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「……兄上。あまりの衝撃に、私の視覚がバグを起こしたかと思いましたよ」
第二王子カイル殿下は、白手袋をはめた指先で眼鏡のブリッジを押し上げ、心底汚いものを見るような目で兄を見つめました。
無理もありません。
第一王子シリウス殿下は、現在、トウガラシの苗に水をやるために、泥だらけの長靴を履き、顔には誇らしげな土汚れをつけたまま、私の隣で直立不動になっているのですから。
「カイルか。わざわざ王都からこんな辺境まで、何の用だ。見ての通り、私は今、国家の未来を左右する重要な『潜入捜査』の真っ最中なのだ」
「……潜入捜査? 兄上、その右手に持っているのはジョウロですよね? そして左手には『アブラムシ撃退スプレー』と書かれたボトルが握られていますが。これが国家の未来ですか?」
「そうだ! アブラムシの一匹も殺せない男に、国を守ることなどできん! 私は今、生命の神秘と、外敵との戦いの厳しさを学んでいるのだ!」
シリウス殿下は、もっともらしい理屈を並べて堂々と胸を張りました。
その横で、私はカイル殿下に向けて完璧な淑女の礼(カーテシー)を披露します。
「お久しぶりでございます、カイル殿下。本日はどのような御用向きでしょうか? まさか、殿下もトウガラシの栽培にご興味が?」
「あるわけがないでしょう、ロザリア様。……というか、貴女です。兄上をここまで『野生化』させた元凶は。父上が心配……いえ、呆れ果てて、私が様子を見に来る羽目になったのですよ」
カイル殿下は溜息をつき、周囲の畑を見渡しました。
彼はシリウス殿下とは対照的に、冷徹なまでの知性を感じさせる美貌の持ち主です。
無駄な情熱を嫌い、すべてを効率と理論で語る「氷の王子」。
私のトウガラシ理論が最も通用しなさそうな相手ですわ。
「兄上、すぐに身なりを整えてください。今日中に王都へ連れ戻します。貴方が放り出していった執務の山のおかげで、私の睡眠時間は削られ、肌のコンディションは最悪なのです」
「断る! 私はまだ、ロザリアの罪状をすべて精査しきっていない。それに……昨日の『麻婆』のリベンジもしなくてはならんのだ!」
「マーボー? 何ですか、その怪しげな呪文は。兄上、目を覚ましてください。貴方は公爵令嬢に婚約破棄を突きつけ、断罪するためにここへ来たはずでしょう?」
「そうだ! だからこそ、彼女の私生活を徹底的に監視し、その心の闇を暴き出す必要があるのだ!」
カイル殿下は、兄のあまりにも支離滅裂な言い分に、ついに眼鏡を外して眉間を揉み始めました。
どうやら、シリウス殿下が完全に「激辛の沼」に引きずり込まれていることを察したようです。
「……なるほど。ロザリア様、貴女が兄上を何らかの精神操作……あるいは薬物的な手段で籠絡したと見て間違いなさそうですね」
「心外ですわ、カイル殿下。私はただ、殿下の情熱を正しい方向に導いて差し上げただけですわよ。……そう、この『赤い宝石』たちを育てるという崇高な使命に」
私は足元に実り始めた、ひときわ真っ赤なトウガラシを指差しました。
カイル殿下はそれを冷ややかな目で見下ろすと、鼻で笑いました。
「たかがスパイスの一つで、王家の血を引く人間が動かされるはずがない。兄上、もういいでしょう。こんな女の茶番に付き合うのは時間の無駄です。強制的にでも連れて帰りますよ」
「待ちなさい、カイル殿下」
私は、冷たい口調で彼を呼び止めました。
効率と理論。それを重んじる彼にこそ、教えてあげなければなりません。
この世界には、理屈では説明できない「熱」が存在することを。
「殿下は、私のトウガラシを『たかがスパイス』と切り捨てられましたわね? ……もし、私の料理が殿下のその『冷徹な理論』を打ち砕くことができたら、シリウス殿下の滞在をあと一週間、認めていただけますか?」
「……ほう。私に勝負を挑むのですか? 無意味ですね。私は兄上のように、感情に流されることはありませんよ」
「あら、自信がおありなのね。では、勝負成立ですわ」
私は不敵に微笑みました。
カイル殿下のようなタイプには、正面からの熱弁は通用しません。
脳を直接攻撃するような、鮮烈な刺激こそがふさわしい。
「さあ、カイル殿下。中へどうぞ。王都では決して味わえない、最高に『知的な』ティータイムを用意させていただきますわ」
「いいだろう。貴女の虚勢がいつまで続くか、見物だ」
カイル殿下は余裕の笑みを浮かべて、屋敷の中へと歩き出しました。
その後ろを、シリウス殿下が「おい、カイル! やめておけ! あいつの料理は、物理的に脳を焼くぞ!」と必死に警告しながら追いかけていきます。
私は、キッチンへ向かう道すがら、隠し持っていた「秘密のスパイス」の小瓶を握りしめました。
今日のメニューは、見た目は極上のスイーツ、中身は爆弾。
『超激辛チョコレート・フォンダン』です。
「……ふふふ。氷の王子様が、どんな顔で溶け出すか楽しみですわ」
アルメリア領に、新たな犠牲者……いえ、新たな「同志」が加わる予感に、私は胸を躍らせるのでした。
第二王子カイル殿下は、白手袋をはめた指先で眼鏡のブリッジを押し上げ、心底汚いものを見るような目で兄を見つめました。
無理もありません。
第一王子シリウス殿下は、現在、トウガラシの苗に水をやるために、泥だらけの長靴を履き、顔には誇らしげな土汚れをつけたまま、私の隣で直立不動になっているのですから。
「カイルか。わざわざ王都からこんな辺境まで、何の用だ。見ての通り、私は今、国家の未来を左右する重要な『潜入捜査』の真っ最中なのだ」
「……潜入捜査? 兄上、その右手に持っているのはジョウロですよね? そして左手には『アブラムシ撃退スプレー』と書かれたボトルが握られていますが。これが国家の未来ですか?」
「そうだ! アブラムシの一匹も殺せない男に、国を守ることなどできん! 私は今、生命の神秘と、外敵との戦いの厳しさを学んでいるのだ!」
シリウス殿下は、もっともらしい理屈を並べて堂々と胸を張りました。
その横で、私はカイル殿下に向けて完璧な淑女の礼(カーテシー)を披露します。
「お久しぶりでございます、カイル殿下。本日はどのような御用向きでしょうか? まさか、殿下もトウガラシの栽培にご興味が?」
「あるわけがないでしょう、ロザリア様。……というか、貴女です。兄上をここまで『野生化』させた元凶は。父上が心配……いえ、呆れ果てて、私が様子を見に来る羽目になったのですよ」
カイル殿下は溜息をつき、周囲の畑を見渡しました。
彼はシリウス殿下とは対照的に、冷徹なまでの知性を感じさせる美貌の持ち主です。
無駄な情熱を嫌い、すべてを効率と理論で語る「氷の王子」。
私のトウガラシ理論が最も通用しなさそうな相手ですわ。
「兄上、すぐに身なりを整えてください。今日中に王都へ連れ戻します。貴方が放り出していった執務の山のおかげで、私の睡眠時間は削られ、肌のコンディションは最悪なのです」
「断る! 私はまだ、ロザリアの罪状をすべて精査しきっていない。それに……昨日の『麻婆』のリベンジもしなくてはならんのだ!」
「マーボー? 何ですか、その怪しげな呪文は。兄上、目を覚ましてください。貴方は公爵令嬢に婚約破棄を突きつけ、断罪するためにここへ来たはずでしょう?」
「そうだ! だからこそ、彼女の私生活を徹底的に監視し、その心の闇を暴き出す必要があるのだ!」
カイル殿下は、兄のあまりにも支離滅裂な言い分に、ついに眼鏡を外して眉間を揉み始めました。
どうやら、シリウス殿下が完全に「激辛の沼」に引きずり込まれていることを察したようです。
「……なるほど。ロザリア様、貴女が兄上を何らかの精神操作……あるいは薬物的な手段で籠絡したと見て間違いなさそうですね」
「心外ですわ、カイル殿下。私はただ、殿下の情熱を正しい方向に導いて差し上げただけですわよ。……そう、この『赤い宝石』たちを育てるという崇高な使命に」
私は足元に実り始めた、ひときわ真っ赤なトウガラシを指差しました。
カイル殿下はそれを冷ややかな目で見下ろすと、鼻で笑いました。
「たかがスパイスの一つで、王家の血を引く人間が動かされるはずがない。兄上、もういいでしょう。こんな女の茶番に付き合うのは時間の無駄です。強制的にでも連れて帰りますよ」
「待ちなさい、カイル殿下」
私は、冷たい口調で彼を呼び止めました。
効率と理論。それを重んじる彼にこそ、教えてあげなければなりません。
この世界には、理屈では説明できない「熱」が存在することを。
「殿下は、私のトウガラシを『たかがスパイス』と切り捨てられましたわね? ……もし、私の料理が殿下のその『冷徹な理論』を打ち砕くことができたら、シリウス殿下の滞在をあと一週間、認めていただけますか?」
「……ほう。私に勝負を挑むのですか? 無意味ですね。私は兄上のように、感情に流されることはありませんよ」
「あら、自信がおありなのね。では、勝負成立ですわ」
私は不敵に微笑みました。
カイル殿下のようなタイプには、正面からの熱弁は通用しません。
脳を直接攻撃するような、鮮烈な刺激こそがふさわしい。
「さあ、カイル殿下。中へどうぞ。王都では決して味わえない、最高に『知的な』ティータイムを用意させていただきますわ」
「いいだろう。貴女の虚勢がいつまで続くか、見物だ」
カイル殿下は余裕の笑みを浮かべて、屋敷の中へと歩き出しました。
その後ろを、シリウス殿下が「おい、カイル! やめておけ! あいつの料理は、物理的に脳を焼くぞ!」と必死に警告しながら追いかけていきます。
私は、キッチンへ向かう道すがら、隠し持っていた「秘密のスパイス」の小瓶を握りしめました。
今日のメニューは、見た目は極上のスイーツ、中身は爆弾。
『超激辛チョコレート・フォンダン』です。
「……ふふふ。氷の王子様が、どんな顔で溶け出すか楽しみですわ」
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