断罪されているはずが、なぜか殿下が追いかけてくる

萩月

文字の大きさ
16 / 28

16

しおりを挟む
「……素晴らしい。王都の一等地、かつて美しきバラが咲き誇っていたこの地に、これほどまでに『攻撃的な赤』が並ぶとは。……全くだ、涙が出るな」

 王立アカデミーの正面庭園。
 現在、そこは「王立・激辛産業省」の直轄地、通称『第一テスト圃場(ほじょう)』へと姿を変えていました。
 シリウス殿下は、誇らしげに腰に手を当て、一面に植えられたトウガラシの苗を見渡して深く頷いています。

「兄上、感動に浸っている暇はありませんよ。ほら、あちらから『旧時代の遺物』の方々が、香水の匂いを振りまきながら進軍してきています」

 カイル殿下が、防護ゴーグルを指でクイッと押し上げながら冷静に指摘しました。
 彼の視線の先には、華やかなドレスに身を包み、ハンカチを鼻に当てて顔をしかめた貴族令嬢たちの集団がありました。
 その先頭に立つのは、保守派貴族の重鎮、バルモア伯爵の令嬢イザベラ。
 かつての私、つまり「社交界の華」を気取っていた頃のライバルですわ。

「……まあ! なんてことでしょう! ロザリア様、貴女という人は、ついに頭までトウガラシの毒に冒されてしまったのですか!?」

 イザベラ様は、私の目の前で大袈裟に扇を広げ、周囲の令嬢たちと同調するように深く溜息をつきました。

「このアカデミーの庭園は、美しき伝統の象徴でしたのよ。それをこんな……鼻を突くような悪臭を放つ、野蛮な赤色の草に変えてしまうなんて! 殿下たちまで泥まみれにして、貴女、自分が何をしているかわかっておいでなの!?」

 私は、手にした霧吹き(中身はトウガラシエキス100%)をそっと置き、優雅に微笑みました。

「あら、イザベラ様。ごきげんよう。これは悪臭ではなく『生命の躍動(スパイス)』ですわ。それに、バラは見るだけですが、このトウガラシは国を富ませ、国民を熱狂させ、さらには冬の冷え性まで改善する、まさに国家の宝なのですわよ?」

「宝!? 笑わせないで! こんな下品なもの、王都の景観を損なうだけですわ! 今すぐ元に戻しなさい! さもないと、お父様を通じて陛下に厳重に抗議いたしますから!」

 イザベラ様の金切り声が響き渡ります。
 周囲の学生たちも遠巻きに様子を伺っていますが、令嬢たちの放つ「伝統」という名の重圧に、少しばかり気圧されているようですわ。

「……おい、イザベラ。先ほどから黙って聞いていれば、我が部下の仕事に随分な言い草ではないか」

 低い、そして有無を言わせぬ威厳に満ちた声。
 トウガラシの茂みからぬっと現れたのは、泥だらけのシャツのボタンを大胆に開け、ワイルドという言葉を具現化したようなシリウス殿下でした。

「し、シリウス殿下!? まあ……なんてお痛わしいお姿に……! さあ、殿下、そんな汚らわしい場所から今すぐこちらへ! この魔女ロザリアの洗脳を解かなければ……!」

「洗脳だと? ふざけるな。私は今、かつてないほど正気だ」

 シリウス殿下は、イザベラ様の差し出した手を無視し、ずんずんと私の方へ歩み寄ってきました。
 そして、何を思ったのか。
 彼は私の両肩をガシッと掴み、真剣な眼差しで私の瞳を見つめたのです。

「ロザリア。私は、あの日からずっと考えていた。……いや、この畑を耕しながら、確信したんだ」

「……は、はい? 何でしょう、殿下。肥料の配合ミスでしたら、後でお聞きしますわよ」

「違う! ……いいか、よく聞け。……私はもう、これ無しでは生きていけない体になってしまったんだ!」

 シリウス殿下の絶叫に近い告白。
 庭園に、静寂が訪れました。
 令嬢たちは「まあ……!」と頬を染め、カイル殿下は「あ、これいつものやつだ」と呆れたように天を仰いでいます。

