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土井さん3
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土曜日はあっという間にやってきた。お昼ごはんを食べ終わってから、『クラフトショップ モリス』にむかった。ただおしゃべりをしているだけだと追い出されるかもしれないので、念のためにビーズを持っていくことにした。土井さんがくれたうさぎのブローチもつける。
お店に着くと、京はレジにむかった。
「すみません、有料の会員証にしたいんですけど」
黒い髪を一つに結った店員さんは作業をしていた手をとめて、カウンターの下から紙をとり出した。
「ここに名前と住所をおねがいします」
「は、はい」
京はボールペンを借りて、名前と住所を書いた。書き終わったものとボールペンを店員さんに渡す。店員さんの胸元にある名札を見ると、『山坂』と書いてあった。
「こちらの会員証は今日から一年ごとに更新になります。商品が割引になり、上の作業場も無料ですので、自由に使ってください」
「わかりました」
京は山坂さんに会員費千五百円を払って、階段を上がった。作業場にはほうかちゃんがすでに手を動かしていた。
「土井さん」
「あ、小川さん。やっほー。あ、このあいだの、つけてくれてるんだ。うれしいっ」
京は土井さんのとなりのいすに座った。手提げかばんの中からビーズのセットを出した。
「土井さんもなにかつくるの?」
「ううん。カモフラージュに持ってきただけ。……まだちょっとこわいんだ」
京は自分の心をごまかすために笑った。すると土井さんは京の背中をさすりはじめた。
「無理して笑わなくっていいよ。……きっといつか、またやりたいって思える日がくると思う」
「うん、ありがとう」
京は土井さんの手元を見た。それは先日つくっていた三毛ねこではなく、茶色くてギザギザのなにかだった。このあいだの三毛ねこの何倍も大きい。
「今度はなにつくるの?」
「ハリネズミ。もうすぐお母さんの誕生日なんだ。お母さん、ハリネズミが好きで昔は飼ってたらしいんだけど、今は仕事がいそがしいから無理なんだって。だからせめて部屋にかざれたらなあって思って」
土井さんは手をとめて、ハリネズミの体になる部分を見せてくれた。二枚の茶色くてギザギザのぬい合わせているとちゅうだった。よく見ると表側のふちにはチャコペンのピンク色が残っている。
「こっちが表? チャコペン使ったほうを裏にしたほうがよくない?」
京がそう言うと、土井さんは首を横にふった。
「これね、中表っていって、あとでひっくり返すんだよ。だからこれでいいの」
「へえ、そうなんだ」
裁ほうがあまり得意でない京は、そんな方法があることに驚いた。
「すごいね、土井さんって」
「そんなことないよ。ここの店員さんたちに教えてもらったんだ。お父さんとお母さんは夕方の六時まで帰ってこないし。あ、でも日曜日にはお父さんがいろいろ教えてくれるんだ。お父さん、服つくれるんだよ」
「え、すごいっ」
「でもお母さんは器用じゃないんだ。ぬってるときに、針で指をね、さしちゃうの。京ちゃんの家族ってどんな感じなの?」
京は頭にお父さんとお母さんを思い浮かべる。
「お父さんはキャンプが好きなんだ。よく連れて行ってくれるよ。お父さんの部屋、キャンプの道具でいっぱいなんだ。お母さんはパッチワークをつくるのが好きで、コンテストで入賞したこともあるんだよ」
「へえ、すごいっ。たしかおばあちゃんがビーズしてたんだよね?」
「うん、そうだよ」
京がうなずくと、土井さんは京のビーズケースを見つめ、ふと思いついたように言った。
「ビーズ、きれいだよね。……あ、そうか。目を黒いビーズにするっていうのもいいなあ」
「ありだと思う。あ、よかったらこの中から使う?」
京はケースのふたを開けた。それを見た土井さんは「わあっ」と目を輝かせた。
「きれいだね。大きさも形もいろんなのがある」
「うん、大きさがちがうのをはさんでいくとね、おしゃれになるんだ」
「へー。……じゃあ、この黒二つ、もらっていい?」
「うん、いいよ」
「ありがとう」
土井さんは裁ほう箱のすみに、黒いひし形のビーズを二つ置いた。そのとき、階段から足音がした。店員さんかもしれない、と思った京はテグスをはさみで切り、ビーズをとおした。上がってきたのは、予想どおり店員さんだった。さっきレジにいた山坂さんとは別の人だ。茶髪のショートカットで、にこにこしているからかとても親しみやすそうな女性だ。
「あ、ほうかちゃん。このあいだのねこちゃん、完成したの?」
「うん。今はお母さんの誕生日プレゼントつくってるよ」
「お、いいねえ。お母さん、きっと喜ぶよ」
「萌木さんは今なにかつくってるの?」
どうやら店員さんの名前は萌木さんというらしい。萌木さんは口をへの字に結んで首を横にふった。
「デザインが決まらないんだ。ちょっといろんな本見て、研究するつもり。ほうかちゃんもお友達さんも、手芸楽しんでね」
そう言って萌木さんは仕事にもどり、たなに商品を並べはじめた。
「萌木さんはね、レジンでいろいろつくってるんだって」
「レジンって、光に当たると固まる液体の?」
「そうそう。それでUVライトっていう道具で光を当てて固めるやつと、別の種類のやつがあるんだって。萌木さんはどっちも使うって言ってたよ。デザインも自分で決めてるから、つくってる時間よりもデザイン考えてる時間のほうが長いんだって」
「へえ。レジンのアクセサリーとか見たことあるけど、きれいだもんね。すごいなあ」
京は萌木さんを見た。萌木さんは新しい段ボールを開けて、商品を足しては移動している。
とんとん、と遠慮がちに肩がたたかれる。ふり返ると土井さんは迷っているようだった。
「あのね、このハリネズミの顔ね、中に綿入れるかどうか、決められないんだ。体の中には入れるつもりなんだけど」
土井さんはベージュ色で、角が丸い三角形を出して、ギザギザの体と組み合わせた。京は綿がつまったハリネズミを想像した。顔が平らな状態と、綿が入ってぷっくりしたものなら、綿が入っているほうがかわいいように思えた。
「入ってるほうがいいんじゃないかな」
「そうだよねー。それでこの辺にビーズぬいつけて……」
そんな風に土井さんと話をして、午後を過ごした。
お店に着くと、京はレジにむかった。
「すみません、有料の会員証にしたいんですけど」
黒い髪を一つに結った店員さんは作業をしていた手をとめて、カウンターの下から紙をとり出した。
「ここに名前と住所をおねがいします」
「は、はい」
京はボールペンを借りて、名前と住所を書いた。書き終わったものとボールペンを店員さんに渡す。店員さんの胸元にある名札を見ると、『山坂』と書いてあった。
「こちらの会員証は今日から一年ごとに更新になります。商品が割引になり、上の作業場も無料ですので、自由に使ってください」
「わかりました」
京は山坂さんに会員費千五百円を払って、階段を上がった。作業場にはほうかちゃんがすでに手を動かしていた。
「土井さん」
「あ、小川さん。やっほー。あ、このあいだの、つけてくれてるんだ。うれしいっ」
京は土井さんのとなりのいすに座った。手提げかばんの中からビーズのセットを出した。
「土井さんもなにかつくるの?」
「ううん。カモフラージュに持ってきただけ。……まだちょっとこわいんだ」
京は自分の心をごまかすために笑った。すると土井さんは京の背中をさすりはじめた。
「無理して笑わなくっていいよ。……きっといつか、またやりたいって思える日がくると思う」
「うん、ありがとう」
京は土井さんの手元を見た。それは先日つくっていた三毛ねこではなく、茶色くてギザギザのなにかだった。このあいだの三毛ねこの何倍も大きい。
「今度はなにつくるの?」
「ハリネズミ。もうすぐお母さんの誕生日なんだ。お母さん、ハリネズミが好きで昔は飼ってたらしいんだけど、今は仕事がいそがしいから無理なんだって。だからせめて部屋にかざれたらなあって思って」
土井さんは手をとめて、ハリネズミの体になる部分を見せてくれた。二枚の茶色くてギザギザのぬい合わせているとちゅうだった。よく見ると表側のふちにはチャコペンのピンク色が残っている。
