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第一章……ゲームの章
19……neunzehn(ノインツェーン)
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アストリットは意識を取り戻すと、目の前にディーデリヒの顔があった。
「ディ、ディ兄さま! えっ? えっ?」
「倒れたから、膝枕。大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……あっ! 皆のご飯!」
起き上がるが、腕が伸びディーデリヒがアストリットを膝に乗せる。
「あの、ディさま。昼食の準備を……」
「サンディがしている。中々手際がいいとばあやが言っていたぞ」
「で、ですが、あの、皆の……」
「少し位、傍に居てくれないか……嫌われていないと思うが、そんなにワタワタされると、嫌われているのかと少し……辛い」
アストリットの中の瞬は、耳元で囁かれる甘い声に、硬直する。
18、19のディーデリヒの声に、何故、丹生雅臣が当てられたのか……自分は詳しく聞いていなかった。
大好きな声優さんだが、彼が声を当てたディーデリヒの恋人だの婚約者だのが自分だなんて……現実世界でも、そんな存在などいなかったのだ。
困惑すると言うか気恥ずかしい。
それに元々、丹生雅臣は、映画の吹き替え声優として知られていて、母の世代の映画『アーサー王物語』シリーズでは、湖の騎士ランスロットを演じたガウェイン・ルーサー・ウェインの声の再吹き替えを担当し、当たり役としてその名を轟かせている。
その彼が珍しく演じると言うゲームの中に入り、その声を耳元で聞けるとは……。
オタクファンとしての幸福レベルは最高数値、である。
「あ、あの……き、嫌いでは……ない、です……」
俯き、小声で囁く。
「本当か?」
「は、はい……あの……ア、アストリットも……ディさまがお好きだったのでしょう?」
ディーデリヒは黙り込み、そして口を開く。
「アストリットは冷静沈着で大人しい。カーシュとテオは溺愛していた。私も兄妹のように接してきたが、それ以上ではなかった」
「えっ?」
顔を上げると、ディーデリヒが甘く微笑む。
「今の君は可愛い。何かに一所懸命になったり、笑ったり泣いたり、私たちに言い返したり、それに家族や私達、砦の人々に心を砕き、頑張っている姿が……とても可愛い」
「えっ……」
「君が瞬でもアストリットでも構わない。傍にいて欲しいんだ。駄目だろうか?」
顔色を変える。
「で、でも、ディさま……わ、私は……」
「異世界の人……か? でも、私にとってはアスティであり瞬……一緒にいたい」
腕の力が強くなり、こそばゆいと思っていたら、耳元や首筋に口付けられる。
「返事を待ちたいと思うけど、でも、なるべく早く欲しいんだ。お願いだから……」
最後に頭頂部に口づけし、囁く。
「俺は本気だから……」
瞬は耳元に真剣な口調で囁くその声に、現実逃避したのだった。
「あ、気絶した……」
真正面で見ていたカシミールは吹き出した。
「ディ、逃げられたよ。どうするのさ」
「……真剣に思われていないのか……」
ディーデリヒは『太陽の王子』の別名を持つ絶世の美形……その上、性格も育ちのわりにひねくれておらず、声も甘い声。
19歳のわりには親父くさいと、幼馴染の目の前のカシミールには言われるが、世話好き長男タイプである。
薄々は、アストリットと結婚するのだろうなぁと思っていた。
アストリットは本当に、大人しい女の子だった。
それは今、少し疲れたと休んでいるテオドールが、あのフレデリックからよく庇っていたから解る。
大人しく真面目すぎて、乱暴な兄が怖く、優しい長兄やテオドールの近くにいた為、告げ口されたと勘違いされたのだろう。
テオドールの怪我も、本当に自分が悪いと責めていた。
誰も責める訳がない。
まだ、か弱い女の子……本当に小さく華奢な少女に、力のある男の拳など受けられる訳がないのだから。
それをどう説明すればいいか……ディーデリヒも悩んでいた。
しかし、フィーと共に久しぶりにこちらに滞在を勧められ、当主で父と呼んでいるエルンストと外遊中のテオドールを除く兄弟と猟に行き、戻ると、
「アストリットがいない!」
と侍女たちが騒いでいた。
部屋にいたのに、目を離した隙に姿が見えなくなったと……。
驚き、エルンストは心配するであろうエリーザベトと妹のフィーのところに行き、カシミールは問題児の弟を監視しつつ二手に分かれ探した時、中庭の……フィーが滞在している小さな家のベッドに、不思議な服を着たまま眠っていた。
紺色の上着に、膝丈のドレスではなく上は白いシャツ、下はスカートを着ていた。
髪も顔立ちもそのままだが、手には一冊の本。
そして、大きな皮袋だろうか?
それが横に置かれていた。
「ディーデリヒさま!」
「ここにいた。毛布で包んでいくから、この荷物を……」
「これは?」
「解らない。だが、持って来てくれ」
「はい」
短いスカート……何も身につけていない脚を、触る訳にはいかないと毛布で包み抱き上げる。
と、戦場にいる自分たちが日頃担ぐ武器などの方が、いかに重いかと思う。
軽い……そう、妹のフィーとまではいえないが、それでも小さくて華奢……。
時々見ているが、眠っている姿は初めてである。
顔は小さく、彫りは深くなく、15歳にしては本当に幼い顔立ち……。
しかし整っていて、まつ毛が長く、白い肌に小さめの唇のピンクの色が彩りを添える。
そのピンクは濃くはない、チェリーピンクではなくローズピンク。
アストリットは母のエリーザベトに瓜二つで、エリーザベトは花の女神と昔称された、中央でも高位の貴族の娘。
一度、家族が中央に挨拶に出向いた時、皇帝陛下やエリーザベトの姉の皇后陛下に、
「花の女神の周りには、花の妖精たちが戯れているのだな。愛らしい。絵画に残しておきたいものだな」
「本当に……可愛らしいこと……」
と声をかけられたらしい。
ちなみに皇后陛下も、愛らしい妹よりも華やかな印象の美女である。
妖精の一人……カシミールとは隣の領で長男同士、良く会っていたが、
「こいつのどこが妖精だ。悪魔だ! あぁ、いたずら好きの妖精だな」
と思っていた。
しかし、今腕の中に眠るアストリットは、なんて……、
「愛らしいんだろう……まさしく、花の妖精……」
と呟いた。
アストリットの部屋に休ませて出て行った後、猟の後の獲物をさばき終え、食事の時間には、体調の良くないエリーザベトと幼いフィーは一緒に食べるといい、4人で食べていた。
「アストリットが見つかって本当に良かった……」
胸をなでおろすエルンストに、鼻持ちならない口調で、
「はんっ! あいつは驚かせたかったんじゃないですか?」
「お前じゃあるまいし」
カシミールは、仲の悪い弟に素っ気ない。
「それよりもお前の弓の腕、酷いものだな。あんなに近くにいたのに、当てることもできないとは! 一緒にいたディに当てて貰って、恥ずかしくないのか?」
「なっ! 俺は、動きを止めたんだ!」
「はっ! 僕やディは、あの程度一矢で仕留めたよ」
「やめなさい……それよりも後で、様子を見に行こうか……」
と父親がたしなめると、侍女たちと共にアストリットが姿を見せる。
「あれ……?」
呟く。
普段のアストリットは青白い印象の、美しいが儚く、か弱く、暗いイメージだったのだが、姿を見せたアストリットは、白は白でもほんのりと紅を載せたイメージとなっていて、淡い瞳にも強い意志が見え隠れする。
あれ?
と不思議に思った。
今まで自分は、アストリットをどう見ていたのだろう……。
のっぺりとしたお人形か、絵のように思っていたのだろうか?
こんなにも色鮮やかで愛らしい、血の通った少女だったなんて……。
その時から、気になった。
幼馴染なのに、自分を初めて見たというふうに見上げ、声をかけると頬を赤くする。
その上ちょこまかと動き回り……そして、大切なペットたちの命を救ってくれた……。
それに、フィーの為にお人形を作ったり、KartoffelやSüßkartoffelのことを説明して、領地のために考え、微笑む。
ある時、リューンやラウだけでなく、狼や猟犬などにも怖がることなく近づいて、慌てる侍女に、
「ダメよ? この子達優しい子なの。びっくりさせたら逆に驚いて、攻撃される前にって飛びかかるのよ。怖くないわ。ねぇ?優しいあなた。お名前はなんていうのかしら? 後でディさまに聞いて見ましょう」
と、笑いかける。
普通、人間は生き物に向かう時、自分が上だと思い、頭の上に手を出すのが普通だが、生き物は攻撃を受けると思い噛み付く。
逆に、餌を載せたりした手のひらを見せて、攻撃する気は無いことを示すことから始めるのだ。
馬もそうである。
アストリットも馬に乗る。
だから、知っているのかと思っていたが……。
クスクスと楽しげに笑うと、
『お手! ……って言ったら、こうしてね?』
と、比較的人間に懐いている狼の一頭、アナスタージウスの手を取り、自分の手の上に乗せた。
狼の手を取る、なんて危険な……
と、見ていると顎を撫でる。
「ありがとう。はい。よくできましたのおやつ」
と食べさせると、じっとアナスタージウスを見て、
『お手!』
と声をかけ、自分の手を差し出すと、首を傾げつつアナスタージウスは前足を乗せる。
「まぁぁ! あなた、賢い! すごい! 偉い! はい! よくできました!」
本当に笑顔で大げさにほめながら、餌のかけらを与え、顎を体を撫でる。
「もう一回して見ましょうか? 『お手!』」
アナスタージウスはおやつを貰えると分かったからか、スタッと手を差し出す。
「まぁぁ、ちゃんと覚えてる。あなた、とっても賢い子ね。ねぇ、ぎゅーってしても大丈夫?」
おやつを与えほめた後、おねだりをする。
アストリットは、狼の危険を知っている。
だから、様子をしっかり見ているのだ。
ディーデリヒは声をかける。
「アナスタージウスは群れの中で一番甘えん坊だ。アスティなら大丈夫だと思うよ」
「あ、ディさま。この子はアナスタージウスと言うのですか?」
「あぁ、アナスタージウス。アスティと仲良くしような」
「あぁ、ディさまが命令したらダメです! 私が、アナスタージウスと仲良くなりたいんです。アナスタージウス。私はアストリット。アスティよ。仲良くなってくれる?」
アストリットはじっと見つめると、アナスタージウスはペロンっと舐める。
「ありがとう! アナスタージウス」
嬉しそうに、狼の首に腕を回し抱きしめる。
その笑顔と笑い声に、その様子を見守っていた他の狼も、アストリットに頬を寄せたり、前に座り手を出す。
アナスタージウスが手を出して、おやつを貰っていたのを見て、貰えると思ったらしい。
変なことを教えて……
と内心思ったものの、アストリットは自分の手の上に乗せ嬉しそうに、
「あら、あなたたち、皆とても賢いのね! はい。よくできました」
と、おやつを与えそっと体を撫でる。
すると次々に狼たちが、おやつをねだっているのだろうが、前足を乗せる。
狼たちとひとしきり遊ぶと、
「あ、もう、おやつがないわ。また明日持ってくるわね」
とアストリットは袋をひっくり返し、中身が無いことを示すと、喉や体を撫で、残念そうに離れていった。
「アスティ。肝が冷えるよ。狼に……」
「だって……り、猟犬は怖くて……」
近づいていき注意しようとすると、目に涙をためる。
「私のかな?」
「いいえ、フレデリックお兄様の猟犬です。前に侍女を噛みました。私も噛まれました……。お兄様は『やれ! もっとやれ! 狩の練習だ! 次こそ兄貴を見返してやる!』と言いました」
「噛まれた! 父上や母上、カーシュには?」
「言ったら……告げ口したって殴られます。侍女やベアタがかばってくれますが、皆が傷つくのは嫌なんです……」
ディーデリヒは、内心、
あいつをどうしてくれようか……、
と思ったが、
「でも、それならなぜ、狼であるアナスタージウスたちに……」
「狼は家族……両親と子供達と言った、家族で生きる生き物です。犬は昔から人間に従って生活しています。でも、躾をきちんとしないと噛み付いたりします。猟犬じゃなく小さい子犬なら……触れそうですけど……怖かったので。でも、アナスタージウスはとても好奇心が旺盛で、私のしていることをじっと見ていたのです。仲良くなって欲しかったのです。あの……ダメですか?」
