自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

文字の大きさ
3 / 30

遊亀は、運動よりも手先が器用です。

しおりを挟む
「くぅぅ……無念! 寝込む程、打っているとは! それに手足も……」
「大丈夫ですか? 姫様」



 傍についているのは、安成やすなりの姉のさきである。
 しかし、年を聞くと年下であり、事情も知っているらしい。
 医師と言うよりも、薬師くすしに近い存在が、先程ペタペタと湿布していったのは薬草らしく、痛み止も飲まされた。

………非常に不味かった。

で、横になっているのだが……。



「あ、姫様なしで。遊亀ゆうきでいいよ。さきちゃん。う、私は29だし。おばちゃんじゃーん!」
「に、29ですか?」
「そだよ~」
「け、結婚は……」
「してませーん。毎日必死に働いてます! それで……うふうふうふ」



にまぁぁ……と言うよりも、にこにこ~と笑顔になり、



「テディベアの作家さんになるの~! 綺麗なお洋服着せてね~? 皆に喜んで貰えるように」
「て、てでぃべあ?」
「あ、えーと、熊をモデルに作ったお人形……かな? ちょっと待って」



袋を引き寄せ、中身を確認すると、



「あったあった。はい。この子がテディベアだよ。手足が動くようになってるんだよ。さきちゃんにあげる」
「えぇぇぇ! き、貴重な……」
「う~ん? 自分で作ったから、そんなに。こっちでの価値は計算できないけど、気持ち。道具はあるけど部品に布がないから……うーん。あったかなぁ……あったあった!」



取り出した物に呆気に取られる。



「何ですか?」
「簡単に、そのテディベアを作れるセット……えーと、一袋。綿と裁縫道具と糸だけ準備したら出来るよ。二人。あ、でも……安成君には内緒だよ~?」
「内緒と言うのは?」



 突然、姉の後ろから登場した安成に、遊亀はとっさに逃げようとして、



「ウギャァァァ~! イタイイタイ!」



悲鳴をあげる。
 さきは慌てて落ち着かせ、



「安成? 遊亀様に何をしているんです! 子供じゃあるまいし!」
「いえ、一応色々と準備や、遊亀殿のことを伝えて戻ったら、私の名前が出たので……」
「うえぇぇん。これは、実は……友達の、結婚式の時にプレゼント……婚礼のお祝いに贈る物で、花嫁さんと花婿さんがいて……」



表を向けて示す。



「ほら、こんな感じで……。鶴姫の恋人である安成君には可哀想かなって、思ったんだもん……うえぇぇん、痛いよ~!」
「あら、可愛い」
「ふーん。何? これ、犬?」
「熊! 多分ポルトガル語は、知っていると思うけど……英国の言葉でベア! テディは人の名前」



 安成はハッとする。



「ポルトガル語?」
「あ、わーすーれーてーた! 忘れて忘れて!……やばい……ポルトガル語が入るのは、1543年だったよ……それに、ズボンもボタンもかぼちゃもポルトガル語だった……」



 ボソッと呟く。



「そのポルトガル語……と言うのは?」
「忘れないと、この子のこと教えてあげないよ? さきちゃん。一緒に作ろうね~?」
「あの、そう言えば、遊亀様? 鶴姫様とこの子、恋人ではありません。見ての通りどんくさく、気が小さく、海に出られない子ですので、気の強い鶴姫様に『情けない! 越智家の人間が!』と言われてましたの」
「姉上!」
「あー、そっかそっか、越智家ね……」



 ちなみに、瀬戸内海地域に越智家は多いらしい。
元々は斉明天皇さいめいてんのう時代、現在の今治市朝倉地域に小千おちという一族がおり、後に越智に姓を改めたとある。



「ほほー。じゃぁ、二人のお姉ちゃんから、『安成君に早くお嫁さんが来ます様に』って、これを作ってあげるからね? 綿ある?」
「綿は……織物に……」
「あ、そうだよね~じゃぁ、元に戻って、鉋屑かんなくずじゃなくて、丸太を削っていく時に出来る木屑ある?」
「はぁぁ?」



 二人は呆気に取られる。



「それとか、割れ物を詰める時に、木を削ったりするでしょう? それを頂戴。詰めるから」
「えっと……数日内に」



 返事をした数日後、大分良くなった遊亀の元に持ってくる。



「上等! じゃぁ、服は仕立てたし、木屑を詰めちゃおう」



 遊亀はさきにやり方を説明しながら、作り始める。
 手足に、頭部を木屑でパンパンにし、目をつけて、鼻を刺繍、耳をつけ、繋いで仕上げて、服を着せていく。



「できたぁぁ~! ほら、お姉ちゃんからあげるよ~! 結婚できますように~! 可愛い恋人見つかりますように~!」
「はぁ……えーと、貰ってどうするんでしょう?」



 困惑気味の安成に、



「あ、そうだねぇ。男の部屋にこれあったら引く?」
「……微妙ですね。でも、安成ですし、大丈夫でしょう」
「だよね~! さきちゃん、偉い!」



自分勝手に話を進める姉が二倍になったことに、安成は、テディベアを抱きながら遠い目をしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...