待ち合わせはモリスで

翼 翔太

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まだ……。

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 六月に入って三回目の土曜日。『モリス』に着くと、すでにほうかちゃんは作業をはじめていた。めずらしく本が開かれている。
「ほうかちゃん、なにつくってるの?」
「んー、実はね、フェルトでテディベアつくってみようと思って」
「え、そんな難しそうなものを? すごいっ」
 京がそう言うと、ほうかちゃんはテーブルの上に倒れた。
「それがねー、パーツが多すぎてわけわかんなくて、頭爆発しそうなの。なにから始めればいいのかわかんない」
「つくり方、のってないの?」
「つくり方は書いてある。でもね、こう、気持ち的にどこから始めればいいかわかんなくて」
 京もそんな経験があるのでよくわかった。始めると手が動くようになるのだが、それまでのあいだ、どうしても心の動きが鈍くなってしまうのだ。そんなときは実際に手を動かすのが一番だということも知っている。
「将来お店出すんなら、できたほうがいいって言ってたよね?」
「うん」
「じゃあ、やってみようよ。ね?」
 ほうかちゃんはテーブルの上にたおれたまま、京を見た。京は目をそらさず、小さく首をかしげながらもう一度「ね?」と言った。するとほうかちゃんは「あああー」と言いながら起き上がり、背のびをした。
「やりますかあ」
 ほうかちゃんは本とにらめっこをしながら、すでに切り分けているフェルトをぬいはじめた。

 家に帰ってばんごはんを食べ終わってから、京はベッドの上でぼんやりと考える。
ほうかちゃんはすごい。難しそうなのにもかかわらず、テディベアに挑戦しようとしているのだから。
 ひさしぶりに頭に浮かんだのは、前の学校のこと。初めてなのに笑われるくやしさ、証明できない悲しみ。
 きっとほうかちゃんの前や、今のクラスなら、だいじょうぶだろう。ビーズもまた触れるようになった。しかし、今より難しいものをつくるのは、まだこわい。
 もしもほうかちゃんに「意外とできないんだね」と言われたら。クラスの子に「なんだ、ほんとうはへたくそなんじゃん」と言われたら。そう思うと胸がぎゅっと痛くなる。
 それならばこのままでいい。このまま簡単なものをつくって、難しいものはなにもやらない。それでいいのだ。
 京は目を閉じる。
 四年生のとき、下手だと笑われたとき、あまりにもくやしくて悲しくて、帰ってくるとお母さんに泣きついた。そのことはお父さんにも伝わった。今思うとお父さんとお母さんが、当時の担任の先生になにか言ってくれたのかもしれない。三日ほど経つと和久井は謝ってきたが、それでもあのときの気持ちは消えない。本当は相手を許したくなかったが、その場と先生のふんいきから許さないと自分が悪者にされてしまうような気がした。あのとき、和久井からはめんどくさいなあ、と思っているのが見てわかってしまった。
 そんな子は、今のクラスにはいない。わかってはいる。
 それでもやっぱり、心のどこかでまだあのときの気持ちが消えていない。京はベッドから起き上がって、ビーズの入ったケースを開けた。ビーズは電気の光を反射して、きらきらしている。
 今の学校にきて、ほうかちゃんに出会えたのはよかった。再びビーズでいろいろつくれているから。
 ケースの中にはつくりかけのビーズ。今回はまた花をつくって、ネックレスかチョーカーにするつもりだ。楽しいって思えるようになったのだから、これでいい。京は自分にそう言い聞かせるように、ビーズのケースのふたを閉めた。
 
 ほうかちゃんは七月に入っても、一生懸命テディベアをつくっていた。ぬっては「あれ、これもしかしてちがう?」と言いながら解いていた。そんなほうかちゃんの様子を近くで見ていると、京もなんとなく、なにかに挑戦してみたい、という気持ちになった。
 京は家に帰ってくると、自分の部屋でビーズの本を開いた。そのページには前の学校でからかわれたときにつくろうとしていた、いちごがのっている。平面でなく、ころんとしている立体的なもので、ひし形に似たビーズを主に使う。
今なら、つくれるかもしれない。
 京は本に目をとおし、ワイヤーを切った。必要なビーズはひし形の赤、丸みがある小さな緑と金色。まずは緑の小さなビーズをワイヤーに六つとおすのだが、三つ目で京の手がとまる。
 和久井ととりまきの男女が頭の中で笑ってくる。
 やめて、笑わないで。
 そう思うのに、頭の中では『へたくそー』と笑う声が消えない。京はビーズを元にもどし、ワイヤーをひとまとめにすると、つくるのをやめた。そして下のくちびるをかみながら、布団にもぐりこんだ。じんわりとなみだが出てくるのがわかった。
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