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「ロザリア・フォン・アルメリア! 貴様との婚約を破棄し、この真実の愛、リリア・ハサウェイと新たに婚約することをここに宣言する!」
きらびやかなシャンデリアが輝く、卒業パーティーのメインホール。
音楽がピタリと止まり、貴族の令息令嬢たちが息を呑む中で、第一王子シリウス・ディ・ノヴァリスの声が朗々と響き渡りました。
その隣には、彼に守られるようにして震える、可憐な男爵令嬢リリアの姿があります。
断罪。追放。あるいは処刑。
そんな不穏な単語が頭をよぎる緊迫した空気の中、当の「悪役」である私は、手にしたシャンパングラスをそっとテーブルに置きました。
「……殿下、今、何とおっしゃいました?」
私はあえて、聞き返しました。
耳を疑ったからではありません。
あまりの嬉しさに、脳内の報酬系がバグを起こして、正常な判断ができなくなっていたからです。
「とぼけるな! 貴様がリリアに行った数々の嫌がらせ、もはや看過できん! 貴様のような心の醜い女は、王妃の座にふさわしくないと言っているのだ!」
シリウス殿下は、勝ち誇ったような顔で私を指差しました。
周囲からは「やはり」「かわいそうに」というヒソヒソ声が漏れ聞こえてきます。
しかし、私の耳にはそれらがすべて「おめでとう」「自由だ」という祝福のファンファーレにしか聞こえませんでした。
「つまり、婚約破棄、ということで間違いございませんね? 取り消しはナシですよ? クーリングオフ期間も設定しませんよ?」
「……あ、ああ。当然だ。今さら泣いてすがっても無駄だぞ。貴様の罪状は、このリリアがすべて証言してくれている!」
殿下が力強く頷いた瞬間、私はドレスの裾をこれ以上ないほど優雅に持ち上げ、深く膝を折りました。
口元から溢れそうになる笑みを、必死に「貴族の微笑み」に変換して固定します。
「承知いたしました! 殿下、素晴らしいご決断です! 拍手喝采、感銘の至り! はい、喜んでお受けいたしますわ!」
「…………え?」
シリウス殿下の動きが止まりました。
隣で「か弱い被害者」を演じていたはずのリリア様も、ぱちくりと目を丸くしています。
「え、とは何ですの殿下。婚約破棄、成立ですわよね? では、さっそく事務手続きに入りましょう。公爵家への慰謝料請求は不要です。むしろこちらから『長らくお待たせして申し訳ありませんでした代』として、領地で採れた新種の野菜を差し上げてもよろしくてよ?」
「待て、ロザリア。貴様、話を聞いていたのか? 私は今、貴様を断罪しているのだぞ? もっとこう、ショックで泣き崩れたり、リリアを罵倒したりするのが筋ではないのか?」
「そんな時間の無駄、いたしませんわ。殿下、罪状の読み上げはまだありますの? お忙しいでしょうから、私が代わりに読み上げましょうか?」
私は扇を取り出し、そこにメモしていた「自分がやった(ことにされている)嫌がらせリスト」を広げました。
実家の領地へ帰る準備は、数ヶ月前から完璧に整えていたのです。
「えーと、まずは『リリア様の教科書を噴水に投げ捨てた件』。これは私です。正確には、投げ捨てたのではなく、防水加工のテストとして浮かべただけですが、結果的に水浸しにしたので私の責任ですわね。次、『夜会でリリア様のドレスに赤い飲み物をかけた件』。これも私です! あれはトマトジュースではなく、我がアルメリア公爵家が誇る『超激辛唐辛子エキス』だったので、シミ抜きは大変だったでしょう。申し訳ありませんわ!」
「……え、あ、ああ。そうだ、その通りだ。リリアはあの時、とても悲しんでいたんだぞ」
「そうでしたわね! リリア様、あの節はごめんなさい。でも、あのエキスを浴びたおかげで、リリア様の肌はカプサイシン効果でツヤツヤになりましたでしょう? 結果オーライですわ!」
私がリリア様にウインクを送ると、彼女は一瞬だけ、素の顔に戻って「……確かに、肌の調子は良くなりました」と呟きました。