「ロザリア! 私は貴様が……貴様の作り出す、あの燃えるような熱さが欲しいんだ! 毎日、朝から晩まで貴様を求めている! 貴様の刺激がないと、私の人生は無味乾燥で、まるでお湯で薄めたスープのようなものだ!」

「…………え、あの、殿下?」

「私の隣には、貴様がいなければならない! 貴様と共に、この赤き大地を歩み、共に世界を焼き尽くしたい! ……ロザリア! 私の……私の専属の、最高責任者になってくれ!」

「………………」

 ……一瞬、周囲は「情熱的なプロポーズ」に酔いしれかけました。
 しかし、その「告白」の内容をよく吟味したイザベラ様たちは、次第に顔を引き攣らせていきます。

「……ちょっと、殿下。今、その……『貴様』というのは、トウガラシのことではなく、ロザリア様のこと……ですわよね?」

「当たり前だ! ロザリアとトウガラシ、それはもはや分かちがたい不可分な存在だ! 私は彼女の情熱(カプサイシン)を愛していると言っているんだ!」

「カプ……何ですのそれ!? 殿下、しっかりなさって! 愛を語る相手が、公爵令嬢ではなく『辛味成分』になっていますわよ!」

「うるさい! お前たちのような、刺激の足りない女に何がわかる! ロザリア、返事をくれ! 共に激辛の向こう側へ行こう!」

 シリウス殿下は、完全に自分の世界に入り込み、私の手を握ってブンブンと上下に振り始めました。
 
「……殿下。とりあえず、今すぐその握った手を離してください。トウガラシを触った手で私の手を握ると、あとで猛烈にヒリヒリしますの」

「あ。……済まない、つい情熱が溢れてしまった」

 私は溜息をつき、呆然としているイザベラ様の方を向きました。

「イザベラ様。ご覧の通りですわ。……殿下は、伝統よりも『刺激』を選ばれましたの。もし貴女が、この庭園をバラに戻したいとおっしゃるなら、殿下以上の情熱で、このトウガラシたちを上回る『刺激』を私たちに見せていただけますかしら?」

「……し、刺激……? 私が、そんな……野蛮なことを……」

「あら、できないのですか? それでは、この『第一テスト圃場』の運営を邪魔しないでくださいませ。……あ、せっかくですから、今朝収穫したての『火龍の涙(ハバネロ)』を差し上げますわ。これを食べて、少しは頭を冷やし……いえ、熱くされるとよろしいですわよ」

 私が真っ赤な実を一粒差し出すと、イザベラ様たちは悲鳴を上げて、逃げるように去っていきました。
 
 ……第一王子による、史上最も「暑苦しい」告白は、こうして不発(?)に終わりました。
 
「……ロザリア。私の想い、伝わっただろうか?」

「ええ、殿下。……『労働意欲の高さ』だけは、痛いほど伝わりましたわ。……さあ、告白が終わったなら、あそこの畝に虫除けを撒いてきてください。一匹でも見逃したら、夕食の担々麺は三辛に落としますわよ」

「なっ、それは死刑宣告と同じだ! 待っていろ、一匹残らず殲滅してやる!」

 シリウス殿下は、再び泥まみれになって畑へとダイブしていきました。
 
 私の静かな隠居生活は、もう二度と戻ってこない。
 ……でも、この騒がしくて激辛な日々も、案外悪くないわね。
 
 私は、真っ赤に実ったトウガラシを一つ手に取り、満足げに微笑むのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。

しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。 父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。 旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。 陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。 やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。 平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。 その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。 しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

千年に一度の美少女になったらしい

みな
恋愛
この世界の美的感覚は狂っていた... ✳︎完結した後も番外編を作れたら作っていきたい... ✳︎視点がころころ変わります...

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

はい!喜んで!

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のシリルは、婚約者から婚約破棄を告げられる。  時を同じくして、侯爵令嬢のリエルも、婚約者から婚約破棄を告げられる。  彼女たちはにっこりと微笑んで答えた。 「はい。喜んで」

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...