29 / 95
第一章……ゲームの章
25……fünf und zwanzig(フュンフウントツヴァンツィヒ)
しおりを挟む
雨が続く……。
この前にとった獲物の皮は、湿気を避けるように広げ、毛皮とした。
なめすのに手間がかかったこともあるし、これから寒くなる為、何かに使えたらと思ったのだった。
本当はもう少し先に進むはずだったのだが、雨が止まない。
晩秋であり、旅慣れていないアストリットやエッダたち子狼たちをつれ、雨の中の旅はきついとのディーデリヒの言葉もあり、まずは雨が止み、そして道のぬかるみが少しでも減るように祈りつつアストリットの中の瞬は、せっせと付箋にメモを書き込む。
先日から熱心にディーデリヒが読んでいる本を、訳しているのである。
ありがたいことに、ドイツ語などほぼ聞いたことも書いたこともないのだが、アストリットのおかげか、日本語をドイツ語に訳し、注釈を入れたりしている。
しかし、食料が物足りないと、ディーデリヒは猟犬と、アナスタージウスの家族を連れ、猟に出た。
アナスタージウスはアストリットの護衛であるが、実はあの時の怪我のため長時間歩けるが、走ることができなくなっていた。
猟には不向きであり、自分の命を救ってくれたアストリットの側にいることにしたのである。
そして、アナスタージウスにはもう一つ役目が与えられていて、
「エーミール、エルマー。アナスタージウスにわがままはダメよ。雨が強いからこちらにいらっしゃい」
『お母さん。だって……』
『エルマーも……』
『まだジャマダ。遊んでろ』
アナスタージウスは鼻で二匹を押すと、コロンコロンと転がる。
「ほら、いらっしゃい。エッダとラウは暖かいところでお昼寝よ?」
手招きをしたその時、アナスタージウスの耳が動いた。
警戒を示す行動をする。
「どうしたの?」
『……馬とロバを奥に……ディと違う蹄の音がする』
この滞在用の小屋は広く、馬とロバも建物の中に入れていた。
外にも納屋があるが、二人では何かあった時に困ると同じ建物の中に入れていたのである
馬たちのいるところから一番近い出入り口は大きく、そしてアストリットのいるところの背には、少し小さい扉があった。
窓は木の窓で、つっかい棒をすると空気を通すようになっている。
馬たちを安全なところに移動させ、エッダたちを荷物と毛皮のそばに隠して、自分の背中の扉には重石を置いて開けられないようにした。
その後、警戒したままのアナスタージウスのそばにラウを抱きしめ近づく。
その間にそっと、窓を閉ざし鍵をかけた。
「アナスタージウス……どう?」
『馬が何頭……でも、男達の声がする……この扉を閉ざすか?』
「そうすれば無理して入ってくるわ……ここだけなの。ちょっとまってね。アナスタージウス。耳を抑えていて」
瞬は元の世界で飼っていた愛犬との指示のために、犬笛を持っていた。
ちなみに、この周波数はかなりアナスタージウスたちの耳に響くらしく悶絶する。
だが、アナスタージウスの家族や猟犬たちに気づいてもらい、それをディーデリヒに伝われば大丈夫かと思ったのである。
伏せをしたアナスタージウスの耳を抑え、犬笛を吹く。
すると、アナスタージウスは、
『瞬ハ武器は無理だ。ここに私がいる。下がってくれ』
「でも……」
『大丈夫だ』
自分は武器を持てない……自覚しているアストリットは、頷き下がる。
「気をつけて……」
すると、トントンと扉が叩かれ、
「誰かいませんか?」
「私たちは旅人です」
「……すみません。女ひとりで、出ないようにと言われています。連れを呼びましたので、お待ちいただけますか?」
「わかりました。申し訳ありませんが納屋を、馬を休ませたいので使わせていただけますか?」
「はい。結構です。確か、あちらにはわらと桶があります。すぐにこちらでお湯を沸かします。ちょっと待ってください。ですが開けようとすると、オオカミがおりますので……」