よし、ヒロインの同意も得られました。
「ロ、ロザリア! ふざけるな! まだ罪状はあるぞ! 貴様、リリアを階段から突き落としただろう!」
「ああ、あれは突き落としたのではなく、体幹トレーニングの一環として背中を軽く押しただけですわ。でも殿下がそうおっしゃるなら、突き落としたことにしましょう! ハイ、これにて三つ目! まだあります? 残り二十項目くらいありますけれど、全部一括で認めちゃってよろしいかしら?」
「…………二十?」
シリウス殿下が呆然とした声を漏らしました。
どうやら、彼が用意していた罪状よりも、私の方が多く把握していたようです。
何しろ私は、この日のために「悪役令嬢として完璧に去るための自作自演」を積み重ねてきたのですから。
「殿下、そんなに驚かないでくださいませ。私は一刻も早く、自由の身になりたいだけなのです。さあ、公的身分剥奪の書類はどこですの? サインなら今ここで、一筆書きで流麗に書いて差し上げますわよ」
「……いや、その……。普通、婚約破棄を言い渡された令嬢は、もっとこう、悲劇のヒロインのように……」
「お言葉ですが殿下。今の私は、悲劇のヒロインよりも、脱獄に成功した囚人のような気分ですの。あ、失礼。囚人だなんて、殿下との婚約生活を刑務所扱いしたみたいでしたわね。……ふふ、その通りですけれど!」
ホールに、私の高笑いが響き渡りました。
周囲の貴族たちは、もはや何が起きているのか理解できず、彫像のように固まっています。
「ロザリア、貴様……。そんなに私と別れたかったのか? 私は、その……貴様が反省して『心を入れ替えます』と泣きついてくるのを……」
「まさか! 反省なんて、トウガラシの種一粒分もしておりませんわ! むしろ殿下、感謝しております。私に最高の引退記念パーティーを用意してくださって! リリア様、殿下を末長くよろしくお願いしますわね。彼は少し……いえ、かなり頭が固いところがありますが、顔だけは良いですから」
「ちょ、ちょっと、ロザリア様!?」
リリア様が何か言いたげに手を伸ばしましたが、私はそれを華麗なステップで回避しました。
今、ここで捕まるわけにはいきません。
外にはすでに、私の荷物を満載した馬車が待機しているのです。
「それでは皆様、ごきげんよう! 私はこれより、愛しのアルメリア領にて、世界一辛いトウガラシの栽培に人生を捧げる所存ですわ! 殿下、どうぞお幸せに! 二度と会うことはないでしょうけれど、お元気で!」
「待て! ロザリア! まだ話は終わっていない! 待てと言っているんだ!」
シリウス殿下の制止する声を背中に浴びながら、私はドレスをたくし上げ、全力でホールの出口へと走り出しました。
ハイヒールで走るのは少し大変ですが、十年に及ぶ王妃教育という名の拘束から解き放たれる喜びが、私の足を軽くさせます。
「さらば、退屈な王宮生活! こんにちは、燃えるような私のスパイス・パラダイス!」
扉を勢いよく開け放つと、そこには満天の星空が広がっていました。
私はそのまま、夜風を切って馬車へと飛び乗ります。
「御者さん、出してちょうだい! 行き先はアルメリア領、ノンストップでお願いね!」
「承知いたしました、お嬢様!」
馬車が音を立てて走り出します。
窓から後ろを振り返ると、城の入り口でシリウス殿下が、なぜか真っ青な顔でこちらを追いかけてきているのが見えました。
「……あら? 殿下、意外と足が速いのね。でも、トウガラシの収穫時期に間に合わないから、止まってあげる暇はありませんわ」
こうして、私の「悪役令嬢」としてのキャリアは、爆速かつ華麗に幕を閉じたのでした。
……はずだったのですが。
翌朝、領地の屋敷に到着した私を待っていたのは、泥まみれで馬を飛ばしてきた、執念深い王子の姿でした。
「……殿下。なぜ、ここにいらっしゃるのですか?」
「はあ、はあ……。当たり前だ……。婚約破棄の……罪状確認が、まだ終わっていないだろうが……!」
