自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

文字の大きさ
5 / 30

遊亀は安成よりも先に帰って来ました。

しおりを挟む
安成やすなり君は素直やなぁ……」



 マウンテンバイクで戻りながら、呟く。



「本当に、大丈夫かなぁ? あれじゃぁ、騙されるぞ~?」



 クスクス笑いつつ、戻っていく。

 空は快晴……。



「あー、良いなぁ。そう言えば、うちはバイトにバイトに借金返済に……テディベアに……他に何かしよったかなぁ? いや、テディベアはかまんのよ。可愛いし。でもなぁ……そう言えば、皆、結婚しとるなぁ。そんなに良いもんかなぁ……」



 ウエディングドレスを着て、静かに振り返った友人。
 白打ち掛け姿で、幸せそうに微笑む別の友人の姿に憧れた。



「……けどなぁ……、借金がなぁ……」



 ため息をつく。

 自分の借金ではない。
 一応、友人の結婚式の為に県外にいったりもしたが、その分は、太っ腹な友人のご家族がホテルを手配してくれた。
 友人たちへのお包みも仕方がない。

 それよりも、実家の……。



「どうしようかなぁ……」
「何をしている」
「うおぉ! 男!」



 自転車がよろめき、急ブレーキと足をつけた。



「鶴! 貴様! 又、そのような姿で何をしているんだ!」


 近づいてきたと思うと、手を振り上げた。

 バン!

大きな音と共に頬が叩かれ、自転車共々倒れこんだ。



「貴様! 一応、父の子供とはいえ、女中の娘の癖に、そのような恥ずかしい!」
「キャァァァ! い、いやぁぁぁ!」
「五月蠅い!」



 自転車を踏み、遊亀ゆうきを蹴りつける。



「言うことを聞けと、言っているだろう!」
「痛い! こ、怖……」
「黙れ! 返事をしろと、言っているだろう!」
「痛い! 痛い! 止めて、やめてぇぇ!」



 何度も何度も蹴りつける男に、悲鳴を聞き戻ってきた安成が、馬から降り駆けつける。



安房やすふさ様! な、何をされておられるのです!」
「安成! 控えよ! この私を誰と思っている!」
「鶴姫様に、何をされているのですか! お止め下さい! 怪我が治ったばかりなのです!」
「五月蠅い! 命令するな!」



 もう一度蹴りつけようとする姿を、悲鳴を聞きつけて別の者が数人駆け寄る。



「安房様! 安房様が!」
「お止め下さい! 安房様!」
「安房様! あちらに、あちらで安舍やすおく様が!」



 近づいてくる一人の青年。



「安房。何をしている?」
「ちっ! 放せ!」



 配下の腕を振り払い、歩き去る。



「鶴姫様!」
「や、安成君……わぁぁぁ!」



 殴られ、蹴られ、ボロボロの遊亀はしがみつき泣きじゃくる。



「怖い! 怖いよ~! わぁぁぁ……!」
「すぐに、すぐに医者を……! 医者を!」



 抱き上げ、安舍に頭を下げる。



「安舍様! 失礼いたします!」
「……あの馬鹿者には、きつく言い聞かせる! 鶴にはしっかりと……頼んだ」
「はっ!」



 立ち去る年下の青年の背中に、安舍は、



「……鶴も早く、嫁に行った方が良いのだがなぁ……」



呟きながら去っていった。



「わぁぁぁ……」



 激しく泣きじゃくる遊亀を部屋に運ぶ。



「どうしたのです!」
「姉上!」



 傷だらけの遊亀を休ませる。



「姉上! 傷を! 姫様が! 安房様に!」
「何ですって!着替えしていただいて、すぐに診て戴くわ! 出ていきなさい!」
「いやぁぁ! 助けて! 助けてぇ!」



 パニックを起こす遊亀を、集まってきた数人の女中が着替えさせる。
 そしてやった来た医師が薬で休ませ、傷の手当てをするのだが、



「何もここまで……むごいことを……」
「姫様は!」
「殴られたのと、再び打ち身です……傷も……」
「い、いたぁぁい!」



目を覚ました遊亀は、



「う、う、うわぁぁぁん! わぁぁぁん……誰か、誰か……!」
「姫様!」
「鶴姫!」



顔を覗き込む。



「や、安成……君……っ、さきちゃ……」
「大丈夫ですわ! 共におります!」
「申し訳ありません! 傍についておきながら!」
「ううん、ううん……! ふえぇぇ……ごめんなさい……」



 怯えたように泣きじゃくる遊亀をなだめつつ、傷の手当てをする。
 すると、打ち身だけではなく、腕の骨折もあり……



「しばらくお休み下さい。よろしいですな?」



と、棒で固定して、医師は去っていった。



「ごめんなさい……ごめんなさい……」



 すすり泣く遊亀に、



「もうお泣きにならないで下さい。大丈夫ですから……」
「もう離れませんので!」
「ごめんなさい……」
「ごめんなさいじゃないですよ……お休み下さい」



横たえ、よしよしと宥める。
 しばらくして……ゆっくり目を閉じた遊亀は、



「……ごめんなさい……」



と呟き、寝息が漏れ始めたのだった。



「……安房様に……」
「殴られて、蹴られて……動けないようでした。怖いと泣き叫び……」
「……きちんと傍について居て、差し上げましょう」
「はい」



 姉弟は頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...