18 / 68
わたくしは、誰なのでしょう?
こんな時に仕事というのは、疎かになってしまうものなんだと知る……アルベルト目線
しおりを挟む
僕は昔、風疹も麻疹もかかっているから大丈夫だと言ったのに、接触禁止を言われ、ジリジリと日々を送っていた。
本当は、出張……ちなみに、溟海を隔てた大陸にあるルーズリアに行くことになっていたけれど、仕事が手につかず、延期していた。
けれど緊急にまとめなくてはいけない交渉があり、後ろ髪を引かれる思いで海を渡った。
「どうしたの~?」
見た目は可愛く、ヘラヘラしているようだが、恐ろしく鋭い、ルーズリアの国王リスティル陛下が首を傾げる。
僕の従兄に当たる国王陛下は、誰にもその本当の姿を描ききれず、映像ですらその本当の姿を撮りきれないと言われる美貌の主だが、こちらの陛下は天使の如き微笑みを浮かべる悪魔と言われている。
いや、年齢未詳の童顔で、物言いも少年ぽい方だが、かなりの切れ者だ。
「……私事です」
「でも、全然、心ここに在らずって感じで、仕事に集中できてないでしょ?」
ほらほら言え~。
吐いてしまえ~。
と促す横で、陛下の弟で宰相のミューゼリック閣下が、
「悪いな。うちの陛下はこういう方だから」
と、実兄を貶しているのか、可愛がっているのか、首をすくめて苦笑している。
仕方なく、
「……実は、ちぃ兄の娘……グランディア大公閣下の孫に当たる御令嬢が、重い病で面会謝絶なのです」
「あれ? ちぃって、息子二人じゃなかったっけ?」
「……ちぃ兄は、最近育児放棄されていた親族の子供を養女を迎えました。身体が弱っていたその子供が、風疹に……」
「うえっ? 風疹? 赤ん坊の時、接種するでしょう? かかったとしても重くならないよね? ほとんどの場合」
「……親が受けさせていませんでした。多分、お互いが受けさせてるとでも思ってたみたいです。上の長男と下の娘には受けさせてましたし」
普段は喋るのは億劫だが、仕事できているし、仮にも国王陛下だ、説明しなければと、答える。
目の前で一瞬、家系図か何かを思い浮かべたのか、目を見開き叫ぶ。
「……もしかして、エドワードの孫の女の子? 確かルナちゃんだっけ? ものすごく賢くて、くりくりまんまるの大きな緑青の瞳に、ふわふわの柔らかそうなミルキーブロンドの髪をしてる、小さくてお人形みたいに可愛い子! エドワードやヴィク兄さんたちが、目に入れても痛くないって公言してる、あの!」
「その通りです」
ルナに関する説明、的確だなぁ……。
感心する。
「えっ? 風疹って言うけど、どんな症状な訳?」
「熱が高く発疹が出て、息苦しそうだと。首の後ろや顔が腫れ上がり、関節なども痛いのか、ベッドに寝かせると嫌がるのだそうです」
「……肺炎も併発してるみたいだな、重症だ」
ミューゼリック閣下が辛そうに眉を寄せる。
子煩悩で有名なミューゼリック閣下だ、心配されているのだろう。
「うーん……風疹、風疹……解熱剤と、肺炎なら炎症を抑える薬くらいしかないはずなんだよね……ヴィク兄さんたちが診ているよね。私は本職じゃないから……聞いておいてなんだけど、的確な処置は何も言えない。ごめんなさい。あ、そうだ。後でお見舞いの代わりに、何か贈らせてほしい。確かまだ5、6歳だったよね? 何がいいかな……」
「心配してくださって、ありがとうございます。ちぃ兄たちに代わりまして、お見舞いの言葉、感謝致します」
「うーん、ぬいぐるみがいいかな? 本当は論文とか好きそうだけど、病気だもんね、可愛いものにしよう。あぁ、リボンはシェールドの特産品だから、刺繍のハンカチと襟飾りはどうだろう? それに、綺麗なイラストの多い絵本はどうかな? ミュー。何か考えてくれる? 元気になったら歴史の本にしよう」
その言葉に、ミューゼリック閣下はやさしく頷く。
陛下も閣下もお優しい。
なのに……。
「……ちぃ兄や日向夏姉様が日に日にやつれて……仕事を休んでちぃ兄が看病して、姉様が食事を運んだりしているのですが……良くならないのは、自分たちが早く気がつかなかったからと責めて……泣いていることもあります。悪いのは元の親なのに、本当に……実の子のように」
「可愛いよね。ルナちゃんは。うちの娘も可愛いけど、あの子、すっごく可愛かった~前に会った時には、凄かったけど」
笑う陛下。
「あの子、あんなに小さいのに、うんしょうんしょって私が昔発表して出版した本を抱えて現れて、『陛下、はじめましゅて! ルナリアともうしゅましゅ! 陛下のこの本にょ、ここの意味を詳しく教えてくりゃしゃい!』って、言うんだよ? 『どこがわからないの?』って聞いたら、しおりに数字を書いてて、順番に開けていくの。全部よんだって言うけど、おしゃべりもしたったらずで、たどたどしくて、体つきは小さいし、幾つだろうって思ったら、あの時3歳にもなってなかった! それなのに、どこがどうわからないって言えるし、私の専門って地質学。その本は発掘、地層についてだよ? 熱心に聞いてきて、最後に『お時間をとっていただき、ほんとうにあいがとうごじゃいましゅた。陛下』って、丁寧に頭を下げてくれて、びっくりした~!」
「兄貴、帰ってからも、『可愛かった~! 僕の琥珀ちゃんの次に可愛い! あんなに可愛い子、欲しい!』だってさ。あ、本当にくれじゃないから! 国際問題にしないでくれよ?」
ミューゼリック閣下は、目を見開く僕に慌てて告げる。
「それと、後日、そちらから贈られてきたものに驚いたの何の。あのペンはすごいな! 本当にあの子が作ったのか? しかも、俺たちのためにちゃんとデザインも色も変えてて、メッセージカードも手書きだったな」
「可愛い字だった~! 普通の社交辞令のカードは放置だけど、あのカードはちゃんと仕舞ってるよ。元気になって笑ってくれる日を、こちらに遊びにきてくれることを、楽しみにしているからね」
「そう言っていただけると、ルナやちぃ兄たちが喜びます。本当に……私事で、申し訳ありません……」
僕はただ祈った。
そしてお茶を用意してもらい、もう一度仕事を再開した。
翌日、ルナのために、私的だよと笑ってプレゼントをくださったお二人と妃殿下にお礼を伝え、帰った僕は、辛い……想像もしていなかった宣告を聞かされたのだった。
本当は、出張……ちなみに、溟海を隔てた大陸にあるルーズリアに行くことになっていたけれど、仕事が手につかず、延期していた。
けれど緊急にまとめなくてはいけない交渉があり、後ろ髪を引かれる思いで海を渡った。
「どうしたの~?」
見た目は可愛く、ヘラヘラしているようだが、恐ろしく鋭い、ルーズリアの国王リスティル陛下が首を傾げる。
僕の従兄に当たる国王陛下は、誰にもその本当の姿を描ききれず、映像ですらその本当の姿を撮りきれないと言われる美貌の主だが、こちらの陛下は天使の如き微笑みを浮かべる悪魔と言われている。
いや、年齢未詳の童顔で、物言いも少年ぽい方だが、かなりの切れ者だ。
「……私事です」
「でも、全然、心ここに在らずって感じで、仕事に集中できてないでしょ?」
ほらほら言え~。
吐いてしまえ~。
と促す横で、陛下の弟で宰相のミューゼリック閣下が、
「悪いな。うちの陛下はこういう方だから」
と、実兄を貶しているのか、可愛がっているのか、首をすくめて苦笑している。
仕方なく、
「……実は、ちぃ兄の娘……グランディア大公閣下の孫に当たる御令嬢が、重い病で面会謝絶なのです」
「あれ? ちぃって、息子二人じゃなかったっけ?」
「……ちぃ兄は、最近育児放棄されていた親族の子供を養女を迎えました。身体が弱っていたその子供が、風疹に……」
「うえっ? 風疹? 赤ん坊の時、接種するでしょう? かかったとしても重くならないよね? ほとんどの場合」
「……親が受けさせていませんでした。多分、お互いが受けさせてるとでも思ってたみたいです。上の長男と下の娘には受けさせてましたし」
普段は喋るのは億劫だが、仕事できているし、仮にも国王陛下だ、説明しなければと、答える。
目の前で一瞬、家系図か何かを思い浮かべたのか、目を見開き叫ぶ。
「……もしかして、エドワードの孫の女の子? 確かルナちゃんだっけ? ものすごく賢くて、くりくりまんまるの大きな緑青の瞳に、ふわふわの柔らかそうなミルキーブロンドの髪をしてる、小さくてお人形みたいに可愛い子! エドワードやヴィク兄さんたちが、目に入れても痛くないって公言してる、あの!」
