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第三部「凛廻」(完結)
21 日陰に咲く
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五亨庵は、岐路に立たされていた。
東雨と玲凛がもたらした亀池の情報は、五亨庵の政策そのものを大きく転換させた。
「まさか、温泉が湧いていたなんて」
玲陽は机案に広げた地図の上に、堤防の紐と水門の印の木片を並べながら、ため息混じりにそう言った。
ぴたりと隣に寄り添う犀星は、その手元を助けながら、なぜかうっすらと笑みを浮かべていた。怯えたような緑権の目が正面から見守り、慈圓はもう何も言わず、腕を組んで緑権の隣にどっかりと座っていた。東雨は少し離れた席で、目線だけを几案に向けた。
五人が頭を突き合わせて覗き込んでいるのは、紅蘭周辺の地図であった。
玲陽の指が地図上をゆっくりと辿った。
「太久江が東へ流れて、ここで二手に分かれ、西側が京河、東側が五江。そして亀池がここ」
そう言って、亀池を指した。
「ここに間欠泉が湧いて、そこから下流域は川の底が赤い状態が続いています」
「間欠泉で吹き出した地下水の成分が、川底を染めていたということか」
慈圓は地図を睨んだ。玲陽は頷いた。
「間欠泉がいつからなのかはわかりませんが、目立たずとも、川底では長い間、地下水が湧き出していたものと思われます」
「地下水で、川底が赤くなるんですか?」
首を傾げて、緑権は玲陽に答えを求めた。
「そういう特別な水が湧くことがあるんです」
緑権は、その水はどんな味がするのだろうと考えた。
「しかし、問題だな。そのようなみずでは、ここで魚を育てるのは難しくなる」
慈圓の言葉に、全員が同じことを想像し、沈黙した。
宝順は、最初から、知っていたのではないか。
五人の視線が空中で重なりあった。
それからまた、同時に地図に目を落とした。
「この状況を、どうにか逆手に取れないものか」
慈圓の声には、負けず嫌いの気配があった。
「このままやられっぱなしなんて、面白くありません」
緑権が恐れ多くも皇帝に喧嘩を売った。玲陽も引き下がるつもりはないらしく、鋭い目を見せた。
「特殊な状況ですが、こういう時こそ、兄様の出番です」
言いながら、犀星を見た。迫力のある期待の眼差しだった。
犀星はそれを受け止め、口を開いた。
「湯屋を開こう」
「やっぱり!」
東雨は大声を上げてから、呆れたように微笑んだ。
「若様なら、そう言い出すと思ってました」
慈圓はにっと笑い、緑権は心配そうに眉を寄せた。
「でも、伯華様。亀池のあたり、人通りもないですし、化け物が出るって噂もありますし……誰も寄り付きませんよ」
「亀池ではない」
犀星は、続きを辿るふりをして玲陽の指先に触れ、亀池から川の流れを追った。
「伍江は下って、南東の宿場に至る」
「そうか」
東雨が目を輝かせた。
「ここは陽様のおかげで、直轄の許可が下りましたから、若様の好きに出来ますね!」
誇らしげに、東雨は犀星を見た。犀星は頷くと、
「今はまだ開発途上の町ではあるが、もともと旅人が行き交う場所だ。都から距離もほどよく、湯治客も見込める。需要はある」
犀星の言葉は、一言一言に力がある。突拍子のないことを言っても、皆それを素直に受け入れてしまうのだ。
「川の水を使うんですか?」
緑権は身を乗り出して、地図を覗き込んだ。犀星は頷いて、
「魚も育たず、農業用水としても使いにくいが、湯としては効能を持つ」
「なるほど」
緑権はにやりとした。
「それなら、湯屋では魚料理を振る舞いましょう」
「その魚はどこから調達するんです?」
思わず東雨が言った。
それに答えたのは犀星だった。
「予定通り、養殖は行う」
犀星は堤防を示すための紐で輪を作り、亀池の上流に一つ置いた。
「亀池は養殖には使えないことがはっきりした。間欠泉の混じらぬ上流に、新しく池を作る」
緑権の顔が明るくなった。犀星は更に、
「ただ掘り起こすのではない。東雨、この辺りは地面の下は?」
「泥炭、ですか?」
東雨は小首を傾げた。
「それが、どうしたんです?」
「ああ、そういうことですね」
玲陽が気付いて、声をあげた。
「泥炭は、乾かせば薪にも勝る燃料になります」
「燃料?」
東雨は話の流れから、ハッと先が読めた。
「湯を沸かす燃料、ですか?」
「そうだ」
犀星は亀池よりも上流のあたりを指先で叩いた。
「ここに新規の池を掘り、泥炭を得る。それを乾かし、五江の水運を使って宿場町まで運搬する。そこで、湯を沸かす燃料に使う」
玲陽が一つ一つを確かめながら、
「新しい養殖池、魚、泥炭の燃料化、水運による運搬経路の整備、温泉水、湯屋……全てがつながりますね」
「相変わらず、とんでもないことを考えるお人だ……」
慈圓が嘆息した。
理屈は通っているが、その発想の規模はなかなかに挑戦的だ。東雨は興奮気味に目をしばたいた。
犀星は仲間たちを眺め、
「危ない橋かもしれないが、渡ってみないか」
いたずらな笑みを見せた。
この笑顔を見せられたら、乗らないわけにはいかない。
四人とも力強くうなずいた。
こうして、宝順帝から投げかけられた食料確保のための魚の養殖は、湯屋の経営という副産物を生み、五亨庵には珍しい金をにつながる政策となって、前へと動き始めた。
話が一区切りすると、東雨は内扉から顔を出し、近衛詰所を覗いた。長榻に座ってぼんやりしていた湖馬と目が合った。東雨はにっこり笑い、湖馬はわずかに戸惑ってはにかんだ。
「か、会議は終わったのか?」
事前に事情を聞いていた湖馬は、気まずさを隠すように尋ねた。
「はい、面白いことになりそうです」
「面白いこと?」
「まだ、内緒です」
東雨は片目をつむって、唇に指を当てた。それだけで、湖馬はすっかり動揺し、背筋を伸ばして正面を向いて固まってしまった。
湖馬の気持ちを知る由もなく、東雨は両手足を思い切り伸ばした。新しい期待が、この五亨庵から国中に広がっていく気がした。初夏の風が気持ち良く、東雨の前髪を撫でた。
東雨は厩舎に向かうと、一頭ずつ、丁寧に馬の世話を始めた。
