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王立アカデミーの卒業パーティーから一ヶ月。
再び同じ大広間に、眩いばかりのシャンデリアの光が降り注いでいた。
一ヶ月前、この場所は「婚約破棄」というスキャンダルの舞台となったが、今夜は全く異なる熱気に包まれている。
着飾った貴族たちの視線の先には、並んで歩くヴィルフリート殿下とリーズの姿があった。
「……リーズ。みんなが私たちを見ている。一ヶ月前とは、まるで違う意味の視線だ」
ヴィルフリートが、燕尾服の袖を整えながら少し誇らしげに囁いた。
「当然ですわ。今日の夜会は、我が国の『経営方針説明会』のようなものですもの。投資家……いえ、貴族の方々が私たちの動向を注視するのは合理的な反応です」
リーズは、完璧な刺繍が施された扇で口元を隠しながら、冷静に会場を見渡した。
彼女の手元にある扇は、実は特殊な魔導具で、裏側には今夜の出席者の名前と、彼らが最近起こした不祥事や負債額がびっしりと表示されている。
「(……北方のマクシミリアン伯爵、三日前に領地のワインの先物取引で大損をしていますわね。交渉の余地あり、ですわ)」
ヴィルフリートは、リーズの瞳が「獲物を狙う投資家」の輝きを放っていることに気づき、苦笑した。
「リーズ。今日くらいは、仕事の資料を閉じてくれないか? 私たちは今から、正式に婚約の再締結を発表するんだ。もっとこう、ロマンチックな雰囲気を出さないと」
「ロマンチックな演出による経済波及効果は、既に計算済みです。……はい、殿下。ここ、右に十五度傾いて微笑んでください。その角度が最も『慈悲深い王族』に見え、支持率が零点三パーセント向上します」
「……分かった。君の計算に従おう」
ヴィルフリートが完璧な角度で微笑むと、会場の令嬢たちから黄色い悲鳴が上がった。
二人が壇上に上がると、会場は水を打ったように静まり返った。
ヴィルフリートは、リーズの手を高く掲げ、朗々とした声で宣言した。
「皆、聞いてほしい! 私はかつて、自らの無知ゆえに、この稀代の才女であるリーズ・ブラッドベリーとの婚約を疎かにした! だが、今ここにあらゆる迷いを捨て、彼女を我が唯一の伴侶として、そして王国の未来を託す最強のパートナーとして迎えることを改めて誓う!」
会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
かつてリーズを「可愛げのない悪役令嬢」と蔑んでいた者たちも、今や彼女がいなければ国の経済が止まることを知っている。
彼らの拍手には、称賛と同時に「自分たちの財布を守ってくれ」という切実な祈りが込められていた。
「リーズ。一言、挨拶を」
ヴィルフリートに促され、リーズは一歩前に出た。
「皆様。……本日は、我が国の収支改善案、および次年度の積極投資計画の発表にご出席いただき、誠にありがとうございます」
「(……やっぱり、挨拶が事業計画のプレゼンみたいになっているな……)」
ヴィルフリートが心の中で突っ込むが、リーズの演説は止まらない。
「私は殿下と共に、この国を世界で最も『不採算な浪費のない』、かつ『幸福度の高い』国家へと導くことを約束いたします。……なお、今夜のビュッフェの料理は、全て私の監督下でコストカットと満足度を両立させた逸品です。……残さず食べるように。廃棄は資産の損失ですわ」
リーズが鋭い視線で会場を射抜くと、貴族たちは一斉に「もちろんです!」「一粒も残しません!」と唱和した。
それは、愛の誓いというよりも、厳格なCEOによる経営方針への同意に近いものだった。
一通りの儀式が終わり、ダンスの時間が始まった。
オーケストラの優雅な旋律が流れる中、ヴィルフリートはリーズの手を引き、ダンスフロアの中央へと導いた。
「リーズ。踊りながらでいい。……今日、君は本当に綺麗だ。この一ヶ月、仕事ばかりさせて悪かったね」
ヴィルフリートが彼女の腰を引き寄せ、優しく囁いた。
リーズは、ステップを正確に刻みながら、わずかに頬を赤らめた。
「……お褒めに預かり光栄です、ヴィル。……ですが、このドレスの裾が翻るたびに、周囲の空気が撹拌され、会場の冷房効率がコンマ数パーセント変動していることが気になって……」
「……リーズ。今だけは、その計算機を脳内でシャットダウンしてくれ」
「……努力いたします。……ですが、こうしてあなたの腕の中にいると、心拍数が上昇して……私の脳内のクロック周波数が上がりすぎて、逆に計算が追いつかなくなるのですわ」
リーズが少しだけ、困ったようにヴィルフリートを見上げた。
その瞳には、どんな数字でも、どんな論理でも説明できない「甘いノイズ」が溢れていた。
「……それは、計算ミスじゃないよ、リーズ。……私のことが、好きだっていう証拠だ」
「……非論理的な結論です。……ですが、このエラーメッセージ、嫌いではありませんわ」
二人は、見守る人々が溜息を漏らすほど、完璧で、そして情熱的なダンスを披露した。
そのフロアの隅では、眼鏡を光らせたマリアが、ルッツ伯爵と共に熱心にメモを取っていた。
「見てください、ルッツ様! お姉様のステップの角度、まさに円周率のごとく完璧ですぅ! 殿下のリードも、慣性法則を熟知した無駄のない動きです!」
「ああ。……マリア。……私たちの結婚式でも、あの回転効率を参考にしよう。……今、摩擦係数を計算中だ」
「素敵ですぅ! 愛の力でエネルギー保存の法則を書き換えましょう!」
カオスな義姉妹と仲間たちに見守られながら、夜会は更けていく。
リーズは、ヴィルフリートの胸に顔を寄せ、密かに手帳の「最終目標」のページにチェックを入れた。
(……婚約破棄から始まった、この不採算なプロジェクト。……結果的に、私の人生における最大級の『黒字』となりましたわね)
彼女の唇に、誰にも見せないような、幸せに満ちた微笑みが浮かんだ。
王国の夜明けは、この最強の二人の手によって、最も効率的で、最も愛に溢れたものになることが約束されていたのである。
再び同じ大広間に、眩いばかりのシャンデリアの光が降り注いでいた。
一ヶ月前、この場所は「婚約破棄」というスキャンダルの舞台となったが、今夜は全く異なる熱気に包まれている。
着飾った貴族たちの視線の先には、並んで歩くヴィルフリート殿下とリーズの姿があった。
「……リーズ。みんなが私たちを見ている。一ヶ月前とは、まるで違う意味の視線だ」
ヴィルフリートが、燕尾服の袖を整えながら少し誇らしげに囁いた。
「当然ですわ。今日の夜会は、我が国の『経営方針説明会』のようなものですもの。投資家……いえ、貴族の方々が私たちの動向を注視するのは合理的な反応です」
リーズは、完璧な刺繍が施された扇で口元を隠しながら、冷静に会場を見渡した。
彼女の手元にある扇は、実は特殊な魔導具で、裏側には今夜の出席者の名前と、彼らが最近起こした不祥事や負債額がびっしりと表示されている。
「(……北方のマクシミリアン伯爵、三日前に領地のワインの先物取引で大損をしていますわね。交渉の余地あり、ですわ)」
ヴィルフリートは、リーズの瞳が「獲物を狙う投資家」の輝きを放っていることに気づき、苦笑した。
「リーズ。今日くらいは、仕事の資料を閉じてくれないか? 私たちは今から、正式に婚約の再締結を発表するんだ。もっとこう、ロマンチックな雰囲気を出さないと」
「ロマンチックな演出による経済波及効果は、既に計算済みです。……はい、殿下。ここ、右に十五度傾いて微笑んでください。その角度が最も『慈悲深い王族』に見え、支持率が零点三パーセント向上します」
「……分かった。君の計算に従おう」
ヴィルフリートが完璧な角度で微笑むと、会場の令嬢たちから黄色い悲鳴が上がった。
二人が壇上に上がると、会場は水を打ったように静まり返った。
ヴィルフリートは、リーズの手を高く掲げ、朗々とした声で宣言した。
「皆、聞いてほしい! 私はかつて、自らの無知ゆえに、この稀代の才女であるリーズ・ブラッドベリーとの婚約を疎かにした! だが、今ここにあらゆる迷いを捨て、彼女を我が唯一の伴侶として、そして王国の未来を託す最強のパートナーとして迎えることを改めて誓う!」
会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
かつてリーズを「可愛げのない悪役令嬢」と蔑んでいた者たちも、今や彼女がいなければ国の経済が止まることを知っている。
彼らの拍手には、称賛と同時に「自分たちの財布を守ってくれ」という切実な祈りが込められていた。
「リーズ。一言、挨拶を」
ヴィルフリートに促され、リーズは一歩前に出た。
「皆様。……本日は、我が国の収支改善案、および次年度の積極投資計画の発表にご出席いただき、誠にありがとうございます」
「(……やっぱり、挨拶が事業計画のプレゼンみたいになっているな……)」
ヴィルフリートが心の中で突っ込むが、リーズの演説は止まらない。
「私は殿下と共に、この国を世界で最も『不採算な浪費のない』、かつ『幸福度の高い』国家へと導くことを約束いたします。……なお、今夜のビュッフェの料理は、全て私の監督下でコストカットと満足度を両立させた逸品です。……残さず食べるように。廃棄は資産の損失ですわ」
リーズが鋭い視線で会場を射抜くと、貴族たちは一斉に「もちろんです!」「一粒も残しません!」と唱和した。
それは、愛の誓いというよりも、厳格なCEOによる経営方針への同意に近いものだった。
一通りの儀式が終わり、ダンスの時間が始まった。
オーケストラの優雅な旋律が流れる中、ヴィルフリートはリーズの手を引き、ダンスフロアの中央へと導いた。
「リーズ。踊りながらでいい。……今日、君は本当に綺麗だ。この一ヶ月、仕事ばかりさせて悪かったね」
ヴィルフリートが彼女の腰を引き寄せ、優しく囁いた。
リーズは、ステップを正確に刻みながら、わずかに頬を赤らめた。
「……お褒めに預かり光栄です、ヴィル。……ですが、このドレスの裾が翻るたびに、周囲の空気が撹拌され、会場の冷房効率がコンマ数パーセント変動していることが気になって……」
「……リーズ。今だけは、その計算機を脳内でシャットダウンしてくれ」
「……努力いたします。……ですが、こうしてあなたの腕の中にいると、心拍数が上昇して……私の脳内のクロック周波数が上がりすぎて、逆に計算が追いつかなくなるのですわ」
リーズが少しだけ、困ったようにヴィルフリートを見上げた。
その瞳には、どんな数字でも、どんな論理でも説明できない「甘いノイズ」が溢れていた。
「……それは、計算ミスじゃないよ、リーズ。……私のことが、好きだっていう証拠だ」
「……非論理的な結論です。……ですが、このエラーメッセージ、嫌いではありませんわ」
二人は、見守る人々が溜息を漏らすほど、完璧で、そして情熱的なダンスを披露した。
そのフロアの隅では、眼鏡を光らせたマリアが、ルッツ伯爵と共に熱心にメモを取っていた。
「見てください、ルッツ様! お姉様のステップの角度、まさに円周率のごとく完璧ですぅ! 殿下のリードも、慣性法則を熟知した無駄のない動きです!」
「ああ。……マリア。……私たちの結婚式でも、あの回転効率を参考にしよう。……今、摩擦係数を計算中だ」
「素敵ですぅ! 愛の力でエネルギー保存の法則を書き換えましょう!」
カオスな義姉妹と仲間たちに見守られながら、夜会は更けていく。
リーズは、ヴィルフリートの胸に顔を寄せ、密かに手帳の「最終目標」のページにチェックを入れた。
(……婚約破棄から始まった、この不採算なプロジェクト。……結果的に、私の人生における最大級の『黒字』となりましたわね)
彼女の唇に、誰にも見せないような、幸せに満ちた微笑みが浮かんだ。
王国の夜明けは、この最強の二人の手によって、最も効率的で、最も愛に溢れたものになることが約束されていたのである。
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