「その通りです」
ルナに関する説明、的確だなぁ……。
感心する。
「えっ? 風疹って言うけど、どんな症状な訳?」
「熱が高く発疹が出て、息苦しそうだと。首の後ろや顔が腫れ上がり、関節なども痛いのか、ベッドに寝かせると嫌がるのだそうです」
「……肺炎も併発してるみたいだな、重症だ」
ミューゼリック閣下が辛そうに眉を寄せる。
子煩悩で有名なミューゼリック閣下だ、心配されているのだろう。
「うーん……風疹、風疹……解熱剤と、肺炎なら炎症を抑える薬くらいしかないはずなんだよね……ヴィク兄さんたちが診ているよね。私は本職じゃないから……聞いておいてなんだけど、的確な処置は何も言えない。ごめんなさい。あ、そうだ。後でお見舞いの代わりに、何か贈らせてほしい。確かまだ5、6歳だったよね? 何がいいかな……」
「心配してくださって、ありがとうございます。ちぃ兄たちに代わりまして、お見舞いの言葉、感謝致します」
「うーん、ぬいぐるみがいいかな? 本当は論文とか好きそうだけど、病気だもんね、可愛いものにしよう。あぁ、リボンはシェールドの特産品だから、刺繍のハンカチと襟飾りはどうだろう? それに、綺麗なイラストの多い絵本はどうかな? ミュー。何か考えてくれる? 元気になったら歴史の本にしよう」
その言葉に、ミューゼリック閣下はやさしく頷く。
陛下も閣下もお優しい。
なのに……。
「……ちぃ兄や日向夏姉様が日に日にやつれて……仕事を休んでちぃ兄が看病して、姉様が食事を運んだりしているのですが……良くならないのは、自分たちが早く気がつかなかったからと責めて……泣いていることもあります。悪いのは元の親なのに、本当に……実の子のように」
「可愛いよね。ルナちゃんは。うちの娘も可愛いけど、あの子、すっごく可愛かった~前に会った時には、凄かったけど」
笑う陛下。
「あの子、あんなに小さいのに、うんしょうんしょって私が昔発表して出版した本を抱えて現れて、『陛下、はじめましゅて! ルナリアともうしゅましゅ! 陛下のこの本にょ、ここの意味を詳しく教えてくりゃしゃい!』って、言うんだよ? 『どこがわからないの?』って聞いたら、しおりに数字を書いてて、順番に開けていくの。全部よんだって言うけど、おしゃべりもしたったらずで、たどたどしくて、体つきは小さいし、幾つだろうって思ったら、あの時3歳にもなってなかった! それなのに、どこがどうわからないって言えるし、私の専門って地質学。その本は発掘、地層についてだよ? 熱心に聞いてきて、最後に『お時間をとっていただき、ほんとうにあいがとうごじゃいましゅた。陛下』って、丁寧に頭を下げてくれて、びっくりした~!」
「兄貴、帰ってからも、『可愛かった~! 僕の琥珀ちゃんの次に可愛い! あんなに可愛い子、欲しい!』だってさ。あ、本当にくれじゃないから! 国際問題にしないでくれよ?」
ミューゼリック閣下は、目を見開く僕に慌てて告げる。
「それと、後日、そちらから贈られてきたものに驚いたの何の。あのペンはすごいな! 本当にあの子が作ったのか? しかも、俺たちのためにちゃんとデザインも色も変えてて、メッセージカードも手書きだったな」
「可愛い字だった~! 普通の社交辞令のカードは放置だけど、あのカードはちゃんと仕舞ってるよ。元気になって笑ってくれる日を、こちらに遊びにきてくれることを、楽しみにしているからね」
「そう言っていただけると、ルナやちぃ兄たちが喜びます。本当に……私事で、申し訳ありません……」
僕はただ祈った。
そしてお茶を用意してもらい、もう一度仕事を再開した。
翌日、ルナのために、私的だよと笑ってプレゼントをくださったお二人と妃殿下にお礼を伝え、帰った僕は、辛い……想像もしていなかった宣告を聞かされたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
166
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる