ホテル・コットンフラワーからの招待状

翼 翔太

文字の大きさ
4 / 22

3.ホテル・コットンフラワー その1

しおりを挟む
 目覚まし時計が鳴る前に目が覚める。まゆかはそっと目覚まし時計のアラームを解除し、静かに着替えた。
『コーリのホテル・コットンフラワーってところに行ってきます。必ず帰るから心配しないでください。 まゆか』
 メモ用紙にそう書いて、机の上にパンフレットといっしょに置いておく。これなら心配させずにすむだろう。
ベッドにいたミルクを顔だけ出るような形でカバンに入れ、そっとドアを開ける。家の中は静まりかえっており、小さな音でも気がつかれてしまいそうだ。
 まゆかは音を立てないように玄関まで歩いた。くつをはき、二つある鍵のつまみを回す。ゆっくり、ゆっくり。音が出ないように。
 カチャン、と音が出てしまった。まゆかは後ろを見る。お父さんやお母さんが起きてくる気配はない。ほっと息をつき、鍵のつまみをもう一つ回す。今度は音を出さずに開けることができた。そっとドアを開け、まゆかは外に出た。階段を足早に下りていく。
(やった。うまくいった)
 ドキドキがわくわくに変わっていく。地下鉄の駅までは歩いて十五分もかからない。駅の近くには駐輪場も少ないから、歩いて行くのが一番だ。
 軽い足どりで地下鉄の駅にむかう。いつもなら学校に行く子たちや仕事に行く大人がいる道には、まゆかしかいない。空気もすっきりしている。
 駅にはすでに明かりがついていて、電光けいじ板には電車が出発する時刻が書かれている。次の出発は十二分後のようだ。
 ICカードを改札にかざして、ホームに進む。まゆか以外にはスーツを着た大人がぽつぽつといるだけだ。日曜日に出かけるときに比べてずっと少ない人数に、まゆかは驚いた。
 設置されているいすに、腰を下ろす。足元に荷物を置いて、ミルクを出してあげた。ぎゅっと抱きしめる。
 しばらくすると、短いメロディーが鳴った。
『まもなく電車がまいります。黄色い点字ブロックより後ろでお待ちください』
 まゆかは立ち上がって荷物を持った。地面に書かれた番号で待っていると、電車がやってきた。ドアが開くと数人の大人が出てきて、入れ替わる形でまゆかは電車に乗る。
 窓に沿う形で設置されている、ふかふかの座席に座った。荷物は足元に置く。電車の中は静かで多くの人は眠そうだが、まゆかの目はぱっちりしていた。
 思えば、一人で遠くに行くのは初めてだ。急に不安がおそってくる。今ならまだ間に合う。次の駅で降りて、なにくわぬ顔で部屋にもどればいい。心臓の音がうるさくなってくる。
(どうしよう)
 まゆかはミルクを見た。なんとなく「まゆかちゃんはどうしたい?」と尋ねられた気がした。
(あたしは、あたしは……もう苦しいのはいやだ)
 目を閉じると、四年生のときのことを思い出してしまう。なぜあのとき、自由帳を奪われなくてはいけなかったのか。まゆかはなにもしていなかったのに。どうして、どうして。まだ答えは出ていない。もしかしたら、一生わからないかもしれない。
 心の傷がある人が泊まるホテル。そんなものは、まゆかの世界にはない。きっと、これはチャンスだ。
(やっぱり行きたい。あたし、異世界に行くよ、ミルク)
 まゆかは頭の中で返事をする。
 駅同士の距離がそれほど離れていないせいか、まゆかが住んでいる明神抜(みょうじんぬけ)中央から三つ目の駅である【宮の前】にはあっという間に着いた。
 まゆかは電車を降りて、改札を抜ける。目の前の柱に【異世界ゲート 左折五十メートル】と書かれていた。左に曲がり進んでいると、白いドアがあった。両側には男の人が一人ずつ立っている。どうやらあれが異世界ゲートのようだ。
(一人だってバレないようにしなくちゃ)
 まゆかは頭の中で言い訳を考えてから、異世界ゲートにむかう。心臓の音がはっきりと聞こえてくる。
「おはようございます」
 まゆかは男の人たちにあいさつをした。
「おはようございます。どうかしましたか?」
 むかって右側にいる男の人が返事をしてくれた。まゆかはカバンの中から招待状を出し、男の人に渡した。
「あの、コーリってところに行きたいんです」
 男の人は招待状の裏と表の両方をチェックしてから、周りを見た。
「親御さんは? 一緒じゃないんですか?」
 まゆかは考えていた言い訳を述べる。
「二人とも、仕事なんです。コーリにいるおばあちゃんのところに行きます。だから、あたしだけ先に行くことになりました」
 男の人たちは小声で話し合っている。まゆかの心臓は今までで一番速く、うるさいような気がした。余計なことを言えば、嘘だとバレるかもしれないけれど、なにも言わないせいで怪しまれてしまったら。どうするのが正解なのか、まったくわからない。
「お父さんとお母さんの仕事はなんですか?」
 どうしよう、正直に答えていいのだろうか。それともなにか別の仕事を言ったほうがいいのだろうか。しかしあまり悩んでいては、怪しまれてしまう。まゆかは半分本当のことを言うことにした。
「お父さんは区役所で働いてます。お母さんは看護師です」
 お母さんは今でこそぬいぐるみ作家として、ぬいぐるみをつくっているが、昔は看護師だったらしい。看護師時代のお母さんのことは知らないが、「今のほうが楽しいかな」と言っていたので、もどるつもりはないようだ。
 まゆかの答えを聞いた男の人たちは、再び小声で話している。こっそりミルクを強く抱きしめる。
 するとまゆかと話した男の人が、にっこり笑った。
「わかりました。気をつけて行ってくださいね。よい旅を」
 男の人はホッチキスに似たなにかで招待状をはさんでから、招待状を返してくれた。見てみると、日付が書かれたスタンプが押されていた。あのホッチキスのようなものは、どうやら日付スタンプのようだ。そしてもう一人の男の人がドアを開けてくれる。光でむこう側が見えない。まゆかはミルクをさらに強く抱きしめ、異世界ゲートをくぐった。まぶしい光に包まれ、まゆかは目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。

takemot
児童書・童話
 薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。 「シチュー作れる?」  …………へ?  彼女の正体は、『森の魔女』。  誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。  そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。  どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。 「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」 「あ、さっきよりミルク多めで!」 「今日はダラダラするって決めてたから!」  はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。  子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。  でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。  師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。  表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。

ナナの初めてのお料理

いぬぬっこ
児童書・童話
ナナは七歳の女の子。 ある日、ナナはお母さんが仕事から帰ってくるのを待っていました。 けれど、お母さんが帰ってくる前に、ナナのお腹はペコペコになってしまいました。 もう我慢できそうにありません。 だというのに、冷蔵庫の中には、すぐ食べれるものがありません。 ーーそうだ、お母さんのマネをして、自分で作ろう! ナナは、初めて自分一人で料理をすることを決めたのでした。 これは、ある日のナナのお留守番の様子です。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

処理中です...