15 / 28
15
しおりを挟む
「……はあ、はあ。何だ……何なのだ、この食べ物は! 口の中に太陽が、太陽が墜落したような衝撃だ!」
王宮の会議室。普段は国家の進路を決定する厳粛な場所で、財務大臣のデリク伯爵が、ハンカチを噛み締めながら絶叫していました。
彼の目の前には、一口かじられた真っ赤なカレーパン。
そしてその隣では、内務大臣や軍務大臣といった、王国の屋台骨を支える重鎮たちが、揃って顔を真っ赤にし、滝のような汗を流しながら悶絶しています。
「大臣、落ち着いてください。それは毒ではありません。我が国の未来を照らす、新たな『熱狂』ですわ」
私は、会議室の片隅で優雅に扇を広げ、彼らを見守っていました。
公爵令嬢としてのドレスを再び纏っていますが、心の中は「激辛帝国の最高経営責任者」そのものです。
私の横には、泥を落として王子としての装いに戻ったものの、どことなく農夫の逞しさが隠しきれていないシリウス殿下たちが、直立不動で並んでいます。
「デリクよ、不満か? 私はこれを食べた瞬間、二十歳(はたち)の頃の野心を取り戻したぞ。お前も、その肥え太った腹に刺激を叩き込んで、少しはマシな予算案を考えたらどうだ?」
上座で、さらにおかわり(辛さ三倍)を要求しているのは、我らが国王陛下です。
陛下は、カレーパンの刺激で完全に「全盛期の覇気」を取り戻したようで、目がギラギラと輝いています。
「へ、陛下……。確かに、この……この『痛み』の後に来る謎の爽快感は、癖になりますが……。しかし、これを国民に広めるというのは、いささか過激では……」
「過激? 結構ではないか。退屈な平和に慣れすぎたこの国には、今これほどの熱さが必要なのだ。……さて、ロザリア・フォン・アルメリア。貴女をここに呼んだ理由、わかっているな?」
陛下が、鋭い視線を私に向けました。
私は一歩前に出、完璧なカーテシーを披露します。
「はい。私のトウガラシ事業に対する、国家的な支援と……それから、私の『身分』に関する最終的な決着、ですわね?」
「……そうだ。シリウスが貴女に突きつけた婚約破棄。本来なら、王家の不徳として私が謝罪すべき事態だ。だが……今のこの、息子たちの生き生きとした……いや、泥にまみれた姿を見て、私は考えを変えた」
陛下はシリウス殿下を一瞥しました。
殿下は気まずそうに目を逸らしつつも、「……父上、私はロザリアと共に土を耕したいのです」と小声で呟いています。
「ロザリア。貴女を公爵令嬢として、再びシリウスの婚約者に据えようという話も出たのだが……。貴女の顔を見る限り、そんなものは求めていないようだな?」
「お察しの通りですわ、陛下。私は一度『返品』された身。今さら王妃教育という名の檻に戻るつもりはありません。私が求めているのは、王冠よりも、世界一の激辛畑を経営する権利ですわ」
会議室がざわつきました。
大臣たちは「王妃の座を蹴るなんて!」と驚愕していますが、カイル殿下だけは「……合理的だ」と小さく頷いています。
「ふむ。……ならば、こうしよう。私は、貴女の『婚約破棄』を正式に認める。公爵家の名誉も私が保証しよう。……その代わりだ。ロザリア、貴女を『王立・激辛産業省』の初代大臣に任命する」
「……はい?」
「さらに、シリウス、カイル、レオナルトの三名を、貴女の直属の部下として配属する。王子の身分はそのままだが、実務上は貴女の『小作人』もとい『補佐官』だ。トウガラシの量産と、王国内への普及。これが、我が王家が貴女に課す、新たな『契約』だ」
陛下は、ニヤリと不敵に笑いました。
王子の婚約者を辞めさせる代わりに、王子三人を使って国を豊かにしろ、というのです。
なんという無茶苦茶な、そして魅力的な提案。
「……面白いですわね。三人の王子を顎で使い、国中を真っ赤に染め上げる……。悪役令嬢と呼ばれた私には、ぴったりの役割ですわ」
「ロザリア! やったな! これで私は、堂々と貴女の畑でクワを振るえるわけだ! 大臣殿、今日からの私のノルマを教えてくれ!」
シリウス殿下が、嬉々として私の前に膝をつきました。
もはや王子の威厳など微塵もありませんが、その瞳は希望に満ちています。
「兄上、喜びすぎです。……ロザリア様。……いえ、大臣閣下。物流の最適化については、すでに私の脳内でプランが完成しております。すぐにでも予算申請を……」
「ロザリア! 俺は騎士団にトウガラシを配備する計画を立てたぞ! 食うだけで戦意が最高潮になる、最強の軍隊を作るんだ!」
三人の王子が、私の周りで騒ぎ立て始めました。
それを眺めながら、陛下は最後の一つとなったカレーパンを口に運び、満足げに目を細めました。
