、調理場のおばちゃんが『絶対に生で食べるな』って言ってたやつじゃないですか?」
「火を通したから大丈夫よ、たぶん! さあ、これを冷やし固めて、閣下の執務室へ突撃するわよ!」
私は固まった『爆発バー』を、丁寧に(しかし見た目はレンガそのもの)切り分け、可愛らしいリボンをかけた小箱に詰めました。
そして、いつものように三メートルの距離を保つための『心の定規』を胸に、執務室へと向かいました。
コンコンコンッ! と、リズム良くドアを叩きます。
「閣下! お掃除の合間に、愛と栄養を届けに参りましたわ!」
「……また貴様か。入れ」
中から聞こえてくる、いつもの疲弊した声。扉を開けると、そこには案の定、山積みの書類に囲まれて眉間を揉んでいるアレクセイ様の姿がありました。
「閣下、お疲れのようですね。そんな時には、脳の栄養よりも、まずは広背筋の栄養ですわ!」
私はデスクから正確に三メートルの地点で立ち止まり、小箱を床に置きました。そして、掃除用のロングモップの先端に小箱を引っ掛け、釣り竿のように閣下の目の前まで差し出しました。
「……何だ、この釣り堀のような渡し方は」
「三メートルルール厳守ですわ! さあ、中を開けてみてください。私が三日三晩、筋肉のことだけを考えて作り上げた特製スイーツ(?)です!」
アレクセイ様は不審なものを見る目で箱を手に取り、蓋を開けました。
「…………これは、レンガか?」
「いいえ、プロテイン的な何かです! さあ、一口召し上がってみてください。閣下の右大胸筋が『もっとくれ!』と叫び出すはずですわ!」
アレクセイ様はしばらくその茶色い塊を見つめていましたが、私の期待に満ちた(そして若干狂気を含んだ)視線に負けたのか、覚悟を決めたように端を少しだけ齧りました。
ガリッ、という、およそ食べ物とは思えない硬質な音が室内に響きます。
「……っ!?」
アレクセイ様の動きが止まりました。瞳孔が大きく開き、顔色が青から赤、そして土色へと目まぐるしく変わっていきます。
「閣下!? どうされましたか? やはり、美味しすぎて言葉が出ませんか?」
「……ごふっ……。き、貴様……これは……」
「愛の味ですわ!」
「……砂を……鉄と一緒に……煮詰めたような……味がする……」
アレクセイ様は喉を必死に動かし、何とかその『爆発バー』を飲み込みました。その直後、彼は机に突っ伏して肩を激しく震わせました。
「閣下! 大丈夫ですか!? もしかして、エネルギーが強すぎて体が拒否反応を……?」
「……いや……。……なんだ、これは……腹の底から……妙な熱が……」
アレクセイ様がゆっくりと顔を上げました。するとどうでしょう。先ほどまで疲れ切っていた彼の瞳に、野獣のような鋭い光が宿っているではありませんか。
「ああっ! 見てください! 閣下の僧帽筋が、かつてないほどにパンプアップしていますわ! 大成功よ、アンナ!」
「……いいえ、お嬢様。あれは単に、あまりの不味さに閣下の全神経が『毒を排出せよ!』と警報を鳴らして、アドレナリンが出ているだけだと思います」
アンナの冷静なツッコミも、今の私には聞こえません。
アレクセイ様はふらりと立ち上がると、窓をガラリと開けました。
「……エドワード!! 今すぐ中庭に集まれ!! 非番の者も全員だ!! 今から……今から演習を始める!! この有り余る……正体不明の不快な熱を、ぶつけなければ死ぬ!!」
「えっ!? 閣下、いきなりどうされたのですか!?」
慌てて飛び込んできたエドワードさんが、アレクセイ様のただならぬ気迫に後ずさりしました。
「メリー・バートン……。貴様の差し入れは、確かに効果があったようだ。……別の意味でな」
「嬉しいですわ! では、明日は試作二号、さらに鶏のささみを練り込んだものを持って参りますわね!」
「……二度と作るな。……いや、本当に。死人が出る」
アレクセイ様はそう言い残すと、物凄いスピードで執務室を飛び出していきました。
その後、中庭からはこれまでにない激しい怒号と、大地を揺らすような足音が深夜まで響き渡ったと言います。
「ふふふ。やっぱり閣下も、私のプロテイン(的な何か)を気に入ってくださったのね!」
「お嬢様……。閣下、演習が終わった後に『あの女を二度と厨房に入れるな』って、泣きながら料理長に言いつけていましたよ」
私の愛の差し入れ作戦は、こうして(一部の犠牲を除いて)大成功を収めたのでした。
推しの健康を守るため、私の次なるメニュー開発はさらに加速していくのです。
私は城の厨房の片隅で、恐ろしい色をした『何か』をボウルの中で力一杯かき混ぜていました。
ボウルの中身は、ドロリとした茶褐色の粘体です。時折、中に入れたナッツや乾燥肉の破片が、不気味な音を立てて底に沈んでいきます。
「……お嬢様。それを『差し入れ』と呼ぶのは、人道に反する気がします。見た目だけなら、魔物の返り血で煮込んだ泥ですよ、それ」
アンナが鼻を塞ぎながら、一歩後ろに下がりました。
「失礼ね! これは、私が古今東西の医学書と、騎士さんたちの食事メニューを徹底的に研究して作り上げた、究極の筋肥大促進食……名付けて『メリー特製・筋肉爆発バー(試作一号)』よ!」
私は高らかに宣言し、ボウルの中身を平らな皿に広げました。
「材料は、大量のゆで卵の白身、粉末にした干し肉、砕いた大豆、そして隠し味に蜂蜜と、北の地に伝わる滋養強壮に良いとされる謎の薬草……。これ一本で、スクワット五百回分のエネルギーを補給できる計算よ!」
「その薬草、調理場のおばちゃんが『絶対に生で食べるな』って言ってたやつじゃないですか?」
「火を通したから大丈夫よ、たぶん! さあ、これを冷やし固めて、閣下の執務室へ突撃するわよ!」
私は固まった『爆発バー』を、丁寧に(しかし見た目はレンガそのもの)切り分け、可愛らしいリボンをかけた小箱に詰めました。
そして、いつものように三メートルの距離を保つための『心の定規』を胸に、執務室へと向かいました。
コンコンコンッ! と、リズム良くドアを叩きます。
「閣下! お掃除の合間に、愛と栄養を届けに参りましたわ!」
「……また貴様か。入れ」
中から聞こえてくる、いつもの疲弊した声。扉を開けると、そこには案の定、山積みの書類に囲まれて眉間を揉んでいるアレクセイ様の姿がありました。
「閣下、お疲れのようですね。そんな時には、脳の栄養よりも、まずは広背筋の栄養ですわ!」
私はデスクから正確に三メートルの地点で立ち止まり、小箱を床に置きました。そして、掃除用のロングモップの先端に小箱を引っ掛け、釣り竿のように閣下の目の前まで差し出しました。
「……何だ、この釣り堀のような渡し方は」
「三メートルルール厳守ですわ! さあ、中を開けてみてください。私が三日三晩、筋肉のことだけを考えて作り上げた特製スイーツ(?)です!」
アレクセイ様は不審なものを見る目で箱を手に取り、蓋を開けました。
「…………これは、レンガか?」
「いいえ、プロテイン的な何かです! さあ、一口召し上がってみてください。閣下の右大胸筋が『もっとくれ!』と叫び出すはずですわ!」
アレクセイ様はしばらくその茶色い塊を見つめていましたが、私の期待に満ちた(そして若干狂気を含んだ)視線に負けたのか、覚悟を決めたように端を少しだけ齧りました。
ガリッ、という、およそ食べ物とは思えない硬質な音が室内に響きます。
「……っ!?」
アレクセイ様の動きが止まりました。瞳孔が大きく開き、顔色が青から赤、そして土色へと目まぐるしく変わっていきます。
「閣下!? どうされましたか? やはり、美味しすぎて言葉が出ませんか?」
「……ごふっ……。き、貴様……これは……」
「愛の味ですわ!」
「……砂を……鉄と一緒に……煮詰めたような……味がする……」
アレクセイ様は喉を必死に動かし、何とかその『爆発バー』を飲み込みました。その直後、彼は机に突っ伏して肩を激しく震わせました。
「閣下! 大丈夫ですか!? もしかして、エネルギーが強すぎて体が拒否反応を……?」
「……いや……。……なんだ、これは……腹の底から……妙な熱が……」
アレクセイ様がゆっくりと顔を上げました。するとどうでしょう。先ほどまで疲れ切っていた彼の瞳に、野獣のような鋭い光が宿っているではありませんか。
「ああっ! 見てください! 閣下の僧帽筋が、かつてないほどにパンプアップしていますわ! 大成功よ、アンナ!」
「……いいえ、お嬢様。あれは単に、あまりの不味さに閣下の全神経が『毒を排出せよ!』と警報を鳴らして、アドレナリンが出ているだけだと思います」
アンナの冷静なツッコミも、今の私には聞こえません。
アレクセイ様はふらりと立ち上がると、窓をガラリと開けました。
「……エドワード!! 今すぐ中庭に集まれ!! 非番の者も全員だ!! 今から……今から演習を始める!! この有り余る……正体不明の不快な熱を、ぶつけなければ死ぬ!!」
「えっ!? 閣下、いきなりどうされたのですか!?」
慌てて飛び込んできたエドワードさんが、アレクセイ様のただならぬ気迫に後ずさりしました。
「メリー・バートン……。貴様の差し入れは、確かに効果があったようだ。……別の意味でな」
「嬉しいですわ! では、明日は試作二号、さらに鶏のささみを練り込んだものを持って参りますわね!」
「……二度と作るな。……いや、本当に。死人が出る」
アレクセイ様はそう言い残すと、物凄いスピードで執務室を飛び出していきました。
その後、中庭からはこれまでにない激しい怒号と、大地を揺らすような足音が深夜まで響き渡ったと言います。
「ふふふ。やっぱり閣下も、私のプロテイン(的な何か)を気に入ってくださったのね!」
「お嬢様……。閣下、演習が終わった後に『あの女を二度と厨房に入れるな』って、泣きながら料理長に言いつけていましたよ」
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