Geschichte・Spiel(ゲシヒテ・シュピール)~歴史ゲーム

刹那玻璃

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第一章……ゲームの章

16……sechzehn(ゼヒツェーン)

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 翌日の夕方帰ってきた一団に、アストリットは目を輝かせる。

「お兄様! テオお兄様、お帰りなさい!」

 アストリットは知らないが、すでに数年前からエルンストの息子として様々な地域を巡っていた青年である。
 周囲を旅して学んでこいという意味と、目を治せるか、もしくは片目に負担がかかり、頭痛がするテオドールの治療をしてくれる医師を探していたということもある。
 ちなみに丁度戻ろうとしたところで一団に会い、自分の目を奪い、アストリットを苦しめてきたフレデリックの旅立ちを見送ってきたのである。

「ただいま、アスティ!」

 小柄な妹を抱き上げ、くるくると回す。

「キャァァ!」
「あぁ、嬉しくって……ごめんごめん」

 下ろすと、腕の中で抱きしめる。

「あぁ、久し振りに会えて嬉しいよ。アスティに兄さん、ディにフィー」
「お帰り、テオ。お疲れ様。大丈夫かい? 手紙にあった眼鏡の調子は?」
「うーん。紐で調整するからね。厳しいよ」
「紐?」
「そうそう。調整とか教わるために行ったんだけどね……」



 メガネの歴史は、紀元前8世紀の簡単なガラスのレンズから始まっている。

 そして、紀元前1世紀のネロの時代、家庭教師の小セネカが、水を満たしたガラスの玉やグラスを通せば、ものがよく見えると残している。
 ギリシャでは、太陽の日差しから火をつける凹凸の原理がわかっているので、その辺りもあったのだろう。

 9世紀には矯正レンズの『reading stone』、11世紀に凸レンズの拡大鏡ができた。
 凸レンズは老眼と遠視の矯正であり、近視用の凹レンズは1400年代に作られ、1600年代はじめになって近視矯正に効果があると解明された。

 ちなみにサングラスのレンズの最初は中国で、煙水晶を削ってレンズを作ったのだという。

 レンズの歴史は上記だが、眼鏡の歴史の場合、改良を重ねているが、現在は大まかにいうと、虫眼鏡のように手で当ててみるタイプと鼻の上に乗せるような装飾過多のもの、もしくは、頭の後ろに紐を結んでかけるタイプになる。
 耳にかけるものもあるが重みがあり、針金が持たないらしい。



 テオドールは見えなくなった目を補う為に無理をして、右目の視力が低下したのである。
 アストリットは見上げると、気になるのか何度も確認するように眼鏡らしきものに触れるテオドールに、

「お兄様。少し待っていてくださいね」

トコトコと出て行くと、再びバッグを持って戻ってくる。
 バッグを開け箱を出すと、

「お兄様。これをかけてくれませんか?」
「ん? これは?」
「この部分を開いて、ここを耳にかけるんです」
「……か、かっるーい! ちょっと待て、えっ? 右目見える! あんなに遠くまで探しに行ったのに!」

かけては外し、周囲を見回した童顔の少年は義理の妹を見る。

「アスティ! これは……」
「あぁ、アスティがこのフィーが抱いているもの……じゃない、『Chinesischerヒーナリッシャー Dracheドラッヘ』を見つけて、貰ったものなんだ」
「はぁぁ? 『Drache』……アスティ、変なものを拾ったな? ディ兄さんも変なものを拾うけど……」

 義兄の説明に感心する。
 単純というよりも、両親をはじめとする家族は自分を避けて喋らないのではなく、説明できないことを後で分かるようになってから説明してくれるだろうと思ったのである。

「これは……Glasガラスのレンズでもないし、縁も紐じゃない。軽いし、すごく楽だ。すごいなぁ……」
「お兄様。寝る時は外して、この箱にしまって下さいね。それと、レンズは時々、中に敷いている布で拭いて下さい」
「拭くのか?」
「ホコリとか汚れがついて見えにくくなるのです。普通の布よりも、汚れが取れるんです」
「ありがとう。それに大事に使わせてもらうよ」

