自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

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安舍とさきも幸せそうです。

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 安用やすもちは、息子夫婦の部屋に向かう。
 最近さきを後添いに娶って、安舍やすおくは、仕事にも熱心に取り組んでいる。
 さきはさきで、元々年上の安舍に憧れており、安舍の仕事を傍で見守るのが嬉しいらしい。
 その視線に益々職務に励む……よい夫婦の鏡とは、この夫婦のことなのかもしれない。



「入るよ」



 声をかけると、書簡を書く安舍と、その後ろでにこにこと控えるさきがいた。



大祝職おおほうりしょく様。何かありましたか? お伺いしましたのに……」
「いや。あったと言えばあったが、真鶴まつるが熱を出して寝込んでいると、安成やすなりがね……あぁ、さき、ありがとう。でも、君は私の娘なのだから、しなくていいのだよ?」



 さきは上座を勧め、動きはじめるのを止める。
 すると恥ずかしげに、



「申し訳ございません。昔の癖で……」
「怒っている訳ではなく……安舍? この棟は人が少なくないかな?」
「そうですか?何時もですが」



視線をそらす息子を睨み、



「嫁を、働かせてどうするんだね?」
「すみません……」
「あの、働くのは好きですので……」



さきは夫を庇う。

 後添いにと言われた時にはあっけにとられた。
 前の夫とのことで迷惑をかけているのに、その上、弟は本物ではないものの鶴姫を妻に迎えた。
 それなのに自分を?

 すると、照れたように、



「一度は姉上に頼んだのだよ。でも年が違うと……幸せになって欲しいからと断られた。でも、辛い思いをしているのは知っていた。だから、こちらに働くと言うことで来て貰った。何回か頼んだけれど……ようやく、思いが届いた……ありがとう」



その言葉に瞳が潤む。

 知らなかった……。
 憧れていた、年上の安舍に。
 弟にかこつけて、この社に訪れては会えるのが嬉しくて……でも嫁ぐ時には諦めて……それなのに……。



「う、嬉しいです……」



 微笑む。



「わ、私は……貴方様と、幸せになりたいです……」
「そうだね……」



 それからは、かいがいしく世話を焼いていたのである。
 それは逆に嬉しくて……忙しい安舍を独り占めできると思っていたのだ。



「まぁ、夫婦仲良くしなさい。真鶴も熱は出しているようだが、幸せそうだ」
「そうなのですか……良かったです。真鶴様は一線を引いていて、心を閉ざしていた感じがありました……何かもろい、必死で自分で自分を抱き締めて、壊れそうな物を抱えているようで……見ていて辛かったです」



 さきの一言に、親子は黙り込む。



「そうだね……苦しんでいた。だから、苦しまなくていいと遠回しに伝えてはいたのだけれど……」
「安成で良かったのか……」
「安成だからいいのだと思ったよ。あれは自分に自信のない男で、自分が信じられなかった。逆に、跡取りとしての自分位で、自分はこの程度と思っていた。真鶴に会って変わったよ。成長した」



 安用は、懐から出した物を開ける。



「安舍、さき。これを、真鶴と安成から預かった」
「こ、れは……地図?」
「真鶴が、心配しているのだそうだ。昨日は大変だったろうに……」
「あぁ、安成は……」



 くくくっ……

安舍は笑う。

 安成は見た目は端正な優男だが、自信がないだけで、剣の腕も武術も長けており、体力面は同年代の船漕ぎ並みである。
 あの男では、真鶴が熱を出すのも無理はない。



「あの、これは……」
「地図だよ。この島の……私達が知っている島の形よりも細かいし……かなり詳しいね」
「真鶴は、未来から来たと言っていましたし、地図を写したのでは?」
「ここがこの社、そして湊……近隣の島もある……潮の満ち引きやこの海域の波については解らないだろうけれど、もしかしたら、注意しろと言っているのかもしれないね」
「そうですね……」



 ふいに、さきは示した。



「貴方様。ここ……ここが、私の前の嫁ぎ先です。ここからは実は、海岸に降りる階段があって、そこから歩くと、分かりにくいのですが、小さい入り口の洞窟があります。満潮の時には沈むのです。干潮ならば……」
「何だって?」



 慌てて安舍は筆で記す。



「他は私は安成と違って船に乗れますので、回ったことがあるのです。ここの波が、一定時間落ち着きます。父が教えてくれました。他にも……」



 安舍は書いていき、安用は見つめる。



「……ここまで知られたら、この島は敵に狙われる。早急にことを運ばねば……」
「もしかしたら、元の夫は、ここを調べる為に……」
「大丈夫だよ。時間は余りないがそれなりに動こう……さき、お前は普段通り落ち着いていなさい」



 安舍は微笑む。



「父上……」
「そうだね。こちらも手を打てるだけ打とう」



 安用は息子夫婦とうなずいたのだった。
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