ネット小説の外側でありそうな話。

もちだもちこ

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後。

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 それからというものの、彼女は「書籍化作家の知り合い」である俺に、色々と相談するようになった。
 場所は出会った喫茶店で、そこから二十四時間営業のファミレスに流れたりもした。一緒にいる時間は、日を追うごとに自然と増えていく。
 作家とは孤独だ。自分の作品を生かすも殺すも自分にしかできない。誰かに任せたりしたら、その瞬間それは自分の作品ではなくなってしまう。
 元々小説で世に出ようと思っていなかったユキは、絵描きの世界には知り合いがいても、物書きの世界では「ぼっち」だという。そこに偶然出会った俺の存在は、彼女にとって地獄に仏だった……らしい。

「今からでも知り合いを作ればいいんじゃないの?」

「でも、トオヤさんは読者さんでもあって、私にとってはもう神仏以上の存在なんです」

「なんだそりゃ」

 その言い方につい吹き出すと、ユキは俺を眩しそうに見る。なんだ? 後光は差してないぞ?

「本当に良かったです。トオヤさんがいてくれて」

「え、ああ、ユキの助けになれたなら、良かったよ」

 ユキの素直な言葉に、俺はジワリと広がる罪悪感で胸が痛んだ。彼女の勘違いを訂正せずに、そのまま過ごしているのは良いことなのか悪いことなのかが分からない。
 たまにユキが語る理想の女性は『ルナ先生』だ。それを俺は作った笑顔で聞いている。
 R18シーンは少し恥ずかしいけど、心理描写や女の子の気持ちを描く文章力、表現力が素晴らしいと絶賛してくれる。それをしっかり受け止めたいのに、邪魔してくるのは男である『トオヤ』だ。

「そういえば、トオヤさんはライター業をされているんですよね。小説とか書かないんですか?」

「え……」

 屈託のない笑顔のユキに、俺は何も返せない。そんな俺の様子に何か悪いことを言ったと思ったのか、慌てて彼女はメガネを押さえて俯く。

「す、すみません! 聞いちゃいけなかったんですね!」

「いや、大丈夫。ごめん……俺……」

 俺が『夜音実ルナ』なんだって、言うべきなんだって分かっている。
 これ以上、彼女と一緒にいたいなら。
 彼女に近づきたいなら。
 言うべきなんだ。

「ごめん」






「ルナ先生、しっかりしなさい」

「あー、はいはい、分かってますよぉー」

 年齢の近い担当の女性編集者は、ふらつく俺を支えてくれる。こう見えてもこの人、学生時代は空手をやってて俺より筋肉量があるんだよね。マジパネェっす。

「飲み過ぎよ。もう、なんでこんなに飲んじゃったのやら」

「校了したから飲みに行きましょーって連れ出したのは、担当さんじゃないですかぁー」

「それはルナ先生が、年下の彼女に振られて落ち込んでるからでしょ」

「振られてないしー。彼女でもないしー」

「知り合ってから結構長いわよね。ヘタレですね。ヘタレですね知ってます」

「ぐふっ……」

 なんだかんだ数年の付き合いになる彼女とは、お互いのプライベートな話もするくらいの仲だ。ちなみに彼女は既婚者なので、俺も心置き無く色々とぶっちゃけているというのもある。
 そして彼女も俺には容赦ない。オンオフ両方について容赦ない。

「ルナ先生の好みど真ん中の子とか言ってて、何も進展がないとか……」

「だって作家ですからぁ? 人気商売なんだから下手に手を出したらダメでしょぉ?」

「作家であることを言い訳にしない。ヘタレが」

「ぐはっ……」

 痛恨の一撃を食らった俺は、さらによろけて支える担当に怒られるが、ふと彼女が静かになった。その沈黙に俺は何があったのかと顔を上げると、目の前には呆然と立ち尽くしている見慣れたメガネの女性がいる。

「んん? あれ? ユキ?」

「……トオヤさん、誰なんですかその人」

 いつものキラキラした目ではなく、なぜか昏い色をみせる彼女に俺は首を傾げる。なんで彼女がここにいる? 今なんて言った?

「ルナ先生、あの子が例の権左権三さん?」

「そうだよ。俺がファンなの。権左さんの」

「そ、そ、その名前は言わないでください!!」

 顔を真っ赤にするユキが可愛い。マジ可愛い。ヤバイくらい可愛い。

「可愛いを連呼しなくても分かるから。落ち着いてちょうだいルナ先生」

「え、声に出してた?」

「な、なななな何を言ってるんですかトオヤさん!!」

 うわぁ、声に出してたか。恥ずい。でも照れすぎて真っ赤で涙目のユキも可愛すぎる。死ぬる。

「ここで死ぬとか面倒だから死なないで。ルナ先生」

「まだ声に出してたか。恥ずか死ぬる」

「もう!! トオヤさんったら……って、あの、すみません、先ほどからルナ先生って」

 照れていたのが一周回って落ち着いたのか、ユキが担当さんに向かって問いかけている。俺はそれをボーッと眺めているだけだ。結構飲んだからな。

「ああ、そういえばこのヘタレが言ってないとか……この人は『夜音実ルナ』先生。女性向けのR18作品『騎士と乙女』シリーズの作者です」

「……はい?」

「えっと、『貴方に捧げる秘蜜』『貴方に濡れる蕾』『貴方に求める灼熱』と続き、そして最新作がこの秋発売となる……」

「だあああああああ!! ちょっと待った!! 何を言っちゃってるの!!」

「何をって、ルナ先生の担当編集である私から、歴代の『騎士と乙女』シリーズの副題を……」

「言わなくてもいいやつでしょ!? こんな往来のど真ん中で言わなくても!!」

「ルナ先生? トオヤさんが?」

「……あ、えっと」

 酔っ払った人妻担当編集はひとまず置いといて、今はユキだった。
 やばい。バレた。全部バレた。
 何がマズイかって、俺が夜音実ルナであるという事実ではなく、それを隠していたということだろう。
 目の前にいるユキは、俯いたまま震えている。
 どうしよう、マズイ、酔いはもう冷めた。完璧に冷めた。

「ユキ、あの、ご、ごめん……実は俺……」

「…………」

 小刻みに震えているユキに近づくと、何かブツブツ呟く声が聞こえてくる。これは本当に怒らせてしまったのかとさらに近づくと、震えてとともに呼吸が荒くなっているのが分かる。

「ユキ?」

「どうしよう、これはもう、だめ、ほんとに……」

 ブツブツ呟くユキに、俺は意を決して両肩に手を置く。すると同時にガバッと顔を上げた彼女の頬は赤く染まり、うっすら涙を浮かべた目に、舌舐めずりをして艶やかに光るぷくりとした唇。
 そのまま噛みつくように俺に向かって叫ぶユキ。

「一体どんなご褒美なんですか!! 爽やかイケメンライターさんが、実は女性向けの小説を!! しかも官能小説とか書いてて!! 女の子のキュンキュンさせるそのテクニックたるや!! それが女性じゃなくて男性とか!! もうもう何ですかそれ!! 反則ですトオヤさん!! いやルナ先生!!」

 興奮のあまり俺の胸ぐらを掴んだまま押し倒し、その思いの丈をぶつけるかのように叫ぶユキ。担当はこっそり離れた場所から「若いっていいわねぇ」とか他人のふりしていやがる。助けろ。いや、助けてください本当に。
 ユキの叫びは止まらない。ポロポロ泣いてるのは悲しいのか嬉しいのか分からないけど、とにかく落ち着いたら謝ろう。謝り倒そう。
 あれ、この子も酔ってるとか? いや未成年だから違うのか?

「大好きなトオヤさんが!! 大好きなルナ先生で!! 大好きが追いつかないですー!!!!」

 あー、なんかもういいや。
 とにかく土下座で謝ろう。
 そんで土下座でお願いしよう「付き合ってください」って。






……泣いてる……マジ嬉し泣き。

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