いたわるように順に額を撫で、濡らした藁で丁寧に体を拭いてやった。乾いた布で毛並みを整え、蹄の状態を確かめた。井戸から水を汲んで水入れに注ぎ、飼い葉は柔らかく手揉みし、塩の欠片を添えて餌台に並べた。
手を添えて優しく声をかけながら、東雨は終始笑顔だった。
馬たちは皆おとなしく東雨のするに任せ、時折、安心したように鼻を鳴らし、顔をすり寄せた。
近侍と言うより、見事な馬丁である。悲しいかな、これが、東雨の現在位置であった。
その姿を、湖馬はじっと目で追っていた。
一通りを終えて、東雨は濡れた手を拭きながら、湖馬の隣に腰掛けた。
「俺、なんだか、政治ってやつが楽しくなってきました。若様と一緒なら、国も動かせそうです」
すぐ隣で生き生きと語る東雨を、湖馬は直視できないでいた。近くはないが、過剰に緊張してした。
「若様から学ぶことは本当にたくさんあって……いつか、俺もちゃんと意見が言えるようになれたらって……」
黙り込んでいる湖馬に、東雨はすまなそうに眉を下げた。
「すみません、まずは、湖馬様に教えていただいていること、ちゃんとできるようになるのが先ですよね」
「いや、そんなことは……」
湖馬は慌てて手を振った。
少し前から、東雨は湖馬に近衛の動きを習っていた。湖馬の教え方は丁寧すぎるほど丁寧である。人の良い気性に懐いて、東雨は素直に湖馬の話を聞いていた。涼景が相手では、こうはいくまい、と、内心、複雑な思いを抱きもした。
「俺、全然だめですね」
東雨は首を振った。
「教えていただいた通りに試してみるのですが、思ったように体が動かなくて。正直、ここまで自分が鈍いとは思っていませんでした」
「祥雲はよくやっているよ」
湖馬は東雨を見ないまま、笑った。一生懸命な東雨に、湖馬はさらに好感を募らせていた。
「俺、頑張りますので」
黒い大きな目が、真摯に湖馬に向けられた。
だから見捨てないでください、といわんばりのきらきらする目に、湖馬は思わずぶるっと体を振るわせた。
官位は東雨の方が上である。だというのに、どこまでも東雨は謙虚だった。
東雨は、陽の光にきらめく小径の景色に目を向けた。
湖馬は黙ってその横顔を盗み見た。白い頬にかかる黒髪は艶を帯び、良い香りがする気がした。結い上げた後ろ髪が長く背中に垂れ、馬の尾よりもしなやかだった。うなじがさらけ出され、柔らかそうな後毛が風に揺れていた。思わず、襟から覗く肌に視線が流れ、湖馬は小さく喉を鳴らした。
涼景から、東雨の指導を任された時は、内心、飛び上がるほど嬉しかった。涼景は湖馬の甘い気持ちを知っている。背中を押されているようで、湖馬は勇気が湧いた。
「な、なぁ、祥雲」
東雨はぼんやりしたまま、湖馬を振り返った。
湖馬は引きつった笑みを浮かべた。頭を掻き、ごまかしながら横を向く。どうにも照れくさくて、まともに東雨の顔を見ることができなかった。事情はどうあれ、話をする機会は存分にあるのに、深く踏み込めない自分の性格が恨めしかった。
「祥雲がそこまで頑張るのは……やっぱり、歌仙様のため、か?」
「……え?」
軽く混乱したように、東雨の表情が動いた。その反応さえ、湖馬の鼓動を早めるには十分だった。遅れて、東雨は頷いた。
「はい。近侍には、最低限、近衛と同じ行儀が求められます……若様に恥をかかせたくないんです」
今更ながら、湖馬は東雨の犀星に対する思いの深さに胸が締まった。
湖馬も涼景に忠誠を抱いているつもりではあるが、それはあくまでも仕事の延長である。その点、東雨のそれは忠誠心と呼ぶには、少し違う。正確にはもっと危うく深く、個人的な感情に裏打ちされているように思われてならなかった。それはすなわち、恋と大して変わらないのではないかと、湖馬は結論した。
やっぱり、歌仙様が好きなのだろうな。
そんな考えが湖馬の頭の中をぐるぐると回っていた。素直に表情に出て、目元が揺らぎ口元が震え、そわそわとしてしまう。
東雨は不思議そうな顔をしながら、きちんと膝を揃え、そこに手を重ねて置いた。さりげないその動きに湖馬は見とれていた。
「若様に、安心して欲しいんです。俺、もっとしっかりしないと……」
東雨は唇を結んだ。目元に浮かぶ儚い痛みが、湖馬の奥を震わせた。
「……祥雲には、こういうのあまり必要ないのかも」
「それって、やっても無駄ってことですか?」
東雨は肩をすくめ、声を落とした。湖馬は焦って、
「いや、そうじゃなくて……右衛房で聞いたんだ。備拓様が祥雲のことを褒めていたって」
東雨は顔を上げた。湖馬は頷いた。
「備拓様は実力に厳しい人だ。それが、祥雲はまるで、昔の燕涼景を見るようだ、って」
突然飛び出した名に、東雨は膝の手を握りしめた。
涼景と比べられることがあまりにも意外すぎて、東雨は思考が追いつかなかった。それ以上に、思い出された横顔がやたらと鮮烈だった。
……会いたい。
そう思ってしまってから、東雨は慌ててそれを打ち消した。
「祥雲は、形を気にしなくてもいいと思う」
控えめに、湖馬は言った。
「きっと、祥雲にはそんなの飛び越えた、何かがあるんだと思う」
東雨はまた、小径に向いた。気持ちは落ち着かず、わずかに細めた目の奥に、不安定に揺れる光があった。
隣に湖馬がいることも忘れ、一人の思考に沈みこむ。犀星の面影と涼景の眼差しが東雨の心を埋めていた。さらに、玲陽の微笑みが差し込み、白い蓮章の背中が蘇った。
気持ちが、おかしい……
東雨は目尻に力を込めた。
次々と浮かんでくる記憶は、次第と白んで交錯し、ありもしない情景すら混じり始めた。体の芯が、ふつ、と熱くなる。その正体が何か知っていて、気づかないふりをした。
「そういえば……」
湖馬は目を泳がせた。
「明日の紅花祭、祥雲は行かないのか?」
「……え?」
東雨はまた、反応が遅れた。
「俺はいいんです」
何かを吹っ切るように、東雨は大きな声を出した。
「若様と陽様の邪魔はしません」
そう言って、意味ありげににっこりとしてみせた。
その笑顔に、もう湖馬は夢中だった。頬が赤くなる気がして、精一杯に平然とした顔を作ってみるが、どうにも無理があった。東雨は気づくこともなく、
「若様は、ずっと陽様と一緒に行きたがってました。もちろん口では言いませんけど、見ていればわかります」
そう、自分は誰よりも見ていたのだから。
東雨は、引きつりそうになる口元を意識した。湖馬は恐る恐る、
「歌仙様は、承親悌のことが……その……」
最後は言葉を濁した。東雨は一つ、頷いた。
「もちろん。若様には、陽様がすべてです」
東雨の声はわずかに掠れていた。
そう、言い切るのか。
湖馬は、苛立ちとも安堵ともつかない喧騒を胸に感じた。
犀星の本音など、態度からいくらでも透けて見えた。それは湖馬にすら容易にわかることであった。だが、東雨の気持ちを思うと、素直に肯定できなかった。
東雨は、そっと首を傾げた。
「湖馬様は、紅花祭に行ったことがあるんですか?」
「……去年、歌仙様の警護で一度だけ」
東雨は上目遣いに湖馬に向いた。好奇心に輝く瞳に、湖馬は釘付けだった。
「紅花祭って、どんな感じなんですか? 俺、行ったことないんです」
「ええと……」
湖馬は少しでも期待に応えようと、必死に言葉を探しながら、
「祭の間は、花街中が本当にきれいに飾られていて……色とりどりの布や紐が揺れて、街がひとつの花みたいに思える。人も、たくさん集まる。都だけではなく、近隣からも……」
湖馬は次々と、自分が見た限りを丁寧に話してくれた。
東雨は、その一つ一つに熱心に耳を傾けた。まだ見たことのない祭りの景色が、目の前に浮かぶようであった。
華やかな街で、犀星と玲陽はどんな顔で笑うのだろう。祭りよりもむしろ、その顔が見たかった。
東雨の胸の奥に、針の先で突いたような焼けつく思いが生まれた。
それは嫉妬と呼ぶにはあまりに幼く、憧れと呼ぶには程遠い、離れて大切にしておきたい気持ちだった。
話しの最後に、湖馬は一つ、つけ加えた。
「契り紐って知ってるか? 花町の風習なんだ。一本の紐の端を、相手の手首に結ぶ。結び合った二人は、二度と離れることは無いという願掛けなんだ」
東雨はとっさに、自分が誰かの手首に、紐を結ぶ想像をした。同時に、その人が誰であるのか知るのが怖くて、考えることをやめた。
湖馬の目は、そんな東雨の心のさざ波すら愛しむように、静かに向けられていた。だが、その切なさに東雨が気づくことはなかった。
然韋が忠誠を誓う宝順帝。
しかしその権威は、決して盤石ではない。宮中には、凡庸かつ冷徹な統治を快く思わない者たちの気配が常に蠢めいていた。静かな不満のうねりは、三年前、北方の国・千義との戦乱の最中に、宮中の内乱となって吹き出した。
第一親王・長雀は、皇位をめぐって、宝順帝と、第一皇位継承者である夕親王に弓を引いた。もう一人の皇位継承権を持つ玲親王は宮中にはおらず、難を逃れた。
当時、宮中では然韋率いる禁軍と、英仁が指揮する左近衛、そして、涼景不在で英仁の指揮下にあった右近衛が守りに当たっていた。
長雀は己の私兵を中心に、奇襲をもって夕泉の奏鳴宮を襲った。
長雀の動きを察知していた然韋は、英仁と結託した。
事前に夕泉を天輝殿に移し、禁軍で守りを固めた。次に、英仁率いる左近衛と右近衛が動き、長雀親王の軍勢を迎え撃った。
西側、白虎門から始まったこの争いは、函の歴史において数少ない、宮中を戦場とした乱戦となり、多くの貴人たちにも被害が及んだ。
長雀の私兵と、それに同調する民間人を交えた部隊は、白虎門を外側から打ち壊し、中央区に流れ込んだ。暴動の波が目指したのは天輝殿だった。
英仁は進路上にあった矢倉を拠点に兵を指揮した。善戦したものの、不幸にも戦いの最中に致命傷を負い、その場であっけなく命を落とした。軍を引き継いだ備拓が劣勢を押し返し、最後には反乱軍を門まで後退させることに成功した。
北方前線に出ていた涼景は、この乱を聞きつけて軍の一部を率いてとって返し、内部の備拓と協力して、門の外と内から挟み撃ちとした。こうして、長雀親王の皇位略奪を求めた反乱は、半月の混乱の末、英仁の死という悲劇を残し、幕を下ろした。
この一件は、千義との二年に及ぶ戦いに疲弊していた人々の心をさらに暗く追い詰めた。不安を煽るように、武器や火薬、食料が、高い値で取引された。誰より民心に敏感だった玲親王は、このことを憂慮し、自ら涼景に願い出て前線へと赴いた。
犀星はそこで、大規模な最終作戦に加わり、結果的に政治的駆け引きによって千義との休戦へと持ち込むことに成功した。
玲親王のこの働きは、民衆に安堵をもたらすとともに、その人気を不動のものとした。
それは、次なる乱れへとつながる危険な布石にも思えた。
成功を得た者が次に考えること、それは決まって権力の保持と安定である。
玲親王に出世の意思がないらしいと言う噂は、前々から宮中で知れ渡っていた。
有能でありながら、権力に無欲な末弟。
だが、皇帝を守る身として、然韋は決してそれを楽観視することはできなかった。
親王には、五亨庵がある。
かの地は、古より力が集まる場所として、陰陽に関わるものにも一目をかれる遺跡だった。
そこを根城とし、さらに皇帝の寵愛も得る涼景を傍に置き、自分自身も美貌と才知によって民心を得る政治を続けている。
五亨庵は決して侮ってならない相手だ。
警戒はしつつも、然韋には、五亨庵に手を出すことはためらわれた。
かつて、生まれたばかりの玲親王を都から逃し、十五年後、強く望んで召喚したのは、然韋の最愛の主人・宝順の意思である。宝順を重んずれば重んずるほど、然韋は玲親王を厚遇しないわけにはいかなかった。
実際、玲親王自身も然韋に対し丁寧に接し、礼を失することはなかった。宝順のいかなる命令にも誠意を表して応える姿勢は、従順な臣下そのものだった。
だが、気になる。
然韋は石畳の向こうに目を向けた。
五亨庵には慈玄草がいる。慈圓は事あるごとに宝順に諫言し、その意思を正そうとしてきた人物だった。
己に対し正論を突きつけてくる慈圓は、宝順帝にとって目障りで扱いにくい相手に他ならなかった。その慈圓が今もなお五亨庵にあり、政治の要職にある以上、玲親王を掌握し、どのような策謀を巡らせないとも限らなかった。
玲親王の氷の仮面のしたに、いかな素顔が隠されているか、それを読み解くのは容易いことではなかった。
五亨庵のすることは、いつも想像を超えてきた。
昨日は、玲親王の直轄地となった南西の宿場に、新たに湯治場を建てるとの申請も出されていた。その裏にどのような思惑があるのか、計り知れなかった。
慈圓と涼景。この二人が揃って味方する以上、玲親王は宝順にとって安全ではない。
然韋は常に、五亨庵の動きに敏感だった。
一つ、糸のほつれ目を見つけたならば、そこからすべてを引き摺り出す。
今の世が、宝順帝をどう裁こうと、然韋には己の信念に殉ずる覚悟があった。
忠実な臣であり、宝順を思う然韋と心を同じくする者が、もう一人いた。
弟・夕泉親王である。
今日も、訪問の予定が告げられていた。
日の光が溢れる天輝殿の階は、いつもより白く輝いて見えた。
展開して警備に当たる部下たちの動きを視界に捉えながら、然韋はじっと遠くに目を向けた。
夏が近づき、緑が日々、色濃さを増した。蝶が少なくなり、代わりに蝉の声が絶え間なくなった。
ふと、然韋の胸に昔の情景が重なって見えた。
然韋が初めて宮中に上がったのは、十二になったこの季節だった。
武官の家に生まれ、ひたすらに皇家に仕えることを教えられてきた。
いつか自分の主を持ち、その忠義のために身を捧げることが、幼い然韋の思い描く輝かしい未来だった。
自ら望んで武の道に入り、時の皇帝・蕭白に仕えた父とともに宮中の一切を学んだ。父は周りに信頼され、皇帝の情愛も受けた大人物であった。
その背中を追いながら、然韋もまた必死に励んだ。
その頃、彼が仕えることになる親王が、正式に継承者として世に出た。
のちの宝順帝、齢九つの少年だった。
宝順を前に、己の未来を夢見た感動は、夏を迎えるたびに鮮やかに蘇った。
深く記憶に浸っていた然韋は、馬のいななきに我に返った。見つめる道の先に、左近衛の隊列が見えた。
先頭を行く備拓の黒い馬。それに続く二列の騎馬隊。
騎馬の中央に守られた帳車は、夕親王のものである。柔らかな薄い緑の天蓋が、木の葉よりも優しく揺れていた。
軽快な馬蹄の音は石畳に響き、それは然韋だけが見ることを許された美しい式典のようでさえあった。
備拓率いる隊列が、天輝殿の階の下に到着した。
然韋は段を降りた。
その頃には、然韋の背後に禁軍の兵たちが整然と並んでいた。
近衛が丁重に帳車に歩み寄ると、踏み台を置き、静かに戸を開いた。
音もなく、墨色の絹の靴が伸ばされ、台を踏んで、夕泉が姿を現した。
その場の皆が、一斉に首を垂れた。
薄い銀色の袍に同色の裳を身ににつけ、帯には濃いめの銀鼠、眩しく白い艶のある紐が締められていた。百合の形に開いた袖から、白檀の扇の端が覗いてた。口元を覆う面纱の玉飾りは日の光を弾いて七色に光輝くようであった。
夕泉は常に物静かで政治の表舞台に出ることもなく、軍事に口を挟むこともなかった。
しかし、宝順を思い、その安寧を願う心は、然韋に勝るとも劣らない。十日を空けることなく、奏鳴宮から天輝殿へ足繁く通うのが、夕泉の習いとなっていた。
備拓は先に立って夕泉を案内してから、慣れた様子で脇に避けた。
左近衛の務めはここまでだった。
互いに頷き、夕親王の警護が然韋に移った。天輝殿より先は、禁軍に全てが委ねられる。
然韋は丁寧に頭を下げた。
夕泉は、宝順の敵ではないと心得ていた。
しかし、同時に、心を許すことはない。
宝順と一歳違いの夕泉を、然韋は幼い頃から知っていた。利発だった宝順に比べ、奥底が見えない薄気味悪さを、然韋はこの日陰の親王に抱き続けていた。それは、年を追うごとに更に影を濃くするようだった。
「兄上はいかに?」
夕泉は待ちかねた声で、然韋に尋ねた。
「陛下はただいま、午前の謁見に応じていらっしゃいます。しばらく、庭でお持ちくださいますようにとの仰せにございます」
然韋は階を上がり、左に折れた。石の回廊をめぐり、中庭へと案内していく。
周囲を高い城壁で囲まれた、複雑に入り組んだ通路と階段。然韋は夕泉の前を歩きながら、背後に決して油断はしなかった。夕泉の後ろから、然韋の腹心が同様に厳しい目で従っていた。間に挟まれた夕泉だけは、どこか、くつろいだ空気をまとっていた。
然韋は胸がざわついた。
夕泉は宝順をいたわりこそすれ、傷つけることはないと承知していた。だが、その有り様は、涼景同様に、然韋には許し難かった。むしろ、兄弟であるぶん、夕泉の罪の方が重いとも思われた。
誰もが、陛下を利用する。そのお心に漬け込む。
然韋はひたすらに宝順を思い、案じ続けていた。
夕泉たちの姿が消えると、すぐに禁軍が入り口に立ち並び、人の柵を作った。
備拓は心の中で息をついた。然韋も、夕泉も、遠い存在のような気がした。
時を分けず、宮中には様々な思惑が交錯する。
誰が誰を信じ、誰が誰を利用し、誰が誰を切り捨てるのか。それは誰にもわからなかった。
その策謀の渦には、個人の願いなど酌量されはしない。
一言の呟き、一つの仕草、視線の動き、それで全てが簡単に崩壊するのだ。
真に心許せる友は、宮中では得られない。
備拓は長く、それを噛み締めてきた。
かつて仕えた英仁もまた、確実に見えない力に犯され、晩年はひどく歪んでしまった。
そんな英仁を、夏史は信頼し、己を賭けた。
そしてその夏史もまた、いつしか壊されてしまった。
すべてが終わった今も、備拓には夏史が全てを一存で行ったとはとても思えなかった。何かに取り付かれたような夏史の動向は、間近で見ていた備拓にも不可解だった。
備拓は部下たちを振り返った。
左近衛を門前の詰所で休ませ、馬上で備拓は、先日の玄武池での出来事を思い出していた。
夕泉が、状況が不透明な中で、その場を動かぬと言った時、備拓は強く撤退を進めることができなかった。
長く染みついた宮中の習慣のためと、思いたかった。だが、本当の理由は、己の保身ではないのか。怒りを買い、失うことに怯え、諫言をためらった。
あの場は夕泉の身の安全が優先だったはずだ。己の権力が散ることすら恐れずに、行動を起こすべきであった。自分の至らなさは、夕泉だけではなく、部下たちをも危険に晒した。
いつから、これほど臆病になった?
