断罪されているはずが、なぜか殿下が追いかけてくる

萩月

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「……出た。出たぞ、ロザリア! 見てくれ、この小さくも力強い、生命の息吹を!」

 王立アカデミーの第一テスト圃場。
 シリウス殿下が、地面に這いつくばるような姿勢で、一つの小さな双葉を見つめて震えていました。
 その瞳には、かつて王位継承権を争っていた時でさえ見せなかった、純粋で熱い涙が浮かんでいます。

「まあ、殿下。そんなに興奮して、せっかく芽吹いたばかりのトウガラシを鼻息で吹き飛ばさないでくださいませ」

 私は、ジョウロを片手に、その小さな緑の芽を見下ろしました。
 土を割って顔を出したばかりの、ひ弱な双葉。
 しかし、これが数ヶ月後には、人を悶絶させ、王宮を炎上させるほどの凶暴な赤へと育つのです。
 なんという感慨深い光景でしょう。

「兄上、喜びすぎですよ。芽が出たということは、これから間引きや追肥、病害虫との戦いが本格化するということです。……計算によれば、生存率は現時点で八十二パーセント。気を抜けばすぐに全滅しますよ」

 カイル殿下が、相変わらず冷徹に手帳へ記録をつけています。
 しかし、その眼鏡の奥の瞳は、どことなく満足げに細められていました。

「うるさいぞカイル! 今日だけは、この感動に浸らせてくれ! ああっ、可愛い……。この双葉、どことなくロザリアの幼い頃に似ていないか?」

「似てませんわよ。私はトウガラシではありませんわ」

「ロザリア様! 芽が出たお祝いに、今日は騎士団の連中と『トウガラシ音頭』を踊ってもよろしいでしょうか!」

 レオナルト殿下が、鍬を担いで元気よく駆け寄ってきました。
 ……トウガラシ音頭。そんな不気味な踊り、流行らせないでいただきたいものですわ。

 そんな賑やかな私たちの前に、突如としてトランペットのファンファーレが鳴り響きました。
 
「……な、何ですの? この騒がしい音は」

 庭園の入り口から現れたのは、黄金の御輿(みこし)に乗った国王陛下。
 そして、なぜかその後ろには、厳粛な面持ちをした王宮神官たちの姿がありました。

「ロザリア、シリウス! 吉報は聞いているぞ! ついに『次世代の希望』が芽吹いたそうではないか!」

 陛下が御輿から飛び降り、泥だらけのシリウス殿下の手を力強く握り締めました。

「父上! 見てください、この見事な芽を! 我が国の未来は明るいですぞ!」

「ああ、わかっている。……シリウスよ、お前がロザリアに対してあのような情熱的な告白をしたと聞き、私は確信した。お前たちの仲をこれ以上、形式上の理由で引き裂いておくのは国家の損失だとな!」

「……え?」

 私の脳内に、嫌な予感が過りました。
 陛下は、背後の神官たちに手招きをしました。

「よって、本日この佳き日に、トウガラシの芽生えを祝うと共に、貴殿ら二人の『再婚約』を公式に宣言する! 神官よ、今すぐその場で契約の儀を執り行え!」

「「「「ええええええええええっ!!?」」」」

 私、シリウス殿下、カイル殿下、レオナルト殿下。
 四人の絶叫が、アカデミーの空に響き渡りました。

「ちょ、ちょっとお待ちください陛下! 再婚約!? そんな話、一言も聞いておりませんわ!」

「何を言うのだロザリア。シリウスが先日、全校生徒の前で『毎日貴様を求めている』と叫んだのだろう? これ以上の愛の誓いがあるか! さあ、恥ずかしがらずに誓いのトウガラシを食すのだ!」

「父上、あれはトウガラシへの愛も含まれていたと言いますか……いや、もちろんロザリアは愛おしいのですが、今すぐ結婚となると、畑の管理が疎かになる恐れが……!」

 シリウス殿下、貴方、そこは「仕事が忙しい」ではなく「私の意志を尊重しろ」と言ってくださいまし!

「黙れ、シリウス! 王たる者が一度口にしたことは絶対だ! ロザリア、貴女もあきらめなさい。貴女の能力は、王妃として発揮されてこそ意味がある。激辛産業省の大臣兼、王太子妃。これこそが最強の布陣ではないか!」

 陛下は、汗を拭いながらも、その瞳には「激辛への熱狂」と「王としての強欲」が混じり合っています。
 ……いけません。ここで頷いてしまえば、私は再び、あの退屈な王宮のしきたりに縛られることになりますわ。

「陛下。……失礼ながら、申し上げます」

 私は、陛下を真っ向から見据えました。

「私は『返品不可』だと申し上げたはずです。……そして、今の私にとっての真実の愛は、この大地から芽吹いたばかりのトウガラシたち。……どうしても私を王妃にしたいとおっしゃるなら、条件がございますわ」

「ほう。条件だと? 申してみよ」

「これから私が差し出す『試練の料理』。……これを、陛下とシリウス殿下のお二人で、一滴残らず完食してくださいませ。もし、途中で根を上げるようなことがあれば……この再婚約の話は、永久に白紙に戻していただきます!」

「くっ……。ロザリア、貴様、実の父(のような存在)と愛する(予定の)男に、あのような……あの恐ろしい魔導料理を食わせるつもりか!」

 シリウス殿下が、青い顔をして後退りしました。
 陛下は、フンと鼻を鳴らしました。

「面白い。私はこの国の王だ。トウガラシ一粒に屈するなど、先祖代々に申し訳が立たん。受けて立とうではないか!」

「……言いましたわね、陛下。……カイル殿下、レオナルト殿下! 今すぐ厨房から、私が今朝仕込んでおいた『終焉のデス・ソース・ボルケーノ』を持ってきてちょうだい!」

「……兄上、父上。……南無」

 カイル殿下が、静かに十字を切りました。

 
 芽吹いたばかりのトウガラシを前に、王国の最高権力者と第一王子、そして一人の悪役令嬢による、命がけの「再婚約回避バトル」が幕を開けたのです。
 
 ……私の自由は、私のこの「舌」と「ドSな感性」で、必ず守り抜いてみせますわ!
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