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転生者の少女の章

浮かれてたんだね……。

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 って、多分私は浮かれてた。
 優しい、お父さん世代の人に褒められて。
 認められて、嬉しかったのだ。
 そうして、気がつかなかった。
 いつのまにか、狭い店の中に知らない人がいたことに……。



 余りお客さまも入ってこない、狭い通路を入った突き当たりの棚がそういえば空いていた。
 後でくるシュウさまたちに入ってもらって、出した刺繍作品を並べて見てもらうのにちょうどいいかもと、置きにいったら、急に腕を掴まれた。
 驚いて怯んだら、すぐに腕を後ろに回して、背後から声が降ってきた。

「おい! あれを出せ!」
「はい? うちは女性に好まれるお土産が多いので、恋人か奥さまにプレゼントですか?」
「違うわ! あれだあれ!」
「ですから、あれって言われても分かりませんって!」

 乱暴にされるのは嫌い!
 それに、幼馴染はある程度身を守る術を身につけているけど、私は、前世が平穏すぎたせいか、武器は持てない。
 でも、口を押さえつけられて、奥に引きずられていく自分が情けなくなった。
 一応、父さんは騎士だったのに……。
 護身術習っとけばよかった……。

 息苦しいし、汗くさい……気持ち悪い……。
 誰か……!

「おいこら! 何しやがる!」

 バリトンの柔らかい声が聞こえる。
 そして、私を戒めていたものが緩み、次の瞬間、爽やかな香りに包まれる。

「君が、ナオミさん?」

 ……うわぁ?
 ゾクゾクッとしたよ!
 ハスキーな声!
 テノールよりも甘くて、中性的!

「ごめんね? 父さんたち……特にシエラ父さんの説明が下手すぎて……このお店を見つけられなかったんだ」

 目線が違う……顔の近くには、見てはならない……いや、魅入られるといった方が正しい美貌。
 きめが細かい肌、整った鼻梁、まつ毛は長く、輝く瞳を覆い隠すようで、唇はぷるんっとしている。
 髪の毛は、この国では珍しい艶やかな黒!
 痛みもなく、うねりもない真っ直ぐな、色を染めた絹糸の如き美しさ!

「……女神がいらっしゃいます……」
「えっ?」
「創造の女神レイ・ロ・ウさまは、神話の一つでは深淵から浮かび上がるような髪の色と瞳をされていると聞いてます……女神さま……が助けてくださったのですね……」
「いや、俺は、女神じゃないから!」
「女神が俺……そのギャップも素敵です!」

 これで思い残すこと……。

「ダメです! このまま死んだら、せっかく思いついた刺繍のモチーフが台無しです! 女神さま! いつかは死にますので、後500年後に迎えにきてください!」
「……あははは! 女神さま! 幸矢のこと、女神さま! よりによって女神!」
「馬鹿にしちゃダメですよ! この国では、他国の全能神信仰に比べ、原初の神であり、創造、眠り、産土の神として特にレイ・ロ・ウ神の信仰が厚いんです。神殿はありませんが、ごく当たり前に神といえば創造の女神、その次に大地の神と風の女神が信仰されているのですから!」

 現れた女神は、本当にお美しいです!
 もしかして同年代でしょうか?

「こんなお美しい方がいたら、噂になるはずなんですけど……」

 つい、手を伸ばしほおに触れ、温かいので、ワンレンの長い髪を一房取り、

「うん……本物です」
「こらこらこら……女の子が、遠慮もなくベタベタ男に触るものじゃないよ。かたまってるから」
「あ、リオンお兄さん! えっと……男の子って誰ですか?」
「君を助けて抱っこしてるのは、男だから。アル……おろしてあげて」

 その言葉に、地面に下ろしてもらったけれど……あぁぁ、残念。
 ささっと離れられてしまいました。

「せっかくのモチーフ……今度の大型刺繍作品は、創造神話にします! 女神の髪は当初、華やかさもあるので、豊穣の金も考えてましたが、やっぱり深淵の漆黒ですね……」
「俺、男だから……モチーフにならないと思う」
「大丈夫です! 美しいものに性別の差はありません! マルムスティーン侯爵家のお姫様も大変お美しい方ですが……想像上のあの方をモデルに、シンプルな衣装と剣を持っていただいて、カズールの中興の祖『ラインハルト卿』のイメージの大作を作りました! カズールの歴史博物館に展示されていたタペストリーを参考にしました! これです!」

 昔、前世ではコスプレ衣装を作っていたが、この世界ではイメージすればある程度できる。
 できないのは、刺繍の柄とか技巧的な織。
 それは専門職が、何年もかけて魔石に記憶させ、それを組み込むことで織物だけはできる。
 刺繍は、単純作業の繰り返しの刺し子は魔石に覚えさせられるが、同じものが作れるだけで、その時望むものは仕上がらない。
 マルムスティーン侯爵夫人のエリオニーレさまは、刺繍の名手。
 短くても数ヶ月、長くて数年かかる大作を次々生み出している。
 私は刺繍に飽きたら、今度はレース編みをしたい。
 レース針を使うものではなく、ボビンを使う本格的なものだ。
 もしかしたら私は、職人気質なんだろう。

 隠していた作品を引っ張り出し、広げて見せる。

「すごいな……」
「こんなの作ってたの? ナオミ」
「えへへ……7歳の時からなので、10年かかりました」

 褒められた!
 嬉しい!

「……じゃぁ、イメージイメージ……こちらはホワイトドラゴンと剣と、ルエンディードですから、女神さまはブルードラゴンと……」
「……ところで、ナオミ。うちの父さんが、欲しいっていってたもの、見せて欲しいんだけど」
「あら? お客さまがいました!」
「いやいや、セイは最初からいたし! あそこの不審者捕まえて、縛り上げたのセイだし!」

 女神さまの横に、普通っぽい人がいます。
 女神さまがキラキラ度満点だったら、この人はちょっと金に近い茶髪に瞳も茶色の、普通に近所にいそうな人です。
 身長は175くらいですか?
 この国では、平均です。
 あ、ちょっと童顔?
 前世の日本人っぽい?

「えっと、ナオミ。紹介するね……この子がさっき私ときたシュウ兄さんの長男で、セイ。歳は18……だよね?」
「今度ですが……よろしく。セイファートだ」
「そして、この子がセイの従兄弟」
幸矢こうやだよ。この間16になったばかり」
「年下! 美少女!」

 いいなぁ……お肌すべすべ、髪はつやつや、まつげパシパシ、お声まで色っぽい!
 あ、変声されてなかったら、今のうちに録音機にお声を録っておきたい。
 お金をかけるので、誰かに作ってもらいたいな!
 映写機も買って撮りたいです。
 この声やお姿が成長とともに失われたら、恨みます……。

「成長期終わってますか! 女神さま!」
「いや、幸矢だから……女神さまやめて……」
「いえ、私ごときが、女神さまの名前を呼んだら、穢れます」
「穢れないから……普通の名前だから!」
「大丈夫です! 幼馴染のお姉さんは、同性愛について語ってくれましたが、私にはさっぱり! 美しいものを美しいと感じるだけです!」
「……そういうの……うちのセイラさんも好きだったんだけど、俺、そういうの苦手だから……」

 それはそうでしょうね。
 前世でもそういう小説ありましたが、興味なかったし、やっぱり王道の王子様と女の子の恋愛でしょう!

「だから、幸矢でいいから!」
「えっと……恐れ多いのですが、では、コウヤって、グランディア語ですか? この国の言葉にはないですよね?」
「うん、幸福を世界に広げられる存在にって、じい様がつけてくれた」
「おぉぉ! 私は父が、『私の喜び』って言う意味の言葉を知ったとかで、つけてくれました」
「素敵な名前だね」

 なんてこと!
 女神さまが笑ってくださった!
 前世ではありふれた名前なのに!
 『美』って漢字を使ってましたが、その字って『大きな羊』ですから!
 漢字では『大きな羊』は『美味しい』って言う意味なんですから!
 ここでも蘊蓄炸裂です。
 昇天できます。
 今、死んだら、刺繍はできませんが、満ち足りた死を迎えそうです。

「で、あそこで、不審者を川に投げ込んでる銀色の髪が、幸矢の双子の弟の蒼記あおきで、杖振り回してる金髪が、マルムスティーン侯爵の遠縁のエドワード」
「似てないですね!」
「双子だよ? 気にならないの?」
「うーん……一番興味あるのが、女神さま……じゃなくて幸矢さま! その次がツキちゃんとそのお姉ちゃんのひゅうちゃんですかね。あの二人をモチーフに、ケインジュエル神とアーヤシール神を刺繍したいので! それに、今度考えてるのが初代国王、カズール家とマルムスティーン家の初代当主をイメージした、お姿は織り込めないでしょうが、モチーフを考えてます。風の鳥姫いませんかね? ちっちゃくて、お目目まんまるで、可愛い美少女です!」

 希望は、女神さまと遜色ない美貌と可愛らしい口調、きゅんっとくるような仕草。
 あざとくなく……天然さんで、精霊や妖精とも見間違う愛らしい方です。

 拳を握り説明すると、セイさまと女神さまは遠い目をされます。
 その上、リオンお兄さんは、残念な子を見るような目で私を見ます。
 ひどいですよ。
 モチーフです。
 美しいものは平等で、尊いのです!

「……あのね~? そろそろ帰ろうよ。うちに帰るか、騎士の館に行こう」

 あ、銀さんです……誰でしたっけ?

「あ、蒼記!」
「アオキって、女神さまの双子ですか! うーん……イメージ違う……」
「イメージ……? 何それ」
「うーん。女神さまと遜色ないか可愛くて、小さくって、庇護欲掻き立てられるようなモデルいませんか! その方いるなら行きます!」
「……なに? この子がもしかしてナオミって子?」

 女神さまの双子の弟さんは、私を指差します。
 ダメですよ!
 そんなことしたら……

「あのぉ~? 人を指でさしたら、魂取られますよ~! って言いませんか~?」
「うわぁ! 変な子だ!」
「それか逆に指でさしたら、さされた側が、さした人に吸い取られて、身体乗っとるんですよね~そっか! それでもいいですね! 女神さまのそばにいられます!」
「幸矢のストーカーがいる……危ないこの子!」
「失礼ですよ! 美を貶したり貶めたら、この世には美しいものも、愛しいものもなくなっちゃいます!」

 そう。
 グランディア程じゃないけど、この地域は特に言葉の力とか、悪いことを避ける、悪しき夢も逆夢にするとかと言う風習がある。

「私は……本当は、刺繍やレースを作る職人がしたかったんです……ものすごくうまいわけじゃないし、上手でもない……刺繍だけじゃ生活もできないし……」

 呟く。
 苦労する近所のおじいちゃん、おばあちゃんを知ってる。
 最近は魔石を使った機械も発達してきて、それなりのものができているのだと言う。
 カズール家の方が職人の保護をしてくれていても、やっぱり収入はそんなになく、街に……この地域を捨てて、都市部に行く人も多い。

「……幼なじみもみんな、家を継がないっていって出て行って、おじいちゃんたちしかいない。技術を残したいっていっても、最新の機械には速さや正確さは敵わない。でもやっぱり違うのに……」

 代々受け継いだその技、技術は、後世に残しておくべきだと思う。
 でも、そのための資金や、時間、人材はない。

「じゃぁ、俺の父さんが援助するのはダメか? 俺はまだ稼いでないから、勉強して就職してだけど」
「えっ! 援助?」
「そっ! 芸術家に、自由に創作してもらう代わりに、生活費や活動費……創作に必要な費用を負担する。まぁ、その金を遊興費に使ったりはダメだから、領収証とかもらうけど……」
「……博物館とか歴史資料館とか! なんなら布とか糸とか……」
「それはバトロンである俺たちが払うだろ」

 なんて魅力的!
 ……でも……

「す……素敵なお話ですが、無かったことに……」

悩む暇もなく頭を下げる。

「……この店を閉めたくないので……」
「えっ?」
「私は一人っ子で、お母さんやおじいちゃん、その前のご先祖さまが作ったお店をやめられません。それに、私は近所の職人のおじいちゃんおばあちゃんにこの刺繍を教えてもらったり、糸も布も実は余りを貰っているのです。それ以上に、小さい時から面倒を見てもらって、育ててもらったので……」
「もったいないよう~」
「うーん……そうかもしれませんね」

 首を竦める。
 店は近所のおじいちゃんおばあちゃんも来るし、お店しつつ貰った糸で作れる。
 後で、今この時のことを後悔すると思う。
 でも……

「……仕方ない。だけど、まだいくらでも口説くチャンスはある。絶対口説き落とす!」
「……セイ、好きになった?」

 ふあぁぁ……

 あくびをしながら近づく、牛乳瓶底メガネ君……金色の前髪はもっさり目を隠してる……一応なぜか三つ編みおさげ……。

「女の子?」
「男……あ、眼鏡外しても期待しないで。平凡だから……ひさしぶりに使い切って疲れた……眠い……」
「なにを使い切ったのでしょう……」
「溜まりまくってた、術力……暴発寸前。だったから……思いっきり使った!」
「思いっきり?」

 嫌な予感がして、川に駆けつけると、人が七人浮いていた。

「えぇぇぇ!」
「死んでないよ~思いっきりギリギリまで急速冷凍して、ギリギリまで温度上げて、ついでに一瞬だけ呼吸できなくさせて、川に渦作って洗濯しておいた」
「僕は雷の練習しておいた」

 エドワードさんの水の術を大胆に使うのもすごいけど、しれっと銀さん……じゃなかった蒼記さん、雷、何に使ったんですか?

「決まった場所に打ち込めたらいいと思って、浮かんでくる目標に当てる練習してみた! 最初はうまくいかなかったけど、最終的には感電くらいはなったかな」
「あの……生きてますよね?」
「そりゃ、殺すようなヘマしないよ? 調節できるもん。暴発しまくる彗や、無意識に変な術使う幸矢じゃないし」
「調整こそ大変なんだよね。ぶっ放したら一緒なのに……」

 金銀揃ってうんうんって頷いてらっしゃいますが……ぶっ放したら一緒って素晴らしいですね。
 あ、褒めてません。
 このお二人の方が、双子じゃないかと思ったのです。
 身長もほぼ一緒。
 考え方も一緒。

「……えっと、一応言っとくね? この金髪の子、国王陛下の姉上の孫のエドワード公子」

 リオンお兄さんが教えてくれる横で、持っていた杖を何故か肩に乗せてトントンと叩く。
 肩こりですか?

「彗でいいです」
「えっと、その三つ編みは?」
「聞くのそっち?」
「一本なら普通。2本は不思議です。聞いておこうと思いまして」
「術の解説本読みながら昼寝してたら、妹たちにされちゃった。幸矢の髪は扱いにくい、蒼記のをすると注文多いし、思ったよりつまらないらしいです」

 そっか……って、

「女神さまの髪が扱いにくいって、癖がつきやすいんですか?」
「えっ……逆だよ。癖つかない。結んでも少ししたら解けるから……重いし、切りたいけど、絶対切るなってじい様に言われた……」
「羨ましい……」

私の髪なんて、もつれるしうねるし、その上ひどい癖毛~。
 羨ましい……。

「えっ? ナオミのその珍しい赤毛、すっごく綺麗じゃない?」
「蒼記、赤毛って犬や馬じゃないんだから……」
「そうそう、赤毛って言うより、茜色っていうのかな? 西の方角に沈む太陽の周りの空の色。鮮やかで暖かくて、一瞬の美」
「あ、目も珍しい~うちの六槻はピンクサファイアだけど、君の目ルビーだ」
「……ひえっ! イケメンさんが四人もいる!」

 女神さまは魂を奪われそうなお美しい方ですが、三人もなんだかんだ言って、女神さまには敵いませんが、それぞれカッコ可愛い部類の方々です。
 その上、さらっと男前な発言ですよ?

「まぁ……まずは、ここは閉めて、一旦チェニア宮に行こうか。フィアには連絡済みだから、騎士団も巡回に来るよ」
「身の回りのもの持っていこうね。荷物持つから」

 リオンお兄さんの言葉に続いて、女神さまがにっこり笑ってくださいました。
 ……これだけで死ねそうです。
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