「こっちが表? チャコペン使ったほうを裏にしたほうがよくない?」
京がそう言うと、土井さんは首を横にふった。
「これね、中表っていって、あとでひっくり返すんだよ。だからこれでいいの」
「へえ、そうなんだ」
裁ほうがあまり得意でない京は、そんな方法があることに驚いた。
「すごいね、土井さんって」
「そんなことないよ。ここの店員さんたちに教えてもらったんだ。お父さんとお母さんは夕方の六時まで帰ってこないし。あ、でも日曜日にはお父さんがいろいろ教えてくれるんだ。お父さん、服つくれるんだよ」
「え、すごいっ」
「でもお母さんは器用じゃないんだ。ぬってるときに、針で指をね、さしちゃうの。京ちゃんの家族ってどんな感じなの?」
京は頭にお父さんとお母さんを思い浮かべる。
「お父さんはキャンプが好きなんだ。よく連れて行ってくれるよ。お父さんの部屋、キャンプの道具でいっぱいなんだ。お母さんはパッチワークをつくるのが好きで、コンテストで入賞したこともあるんだよ」
「へえ、すごいっ。たしかおばあちゃんがビーズしてたんだよね?」
「うん、そうだよ」
京がうなずくと、土井さんは京のビーズケースを見つめ、ふと思いついたように言った。
「ビーズ、きれいだよね。……あ、そうか。目を黒いビーズにするっていうのもいいなあ」
「ありだと思う。あ、よかったらこの中から使う?」
京はケースのふたを開けた。それを見た土井さんは「わあっ」と目を輝かせた。
「きれいだね。大きさも形もいろんなのがある」
「うん、大きさがちがうのをはさんでいくとね、おしゃれになるんだ」
「へー。……じゃあ、この黒二つ、もらっていい?」
「うん、いいよ」
「ありがとう」
土井さんは裁ほう箱のすみに、黒いひし形のビーズを二つ置いた。そのとき、階段から足音がした。店員さんかもしれない、と思った京はテグスをはさみで切り、ビーズをとおした。上がってきたのは、予想どおり店員さんだった。さっきレジにいた山坂さんとは別の人だ。茶髪のショートカットで、にこにこしているからかとても親しみやすそうな女性だ。
「あ、ほうかちゃん。このあいだのねこちゃん、完成したの?」
「うん。今はお母さんの誕生日プレゼントつくってるよ」
「お、いいねえ。お母さん、きっと喜ぶよ」
「萌木さんは今なにかつくってるの?」
どうやら店員さんの名前は萌木さんというらしい。萌木さんは口をへの字に結んで首を横にふった。
「デザインが決まらないんだ。ちょっといろんな本見て、研究するつもり。ほうかちゃんもお友達さんも、手芸楽しんでね」
そう言って萌木さんは仕事にもどり、たなに商品を並べはじめた。
「萌木さんはね、レジンでいろいろつくってるんだって」
「レジンって、光に当たると固まる液体の?」
「そうそう。それでUVライトっていう道具で光を当てて固めるやつと、別の種類のやつがあるんだって。萌木さんはどっちも使うって言ってたよ。デザインも自分で決めてるから、つくってる時間よりもデザイン考えてる時間のほうが長いんだって」
「へえ。レジンのアクセサリーとか見たことあるけど、きれいだもんね。すごいなあ」
京は萌木さんを見た。萌木さんは新しい段ボールを開けて、商品を足しては移動している。
とんとん、と遠慮がちに肩がたたかれる。ふり返ると土井さんは迷っているようだった。
「あのね、このハリネズミの顔ね、中に綿入れるかどうか、決められないんだ。体の中には入れるつもりなんだけど」
土井さんはベージュ色で、角が丸い三角形を出して、ギザギザの体と組み合わせた。京は綿がつまったハリネズミを想像した。顔が平らな状態と、綿が入ってぷっくりしたものなら、綿が入っているほうがかわいいように思えた。
「入ってるほうがいいんじゃないかな」
「そうだよねー。それでこの辺にビーズぬいつけて……」
そんな風に土井さんと話をして、午後を過ごした。
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