身長差もあり、必死に自分を見上げるアストリットに、
「……いいよ。アナスタージウスや皆は、アスティを好きだって言っているから。でも、注意するんだよ?」
「ありがとうございます。ディさま」
嬉しそうに笑ったあのキラキラとした輝きに、恋に落ちていた。
「ディ、ディ兄さま! えっ? えっ?」
「倒れたから、膝枕。大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……あっ! 皆のご飯!」
起き上がるが、腕が伸びディーデリヒがアストリットを膝に乗せる。
「あの、ディさま。昼食の準備を……」
「サンディがしている。中々手際がいいとばあやが言っていたぞ」
「で、ですが、あの、皆の……」
「少し位、傍に居てくれないか……嫌われていないと思うが、そんなにワタワタされると、嫌われているのかと少し……辛い」
アストリットの中の瞬は、耳元で囁かれる甘い声に、硬直する。
18、19のディーデリヒの声に、何故、丹生雅臣が当てられたのか……自分は詳しく聞いていなかった。
大好きな声優さんだが、彼が声を当てたディーデリヒの恋人だの婚約者だのが自分だなんて……現実世界でも、そんな存在などいなかったのだ。
困惑すると言うか気恥ずかしい。
それに元々、丹生雅臣は、映画の吹き替え声優として知られていて、母の世代の映画『アーサー王物語』シリーズでは、湖の騎士ランスロットを演じたガウェイン・ルーサー・ウェインの声の再吹き替えを担当し、当たり役としてその名を轟かせている。
その彼が珍しく演じると言うゲームの中に入り、その声を耳元で聞けるとは……。
オタクファンとしての幸福レベルは最高数値、である。
「あ、あの……き、嫌いでは……ない、です……」
俯き、小声で囁く。
「本当か?」
「は、はい……あの……ア、アストリットも……ディさまがお好きだったのでしょう?」
ディーデリヒは黙り込み、そして口を開く。
「アストリットは冷静沈着で大人しい。カーシュとテオは溺愛していた。私も兄妹のように接してきたが、それ以上ではなかった」
「えっ?」
顔を上げると、ディーデリヒが甘く微笑む。
「今の君は可愛い。何かに一所懸命になったり、笑ったり泣いたり、私たちに言い返したり、それに家族や私達、砦の人々に心を砕き、頑張っている姿が……とても可愛い」
「えっ……」
「君が瞬でもアストリットでも構わない。傍にいて欲しいんだ。駄目だろうか?」
顔色を変える。
「で、でも、ディさま……わ、私は……」
「異世界の人……か? でも、私にとってはアスティであり瞬……一緒にいたい」
腕の力が強くなり、こそばゆいと思っていたら、耳元や首筋に口付けられる。
「返事を待ちたいと思うけど、でも、なるべく早く欲しいんだ。お願いだから……」
最後に頭頂部に口づけし、囁く。
「俺は本気だから……」
瞬は耳元に真剣な口調で囁くその声に、現実逃避したのだった。
「あ、気絶した……」
真正面で見ていたカシミールは吹き出した。
「ディ、逃げられたよ。どうするのさ」
「……真剣に思われていないのか……」
ディーデリヒは『太陽の王子』の別名を持つ絶世の美形……その上、性格も育ちのわりにひねくれておらず、声も甘い声。
19歳のわりには親父くさいと、幼馴染の目の前のカシミールには言われるが、世話好き長男タイプである。
薄々は、アストリットと結婚するのだろうなぁと思っていた。
アストリットは本当に、大人しい女の子だった。
それは今、少し疲れたと休んでいるテオドールが、あのフレデリックからよく庇っていたから解る。
大人しく真面目すぎて、乱暴な兄が怖く、優しい長兄やテオドールの近くにいた為、告げ口されたと勘違いされたのだろう。
テオドールの怪我も、本当に自分が悪いと責めていた。
誰も責める訳がない。
まだ、か弱い女の子……本当に小さく華奢な少女に、力のある男の拳など受けられる訳がないのだから。
それをどう説明すればいいか……ディーデリヒも悩んでいた。
しかし、フィーと共に久しぶりにこちらに滞在を勧められ、当主で父と呼んでいるエルンストと外遊中のテオドールを除く兄弟と猟に行き、戻ると、
「アストリットがいない!」
と侍女たちが騒いでいた。
部屋にいたのに、目を離した隙に姿が見えなくなったと……。
驚き、エルンストは心配するであろうエリーザベトと妹のフィーのところに行き、カシミールは問題児の弟を監視しつつ二手に分かれ探した時、中庭の……フィーが滞在している小さな家のベッドに、不思議な服を着たまま眠っていた。
紺色の上着に、膝丈のドレスではなく上は白いシャツ、下はスカートを着ていた。
髪も顔立ちもそのままだが、手には一冊の本。
そして、大きな皮袋だろうか?
それが横に置かれていた。
「ディーデリヒさま!」
「ここにいた。毛布で包んでいくから、この荷物を……」
「これは?」
「解らない。だが、持って来てくれ」
「はい」
短いスカート……何も身につけていない脚を、触る訳にはいかないと毛布で包み抱き上げる。
と、戦場にいる自分たちが日頃担ぐ武器などの方が、いかに重いかと思う。
軽い……そう、妹のフィーとまではいえないが、それでも小さくて華奢……。
時々見ているが、眠っている姿は初めてである。
顔は小さく、彫りは深くなく、15歳にしては本当に幼い顔立ち……。
しかし整っていて、まつ毛が長く、白い肌に小さめの唇のピンクの色が彩りを添える。
そのピンクは濃くはない、チェリーピンクではなくローズピンク。
アストリットは母のエリーザベトに瓜二つで、エリーザベトは花の女神と昔称された、中央でも高位の貴族の娘。
一度、家族が中央に挨拶に出向いた時、皇帝陛下やエリーザベトの姉の皇后陛下に、
「花の女神の周りには、花の妖精たちが戯れているのだな。愛らしい。絵画に残しておきたいものだな」
「本当に……可愛らしいこと……」
と声をかけられたらしい。
ちなみに皇后陛下も、愛らしい妹よりも華やかな印象の美女である。
妖精の一人……カシミールとは隣の領で長男同士、良く会っていたが、
「こいつのどこが妖精だ。悪魔だ! あぁ、いたずら好きの妖精だな」
と思っていた。
しかし、今腕の中に眠るアストリットは、なんて……、
「愛らしいんだろう……まさしく、花の妖精……」
と呟いた。
アストリットの部屋に休ませて出て行った後、猟の後の獲物をさばき終え、食事の時間には、体調の良くないエリーザベトと幼いフィーは一緒に食べるといい、4人で食べていた。
「アストリットが見つかって本当に良かった……」
胸をなでおろすエルンストに、鼻持ちならない口調で、
「はんっ! あいつは驚かせたかったんじゃないですか?」
「お前じゃあるまいし」
カシミールは、仲の悪い弟に素っ気ない。
「それよりもお前の弓の腕、酷いものだな。あんなに近くにいたのに、当てることもできないとは! 一緒にいたディに当てて貰って、恥ずかしくないのか?」
「なっ! 俺は、動きを止めたんだ!」
「はっ! 僕やディは、あの程度一矢で仕留めたよ」
「やめなさい……それよりも後で、様子を見に行こうか……」
と父親がたしなめると、侍女たちと共にアストリットが姿を見せる。
「あれ……?」
呟く。
普段のアストリットは青白い印象の、美しいが儚く、か弱く、暗いイメージだったのだが、姿を見せたアストリットは、白は白でもほんのりと紅を載せたイメージとなっていて、淡い瞳にも強い意志が見え隠れする。
あれ?
と不思議に思った。
今まで自分は、アストリットをどう見ていたのだろう……。
のっぺりとしたお人形か、絵のように思っていたのだろうか?
こんなにも色鮮やかで愛らしい、血の通った少女だったなんて……。
その時から、気になった。
幼馴染なのに、自分を初めて見たというふうに見上げ、声をかけると頬を赤くする。
その上ちょこまかと動き回り……そして、大切なペットたちの命を救ってくれた……。
それに、フィーの為にお人形を作ったり、KartoffelやSüßkartoffelのことを説明して、領地のために考え、微笑む。
ある時、リューンやラウだけでなく、狼や猟犬などにも怖がることなく近づいて、慌てる侍女に、
「ダメよ? この子達優しい子なの。びっくりさせたら逆に驚いて、攻撃される前にって飛びかかるのよ。怖くないわ。ねぇ?優しいあなた。お名前はなんていうのかしら? 後でディさまに聞いて見ましょう」
と、笑いかける。
普通、人間は生き物に向かう時、自分が上だと思い、頭の上に手を出すのが普通だが、生き物は攻撃を受けると思い噛み付く。
逆に、餌を載せたりした手のひらを見せて、攻撃する気は無いことを示すことから始めるのだ。
馬もそうである。
アストリットも馬に乗る。
だから、知っているのかと思っていたが……。
クスクスと楽しげに笑うと、
『お手! ……って言ったら、こうしてね?』
と、比較的人間に懐いている狼の一頭、アナスタージウスの手を取り、自分の手の上に乗せた。
狼の手を取る、なんて危険な……
と、見ていると顎を撫でる。
「ありがとう。はい。よくできましたのおやつ」
と食べさせると、じっとアナスタージウスを見て、
『お手!』
と声をかけ、自分の手を差し出すと、首を傾げつつアナスタージウスは前足を乗せる。
「まぁぁ! あなた、賢い! すごい! 偉い! はい! よくできました!」
本当に笑顔で大げさにほめながら、餌のかけらを与え、顎を体を撫でる。
「もう一回して見ましょうか? 『お手!』」
アナスタージウスはおやつを貰えると分かったからか、スタッと手を差し出す。
「まぁぁ、ちゃんと覚えてる。あなた、とっても賢い子ね。ねぇ、ぎゅーってしても大丈夫?」
おやつを与えほめた後、おねだりをする。
アストリットは、狼の危険を知っている。
だから、様子をしっかり見ているのだ。
ディーデリヒは声をかける。
「アナスタージウスは群れの中で一番甘えん坊だ。アスティなら大丈夫だと思うよ」
「あ、ディさま。この子はアナスタージウスと言うのですか?」
「あぁ、アナスタージウス。アスティと仲良くしような」
「あぁ、ディさまが命令したらダメです! 私が、アナスタージウスと仲良くなりたいんです。アナスタージウス。私はアストリット。アスティよ。仲良くなってくれる?」
アストリットはじっと見つめると、アナスタージウスはペロンっと舐める。
「ありがとう! アナスタージウス」
嬉しそうに、狼の首に腕を回し抱きしめる。
その笑顔と笑い声に、その様子を見守っていた他の狼も、アストリットに頬を寄せたり、前に座り手を出す。
アナスタージウスが手を出して、おやつを貰っていたのを見て、貰えると思ったらしい。
変なことを教えて……
と内心思ったものの、アストリットは自分の手の上に乗せ嬉しそうに、
「あら、あなたたち、皆とても賢いのね! はい。よくできました」
と、おやつを与えそっと体を撫でる。
すると次々に狼たちが、おやつをねだっているのだろうが、前足を乗せる。
狼たちとひとしきり遊ぶと、
「あ、もう、おやつがないわ。また明日持ってくるわね」
とアストリットは袋をひっくり返し、中身が無いことを示すと、喉や体を撫で、残念そうに離れていった。
「アスティ。肝が冷えるよ。狼に……」
「だって……り、猟犬は怖くて……」
近づいていき注意しようとすると、目に涙をためる。
「私のかな?」
「いいえ、フレデリックお兄様の猟犬です。前に侍女を噛みました。私も噛まれました……。お兄様は『やれ! もっとやれ! 狩の練習だ! 次こそ兄貴を見返してやる!』と言いました」
「噛まれた! 父上や母上、カーシュには?」
「言ったら……告げ口したって殴られます。侍女やベアタがかばってくれますが、皆が傷つくのは嫌なんです……」
ディーデリヒは、内心、
あいつをどうしてくれようか……、
と思ったが、
「でも、それならなぜ、狼であるアナスタージウスたちに……」
「狼は家族……両親と子供達と言った、家族で生きる生き物です。犬は昔から人間に従って生活しています。でも、躾をきちんとしないと噛み付いたりします。猟犬じゃなく小さい子犬なら……触れそうですけど……怖かったので。でも、アナスタージウスはとても好奇心が旺盛で、私のしていることをじっと見ていたのです。仲良くなって欲しかったのです。あの……ダメですか?」
身長差もあり、必死に自分を見上げるアストリットに、
「……いいよ。アナスタージウスや皆は、アスティを好きだって言っているから。でも、注意するんだよ?」
「ありがとうございます。ディさま」
嬉しそうに笑ったあのキラキラとした輝きに、恋に落ちていた。
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