肩で息をしながら、シリウス殿下がそう叫びました。
どうやら、私の平穏な激辛ライフへの道は、想像以上にデコボコしているようです。
きらびやかなシャンデリアが輝く、卒業パーティーのメインホール。
音楽がピタリと止まり、貴族の令息令嬢たちが息を呑む中で、第一王子シリウス・ディ・ノヴァリスの声が朗々と響き渡りました。
その隣には、彼に守られるようにして震える、可憐な男爵令嬢リリアの姿があります。
断罪。追放。あるいは処刑。
そんな不穏な単語が頭をよぎる緊迫した空気の中、当の「悪役」である私は、手にしたシャンパングラスをそっとテーブルに置きました。
「……殿下、今、何とおっしゃいました?」
私はあえて、聞き返しました。
耳を疑ったからではありません。
あまりの嬉しさに、脳内の報酬系がバグを起こして、正常な判断ができなくなっていたからです。
「とぼけるな! 貴様がリリアに行った数々の嫌がらせ、もはや看過できん! 貴様のような心の醜い女は、王妃の座にふさわしくないと言っているのだ!」
シリウス殿下は、勝ち誇ったような顔で私を指差しました。
周囲からは「やはり」「かわいそうに」というヒソヒソ声が漏れ聞こえてきます。
しかし、私の耳にはそれらがすべて「おめでとう」「自由だ」という祝福のファンファーレにしか聞こえませんでした。
「つまり、婚約破棄、ということで間違いございませんね? 取り消しはナシですよ? クーリングオフ期間も設定しませんよ?」
「……あ、ああ。当然だ。今さら泣いてすがっても無駄だぞ。貴様の罪状は、このリリアがすべて証言してくれている!」
殿下が力強く頷いた瞬間、私はドレスの裾をこれ以上ないほど優雅に持ち上げ、深く膝を折りました。
口元から溢れそうになる笑みを、必死に「貴族の微笑み」に変換して固定します。
「承知いたしました! 殿下、素晴らしいご決断です! 拍手喝采、感銘の至り! はい、喜んでお受けいたしますわ!」
「…………え?」
シリウス殿下の動きが止まりました。
隣で「か弱い被害者」を演じていたはずのリリア様も、ぱちくりと目を丸くしています。
「え、とは何ですの殿下。婚約破棄、成立ですわよね? では、さっそく事務手続きに入りましょう。公爵家への慰謝料請求は不要です。むしろこちらから『長らくお待たせして申し訳ありませんでした代』として、領地で採れた新種の野菜を差し上げてもよろしくてよ?」
「待て、ロザリア。貴様、話を聞いていたのか? 私は今、貴様を断罪しているのだぞ? もっとこう、ショックで泣き崩れたり、リリアを罵倒したりするのが筋ではないのか?」
「そんな時間の無駄、いたしませんわ。殿下、罪状の読み上げはまだありますの? お忙しいでしょうから、私が代わりに読み上げましょうか?」
私は扇を取り出し、そこにメモしていた「自分がやった(ことにされている)嫌がらせリスト」を広げました。
実家の領地へ帰る準備は、数ヶ月前から完璧に整えていたのです。
「えーと、まずは『リリア様の教科書を噴水に投げ捨てた件』。これは私です。正確には、投げ捨てたのではなく、防水加工のテストとして浮かべただけですが、結果的に水浸しにしたので私の責任ですわね。次、『夜会でリリア様のドレスに赤い飲み物をかけた件』。これも私です! あれはトマトジュースではなく、我がアルメリア公爵家が誇る『超激辛唐辛子エキス』だったので、シミ抜きは大変だったでしょう。申し訳ありませんわ!」
「……え、あ、ああ。そうだ、その通りだ。リリアはあの時、とても悲しんでいたんだぞ」
「そうでしたわね! リリア様、あの節はごめんなさい。でも、あのエキスを浴びたおかげで、リリア様の肌はカプサイシン効果でツヤツヤになりましたでしょう? 結果オーライですわ!」
私がリリア様にウインクを送ると、彼女は一瞬だけ、素の顔に戻って「……確かに、肌の調子は良くなりました」と呟きました。
よし、ヒロインの同意も得られました。
「ロ、ロザリア! ふざけるな! まだ罪状はあるぞ! 貴様、リリアを階段から突き落としただろう!」
「ああ、あれは突き落としたのではなく、体幹トレーニングの一環として背中を軽く押しただけですわ。でも殿下がそうおっしゃるなら、突き落としたことにしましょう! ハイ、これにて三つ目! まだあります? 残り二十項目くらいありますけれど、全部一括で認めちゃってよろしいかしら?」
「…………二十?」
シリウス殿下が呆然とした声を漏らしました。
どうやら、彼が用意していた罪状よりも、私の方が多く把握していたようです。
何しろ私は、この日のために「悪役令嬢として完璧に去るための自作自演」を積み重ねてきたのですから。
「殿下、そんなに驚かないでくださいませ。私は一刻も早く、自由の身になりたいだけなのです。さあ、公的身分剥奪の書類はどこですの? サインなら今ここで、一筆書きで流麗に書いて差し上げますわよ」
「……いや、その……。普通、婚約破棄を言い渡された令嬢は、もっとこう、悲劇のヒロインのように……」
「お言葉ですが殿下。今の私は、悲劇のヒロインよりも、脱獄に成功した囚人のような気分ですの。あ、失礼。囚人だなんて、殿下との婚約生活を刑務所扱いしたみたいでしたわね。……ふふ、その通りですけれど!」
ホールに、私の高笑いが響き渡りました。
周囲の貴族たちは、もはや何が起きているのか理解できず、彫像のように固まっています。
「ロザリア、貴様……。そんなに私と別れたかったのか? 私は、その……貴様が反省して『心を入れ替えます』と泣きついてくるのを……」
「まさか! 反省なんて、トウガラシの種一粒分もしておりませんわ! むしろ殿下、感謝しております。私に最高の引退記念パーティーを用意してくださって! リリア様、殿下を末長くよろしくお願いしますわね。彼は少し……いえ、かなり頭が固いところがありますが、顔だけは良いですから」
「ちょ、ちょっと、ロザリア様!?」
リリア様が何か言いたげに手を伸ばしましたが、私はそれを華麗なステップで回避しました。
今、ここで捕まるわけにはいきません。
外にはすでに、私の荷物を満載した馬車が待機しているのです。
「それでは皆様、ごきげんよう! 私はこれより、愛しのアルメリア領にて、世界一辛いトウガラシの栽培に人生を捧げる所存ですわ! 殿下、どうぞお幸せに! 二度と会うことはないでしょうけれど、お元気で!」
「待て! ロザリア! まだ話は終わっていない! 待てと言っているんだ!」
シリウス殿下の制止する声を背中に浴びながら、私はドレスをたくし上げ、全力でホールの出口へと走り出しました。
ハイヒールで走るのは少し大変ですが、十年に及ぶ王妃教育という名の拘束から解き放たれる喜びが、私の足を軽くさせます。
「さらば、退屈な王宮生活! こんにちは、燃えるような私のスパイス・パラダイス!」
扉を勢いよく開け放つと、そこには満天の星空が広がっていました。
私はそのまま、夜風を切って馬車へと飛び乗ります。
「御者さん、出してちょうだい! 行き先はアルメリア領、ノンストップでお願いね!」
「承知いたしました、お嬢様!」
馬車が音を立てて走り出します。
窓から後ろを振り返ると、城の入り口でシリウス殿下が、なぜか真っ青な顔でこちらを追いかけてきているのが見えました。
「……あら? 殿下、意外と足が速いのね。でも、トウガラシの収穫時期に間に合わないから、止まってあげる暇はありませんわ」
こうして、私の「悪役令嬢」としてのキャリアは、爆速かつ華麗に幕を閉じたのでした。
……はずだったのですが。
翌朝、領地の屋敷に到着した私を待っていたのは、泥まみれで馬を飛ばしてきた、執念深い王子の姿でした。
「……殿下。なぜ、ここにいらっしゃるのですか?」
「はあ、はあ……。当たり前だ……。婚約破棄の……罪状確認が、まだ終わっていないだろうが……!」
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