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遊亀はおとなしくできない性格です。
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つわりは特に朝がひどい。
その為なるべく、起きて少し何かを口にして、そして動く。
遊亀は、元々お茶が薬として輸入され、高級な飲み物だと知っていた為、妊娠が解ると、錆びないようにしまいこんだ自転車の代わりに、夫や義理の両親と散歩をし、持ち歩いていたミニ野草薬草図鑑を見つつ、体にいいものを摘んでは干したり、口にできるように自分の体に合うものを探す。
「何を探しとるんぞ?」
手を握り、一緒に歩く……目は悪くなっても、そのぶん勘が鋭く、妊婦の嫁を守るつもりの亀松に、
「ビワの葉を。お茶になるんです。クワは蚕も食べますが、クワの葉もお茶に出来ます」
「お茶?あの高級な?」
「味は違いますが、葉を干すんです。そうして、そのままでもいいですが、空煎りして香ばしさを出すといいかもしれません。生の葉には元々猛毒があるのでそのままはダメです」
「ビワ……」
「楽器の琵琶ににた、卵のような形の実がなるでしょう?」
その言葉に、
「あぁ、種の大きな、食べても余り……」
「実は、私も食べましたが種が大きいので、焼酎につけて、薬用酒として飲むといいと思います。杏仁……アンズの種に似た風味があっていいそうです。薄いですが実には咳や吐気、喉の乾きに効果があるそうですよ」
「ほぉ……」
この当時のビワは、古代種のビワであり、種が大きく実が薄い。
現在の食用のビワは、江戸時代末期に輸入されたものである。
元々は暖かい地方原産ではあるが、千葉県の辺りにまで自生し越冬する事の出来る樹であり、枝は木刀に用いられる程しっかりしている。
「それに、タンポポも干して、刻んで空煎りして飲むことが出来ます。香ばしくて美味しいですよ。他には……」
「遊亀は詳しいのぉ」
「いえ、本を持っているので……」
「いや。持っていても、それを確認しつつ、探す。それが出来るんやから、賢いんや。それに、台所に行っては色々と手伝いをしているといっとった。この間食べた料理は旨かった」
「本当ですか‼良かった……」
遊亀の料理の信条は、生ゴミを出さない。
全てを食べるか、畑の野菜は時期が終わるまでは抜かず、葉をちぎって根を残す。
種が出たら、その種を集めておき、次の時期まで残しておくようにときちんとしているのだという。
妻の浪子が聞くと、
「私の時代はそれなりに安定した畑で野菜ができ、海からの幸、山からのもありますが、今のこの時代は不安定な収入、天候等によって収穫も変わってくるでしょう。一人でも多く、人を守る。収入を得ることができる方法を考えています。この時代の情勢も、周囲も……安成君は教えてくれませんが、微妙ではないかと思います。幾ら社があろうと……私達には水軍があり、その技術は他の地域の水軍にとっても脅威でしょう。それに、伊予の湯築城の河野氏と深く繋がっていても、近いとはいえ、厳しいと思います……」
「そこまで考えているんかね?」
「まぁ……そこそこですね。私は今、大祝鶴です。本当は遊亀であっても、大祝の姓を背負います。それが生きる道です」
浪子は言葉を失う。
ここまで責任感のある嫁……娘の優しさと脆さを、心配しているのだ。
それを聞いていた亀松は、
「ほら、もうちょっといったら、綺麗な所や」
連れていった場所は、砂浜である。
「あぁ‼綺麗‼」
「やろうが?」
「ちょっと歌いたくなりますね……。私の大好きな歌……」
「歌?」
「はい」
遊亀は義父の手を握ったまま、『浜辺の歌』を歌い始める。
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も
夕べ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ しのばるる
寄する波よ 返す波も
月の色も 星の影も
「ほぉぉ……見事な……」
感心する亀松に、照れる。
「小さい頃に歌っていたんです。他にも……」
名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子のみひとつ
ふるさとの岸を離れて
なれはそも波に幾月
もとの樹はおいや繁れる
枝はなお影をやなせる
我もまた渚を枕
ひとりみの浮きねの旅ぞ
実をとりて胸にあつれば
新たなり流離の憂い
海の日の沈むを見れば
たぎりおつ異郷の涙
思いやる八重の汐じお
いずれの日にか国に帰らん
「……帰りたいんか?」
亀松の問いに、
「これは、『椰子の実』という曲で、椰子の実という、人の頭程の大きな実が異国から流れ着いていたのを見つけたというイメージで、詩を書く人が書いた歌詞に音をつけたものです。でも……私は、帰りたくないですね……」
震えている手と声に、亀松は手を握りしめる。
「帰らんでええぞ?わしらとおればええんや。遊亀は綺麗な声をしとるが、寂しい歌ばかりやの」
「……えぇと、そうですね」
松原遠くきゆるところ
白帆の影は浮かぶ
干し網浜に高くして
かもめは低く波に飛ぶ
見よ昼の海 見よ昼の海
「あはは、そうじゃそうじゃ。風景を情景をうまく歌いきるんもかまんぞ」
「そうですか?でも、暗い曲が多いのは、良くわかりました。でも、春の歌なら……」
菜の花ばたけに 入り日薄れ
見渡す山のは 霞深し
春風そよ吹く空を見れば
夕月かかりて匂い淡し
「ほら。歌えるでしょう?お父さん」
「そこそこ」
「えぇぇ~‼」
「もっと楽しそうに歌わんとなぁ……」
