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「……待て。待つんだ、アレクセイ! このまま無様に追い返されては、私の、そしてアルカディア王家の名誉が地に堕ちてしまう!」
馬車の扉に手をかけていたセドリック殿下が、突然、何かに取り憑かれたように叫びました。
どうやら、恐怖が限界を超えて一周回り、変なアドレナリンが出てしまったようです。彼は震える手で腰の細剣を引き抜くと、それをアレクセイ様へと向けました。
「アレクセイ・ヴォルカノフ! 貴様に決闘を申し込む! もし私が勝てば、メリーを王都へ連れ戻す! そして君は、私の不興を買った罰として、一生その筋肉を人前に晒すことを禁ずる!」
「……最後のは、私にとって罰なのか? というか、殿下。貴様は剣を握る手が震えて、先ほどから切っ先で円を描いているぞ」
アレクセイ様は、心底面倒くさそうな顔をしました。
一方で私はと言えば。
「アンナ! 特等席ですわよ! 見てください、この絶好のロケーション! 閣下の実戦形式の筋肉運用が見られるなんて、追放されて本当に良かったですわ!」
私はどこからか持ってきた、乾燥させた魔物肉のチップス(高タンパク)をポリポリと齧りながら、最前列に陣取りました。
「お嬢様、何をごく当たり前のように観戦モードに入っているんですか。一応、お嬢様を奪い合う決闘なんですよ?」
「奪い合う? いえいえアンナ、これは『一方的な蹂躙』という名の公開処刑ですわ。ほら、見てくださいな。閣下のあの大胸筋、やる気満々でパンパンに張っていますわよ!」
私の実況(?)が響く中、セドリック殿下は「だらぁぁぁ!」と奇妙な気合の声を上げて突っ込んできました。
王都の華麗な剣術。それは蝶のように舞い、蜂のように刺す……はずでしたが、殿下の場合は「足がもつれた蛾」のような足取りでした。
「死ねぇっ、筋肉ダルマ!」
殿下の剣が、アレクセイ様の胸元を狙います。
しかし、アレクセイ様は剣を抜くことさえしませんでした。
彼はただ、一歩。重戦車のように前に踏み込んだだけです。
「……ふんっ」
アレクセイ様が短く呼気と共に腹圧をかけた瞬間、彼の全身の筋肉が鎧のように硬化しました。
カキィィンッ!
「……えっ?」
殿下の放った鋭い(はずの)一撃は、アレクセイ様の軍服の下にある分厚い大胸筋に弾かれ、まるで爪楊枝でも当てたかのような乾いた音を立てて止まりました。
「き、貴様の体はどうなっているんだ……! 剣が通らないだと!?」
「……殿下。貴様の剣には、重みがない。鏡の前でポーズを決めるための剣など、この地の寒さには勝てん」
アレクセイ様は、殿下の剣の腹を指先でピン、と弾きました。
それだけで、殿下の手から剣が弾け飛び、雪山へと突き刺さりました。
「ああっ! 今の指先の弾き! 前腕伸筋群(ぜんわんしんきんぐん)の爆発的な収縮が見えましたわ! 閣下、今のもう一回! スローモーションでもう一回お願いします!」
私はチップスを放り出し、立ち上がって拍手喝采を送りました。
「メリー! 貴様、いい加減にしろ! 私が、私がどれだけ君のことを思って……」
「殿下、諦めなさいな。今のあなたは、アレクセイ様の小指一本分ほどの魅力もありませんわ。さあ、約束通り王都へお帰りになって、まずは腕立て伏せ一回からやり直すことですわね!」
「う、うわあああああん!! もういい! 北の地なんて大嫌いだ! メリーも、アレクセイも、この城の壁も全部大嫌いだぁぁぁ!!」
セドリック殿下は、ついに子供のように泣きじゃくりながら馬車へと逃げ込みました。
「お師匠様! セドリック様がああ仰っていますが、私は残ってもよろしいでしょうか!?」
リリア様が、どこで拾ったのか大きな岩を持ち上げながら尋ねてきました。
「リリア様、残念ですが今はまだその時ではありませんわ。あなたが王都で『筋肉の福音』を広め、淑女たちの間にスクワット旋風を巻き起こすのです! それが終わった時、またここで会いましょう!」
「……はい! 分かりましたわ、お師匠様! 私、王都を『最強の筋肉都市』に変えてみせますわ!」
リリア様は清々しい笑顔で馬車に乗り込み、殿下を無理やり座席に押し込めました。
「……やっと行ったか」
アレクセイ様は深く、深いため息をつき、肩を回しました。その動きに合わせて、背中の広背筋が波打つのを見て、私は再び「尊い……」と呟きました。
「閣下、お疲れ様でした! ご褒美に、私が今朝三時間かけて磨き上げた、摩擦係数ゼロの廊下へご案内いたしますわ!」
「……断る。あれは死人が出るから、立ち入り禁止にしたはずだ」
「あら、残念。では、閣下の僧帽筋を三時間ほどマッサージさせていただく権利を行使しても?」
「そんな権利、いつ与えた! ……いいから、さっさと夕食の準備でも手伝ってこい。今日は……肉を多めに焼かせよう」
「肉! 閣下、それはつまり私への『愛の給餌』と受け取ってもよろしいかしら!?」
「……ただのタンパク質補給だ。……うるさい、行くぞ」
アレクセイ様は少しだけ早歩きで城内へ戻っていきました。その耳が、夕焼けのせいではなく赤くなっているのを、私は見逃しませんでした。
決闘(?)は終わりました。
お邪魔虫は去り、私の辺境ライフは、さらに「熱く、太く」加速していくのです!
馬車の扉に手をかけていたセドリック殿下が、突然、何かに取り憑かれたように叫びました。
どうやら、恐怖が限界を超えて一周回り、変なアドレナリンが出てしまったようです。彼は震える手で腰の細剣を引き抜くと、それをアレクセイ様へと向けました。
「アレクセイ・ヴォルカノフ! 貴様に決闘を申し込む! もし私が勝てば、メリーを王都へ連れ戻す! そして君は、私の不興を買った罰として、一生その筋肉を人前に晒すことを禁ずる!」
「……最後のは、私にとって罰なのか? というか、殿下。貴様は剣を握る手が震えて、先ほどから切っ先で円を描いているぞ」
アレクセイ様は、心底面倒くさそうな顔をしました。
一方で私はと言えば。
「アンナ! 特等席ですわよ! 見てください、この絶好のロケーション! 閣下の実戦形式の筋肉運用が見られるなんて、追放されて本当に良かったですわ!」
私はどこからか持ってきた、乾燥させた魔物肉のチップス(高タンパク)をポリポリと齧りながら、最前列に陣取りました。
「お嬢様、何をごく当たり前のように観戦モードに入っているんですか。一応、お嬢様を奪い合う決闘なんですよ?」
「奪い合う? いえいえアンナ、これは『一方的な蹂躙』という名の公開処刑ですわ。ほら、見てくださいな。閣下のあの大胸筋、やる気満々でパンパンに張っていますわよ!」
私の実況(?)が響く中、セドリック殿下は「だらぁぁぁ!」と奇妙な気合の声を上げて突っ込んできました。
王都の華麗な剣術。それは蝶のように舞い、蜂のように刺す……はずでしたが、殿下の場合は「足がもつれた蛾」のような足取りでした。
「死ねぇっ、筋肉ダルマ!」
殿下の剣が、アレクセイ様の胸元を狙います。
しかし、アレクセイ様は剣を抜くことさえしませんでした。
彼はただ、一歩。重戦車のように前に踏み込んだだけです。
「……ふんっ」
アレクセイ様が短く呼気と共に腹圧をかけた瞬間、彼の全身の筋肉が鎧のように硬化しました。
カキィィンッ!
「……えっ?」
殿下の放った鋭い(はずの)一撃は、アレクセイ様の軍服の下にある分厚い大胸筋に弾かれ、まるで爪楊枝でも当てたかのような乾いた音を立てて止まりました。
「き、貴様の体はどうなっているんだ……! 剣が通らないだと!?」
「……殿下。貴様の剣には、重みがない。鏡の前でポーズを決めるための剣など、この地の寒さには勝てん」
アレクセイ様は、殿下の剣の腹を指先でピン、と弾きました。
それだけで、殿下の手から剣が弾け飛び、雪山へと突き刺さりました。
「ああっ! 今の指先の弾き! 前腕伸筋群(ぜんわんしんきんぐん)の爆発的な収縮が見えましたわ! 閣下、今のもう一回! スローモーションでもう一回お願いします!」
私はチップスを放り出し、立ち上がって拍手喝采を送りました。
「メリー! 貴様、いい加減にしろ! 私が、私がどれだけ君のことを思って……」
「殿下、諦めなさいな。今のあなたは、アレクセイ様の小指一本分ほどの魅力もありませんわ。さあ、約束通り王都へお帰りになって、まずは腕立て伏せ一回からやり直すことですわね!」
「う、うわあああああん!! もういい! 北の地なんて大嫌いだ! メリーも、アレクセイも、この城の壁も全部大嫌いだぁぁぁ!!」
セドリック殿下は、ついに子供のように泣きじゃくりながら馬車へと逃げ込みました。
「お師匠様! セドリック様がああ仰っていますが、私は残ってもよろしいでしょうか!?」
リリア様が、どこで拾ったのか大きな岩を持ち上げながら尋ねてきました。
「リリア様、残念ですが今はまだその時ではありませんわ。あなたが王都で『筋肉の福音』を広め、淑女たちの間にスクワット旋風を巻き起こすのです! それが終わった時、またここで会いましょう!」
「……はい! 分かりましたわ、お師匠様! 私、王都を『最強の筋肉都市』に変えてみせますわ!」
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「……やっと行ったか」
アレクセイ様は深く、深いため息をつき、肩を回しました。その動きに合わせて、背中の広背筋が波打つのを見て、私は再び「尊い……」と呟きました。
「閣下、お疲れ様でした! ご褒美に、私が今朝三時間かけて磨き上げた、摩擦係数ゼロの廊下へご案内いたしますわ!」
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「あら、残念。では、閣下の僧帽筋を三時間ほどマッサージさせていただく権利を行使しても?」
「そんな権利、いつ与えた! ……いいから、さっさと夕食の準備でも手伝ってこい。今日は……肉を多めに焼かせよう」
「肉! 閣下、それはつまり私への『愛の給餌』と受け取ってもよろしいかしら!?」
「……ただのタンパク質補給だ。……うるさい、行くぞ」
アレクセイ様は少しだけ早歩きで城内へ戻っていきました。その耳が、夕焼けのせいではなく赤くなっているのを、私は見逃しませんでした。
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