「……決まりだな。今日、この瞬間より、我が王国は『激辛立国』へと生まれ変わる。……ロザリア、期待しているぞ。この国の退屈を、貴女のトウガラシで焼き尽くしてくれ」
「承知いたしました、陛下。……まずは、この会議室にいる大臣の皆様の意識改革から始めさせていただきますわね。……執事、特製『デスソース・ラテ』を、皆様の人数分持ってきてちょうだい!」
「「「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!!」」」
大臣たちの悲鳴が王宮に響き渡る中、私の「新たな悪役(キャリア)」が、幕を開けたのでした。
婚約破棄から始まったはずの私の物語は、もはや恋愛小説の枠を超え、国家の胃袋を揺るがす「激辛なサクセスストーリー」へと変貌を遂げたのです。
王宮の会議室。普段は国家の進路を決定する厳粛な場所で、財務大臣のデリク伯爵が、ハンカチを噛み締めながら絶叫していました。
彼の目の前には、一口かじられた真っ赤なカレーパン。
そしてその隣では、内務大臣や軍務大臣といった、王国の屋台骨を支える重鎮たちが、揃って顔を真っ赤にし、滝のような汗を流しながら悶絶しています。
「大臣、落ち着いてください。それは毒ではありません。我が国の未来を照らす、新たな『熱狂』ですわ」
私は、会議室の片隅で優雅に扇を広げ、彼らを見守っていました。
公爵令嬢としてのドレスを再び纏っていますが、心の中は「激辛帝国の最高経営責任者」そのものです。
私の横には、泥を落として王子としての装いに戻ったものの、どことなく農夫の逞しさが隠しきれていないシリウス殿下たちが、直立不動で並んでいます。
「デリクよ、不満か? 私はこれを食べた瞬間、二十歳(はたち)の頃の野心を取り戻したぞ。お前も、その肥え太った腹に刺激を叩き込んで、少しはマシな予算案を考えたらどうだ?」
上座で、さらにおかわり(辛さ三倍)を要求しているのは、我らが国王陛下です。
陛下は、カレーパンの刺激で完全に「全盛期の覇気」を取り戻したようで、目がギラギラと輝いています。
「へ、陛下……。確かに、この……この『痛み』の後に来る謎の爽快感は、癖になりますが……。しかし、これを国民に広めるというのは、いささか過激では……」
「過激? 結構ではないか。退屈な平和に慣れすぎたこの国には、今これほどの熱さが必要なのだ。……さて、ロザリア・フォン・アルメリア。貴女をここに呼んだ理由、わかっているな?」
陛下が、鋭い視線を私に向けました。
私は一歩前に出、完璧なカーテシーを披露します。
「はい。私のトウガラシ事業に対する、国家的な支援と……それから、私の『身分』に関する最終的な決着、ですわね?」
「……そうだ。シリウスが貴女に突きつけた婚約破棄。本来なら、王家の不徳として私が謝罪すべき事態だ。だが……今のこの、息子たちの生き生きとした……いや、泥にまみれた姿を見て、私は考えを変えた」
陛下はシリウス殿下を一瞥しました。
殿下は気まずそうに目を逸らしつつも、「……父上、私はロザリアと共に土を耕したいのです」と小声で呟いています。
「ロザリア。貴女を公爵令嬢として、再びシリウスの婚約者に据えようという話も出たのだが……。貴女の顔を見る限り、そんなものは求めていないようだな?」
「お察しの通りですわ、陛下。私は一度『返品』された身。今さら王妃教育という名の檻に戻るつもりはありません。私が求めているのは、王冠よりも、世界一の激辛畑を経営する権利ですわ」
会議室がざわつきました。
大臣たちは「王妃の座を蹴るなんて!」と驚愕していますが、カイル殿下だけは「……合理的だ」と小さく頷いています。
「ふむ。……ならば、こうしよう。私は、貴女の『婚約破棄』を正式に認める。公爵家の名誉も私が保証しよう。……その代わりだ。ロザリア、貴女を『王立・激辛産業省』の初代大臣に任命する」
「……はい?」
「さらに、シリウス、カイル、レオナルトの三名を、貴女の直属の部下として配属する。王子の身分はそのままだが、実務上は貴女の『小作人』もとい『補佐官』だ。トウガラシの量産と、王国内への普及。これが、我が王家が貴女に課す、新たな『契約』だ」
陛下は、ニヤリと不敵に笑いました。
王子の婚約者を辞めさせる代わりに、王子三人を使って国を豊かにしろ、というのです。
なんという無茶苦茶な、そして魅力的な提案。
「……面白いですわね。三人の王子を顎で使い、国中を真っ赤に染め上げる……。悪役令嬢と呼ばれた私には、ぴったりの役割ですわ」
「ロザリア! やったな! これで私は、堂々と貴女の畑でクワを振るえるわけだ! 大臣殿、今日からの私のノルマを教えてくれ!」
シリウス殿下が、嬉々として私の前に膝をつきました。
もはや王子の威厳など微塵もありませんが、その瞳は希望に満ちています。
「兄上、喜びすぎです。……ロザリア様。……いえ、大臣閣下。物流の最適化については、すでに私の脳内でプランが完成しております。すぐにでも予算申請を……」
「ロザリア! 俺は騎士団にトウガラシを配備する計画を立てたぞ! 食うだけで戦意が最高潮になる、最強の軍隊を作るんだ!」
三人の王子が、私の周りで騒ぎ立て始めました。
それを眺めながら、陛下は最後の一つとなったカレーパンを口に運び、満足げに目を細めました。
「……決まりだな。今日、この瞬間より、我が王国は『激辛立国』へと生まれ変わる。……ロザリア、期待しているぞ。この国の退屈を、貴女のトウガラシで焼き尽くしてくれ」
「承知いたしました、陛下。……まずは、この会議室にいる大臣の皆様の意識改革から始めさせていただきますわね。……執事、特製『デスソース・ラテ』を、皆様の人数分持ってきてちょうだい!」
「「「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!!」」」
大臣たちの悲鳴が王宮に響き渡る中、私の「新たな悪役(キャリア)」が、幕を開けたのでした。
婚約破棄から始まったはずの私の物語は、もはや恋愛小説の枠を超え、国家の胃袋を揺るがす「激辛なサクセスストーリー」へと変貌を遂げたのです。
0
あなたにおすすめの小説
逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。
しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。
父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。
旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。
陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。
やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。
平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。
その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。
しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
はい!喜んで!
みおな
恋愛
伯爵令嬢のシリルは、婚約者から婚約破棄を告げられる。
時を同じくして、侯爵令嬢のリエルも、婚約者から婚約破棄を告げられる。
彼女たちはにっこりと微笑んで答えた。
「はい。喜んで」
断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜
白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。
私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。
けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?
関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。
竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。
『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』
❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。
*乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。
*表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。
*いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。
*他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる