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遊亀は安成よりも先に帰って来ました。

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安成やすなり君は素直やなぁ……」



 マウンテンバイクで戻りながら、呟く。



「本当に、大丈夫かなぁ? あれじゃぁ、騙されるぞ~?」



 クスクス笑いつつ、戻っていく。

 空は快晴……。



「あー、良いなぁ。そう言えば、うちはバイトにバイトに借金返済に……テディベアに……他に何かしよったかなぁ? いや、テディベアはかまんのよ。可愛いし。でもなぁ……そう言えば、皆、結婚しとるなぁ。そんなに良いもんかなぁ……」



 ウエディングドレスを着て、静かに振り返った友人。
 白打ち掛け姿で、幸せそうに微笑む別の友人の姿に憧れた。



「……けどなぁ……、借金がなぁ……」



 ため息をつく。

 自分の借金ではない。
 一応、友人の結婚式の為に県外にいったりもしたが、その分は、太っ腹な友人のご家族がホテルを手配してくれた。
 友人たちへのお包みも仕方がない。

 それよりも、実家の……。



「どうしようかなぁ……」
「何をしている」
「うおぉ! 男!」



 自転車がよろめき、急ブレーキと足をつけた。



「鶴! 貴様! 又、そのような姿で何をしているんだ!」


 近づいてきたと思うと、手を振り上げた。

 バン!

大きな音と共に頬が叩かれ、自転車共々倒れこんだ。



「貴様! 一応、父の子供とはいえ、女中の娘の癖に、そのような恥ずかしい!」
「キャァァァ! い、いやぁぁぁ!」
「五月蠅い!」



 自転車を踏み、遊亀ゆうきを蹴りつける。



「言うことを聞けと、言っているだろう!」
「痛い! こ、怖……」
「黙れ! 返事をしろと、言っているだろう!」
「痛い! 痛い! 止めて、やめてぇぇ!」



 何度も何度も蹴りつける男に、悲鳴を聞き戻ってきた安成が、馬から降り駆けつける。



安房やすふさ様! な、何をされておられるのです!」
「安成! 控えよ! この私を誰と思っている!」
「鶴姫様に、何をされているのですか! お止め下さい! 怪我が治ったばかりなのです!」
「五月蠅い! 命令するな!」



 もう一度蹴りつけようとする姿を、悲鳴を聞きつけて別の者が数人駆け寄る。



「安房様! 安房様が!」
「お止め下さい! 安房様!」
「安房様! あちらに、あちらで安舍やすおく様が!」



 近づいてくる一人の青年。



「安房。何をしている?」
「ちっ! 放せ!」



 配下の腕を振り払い、歩き去る。



「鶴姫様!」
「や、安成君……わぁぁぁ!」



 殴られ、蹴られ、ボロボロの遊亀はしがみつき泣きじゃくる。



「怖い! 怖いよ~! わぁぁぁ……!」
「すぐに、すぐに医者を……! 医者を!」



 抱き上げ、安舍に頭を下げる。



「安舍様! 失礼いたします!」
「……あの馬鹿者には、きつく言い聞かせる! 鶴にはしっかりと……頼んだ」
「はっ!」



 立ち去る年下の青年の背中に、安舍は、



「……鶴も早く、嫁に行った方が良いのだがなぁ……」



呟きながら去っていった。



「わぁぁぁ……」



 激しく泣きじゃくる遊亀を部屋に運ぶ。



「どうしたのです!」
「姉上!」



 傷だらけの遊亀を休ませる。



「姉上! 傷を! 姫様が! 安房様に!」
「何ですって!着替えしていただいて、すぐに診て戴くわ! 出ていきなさい!」
「いやぁぁ! 助けて! 助けてぇ!」



 パニックを起こす遊亀を、集まってきた数人の女中が着替えさせる。
 そしてやった来た医師が薬で休ませ、傷の手当てをするのだが、



「何もここまで……むごいことを……」
「姫様は!」
「殴られたのと、再び打ち身です……傷も……」
「い、いたぁぁい!」



目を覚ました遊亀は、



「う、う、うわぁぁぁん! わぁぁぁん……誰か、誰か……!」
「姫様!」
「鶴姫!」



顔を覗き込む。



「や、安成……君……っ、さきちゃ……」
「大丈夫ですわ! 共におります!」
「申し訳ありません! 傍についておきながら!」
「ううん、ううん……! ふえぇぇ……ごめんなさい……」



 怯えたように泣きじゃくる遊亀をなだめつつ、傷の手当てをする。
 すると、打ち身だけではなく、腕の骨折もあり……



「しばらくお休み下さい。よろしいですな?」



と、棒で固定して、医師は去っていった。



「ごめんなさい……ごめんなさい……」



 すすり泣く遊亀に、



「もうお泣きにならないで下さい。大丈夫ですから……」
「もう離れませんので!」
「ごめんなさい……」
「ごめんなさいじゃないですよ……お休み下さい」



横たえ、よしよしと宥める。
 しばらくして……ゆっくり目を閉じた遊亀は、



「……ごめんなさい……」



と呟き、寝息が漏れ始めたのだった。



「……安房様に……」
「殴られて、蹴られて……動けないようでした。怖いと泣き叫び……」
「……きちんと傍について居て、差し上げましょう」
「はい」



 姉弟は頷いたのだった。
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