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わたくしは、誰なのでしょう?

全く何をしてるんだか……反省もしないし、懲りるってことの意味もわからないのかな?……辺境の医師目線(ざまぁレベル微妙)

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 今日も嫁と喧嘩した。
 ムカついた。



 あぁ、なんか騎士団に提出する業務日誌が、子供の絵日記と変わらなくなってね?
 それに、俺、なんか間違ってる?

 掃除を交代してしよう。(家族四人しかいないから)
 水が使いすぎるな。(この地域は水がないから、お風呂は毎日入れない!)
 洗濯と料理を近所で習おう。(家族四人……お手伝いさんなんか雇えるもんか!)

 そう言っただけなんだけど……全然話が通じない。
 それよりも、複写してここと中央に提出する日誌に私事はダメだろ……消そう……。
 いや、めんどくさいし、疲れてる同僚が読んで笑うか、俺もそうなんだって思うかもしれないから、喧嘩した理由書いとくか……。
 誰か、嫁の操縦教えてくれ! とか……そこまで書いたらダメか……。



 最近、言い合うのも体力消耗するし、頭痛も酷くて面倒だ。
 うるさいこともあるが、これは睡眠不足、だけど近所の人のせいじゃない。
 近所の人って言ってもここまで来られない人には、騎士団から借りた馬車で定期的に診察に行くし、この周りの人も時間があると来てくれる。
 まぁ時々、鉱山で石が当たったって担ぎ込まれる時もあるけど、多いのは騎士団のだな。
 騎士は俺ほど拘束はないけど、仕事量は半端ない。
 普通の騎士の仕事だけで無く、この地域の食糧事情、水事情、生活の改善、犯罪組織の壊滅、近所の愚痴を聞く、炊き出し、ついでに器用な人間は井戸、水路を作り、車輪で削られ砂を巻き上げてガタガタになった道に、鉱山から出たいらない石を加工して道を整備し、風の強い乾燥した地域にオアシス都市のように木々を植えることも考えているらしい。
 他には中央に許可を取って、自分たちの制服を染色し直し、仕立て直して子供たちの服を作ったり、靴、マントを作っている者もいる。
 もう、こりゃ技術者集団だよな。
 研究者もいるし。

 会って驚いた。
 だって、曽祖父だった人の弟子だった人もいる。
 一応術師なんだけど、水の力より物理系が強くて、クズ石って言われる鉱山の残りかすのような石や砂を、一旦一気に高温液状化させて、圧縮固めて、ここでタイルよりも丈夫な、焼きレンガのようなものを作り上げ、それを利用して家を作ったり道の舗装をしている。
 家の場合は、ここは焼きレンガは作れないから、普通、土と砂を混ぜて自然乾燥させるレンガを使って家を作っている。
 でも、それは結構脆い。
 砂を巻き上げる強い風と暑い熱、時々思い出したかのように雨……すぐにひび割れ、隙間から中に砂が入ってくる。
 レンガとレンガを繋ぐのも、この地域では高額な粘土。

『やっぱり高いとな……みんな修理もすることができないよ。だから少しでも安価な、粘土に代わるものが欲しいんだ。先輩から引き継いで探しているんだ。お前も一緒に考えてくれないか?』

 俺に愚痴ってくれたことが、なぜか胸に沁みた。



 体は埃っぽい。
 仕事の時にはなるべく埃を払って、患者に向き合わないといけない。
 汚れた医師なんて、患者も不安だと思う。
 だけど、お風呂は水が勿体無いから、毎日タオルに水を含ませて顔や手足を拭き、数日に一回、近所の銭湯に行く。
 もしくはクリーンの術もあるけれど、大怪我とかで運ばれてくる人に使いたいから制限している。

 水は当たり前にあった昔の生活は、本当にありがたいものだったと今更思う。
 本当は、俺は水の術に特化している人間だが、こんな砂埃の舞う土地に水は滅多にない。
 昔は当たり前に使えた術も、ここでは文字通り、焼け石に水。
 あるだけみんな欲しいだろうけど、術を使えばあるけれど、使うときには注意が必要だと思う。
 定期的に北の、水がある程度ある町から飲料水が運ばれるが、水は重いものだから、一回の荷にそんなに量はない。
 それを、町の人と騎士団で平等に分ける。
 最近、俺の家族の分が増え、一人の量が減ったと聞いて申し訳なく思った。
 時々降る、通り雨というより土が湿り、もわっとする程度の雨すら溜めて、浄化して使うのだと騎士団のメンバーに聞いた時には、この地域の過酷さを思い知らされた。

 そういえば、昔は全く興味がなかった様子のイオが、水の術を習いたいというので、ネネやレイが寝ている時間に時々教えている。
 そうすると、何日かイメージトレーニングをするだけで、両方の手のひらに溜まる水ができるようになった。
 褒めると、それを飲み干し、ついでというふうに乱暴に濡れた手で顔を拭いて、ニコッと笑った。

「パパ。僕さ、ここ好きだよ。ジュースは飲めないかもしれないけど、お水って本当に美味しいんだね。これだけ飲めるのも幸せなんだってわかった。僕、大きくなったらパパのお手伝いと、騎士団に入る!」
「うん……がんばれ」

 頭を撫で、ベルトに挟んでいたタオルで、イオの顔を拭く。
 これですら、なんかくすぐったくなるほど幸せだと思える。



「あぁぁ……家の、特に診察室だけでも、砂埃が入らないようにしたい」
「間に、なんか挟めば?」

 ぼやいたときに聞こえてきたその声に振り返ると、

「あぁ……だんちょ~か」
「団長言うな! 団長は最低でも6人いるんだぞ。名前呼べ」
「あー……それは失礼っていうか……怖いんだよね。毎日あいつが、俺の残滓らしきもの叫んでるから」
「うるさそうだな……近所迷惑だからやめろって言ってやろうか? あ、ラファ兄が言ってたけど、お前は言霊の束縛、そんなに強くないらしいぞ? 反省して真面目に行動してたら、次第に緩くなるって。だから、イオは近所でお手伝いしたり、友達と遊んだりできるんだと。でも、あいつはどんどん強くなってる。今に言葉も奪われるんじゃないか?」

持ってきた荷物を机に乗せる。

「ほい。スライムヒエヒエの材料。つっても、材料はここの周りの雑草」
「はっ? ここの草?」

 熱が出たり、毒蛇、毒虫に噛まれたりした患部を一時的に冷やすものを頼んだのだが、入っていたのは粉と精製水、バケツに棒……。

「患部冷やすのに、どうしてバケツに棒?」
「これを一袋に精製水一本で、このバケツいっぱいのスライムヒエヒエができる。それを適量、油紙に広げて、石室に入れておくと一月は持つ。使い終わったら、毒の傷口に接してなければ、そのまま捨てるんじゃ無く、庭の土に混ぜると保水と肥料になる」
「……マジか……万能じゃん。この材料」
「ちなみに、そのスライムヒエヒエの材料の草は、お前がよく鬱陶しいって文句言ってる、薬草畑の周囲のわさわさしてるやつだぞ? 近所のじいちゃんばあちゃんが刈ってるだろ? で、干してるのを騎士団で買い取って、手の空いた団員が加工してる。それに、このスライムヒエヒエ考えたのは、ちぃ兄の娘だ」
「えっ……」

 手が止まる。
 あの子がか?

「レク兄が『うちの領地は食料も少ないし、植えても水が足りないからすぐ枯れる。でもこれだけは捨てても捨てても生えてくる……』って言ってるのを聞いて、俺を通じて取り寄せて、実験しまくったらしい。で、水を加えて混ぜると粘り気が出ること、冷やしたら保冷効果があって、練らずに温めたら粉になる。かぶれやすい人間にも肌にいいってわかったって、レク兄に結果を持っていったらしい。『えぇぇ! そんな効果があるの? そしたら全部使って!』って驚いてお願いしたら、『これの権利、レクちゃんにあげます。わたくしは研究のお金がいるだけで、余計なお金いりませんの!』とか言って、これの権利、レク兄というか、スティアナ公国の名義になったらしい。今はまだそんなに売れてないらしいけど、絶対需要はあるはずだと、俺は思ってるぞ」
「いや、こっちには逆にきてないみたいだけど、向こうじゃ、当たり前のように使われはじめてるよ」
「だから、最近までみんな、ただの雑草としか思ってなかったんだよ。ちぃ兄の娘が研究するまで。今になってここいらのじいちゃん、ばあちゃんや子供たちのお手伝い、小遣い稼ぎになったくらいさ。この間、鎌で怪我をしたじいちゃんは、錆びて切れ味の悪い鎌を強引に使おうとして怪我したんだぞ。今まで鎌なんて、あの雑草を刈るのもめんどくさいって使ってなかったんだ」
「……鎌の持ち方講座したんですか? もしくは研ぎ師になれそうなメンバー招集ですか? あ、一応言っておきますが、俺はどっちもできない!」
「自慢すんな!」

 団長がぺチッと叩いてくる。

「それに、あの草帽子っての? あれ、教えたのお前だろ? いいのか? あれ、お前の嫁、怒鳴り込んだらしいぞ」
「やっぱりか……あれだけやらかすなって言ったのに」
「……お前、なーんか、憑き物が落ちたって言うのか? 昔と全然違う顔してんな?」
「成長したって言ってくださいよ。あれはなかったことにしたいんで。それに俺は、ただのラズラエラルで相応……ぴったりだと思うんですよね。あの頃はとんがってたなぁ……団長は昔も今も、見た目は良いのに無駄に暑苦しい……」
「なんだと?」

 睨むけれど、全然怖く感じないのは昔からの付き合いだってことか……こんなのって昔はあったかな……。

「あはは! ところで、団長。レンガの隙間に何を挟むんです?」
「いらない、もう着れない古着を割いてとか?」
「もう、それは火を起こすものにするか、綿の代わりにするか、布団のつぎ当てにできる。変なもの使わないでくださいよ。古着をそんなふうに使うなら、そこらにある砂集めて、ネバネバドロドロの何かで接着剤みたいにすれば良い」
「そんなの簡単に見つかるか……って……」

 俺と団長は顔を見合わせた。

「あ、あるわ、ネバドロ……」
「あ、俺は責任取りません! だって、医師の仕事に集中したいんで! それに、家が壊れたら責任取れませんもん。団長が思い付いたってことでよろしく!」
「何でだよ! もし有用なら、めちゃくちゃ」
「……もし有用だってわかったら、ここの診察室を一番にお願いしますね~団長。じゃぁ、俺はスライムヒエヒエを作っておきます。石室の温度が一定で良かった~。薬も入れておけるから」
「う~……あぁぁ! まぁ、まずは技術者集団にやってもらうからな! 実験結果が良ければ、すぐにここの修理に入る! 今度、騎士団の簡易医療できるメンバー数人、こっちに来させるから、お前、今度新人研修! 喋り方からやり直せ!」

 言いながら、胸ポケットに入れていた手帳に書き込む。
 団長クラスのものだと、手帳というより、緊急書類の転送装置も同様だ。
 確か、この手帳型転送装置も、最近使われ始めたものだ。

 ボタンを押しポケットに戻した団長が、こちらを見る。

「どした~?」
「いえ、確か、昔はここから伝書鳥とか、使者に持たせてませんでしたか? 最近便利ですね」
「あぁ、団に帰って操作する緊急書類転送装置が団にはあるんだが、操作が面倒でな。俺は使えないんだ。で、色々文句が出て、俺も操作が簡単な持ち歩きできるものを希望して、書類サイズになってたんだが、2年前に小型化したものだ。これも、ちぃ兄の娘が騎士団に権利を譲渡してくれた」
「……!」
「すげぇよな……まぁ、正式に採用されたのは一年前だけど、情報のやり取り、一気に速度アップ。そのかわり、俺の文字が汚いって文句が返ってくる……ほら」

 ピコピコ……ペンの頭の部分が点滅する。
 次に、騎士団総帥の声が響く。

『文字読めない。丁寧に書き直して、再度提出!』

「……文字を書いてくれる機械も同時に作ってくれないかな……」

 ぼやく声にかぶさるように、

『文字を書いてくれる機械も同時に作ってくれないかな……とか言ってる暇があるなら、仕事しろ! このバカ!』

と聞こえる。
 少し無機質というか、感情はあまりこもっていないが、ここまで声も伝達出来るとは、最新型のようだ。

「……それじゃ、戻って、もっかい中央に出してくるわ……団員の誰かに書いてもらうかな」
「お疲れさまでした、団長。多分3回は提出し直しだと思いますが、頑張ってください!」
「3回はない! 2回だ! じゃぁな!」

 気忙しげに出て行った団長を見送り、俺は、

「俺は今まで、何をみてきたんだろうなぁ……」

と呟いたのだった。



 後日、団長に呼び出され、接着剤(仮)の知識料が、王宮やファルト領、スティアナ公国から出ると言われたのだが、それは嫁には言わないでくれと頼み、一応、子供達が独立するまでの学費だけもらい、残りはファルト領とスティアナ公国に寄付した。
 そして特許権が発生する場合は、スライムヒエヒエを製作した人とスティアナ公国に委譲して欲しいと頼んだ。
 戻るときに飴の瓶を二つもらったが、暑い地域だから石室に入れておいて、時々子供たちに渡すといいなと思った。
 高額のお金より、この飴の方が嬉しいのは何故だろう……俺は思った。
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