了承したのか納屋の方に向かう音に、アストリットは火に近づき、作っていたスープとハーブティー、そして、乾いた布を準備して、薄く扉を開けた。
「まずは暖めてあげてください。それと、皆さんにスープとハーブティーです。スープは冷ますと馬も口にできます。炭の入れたバケツもどうぞ」
「ありがとうございます」
受け取ったのを確認し扉を閉めようとした時、茂みから馬の手綱を引き、4頭の猟犬とオオカミ、そしてフードを被った頭の上にリューンを乗せたディーデリヒが姿を見せる。
「ディさま!」
「何があった? 旅人のようだが……」
「あ、あの。お帰りなさい」
「ただ今。今日は大量だ。さばくから、悪いけれどそちらの誰か、シカやウサギをさばけますか?」
「あ、あぁ。何とか……教えてもらったら失敗しないと思う」
返事がする。
「じゃぁ、手伝ってください。アスティ。薪はあるかい? 濡れているが燃やすのに適したものも持って帰った。そちらで乾燥させてくれるか?」
「は、はい」
紐でまとめた枯れ枝を受け取る。
「あの、何人の方が?」
「3人だな。それと、馬は4頭」
「じゃぁ、こちらに入っていただきましょうか。ディさま。お湯を沸かしますね」
「そうだね」
ディーデリヒが離れると、オオカミたちが入り、アストリットを守るように丸くなる。
入ってきたのは二人の男女。
一人は黒髪と青い瞳の青年と、もう一人が亜麻色の髪と明るいグリーンの瞳の少女。
アストリットは小さいので、彼女は多分頭一つ高いはずである。
「本当にすみません。私は全く旅慣れていませんので、あの方に全てお任せしているのです」
「いや、それは正しいと思う。俺は、タクマ。タクマ・フェルナンデス」
「私はエリア・カッチェスよ、よろしく」
「私は、アストリットです」
「……あの、ね? 伺いたいのだけど、貴方、カシミールの妹のアストリットよね?」
少女の言葉に、どきっとする。
「……だって、その髪と瞳珍しいもの。なんでここにいるの?」
「あ、あの……旅人と言うことは、貴方は……もしかして、ゲームの……」
「えぇ。そうよ。『Geschichte(ゲシヒテ)・Spiel』の旅人よ。なんで貴方が知ってるの?」
アストリットは躊躇う。
そして、
「あの、まずは濡れたマントを乾かしましょう。布をお貸ししますね。それに、干しておくのなら、そちらにロープをどうぞ」
「そうするよ。イタルの服も何とかしないとな」
「多分ディさまが洗うと思います。石けんもお渡ししましたから」
「石けん?」
「はい。私が作りました。どうぞ。疲れを癒すのと温まるハーブティです」
カップは、個人が持って歩くのがルールである。
差し出してきた木製のカップに注ぐ。
当時はメッキやブリキはなく鉄であり、もしくは陶器か木製のカップを用いる。
金属製のゴフレットは高級なもので、持ち出すことはしなかった。
特に、金持ちは毒を入れられるのを恐れ、銀製のものを用いていた。
「あら、美味しい……」
「疲れを取るハーブと温まるハーブを混ぜたものです。ね? ラウ、一緒にちゃんと探したのよね」
「ラウ……? えと……」
タクマとエリアが困惑する。
少女の膝には子犬たちが場所を取り合い、後ろには馬とロバ、周りには犬ではなく狼らしい。
「あ、この子はアナスタージウスです。私の護衛で、そしてこの子たちはエッダとエーミールとエルマーです。ラウはこの子です」
アストリットのマントのフードに隠れ、チラッと見る。
「ブルードラゴン!」
「なんで貴方が!」
「探してたのに!」
「私が見つけたわけではありません。ディさまが拾ったんです」
ラウが知らない人間に怯えると思ったのか、優しく撫で隠すと、狼たちに手招きする。
「いらっしゃい。雨でビショビショでしょう?」
『血が付いている』
「拭けばいいのよ」
微笑むと、拭きながら一頭一頭頭を撫でぎゅっと抱きしめ、
「寒かったでしょう? お疲れ様。スープを飲みましょうか」
『ありがとう。アスティ』
ぬるくなったスープを勧めるのだが、匂いでエッダたちも割り込む。
「もう、ダメよ? エッダ、エーミール、エルマー! お母さんが作ってあげるから、お兄ちゃんたちのを取らないの」
『お腹すいた~』
「後で。お父さんに言いなさい」
『パパ~』
アナスタージウスは、溜息をつく。
『私は父親じゃないだろう』
「うふふ、世話好きだけれどね」
「貴方、その犬が何か言っているの解っているの?」
エリアの言葉に頷く。
「えぇ。と言うか、アナスタージウスは犬ではないわ。狼よ? この子たちも後ろの彼らも狼。ロバのエルゼは私の友達。馬はディさまの馬よ」
「ディさま……と言うのはあの男か?」
「ディさまが、元々ラウの主人なの」
あれこれ何を聞きたがるのかと、内心困惑と言うよりも、気分を害しかけていたアストリットに、ラウが後ろからスリスリと頬をすり寄せる。
「私の話よりも、貴方方の話が聞きたいわ。貴方方は、どこに行こうと思っているの?」
狼たちも頭を撫でてと寄ってくるため、順番に頭を撫でながら問い返す。
「私は……」
話しかけるエリアを止め、タクマは、
「俺たちはドラゴン退治だよ。牙や爪が高価に取引されるんでね」
「はぁ? ドラゴン退治? この地域にはドラゴンはほとんどいないわよ」
「いるじゃないか。それが。ブルードラゴンは希少価値があってウロコも高価だ。どこで盗んできたんだ?」
「盗んでなどいないわ。失礼なこと、言わないで頂戴! それに、そんなことを言うなら……」
「死ぬか? お前たち……」
ボンと、うさぎと鹿の肉と皮を取り除いた死骸を投げつけたディーデリヒに、二人は悲鳴をあげる。
「ぎゃぁぁ!」
「それに、こいつもフレデリック並みだ。折角、アスティの帽子でもと思っていたのに」
顎で示すのは、フードを被ったイタルと言う二人の仲間らしい。
「あれだけ血管を避けて開けと言い聞かせたのに、刃物の持ち方一つろくに出来んとは。それでよく旅に出たな。あぁ、アスティ。これがスープの材料。そして肉と血液のソーセージだ。いつもより量が少なく生臭くなってしまった。すまない」
「いいえ、ありがとうございます。ディさま。ディさまの犬たちと馬は?」
「こちらに連れてきた。おい、ここで温まっていたなら、こいつの代わりに外に出て馬の世話をしてやれ。毛艶悪い上に蹄も酷い状態だぞ。なんて主人だ」
ディーデリヒは睨むと、二人は慌てて出て行った。
そして、お湯を沸かしていたアスティは、雨水で温度を下げ、
「そちらで着替えてくださいね。後ろ向いています」
「あぁ、いつもありがとう。アスティ」
その間に、肉をやってきていた犬たちと狼に一部ずつ切り与える。
そして、子供たちは燻製の肉を与えた。
「皮はなめしよりも今は毛皮ね。うさぎだからふかふかだわ……しかも冬毛だから……なめすよりも毛皮にしましょう。後の骨や筋、硬い部分はいつものように……ハーブと野菜クズで……」
「残りは燻製にしよう。干し肉は飽きた」
「そうですね。辛いし、お湯で戻してもちょっと。燻製は時間がかかりますが美味しいです」
「あ、ソーセージは?」
「茹でますよ。贅沢品です」
マントの陰で着替えを済ませた二人は、姿を見せる。
ディーデリヒの頭にはリューンが乗っている。
振り向いたアストリットは料理を続けるが、イタルを見る。
イタルはグリーンの瞳と、珍しい緑の髪をしている。
耳が伸びているのはエルフらしい。
「……貴方はエルフですか? それと旅人ですよね?」
「えぇ。イタルです。何か……」
ディーデリヒはアストリットに近づく。
「何かあったのか?」
「先ほどの二人は、ドラゴン退治に来たそうです。ラウをどこで見つけたと……貴方はドラゴンを……」
真っ青になったイタルは首を振る。
「い、いいえ! 僕は、エルフの術師です。まだ設定上も若く、旅をして腕を磨くようにと……彼らとは知り合ってすぐです。わ、我らは嘘偽りを告げられません。……それにドラゴンは、隣人と言えばいいのか……そのような関係です。友を隣人を捉えたり出来ません! それに、街で売られていたドラゴンの爪と言うものは全てトカゲで、一角獣のツノは一角の牙です」
「えっ! 一角獣……?」
「錬金術に使われます。私たちにとっては生き物も遠縁……少しでも……殺される数が減ってほしいものです」
「あ、もしかして……そのせいで手が震えていたのか? すまない。知らなかったから」
ディーデリヒは頭を下げる。
「俺はディーデリヒ。ディと呼んでほしい。そして、これが……」
『リューンよ』
「……喋るドラゴンは初めてです。でも、ウサギやシカを食べるのは納得しています。ただ、慣れてないだけです」
「あ、私はアストリットと言います。よろしくお願いします。イタルさん。背中にいるのが……」
もぞもぞと顔を覗かせると、
『ラウなの。イタル。よろしくなの』
「……わぁぁ……癒しのドラゴン……お会いできるとは!」
感激に目を潤ませるエルフに、ディーデリヒは、小声で、
「さっき、イタル。仲間はアスティにドラゴン退治と言っていたみたいだな。イタル……この付近にドラゴンの巣があるのか?」
「いいえ。感覚で、ここより北に感じますが……」
「それは……アストリットの実家だ。アストリットの兄が、何故かドラゴンの卵を拾って来た」
「そうだったんですか……でも、ドラゴンに手を出すなんて……共に旅をするのが恥ずかしいです」
情けなさそうに首を振る。
「だが、今分かった。追い払えばいいんだ。いいか? アストリットもみんなもよく聞いてくれ」
アストリットとイタル、そして獣たちが耳をそばだてたのだった。
この前にとった獲物の皮は、湿気を避けるように広げ、毛皮とした。
なめすのに手間がかかったこともあるし、これから寒くなる為、何かに使えたらと思ったのだった。
本当はもう少し先に進むはずだったのだが、雨が止まない。
晩秋であり、旅慣れていないアストリットやエッダたち子狼たちをつれ、雨の中の旅はきついとのディーデリヒの言葉もあり、まずは雨が止み、そして道のぬかるみが少しでも減るように祈りつつアストリットの中の瞬は、せっせと付箋にメモを書き込む。
先日から熱心にディーデリヒが読んでいる本を、訳しているのである。
ありがたいことに、ドイツ語などほぼ聞いたことも書いたこともないのだが、アストリットのおかげか、日本語をドイツ語に訳し、注釈を入れたりしている。
しかし、食料が物足りないと、ディーデリヒは猟犬と、アナスタージウスの家族を連れ、猟に出た。
アナスタージウスはアストリットの護衛であるが、実はあの時の怪我のため長時間歩けるが、走ることができなくなっていた。
猟には不向きであり、自分の命を救ってくれたアストリットの側にいることにしたのである。
そして、アナスタージウスにはもう一つ役目が与えられていて、
「エーミール、エルマー。アナスタージウスにわがままはダメよ。雨が強いからこちらにいらっしゃい」
『お母さん。だって……』
『エルマーも……』
『まだジャマダ。遊んでろ』
アナスタージウスは鼻で二匹を押すと、コロンコロンと転がる。
「ほら、いらっしゃい。エッダとラウは暖かいところでお昼寝よ?」
手招きをしたその時、アナスタージウスの耳が動いた。
警戒を示す行動をする。
「どうしたの?」
『……馬とロバを奥に……ディと違う蹄の音がする』
この滞在用の小屋は広く、馬とロバも建物の中に入れていた。
外にも納屋があるが、二人では何かあった時に困ると同じ建物の中に入れていたのである
馬たちのいるところから一番近い出入り口は大きく、そしてアストリットのいるところの背には、少し小さい扉があった。
窓は木の窓で、つっかい棒をすると空気を通すようになっている。
馬たちを安全なところに移動させ、エッダたちを荷物と毛皮のそばに隠して、自分の背中の扉には重石を置いて開けられないようにした。
その後、警戒したままのアナスタージウスのそばにラウを抱きしめ近づく。
その間にそっと、窓を閉ざし鍵をかけた。
「アナスタージウス……どう?」
『馬が何頭……でも、男達の声がする……この扉を閉ざすか?』
「そうすれば無理して入ってくるわ……ここだけなの。ちょっとまってね。アナスタージウス。耳を抑えていて」
瞬は元の世界で飼っていた愛犬との指示のために、犬笛を持っていた。
ちなみに、この周波数はかなりアナスタージウスたちの耳に響くらしく悶絶する。
だが、アナスタージウスの家族や猟犬たちに気づいてもらい、それをディーデリヒに伝われば大丈夫かと思ったのである。
伏せをしたアナスタージウスの耳を抑え、犬笛を吹く。
すると、アナスタージウスは、
『瞬ハ武器は無理だ。ここに私がいる。下がってくれ』
「でも……」
『大丈夫だ』
自分は武器を持てない……自覚しているアストリットは、頷き下がる。
「気をつけて……」
すると、トントンと扉が叩かれ、
「誰かいませんか?」
「私たちは旅人です」
「……すみません。女ひとりで、出ないようにと言われています。連れを呼びましたので、お待ちいただけますか?」
「わかりました。申し訳ありませんが納屋を、馬を休ませたいので使わせていただけますか?」
「はい。結構です。確か、あちらにはわらと桶があります。すぐにこちらでお湯を沸かします。ちょっと待ってください。ですが開けようとすると、オオカミがおりますので……」
了承したのか納屋の方に向かう音に、アストリットは火に近づき、作っていたスープとハーブティー、そして、乾いた布を準備して、薄く扉を開けた。
「まずは暖めてあげてください。それと、皆さんにスープとハーブティーです。スープは冷ますと馬も口にできます。炭の入れたバケツもどうぞ」
「ありがとうございます」
受け取ったのを確認し扉を閉めようとした時、茂みから馬の手綱を引き、4頭の猟犬とオオカミ、そしてフードを被った頭の上にリューンを乗せたディーデリヒが姿を見せる。
「ディさま!」
「何があった? 旅人のようだが……」
「あ、あの。お帰りなさい」
「ただ今。今日は大量だ。さばくから、悪いけれどそちらの誰か、シカやウサギをさばけますか?」
「あ、あぁ。何とか……教えてもらったら失敗しないと思う」
返事がする。
「じゃぁ、手伝ってください。アスティ。薪はあるかい? 濡れているが燃やすのに適したものも持って帰った。そちらで乾燥させてくれるか?」
「は、はい」
紐でまとめた枯れ枝を受け取る。
「あの、何人の方が?」
「3人だな。それと、馬は4頭」
「じゃぁ、こちらに入っていただきましょうか。ディさま。お湯を沸かしますね」
「そうだね」
ディーデリヒが離れると、オオカミたちが入り、アストリットを守るように丸くなる。
入ってきたのは二人の男女。
一人は黒髪と青い瞳の青年と、もう一人が亜麻色の髪と明るいグリーンの瞳の少女。
アストリットは小さいので、彼女は多分頭一つ高いはずである。
「本当にすみません。私は全く旅慣れていませんので、あの方に全てお任せしているのです」
「いや、それは正しいと思う。俺は、タクマ。タクマ・フェルナンデス」
「私はエリア・カッチェスよ、よろしく」
「私は、アストリットです」
「……あの、ね? 伺いたいのだけど、貴方、カシミールの妹のアストリットよね?」
少女の言葉に、どきっとする。
「……だって、その髪と瞳珍しいもの。なんでここにいるの?」
「あ、あの……旅人と言うことは、貴方は……もしかして、ゲームの……」
「えぇ。そうよ。『Geschichte(ゲシヒテ)・Spiel』の旅人よ。なんで貴方が知ってるの?」
アストリットは躊躇う。
そして、
「あの、まずは濡れたマントを乾かしましょう。布をお貸ししますね。それに、干しておくのなら、そちらにロープをどうぞ」
「そうするよ。イタルの服も何とかしないとな」
「多分ディさまが洗うと思います。石けんもお渡ししましたから」
「石けん?」
「はい。私が作りました。どうぞ。疲れを癒すのと温まるハーブティです」
カップは、個人が持って歩くのがルールである。
差し出してきた木製のカップに注ぐ。
当時はメッキやブリキはなく鉄であり、もしくは陶器か木製のカップを用いる。
金属製のゴフレットは高級なもので、持ち出すことはしなかった。
特に、金持ちは毒を入れられるのを恐れ、銀製のものを用いていた。
「あら、美味しい……」
「疲れを取るハーブと温まるハーブを混ぜたものです。ね? ラウ、一緒にちゃんと探したのよね」
「ラウ……? えと……」
タクマとエリアが困惑する。
少女の膝には子犬たちが場所を取り合い、後ろには馬とロバ、周りには犬ではなく狼らしい。
「あ、この子はアナスタージウスです。私の護衛で、そしてこの子たちはエッダとエーミールとエルマーです。ラウはこの子です」
アストリットのマントのフードに隠れ、チラッと見る。
「ブルードラゴン!」
「なんで貴方が!」
「探してたのに!」
「私が見つけたわけではありません。ディさまが拾ったんです」
ラウが知らない人間に怯えると思ったのか、優しく撫で隠すと、狼たちに手招きする。
「いらっしゃい。雨でビショビショでしょう?」
『血が付いている』
「拭けばいいのよ」
微笑むと、拭きながら一頭一頭頭を撫でぎゅっと抱きしめ、
「寒かったでしょう? お疲れ様。スープを飲みましょうか」
『ありがとう。アスティ』
ぬるくなったスープを勧めるのだが、匂いでエッダたちも割り込む。
「もう、ダメよ? エッダ、エーミール、エルマー! お母さんが作ってあげるから、お兄ちゃんたちのを取らないの」
『お腹すいた~』
「後で。お父さんに言いなさい」
『パパ~』
アナスタージウスは、溜息をつく。
『私は父親じゃないだろう』
「うふふ、世話好きだけれどね」
「貴方、その犬が何か言っているの解っているの?」
エリアの言葉に頷く。
「えぇ。と言うか、アナスタージウスは犬ではないわ。狼よ? この子たちも後ろの彼らも狼。ロバのエルゼは私の友達。馬はディさまの馬よ」
「ディさま……と言うのはあの男か?」
「ディさまが、元々ラウの主人なの」
あれこれ何を聞きたがるのかと、内心困惑と言うよりも、気分を害しかけていたアストリットに、ラウが後ろからスリスリと頬をすり寄せる。
「私の話よりも、貴方方の話が聞きたいわ。貴方方は、どこに行こうと思っているの?」
狼たちも頭を撫でてと寄ってくるため、順番に頭を撫でながら問い返す。
「私は……」
話しかけるエリアを止め、タクマは、
「俺たちはドラゴン退治だよ。牙や爪が高価に取引されるんでね」
「はぁ? ドラゴン退治? この地域にはドラゴンはほとんどいないわよ」
「いるじゃないか。それが。ブルードラゴンは希少価値があってウロコも高価だ。どこで盗んできたんだ?」
「盗んでなどいないわ。失礼なこと、言わないで頂戴! それに、そんなことを言うなら……」
「死ぬか? お前たち……」
ボンと、うさぎと鹿の肉と皮を取り除いた死骸を投げつけたディーデリヒに、二人は悲鳴をあげる。
「ぎゃぁぁ!」
「それに、こいつもフレデリック並みだ。折角、アスティの帽子でもと思っていたのに」
顎で示すのは、フードを被ったイタルと言う二人の仲間らしい。
「あれだけ血管を避けて開けと言い聞かせたのに、刃物の持ち方一つろくに出来んとは。それでよく旅に出たな。あぁ、アスティ。これがスープの材料。そして肉と血液のソーセージだ。いつもより量が少なく生臭くなってしまった。すまない」
「いいえ、ありがとうございます。ディさま。ディさまの犬たちと馬は?」
「こちらに連れてきた。おい、ここで温まっていたなら、こいつの代わりに外に出て馬の世話をしてやれ。毛艶悪い上に蹄も酷い状態だぞ。なんて主人だ」
ディーデリヒは睨むと、二人は慌てて出て行った。
そして、お湯を沸かしていたアスティは、雨水で温度を下げ、
「そちらで着替えてくださいね。後ろ向いています」
「あぁ、いつもありがとう。アスティ」
その間に、肉をやってきていた犬たちと狼に一部ずつ切り与える。
そして、子供たちは燻製の肉を与えた。
「皮はなめしよりも今は毛皮ね。うさぎだからふかふかだわ……しかも冬毛だから……なめすよりも毛皮にしましょう。後の骨や筋、硬い部分はいつものように……ハーブと野菜クズで……」
「残りは燻製にしよう。干し肉は飽きた」
「そうですね。辛いし、お湯で戻してもちょっと。燻製は時間がかかりますが美味しいです」
「あ、ソーセージは?」
「茹でますよ。贅沢品です」
マントの陰で着替えを済ませた二人は、姿を見せる。
ディーデリヒの頭にはリューンが乗っている。
振り向いたアストリットは料理を続けるが、イタルを見る。
イタルはグリーンの瞳と、珍しい緑の髪をしている。
耳が伸びているのはエルフらしい。
「……貴方はエルフですか? それと旅人ですよね?」
「えぇ。イタルです。何か……」
ディーデリヒはアストリットに近づく。
「何かあったのか?」
「先ほどの二人は、ドラゴン退治に来たそうです。ラウをどこで見つけたと……貴方はドラゴンを……」
真っ青になったイタルは首を振る。
「い、いいえ! 僕は、エルフの術師です。まだ設定上も若く、旅をして腕を磨くようにと……彼らとは知り合ってすぐです。わ、我らは嘘偽りを告げられません。……それにドラゴンは、隣人と言えばいいのか……そのような関係です。友を隣人を捉えたり出来ません! それに、街で売られていたドラゴンの爪と言うものは全てトカゲで、一角獣のツノは一角の牙です」
「えっ! 一角獣……?」
「錬金術に使われます。私たちにとっては生き物も遠縁……少しでも……殺される数が減ってほしいものです」
「あ、もしかして……そのせいで手が震えていたのか? すまない。知らなかったから」
ディーデリヒは頭を下げる。
「俺はディーデリヒ。ディと呼んでほしい。そして、これが……」
『リューンよ』
「……喋るドラゴンは初めてです。でも、ウサギやシカを食べるのは納得しています。ただ、慣れてないだけです」
「あ、私はアストリットと言います。よろしくお願いします。イタルさん。背中にいるのが……」
もぞもぞと顔を覗かせると、
『ラウなの。イタル。よろしくなの』
「……わぁぁ……癒しのドラゴン……お会いできるとは!」
感激に目を潤ませるエルフに、ディーデリヒは、小声で、
「さっき、イタル。仲間はアスティにドラゴン退治と言っていたみたいだな。イタル……この付近にドラゴンの巣があるのか?」
「いいえ。感覚で、ここより北に感じますが……」
「それは……アストリットの実家だ。アストリットの兄が、何故かドラゴンの卵を拾って来た」
「そうだったんですか……でも、ドラゴンに手を出すなんて……共に旅をするのが恥ずかしいです」
情けなさそうに首を振る。
「だが、今分かった。追い払えばいいんだ。いいか? アストリットもみんなもよく聞いてくれ」
アストリットとイタル、そして獣たちが耳をそばだてたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――
金斬 児狐
ファンタジー
ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。
しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。
しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。
◆ ◆ ◆
今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。
あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。
不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる