断罪されているはずが、なぜか殿下が追いかけてくる

萩月

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「さあ、陛下。そしてシリウス殿下。こちらが我が産業省が社運を賭けて開発した最終兵器、『終焉のデス・ソース・ボルケーノ』にございますわ!」

 王宮の円卓の中央に置かれたのは、もはや料理というよりは「真っ赤な噴火口」でした。
 高く積み上げられたスペアリブの山。
 そこにドロリと、どす黒い赤色をした超高粘度のソースが滝のように流れ落ちています。
 立ち上る蒸気はもはや催涙ガスの域に達しており、周囲の衛兵たちは鼻を押さえて後退りしていました。

「……ふむ。見た目は確かに凶悪だが、香りは食欲をそそる。余が愛したトウガラシの進化系だと思えば、恐れるに足りん!」

 国王陛下は、震える手でフォークを握り締めました。
 一方で、隣に座るシリウス殿下は、顔色を土色に変えてガタガタと震えています。

「父上、本気ですか。これ、一口食べれば魂が体からログアウトしますよ。私は昨日、試作品のソースを指で舐めただけで、指先から火花が出る幻覚を見ました!」

「黙れ、シリウス! これはお前とロザリアの愛の試練だぞ! これしきの困難を乗り越えられず、どうして王妃の愛を掴めるというのだ!」

「……陛下、素晴らしい意気込みですわ。では、どうぞ。完食できなければ、再婚約の話は二度と口にしないでくださいませね」

 私が合図を送ると、陛下は覚悟を決めたように、肉の塊を一口、豪快に口へと運びました。
 直後、王宮の会議室を揺るがすほどの、凄まじい絶叫が響き渡りました。

「……ッッッ、ぐ、がはぁッ!?」

 陛下の顔が、一瞬で紫から真っ赤に、そして真っ白へと変わりました。
 目からは大粒の涙が溢れ出し、鼻からは火が出そうなほど荒い息が吹き出します。

「あ、あつ……! なんだこれ! 熱いのではない、痛い! 口の中に針を千本詰め込まれて、そのまま雷に打たれたような衝撃だ!」

「父上! しっかりしてください! ……クソっ、こうなれば私も! ロザリアへの愛と、トウガラシへの忠誠を、今ここで証明してみせる!」

 シリウス殿下も、ヤケクソ気味に肉に食らいつきました。
 数秒後、彼は白目を剥いて天を仰ぎました。

「……見える。三途の川の向こう岸で、ロザリアが真っ赤な旗を振っているのが見える……。ああ、なんて素晴らしい刺激だ。私の脳みそが、カプサイシンの荒波に溶かされていく……!」

 二人の王族が、阿鼻叫喚の地獄図を繰り広げているその時でした。
 扉が勢いよく開き、一人の少女が飛び込んできました。

「大変お待たせいたしましたわ! リリア・ハサウェイ、ただいま参上いたしました!」

 現れたのは、本来なら領地でトウガラシの秘密栽培を任せていたはずのリリア様でした。
 彼女は、苦しむ国王と殿下を無視して、一直線にテーブルの上の「ボルケーノ」へと駆け寄りました。

「まあ、リリア様! 領地を離れてはいけないと言ったはずではありませんか!」

「そんなこと言っていられませんわ、ロザリア様! こんなに美味しそうな香りを王宮から発信しておいて、私を呼び出さないなんて、友情への裏切りですわ!」

 リリア様は、テーブルの上に置かれていた予備のフォークを奪い取ると、迷いなく肉を口へと放り込みました。
 陛下と殿下が「やめろ、死ぬぞ!」と叫ぶ間もありませんでした。

「…………はあぁぁ。これですわ、これ。この、脳髄を直接スクラップにするような、暴力的な衝撃。王宮の空気も、これで少しはマシになりますわね」

 彼女は、汗一つかかずに、優雅に咀嚼を続けました。
 陛下と殿下は、その光景を呆然と見つめていました。

「……リ、リリアよ。お前、それを食べて平気なのか? 余は今、胃袋が溶けてなくなったような気がしているのだが」

「陛下。真実の愛、とはこういうことですわ。痛みを受け入れ、それを快楽へと変える。ロザリア様のスパイスは、選ばれし者にしか理解できない神の滴なのです」

 リリア様は、さらに一口、平然と食べ進めました。
 その神々しい(?)姿に、陛下は深く項垂れました。

「……完敗だ。余は、まだ修行が足りなかったようだ。……シリウスよ、お前もだ。これほどの刺激を日常的に摂取する女を、お前の柔な根性で支えきれるとは思えん」

「……はあ。父上、その通りです。私は、ロザリアを王妃にしようなどと、とんでもない不敬なことを考えていたのかもしれません。彼女は、王宮という狭い籠に閉じ込めるべき存在ではなく、世界を焼き尽くす炎そのものなのですから」

 二人は、フラフラと立ち上がると、互いの肩を支え合って出口へと向かいました。

「ロザリア……。再婚約の話は、一旦、保留だ。……お前は、引き続き産業省の大臣として、余の想像もつかないような激辛な未来を作ってくれ。……ただし、晩餐会にこれだけは出すなよ。死人が出る」

「……承知いたしました、陛下。賢明なご判断ですわ」

 私は、出口へ向かう背中に向かって、深く礼をしました。
 ひとまず、再婚約という名の「檻」を回避することに成功したのです。

「さて、リリア様。せっかくですから、残り全部食べてしまわれます?」

「もちろんですわ! でもロザリア様。……領地の方では、さらに凶悪な品種の芽が出たそうですよ? そっちの収穫も楽しみですわね!」

「ふふ、もちろんですわ。私たちの戦いは、これからが本番なのですから!」

 
 王宮の中央で、二人の令嬢が真っ赤な肉を囲んで高笑いする。
 
 それは、王国の歴史が大きく、そして激しく「辛口」へと舵を切った瞬間でした。
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