「今度は、楽しい歌を‼」
笑い声が響く。
のどかな時間……暖かい時である。
その為なるべく、起きて少し何かを口にして、そして動く。
遊亀は、元々お茶が薬として輸入され、高級な飲み物だと知っていた為、妊娠が解ると、錆びないようにしまいこんだ自転車の代わりに、夫や義理の両親と散歩をし、持ち歩いていたミニ野草薬草図鑑を見つつ、体にいいものを摘んでは干したり、口にできるように自分の体に合うものを探す。
「何を探しとるんぞ?」
手を握り、一緒に歩く……目は悪くなっても、そのぶん勘が鋭く、妊婦の嫁を守るつもりの亀松に、
「ビワの葉を。お茶になるんです。クワは蚕も食べますが、クワの葉もお茶に出来ます」
「お茶?あの高級な?」
「味は違いますが、葉を干すんです。そうして、そのままでもいいですが、空煎りして香ばしさを出すといいかもしれません。生の葉には元々猛毒があるのでそのままはダメです」
「ビワ……」
「楽器の琵琶ににた、卵のような形の実がなるでしょう?」
その言葉に、
「あぁ、種の大きな、食べても余り……」
「実は、私も食べましたが種が大きいので、焼酎につけて、薬用酒として飲むといいと思います。杏仁……アンズの種に似た風味があっていいそうです。薄いですが実には咳や吐気、喉の乾きに効果があるそうですよ」
「ほぉ……」
この当時のビワは、古代種のビワであり、種が大きく実が薄い。
現在の食用のビワは、江戸時代末期に輸入されたものである。
元々は暖かい地方原産ではあるが、千葉県の辺りにまで自生し越冬する事の出来る樹であり、枝は木刀に用いられる程しっかりしている。
「それに、タンポポも干して、刻んで空煎りして飲むことが出来ます。香ばしくて美味しいですよ。他には……」
「遊亀は詳しいのぉ」
「いえ、本を持っているので……」
「いや。持っていても、それを確認しつつ、探す。それが出来るんやから、賢いんや。それに、台所に行っては色々と手伝いをしているといっとった。この間食べた料理は旨かった」
「本当ですか‼良かった……」
遊亀の料理の信条は、生ゴミを出さない。
全てを食べるか、畑の野菜は時期が終わるまでは抜かず、葉をちぎって根を残す。
種が出たら、その種を集めておき、次の時期まで残しておくようにときちんとしているのだという。
妻の浪子が聞くと、
「私の時代はそれなりに安定した畑で野菜ができ、海からの幸、山からのもありますが、今のこの時代は不安定な収入、天候等によって収穫も変わってくるでしょう。一人でも多く、人を守る。収入を得ることができる方法を考えています。この時代の情勢も、周囲も……安成君は教えてくれませんが、微妙ではないかと思います。幾ら社があろうと……私達には水軍があり、その技術は他の地域の水軍にとっても脅威でしょう。それに、伊予の湯築城の河野氏と深く繋がっていても、近いとはいえ、厳しいと思います……」
「そこまで考えているんかね?」
「まぁ……そこそこですね。私は今、大祝鶴です。本当は遊亀であっても、大祝の姓を背負います。それが生きる道です」
浪子は言葉を失う。
ここまで責任感のある嫁……娘の優しさと脆さを、心配しているのだ。
それを聞いていた亀松は、
「ほら、もうちょっといったら、綺麗な所や」
連れていった場所は、砂浜である。
「あぁ‼綺麗‼」
「やろうが?」
「ちょっと歌いたくなりますね……。私の大好きな歌……」
「歌?」
「はい」
遊亀は義父の手を握ったまま、『浜辺の歌』を歌い始める。
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も
夕べ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ しのばるる
寄する波よ 返す波も
月の色も 星の影も
「ほぉぉ……見事な……」
感心する亀松に、照れる。
「小さい頃に歌っていたんです。他にも……」
名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子のみひとつ
ふるさとの岸を離れて
なれはそも波に幾月
もとの樹はおいや繁れる
枝はなお影をやなせる
我もまた渚を枕
ひとりみの浮きねの旅ぞ
実をとりて胸にあつれば
新たなり流離の憂い
海の日の沈むを見れば
たぎりおつ異郷の涙
思いやる八重の汐じお
いずれの日にか国に帰らん
「……帰りたいんか?」
亀松の問いに、
「これは、『椰子の実』という曲で、椰子の実という、人の頭程の大きな実が異国から流れ着いていたのを見つけたというイメージで、詩を書く人が書いた歌詞に音をつけたものです。でも……私は、帰りたくないですね……」
震えている手と声に、亀松は手を握りしめる。
「帰らんでええぞ?わしらとおればええんや。遊亀は綺麗な声をしとるが、寂しい歌ばかりやの」
「……えぇと、そうですね」
松原遠くきゆるところ
白帆の影は浮かぶ
干し網浜に高くして
かもめは低く波に飛ぶ
見よ昼の海 見よ昼の海
「あはは、そうじゃそうじゃ。風景を情景をうまく歌いきるんもかまんぞ」
「そうですか?でも、暗い曲が多いのは、良くわかりました。でも、春の歌なら……」
菜の花ばたけに 入り日薄れ
見渡す山のは 霞深し
春風そよ吹く空を見れば
夕月かかりて匂い淡し
「ほら。歌えるでしょう?お父さん」
「そこそこ」
「えぇぇ~‼」
「もっと楽しそうに歌わんとなぁ……」
「今度は、楽しい歌を‼」
笑い声が響く。
のどかな時間……暖かい時である。
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