 メガネケースをしまうと、

「あーあ。アスティや兄さんたちの顔を見て、ホッとした。戻ってくる前にフレデリックに会ったよ。ベルリンと南に向かう道の分かれ道で、ぐずぐずしてた。早く行きやがれ! って言っておいた。……隊長に聞いたよ。ディ兄さん。俺がいなくてごめん」
「……仕方ないさ。お前の目の方が大事だ」
「でも、運がいいのか悪いのか。出て行った後にアスティはDracheに会って、まぁ、俺は色々と回らせてもらった……父上や母上、それにこの城の皆のおかげだな」

カラッと笑う。

「あ、そうだ。ここに戻る途中で狩をしたんだけど……変なものを拾って……兄さんかディ兄さんなら知ってるかなと」

 懐から丸いものを二つ出す。
 鶏の卵より一回り大きめで、一つはピンク、もう一つは白である。

「ヤマドリやなんかの卵よりも大きいだろう? それに、白ならまだしもピンクだぞ? 変わってると思って。触ったらあったかいし。でも、大がかりな狩じゃなかったんだ。でもしばらく離れたところで様子を見てたのに、親が戻ってこなかったから、ディ兄さんに見てもらおうと思って」
「何だろう? これ」

 ピンクを取ったカシミールは、ほんのり温かい卵を空にかざす。
 すると、

ペリッ……ピキピキ……

と音が響き、割れた隙間から、爬虫類の鼻のようなものが見え、

『キュワッ』

と鳴いた。
 その声に誘われるように、テオの手の中の卵がピクピク動き、

コンコン……コンコン……

と鳴らす。

 ちなみにこれは啐啄そったくと言い、雛が内側からつつき、出してと合図を送る。
 気がついた親も同じ場所をつつきつつ、子供が孵る手助けをする。

 アスティは手を伸ばしコンコンと返して見るが、再びコンコンと返ってくる。

「えっと、啐啄ですね……硬い、叩くもの……テオお兄様」

と、テオドールを見る。
 すると、テオドールはベルトに挟んでいたナイフを見せると、鞘を抜かずに卵を叩くとひびが入りパリパリと割れた。

『キュワッ』

 頭に殻の一部を乗せた爬虫類が、テオドールの手の上で鳴いている。
 ピンクがかった肌に真っ白の濡れた産毛と小さい翼、足を投げ出した……。

「……これ、何?」
「……Dracheだろ。『Weißヴァイス Drache』もしくは『weissヴァイス Drache』。生まれたばかりだから、目を開けたらお前を親だと思うだろうな」

 ディーデリヒは、先に目を開けカシミールを見ている赤い色のそれを見る。

「でぇぇぇ! 無理! 俺は親じゃない~!」

 テオドールは青ざめ、持ち上げてディーデリヒに渡そうとしたところ、殻が外れ、シワシワの瞼が開き、真紅の瞳がテオドールを見た。

『きゅわぁぁ』

 ご機嫌なのか体を左右に揺らし、

『きゅーわー、きゅわわー』

「な、何言ってるんだ?」
「『おとうしゃんだぁぁ! おとうしゃーん』って言ってます」

アストリットの言葉に遠い目になる。

「アスティ……俺、父ちゃんじゃないし……」
「と言うか、ガチョウとか鳥の雛は、孵ってすぐ見たものを親だと思って、ちょこまかと追いかけるんだそうです。多分、この子も初めて見たのがお兄様なので、お父さんと思ったのだと思います」
「アスティ! お前が……」
「テオが面倒を見るんだよ! じゃないと、これもつける!」

 アグアグとカシミールの指を噛んでいる、真紅のトカゲを突きつける。

「歯がないからまだマシ! 持って帰ってきたんだから、噛まれてよ。テオ」
「兄さん! 俺、あの卵から、こんな生き物が生まれるとは思いませんでした!」
「当たり前だよ。解っててやってたら、こんなもんじゃないよ。それに噛むより、きゃっきゃって喜ぶ方がいいよね。交換しない?」
「えっと……」

 自分の手のひらで嬉しそうにキュワッているのと、兄の手をがぶっているのを考えたら……。

「こ、こっちでいいです!」
「だよね。この子はRotロット。その子は?」
「ヴァ、ヴァイスです! ヴァイス。よろしくな?」

 頭を撫でる。

「あ、そうでした。お兄様。目が疲れたり、目がかすんで、頭が痛くなったりってありませんか?」
「あ、あぁ、あるよ」
「じゃぁ、これは、一時的に……寝る1時間前か、昼間が辛い時に目に。薬なんです」
「はぁぁ?」
「あ、薬を煎じて作ったもので、少しすっとしますが、しばらくすると楽になります」

 買ったばかりの目薬を差し出し、自分の使いかけのものを目に点眼する。

「こうすると、目を軽く閉じて、目頭……この鼻の左右をしばらく押さえておくといいです。それと、目の運動をするといいです。目だけを上下左右に動かして、あとはグルって目を回すのを、ゆっくりと何回か繰り返すと、目の疲れも楽になるそうです」

Kräuterクァルター? ……ハーブを煎じたのか?」
「あ、そうです! 同じものですが、新しいものをお兄様に」
「……ありがとうな。アスティ!」
「テオドールさま。何かはっきりしないものは……」

 5年前よりテオドール付きになった侍従の青年が告げるが、テオドールはヴァイスを妹に預け、わざわざ箱を開け透明の袋を見せる。

「箱と……透明の……袋。開けられてないぞ? アスティは何もしない。それに、俺を心配してくれてる。嬉しい以外に何を言うんだ? アスティ。つけて見るよ」
「上を向いてくださいね」

 そして、何回か失敗したものの、最後には自分の目を指で開けて点眼する。

「すっとする!」

 目をしばらく押さえていたものの、落ち着いたのか目を開けると、

「あれ、なんか、目がスッキリする。目はあまり見えるのは変わらないけど……辛くない……」
「目の疲労感を楽にするんです。よかった」
「……ありがとうな。アスティ!」

『きゅわっ!』

「えーと、ヴァイスもありがとう」

『きゅわわ~きゅわ~』

 アストリットの手の上で、再び踊り出すヴァイス……よほど、主人というよりも父親のテオドールが大好きらしい。
 代わりに、

「こら、ロット! 僕の手は食べ物じゃないぞ」

『きゅーわー』

「腹が減った、らしいぞ」
「……テオのヴァイスは可愛いのに……」
「カーシュ。今は甘噛みだが、これから噛まないようにしつけしろよ。『Rot Drache』は火を操るし、リューン並みに攻撃性も高いから」
「了解……でも、ヴァイス……白いのに目は赤いのか?」
「瞳孔……目の真ん中も赤いので、この子は生まれつき色が出なかったみたいです」

兄にヴァイスを渡しながら、アストリットが答える。

「人の体には色を作る遺伝子というものがあります。例えば、私やカーシュお兄様はお母様に似た髪と瞳。テオお兄様はお父様に似た髪と瞳、ディ様やフィーちゃんもそうです。お父さんやお母さんから貰った色とか顔とかを遺伝すると言いますが、この子はその遺伝の過程で、私たちのこの青い瞳やお兄様たちの茶色の瞳になるはずの色が、出なくなったんです」
「出なくなった?」
「はい。色素異常……と呼ばれます」
「でも、毛色は白で瞳は赤……」

 スリスリとテオドールに甘えるヴァイスを見つめ、

「白は、毛に本来染まる色の色素がないので白いのです。瞳が赤いのは血液の色です。あまり体は丈夫じゃないと思います。もしかしたら……」

アストリットは躊躇いつつ答える。

「ロットと一緒に置かれていたということは、寒さに弱いはずの『Rot Drache』がこのあたりに来ているという事と、この地域はロットが生まれ、育つ可能性がある暖かい地域であること。そして……餌が足りなくなったら、弱いヴァイスを餌にして生き延びろという意味だと思います……『Rot Drache』の世界も、淘汰とうたが激しいのでしょう……」
「淘汰?」

 フィーの問いかけに、ディーデリヒは、

「生物の群れの中で強いもの、体が大きいものが生き残り、体が弱く、周囲に馴染めないものは死んでしまうんだ。フィー。アスティが言いたかったのは……」
「じゃぁ、俺がヴァイスの親父になる! ヴァイスは絶対に大きくなる!」

テオドールは宣言したのだった。
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