儀礼を重んじると言えば体裁は良いが、実際には意気地がなかったのだと、備拓は自分を嘲った。
あの時、まるで備拓の弱さを見抜いたように、若い五亨庵の近侍は、夕泉に対し言い放った。
夕泉一人が残れば良い、周りを巻き込むな。
直属の臣下である備拓にすら、はばかられる暴言だった。そして皮肉にも、まことの忠臣であればこそ、言うべき諫言であった。
あの青年には、それができた。
備拓は、東雨の決意に満ちた面差しを思い出した。
あの言葉の裏には、主人への厚い敬愛があった。夕泉の悲劇は、犀星の悲劇である。
そのたったひとつの思いが、あの青年に、あの言葉を叫ばせたのだ。
厳格に生きてきた備拓にとっては、初めて見る荒れた場面あった。官吏同士の罵り合いは、飽きるほどに目にしてきたが、皇族に対する暴言を聞いた事は無かった。
なにより、備拓をじわじわと追い詰めたのは、言葉そのものではなかった。
犀祥雲の胆力、冷静な判断と迷いなき行動、うちに秘めた主人への愛。
玲親王が危険を冒して宝順を策に落とし、法の網をかいくぐり、自ら侍童殺害という冤罪を負いながら、それでも守りきったのは、あのような人物であったのだ。
裏を返せば、玲親王にとって祥雲は、それだけのことをする価値のある人間だったということの証明だった。さらに、その愛を受けたからこそ、祥雲は一層、身を投げ出して玲親王に尽くすのだ。
愛し、愛され、応え、信頼する。
宮中において人とのつながりほどもろく、儚く、頼りないものはない。毒とはなっても、薬とはならぬ。鎖とはなっても、暖かな糸とはならぬ。
だというのに、五亨庵ではその奇跡が確かに現実になっている。
それを目の当たりにした備拓の心には、玲親王と祥雲との深いつながりが、生涯忘れることのできない記憶として刻みつけられた。
犀星と祥雲。そして、玲親王と涼景。
五亨庵とは……
備拓は、天輝殿を振り返った。
夕泉は今夜、兄と過ごすことになっていた。
夜になれば、左近衛はこのまま、天輝殿の夜間勤務に入る手筈だった。
備拓の年と苦労を重ねた顔に、表現しがたい哀愁が浮かんだ。
禁軍、夕泉、左近衛。
清々しい初夏の日差しの下で見えた宮中の暗い影の一部始終を、慎は木立の陰から覗き見ていた。
蓮章は午後から、犀星たちの警護で花街へ行く。当然、自分も隠れて同行するつもりである。準備で手が離せない蓮章に代わって様子を見に来た慎は、思いがけない場面に出くわし、苦虫を噛み潰した。
夕泉が天輝殿に入るとき、決まって良くないことが起こる。
一応、リィに知らせておくか。
五亨庵へ向かおうと、茂みの中を歩き出した慎は、数歩のところで再び立ち止まった。腰を落として身をひそめる。
右衛房の方角から、落ち着いた身なりの涼景が一人、歩いてくるのが見えた。
思わず、慎の顔が毒でも吐くのではないか、という歪み方をした。
涼景が、一人で、徒歩で、天輝殿へ。
これが最悪を意味することを、慎はよく知っていた。
リィに……知らせられるものか!
慎は唾を吐き捨てた。
優しい安珠を前にしても、東雨は長いこと、言葉が思いつかなかった。
伝えたいことははっきりとしていて、あまりにも単純である。
しかし、それをどのように説明したらよいかとなると、難しい問題だった。
初夏の白い光が、安珠の小さな庵の中に優しいぬくもりを注ぎ込んでいた。
寒くもなく暑くもなく、湿ってもおらず、肌はピリピリするような乾燥も感じない。
安珠は黙って、少しまどろむように座ったまま、東雨の言葉を待っていた。膝の前に置かれた茶は、とうに冷めていた。
せかせることもなく、話題を出すこともしない。
ただじっと東雨の心の準備が整うのを、温かに待ってくれた。
東雨は数を数えるように呼吸した。
それからようやく、指先で膝を強く掴みながら、安珠の襟の合わせのあたりを見つめて、口を開いた。
「とても恥ずかしいのですが……」
声は、それを聞くだけで、本当に言いにくいのだとわかるほど、上ずっていた。
「わしは医者だからどんな話でも聞くし、安心して話してくれていい」
安珠の言葉に、東雨は自信なく頷いた。
「安珠様のことは信頼していますし、そういうものなんだろうと思うのですが……でも、なんと言っていいか言葉に迷います」
「一番使いやすい言葉を使って、話してごらん」
「でも、失礼があったりしてはいけませんので……」
「何を言っても、失礼ということはない。先に約束しよう。安心して話してみなさい」
「……わかりました」
東雨は大きく息を吸い、長くそれを吐いた。目線は上げられなかったが、声は少しだけ張りを取り戻していた。
「あの、冬の大怪我が過ぎてから……」
東雨はゆっくりと話し始めた。
「俺の体は、少し調子を崩しています」
「あれだけの傷を負ったのだ。そうなってもおかしくない。おまえが悪いわけではないのだよ」
安珠の優しい相槌に、東雨は、少し肩の力が抜けた。
「体力は、もともとそんなにないですけど、でも、だいぶ楽になりました」
「歌仙様も気にかけてくださるか?」
「はい。大事にしてくださいます」
大好きな犀星の笑顔が思い出されて、東雨は膝をぎゅっと縮めた。
「痛みもまだ続いてますが、俺の周りには古傷を抱えている人が多くいて、助けてくれます。どうにかやっていけそうです」
「そうか、それは心強いな」
「はい」
東雨は、先に言うべき事は言った、と一度呼吸した。そして視線を横にずらした。
「問題はそこじゃなくて……」
話そうとしても、言葉が喉でつかえた。
それを見て、安珠の柔らかな顔が、喉の奥から東雨の言葉を引き出してくれた。
「情動に関わることかね?」
東雨は迷いながら顔を上げた。
かすり傷に優しく軟膏を差し出すような、よく見る安珠の顔だった。
東雨が、黙っていると、安珠はそのまま続けた。
「おまえくらいの歳だと、色々と心に合わせて体も動くだろう。だが、おまえの傷では、自分でどうすることもできない。体の内側に熱が溜まり、それを冷ます術もない」
東雨は唇を噛んだ。
見るもの、聞くもの、思うこと。その全てが体の中に溢れ、逃げ場を失って、自分自身を翻弄するのだ。
「もしかしたら、そんな生きづらさを背負っているのではないかと案じていたのだ」
「はい……おっしゃる通りです」
東雨は、何度も頷いた。安堵に、全身の力が抜けた。
「なんと説明していいかわからなくて」
力なく、東雨は言った。
「前はどうにかできましたけど、今はどうしようもなくて、何か方法があれば……」
安珠は黙って腕を組んだ。東雨の抱えた問題を解消するための手段は、いくつかあった。まだ恋も知らず、人との情に慣れず、そして誰よりも心優しい東雨には、何を言うのが適切か、迷うところだった。
「よく使われる方法としては……」
と、安珠が探りながら、
「気持ちを他のものに向けるのは有効だ。剣術でも家の仕事でも、書を読むことでも絵を見ることでも、楽を奏でることでも良い。心を違う方向に持って行く」
東雨は黙ってそれを聞いていたが、少し寂しそうに瞬いた。その様子から、安珠は察した。
「そのようなことは、すでに試したようだな」
東雨は、こくんと頷いた。
「それでも、うまくいかなくて」
「そうか」
安珠は穏やかな顔のまましばらく考えると、心を決めたように東雨の目を見た。
「これからわしが話す事は、少し難しいかもしれないが……」
東雨は真剣な目で、安珠を見返した。
「いずれ、おまえの助けになるかもしれないから、知識だけは伝えておこうと思う」
言いながら、安珠は笑顔から真面目な顔へと切り替えた。語り口調も深刻さが増した。
「はい」
背を伸ばし、東雨は一つ息を飲んだ。
「今すぐにとは言わぬが……」
安珠は一言、前に置いてから続けた。
「もし、おまえがいつか、思いの通じ合う相手と出会い、寄り添えた時、その体の熱も自然と収まる」
思いの通じ合う相手……
いつか自分にも、そんなことが起きるのだろうか。
東雨の脳裏を、様々な出来事が駆け抜けた。最後に残ったのは、遠くを見つめる涼景の横顔だった。
東雨は左右に視線を動かし、それからまた安珠に戻した。
「おまえの心が、その誰かと響きあった時、おまえの体も響き合うのだ」
それはとても抽象的だったが、なぜか東雨の心に、すとんと入ってきた。
「相手の喜びが、自分の喜びになる。たとえ肉体的に困難を抱えていたとしても、心が満たされれば体もそれについてくる。心と体は不可分であり、分けて良いことはない」
東雨は黙って頷いた。
「今はまだそのような時ではないかもしれないが、体の熱を否定せずともよい。それはおまえの心がそう動いているからだ。その動きは自然なものであり、豊かに人を思える証拠でもある。誇って良いことなのだ」
涙が、ポロリと東雨の両眼からこぼれ落ちた。喉の奥が痛くなった。
それは、熱い熱い涙だった。
東雨は拭うこともなく膝に落ちる雫を見た。
これでいい。
これでいいのだ。
心の中の重荷が、みるみる抜け落ちていった。
安珠の庵を訪ねてからずっと不安そうだった東雨の顔に、ようやく柔らかな笑みが浮かんだ。
「ありがとうございます」
透き通る声で、東雨は頭を下げた。
安珠もまた笑顔に戻って、柔らかな眼差しで東雨の涙を見た。
日差しがふっと緩み、風が柔らかく、部屋の中を撫でた。
わずかな薬草の香り、そして忘れていた茶の香りまでが東雨の世界に戻ってきた。
東雨と玲凛がもたらした亀池の情報は、五亨庵の政策そのものを大きく転換させた。
「まさか、温泉が湧いていたなんて」
玲陽は机案に広げた地図の上に、堤防の紐と水門の印の木片を並べながら、ため息混じりにそう言った。
ぴたりと隣に寄り添う犀星は、その手元を助けながら、なぜかうっすらと笑みを浮かべていた。怯えたような緑権の目が正面から見守り、慈圓はもう何も言わず、腕を組んで緑権の隣にどっかりと座っていた。東雨は少し離れた席で、目線だけを几案に向けた。
五人が頭を突き合わせて覗き込んでいるのは、紅蘭周辺の地図であった。
玲陽の指が地図上をゆっくりと辿った。
「太久江が東へ流れて、ここで二手に分かれ、西側が京河、東側が五江。そして亀池がここ」
そう言って、亀池を指した。
「ここに間欠泉が湧いて、そこから下流域は川の底が赤い状態が続いています」
「間欠泉で吹き出した地下水の成分が、川底を染めていたということか」
慈圓は地図を睨んだ。玲陽は頷いた。
「間欠泉がいつからなのかはわかりませんが、目立たずとも、川底では長い間、地下水が湧き出していたものと思われます」
「地下水で、川底が赤くなるんですか?」
首を傾げて、緑権は玲陽に答えを求めた。
「そういう特別な水が湧くことがあるんです」
緑権は、その水はどんな味がするのだろうと考えた。
「しかし、問題だな。そのようなみずでは、ここで魚を育てるのは難しくなる」
慈圓の言葉に、全員が同じことを想像し、沈黙した。
宝順は、最初から、知っていたのではないか。
五人の視線が空中で重なりあった。
それからまた、同時に地図に目を落とした。
「この状況を、どうにか逆手に取れないものか」
慈圓の声には、負けず嫌いの気配があった。
「このままやられっぱなしなんて、面白くありません」
緑権が恐れ多くも皇帝に喧嘩を売った。玲陽も引き下がるつもりはないらしく、鋭い目を見せた。
「特殊な状況ですが、こういう時こそ、兄様の出番です」
言いながら、犀星を見た。迫力のある期待の眼差しだった。
犀星はそれを受け止め、口を開いた。
「湯屋を開こう」
「やっぱり!」
東雨は大声を上げてから、呆れたように微笑んだ。
「若様なら、そう言い出すと思ってました」
慈圓はにっと笑い、緑権は心配そうに眉を寄せた。
「でも、伯華様。亀池のあたり、人通りもないですし、化け物が出るって噂もありますし……誰も寄り付きませんよ」
「亀池ではない」
犀星は、続きを辿るふりをして玲陽の指先に触れ、亀池から川の流れを追った。
「伍江は下って、南東の宿場に至る」
「そうか」
東雨が目を輝かせた。
「ここは陽様のおかげで、直轄の許可が下りましたから、若様の好きに出来ますね!」
誇らしげに、東雨は犀星を見た。犀星は頷くと、
「今はまだ開発途上の町ではあるが、もともと旅人が行き交う場所だ。都から距離もほどよく、湯治客も見込める。需要はある」
犀星の言葉は、一言一言に力がある。突拍子のないことを言っても、皆それを素直に受け入れてしまうのだ。
「川の水を使うんですか?」
緑権は身を乗り出して、地図を覗き込んだ。犀星は頷いて、
「魚も育たず、農業用水としても使いにくいが、湯としては効能を持つ」
「なるほど」
緑権はにやりとした。
「それなら、湯屋では魚料理を振る舞いましょう」
「その魚はどこから調達するんです?」
思わず東雨が言った。
それに答えたのは犀星だった。
「予定通り、養殖は行う」
犀星は堤防を示すための紐で輪を作り、亀池の上流に一つ置いた。
「亀池は養殖には使えないことがはっきりした。間欠泉の混じらぬ上流に、新しく池を作る」
緑権の顔が明るくなった。犀星は更に、
「ただ掘り起こすのではない。東雨、この辺りは地面の下は?」
「泥炭、ですか?」
東雨は小首を傾げた。
「それが、どうしたんです?」
「ああ、そういうことですね」
玲陽が気付いて、声をあげた。
「泥炭は、乾かせば薪にも勝る燃料になります」
「燃料?」
東雨は話の流れから、ハッと先が読めた。
「湯を沸かす燃料、ですか?」
「そうだ」
犀星は亀池よりも上流のあたりを指先で叩いた。
「ここに新規の池を掘り、泥炭を得る。それを乾かし、五江の水運を使って宿場町まで運搬する。そこで、湯を沸かす燃料に使う」
玲陽が一つ一つを確かめながら、
「新しい養殖池、魚、泥炭の燃料化、水運による運搬経路の整備、温泉水、湯屋……全てがつながりますね」
「相変わらず、とんでもないことを考えるお人だ……」
慈圓が嘆息した。
理屈は通っているが、その発想の規模はなかなかに挑戦的だ。東雨は興奮気味に目をしばたいた。
犀星は仲間たちを眺め、
「危ない橋かもしれないが、渡ってみないか」
いたずらな笑みを見せた。
この笑顔を見せられたら、乗らないわけにはいかない。
四人とも力強くうなずいた。
こうして、宝順帝から投げかけられた食料確保のための魚の養殖は、湯屋の経営という副産物を生み、五亨庵には珍しい金をにつながる政策となって、前へと動き始めた。
話が一区切りすると、東雨は内扉から顔を出し、近衛詰所を覗いた。長榻に座ってぼんやりしていた湖馬と目が合った。東雨はにっこり笑い、湖馬はわずかに戸惑ってはにかんだ。
「か、会議は終わったのか?」
事前に事情を聞いていた湖馬は、気まずさを隠すように尋ねた。
「はい、面白いことになりそうです」
「面白いこと?」
「まだ、内緒です」
東雨は片目をつむって、唇に指を当てた。それだけで、湖馬はすっかり動揺し、背筋を伸ばして正面を向いて固まってしまった。
湖馬の気持ちを知る由もなく、東雨は両手足を思い切り伸ばした。新しい期待が、この五亨庵から国中に広がっていく気がした。初夏の風が気持ち良く、東雨の前髪を撫でた。
東雨は厩舎に向かうと、一頭ずつ、丁寧に馬の世話を始めた。
いたわるように順に額を撫で、濡らした藁で丁寧に体を拭いてやった。乾いた布で毛並みを整え、蹄の状態を確かめた。井戸から水を汲んで水入れに注ぎ、飼い葉は柔らかく手揉みし、塩の欠片を添えて餌台に並べた。
手を添えて優しく声をかけながら、東雨は終始笑顔だった。
馬たちは皆おとなしく東雨のするに任せ、時折、安心したように鼻を鳴らし、顔をすり寄せた。
近侍と言うより、見事な馬丁である。悲しいかな、これが、東雨の現在位置であった。
その姿を、湖馬はじっと目で追っていた。
一通りを終えて、東雨は濡れた手を拭きながら、湖馬の隣に腰掛けた。
「俺、なんだか、政治ってやつが楽しくなってきました。若様と一緒なら、国も動かせそうです」
すぐ隣で生き生きと語る東雨を、湖馬は直視できないでいた。近くはないが、過剰に緊張してした。
「若様から学ぶことは本当にたくさんあって……いつか、俺もちゃんと意見が言えるようになれたらって……」
黙り込んでいる湖馬に、東雨はすまなそうに眉を下げた。
「すみません、まずは、湖馬様に教えていただいていること、ちゃんとできるようになるのが先ですよね」
「いや、そんなことは……」
湖馬は慌てて手を振った。
少し前から、東雨は湖馬に近衛の動きを習っていた。湖馬の教え方は丁寧すぎるほど丁寧である。人の良い気性に懐いて、東雨は素直に湖馬の話を聞いていた。涼景が相手では、こうはいくまい、と、内心、複雑な思いを抱きもした。
「俺、全然だめですね」
東雨は首を振った。
「教えていただいた通りに試してみるのですが、思ったように体が動かなくて。正直、ここまで自分が鈍いとは思っていませんでした」
「祥雲はよくやっているよ」
湖馬は東雨を見ないまま、笑った。一生懸命な東雨に、湖馬はさらに好感を募らせていた。
「俺、頑張りますので」
黒い大きな目が、真摯に湖馬に向けられた。
だから見捨てないでください、といわんばりのきらきらする目に、湖馬は思わずぶるっと体を振るわせた。
官位は東雨の方が上である。だというのに、どこまでも東雨は謙虚だった。
東雨は、陽の光にきらめく小径の景色に目を向けた。
湖馬は黙ってその横顔を盗み見た。白い頬にかかる黒髪は艶を帯び、良い香りがする気がした。結い上げた後ろ髪が長く背中に垂れ、馬の尾よりもしなやかだった。うなじがさらけ出され、柔らかそうな後毛が風に揺れていた。思わず、襟から覗く肌に視線が流れ、湖馬は小さく喉を鳴らした。
涼景から、東雨の指導を任された時は、内心、飛び上がるほど嬉しかった。涼景は湖馬の甘い気持ちを知っている。背中を押されているようで、湖馬は勇気が湧いた。
「な、なぁ、祥雲」
東雨はぼんやりしたまま、湖馬を振り返った。
湖馬は引きつった笑みを浮かべた。頭を掻き、ごまかしながら横を向く。どうにも照れくさくて、まともに東雨の顔を見ることができなかった。事情はどうあれ、話をする機会は存分にあるのに、深く踏み込めない自分の性格が恨めしかった。
「祥雲がそこまで頑張るのは……やっぱり、歌仙様のため、か?」
「……え?」
軽く混乱したように、東雨の表情が動いた。その反応さえ、湖馬の鼓動を早めるには十分だった。遅れて、東雨は頷いた。
「はい。近侍には、最低限、近衛と同じ行儀が求められます……若様に恥をかかせたくないんです」
今更ながら、湖馬は東雨の犀星に対する思いの深さに胸が締まった。
湖馬も涼景に忠誠を抱いているつもりではあるが、それはあくまでも仕事の延長である。その点、東雨のそれは忠誠心と呼ぶには、少し違う。正確にはもっと危うく深く、個人的な感情に裏打ちされているように思われてならなかった。それはすなわち、恋と大して変わらないのではないかと、湖馬は結論した。
やっぱり、歌仙様が好きなのだろうな。
そんな考えが湖馬の頭の中をぐるぐると回っていた。素直に表情に出て、目元が揺らぎ口元が震え、そわそわとしてしまう。
東雨は不思議そうな顔をしながら、きちんと膝を揃え、そこに手を重ねて置いた。さりげないその動きに湖馬は見とれていた。
「若様に、安心して欲しいんです。俺、もっとしっかりしないと……」
東雨は唇を結んだ。目元に浮かぶ儚い痛みが、湖馬の奥を震わせた。
「……祥雲には、こういうのあまり必要ないのかも」
「それって、やっても無駄ってことですか?」
東雨は肩をすくめ、声を落とした。湖馬は焦って、
「いや、そうじゃなくて……右衛房で聞いたんだ。備拓様が祥雲のことを褒めていたって」
東雨は顔を上げた。湖馬は頷いた。
「備拓様は実力に厳しい人だ。それが、祥雲はまるで、昔の燕涼景を見るようだ、って」
突然飛び出した名に、東雨は膝の手を握りしめた。
涼景と比べられることがあまりにも意外すぎて、東雨は思考が追いつかなかった。それ以上に、思い出された横顔がやたらと鮮烈だった。
……会いたい。
そう思ってしまってから、東雨は慌ててそれを打ち消した。
「祥雲は、形を気にしなくてもいいと思う」
控えめに、湖馬は言った。
「きっと、祥雲にはそんなの飛び越えた、何かがあるんだと思う」
東雨はまた、小径に向いた。気持ちは落ち着かず、わずかに細めた目の奥に、不安定に揺れる光があった。
隣に湖馬がいることも忘れ、一人の思考に沈みこむ。犀星の面影と涼景の眼差しが東雨の心を埋めていた。さらに、玲陽の微笑みが差し込み、白い蓮章の背中が蘇った。
気持ちが、おかしい……
東雨は目尻に力を込めた。
次々と浮かんでくる記憶は、次第と白んで交錯し、ありもしない情景すら混じり始めた。体の芯が、ふつ、と熱くなる。その正体が何か知っていて、気づかないふりをした。
「そういえば……」
湖馬は目を泳がせた。
「明日の紅花祭、祥雲は行かないのか?」
「……え?」
東雨はまた、反応が遅れた。
「俺はいいんです」
何かを吹っ切るように、東雨は大きな声を出した。
「若様と陽様の邪魔はしません」
そう言って、意味ありげににっこりとしてみせた。
その笑顔に、もう湖馬は夢中だった。頬が赤くなる気がして、精一杯に平然とした顔を作ってみるが、どうにも無理があった。東雨は気づくこともなく、
「若様は、ずっと陽様と一緒に行きたがってました。もちろん口では言いませんけど、見ていればわかります」
そう、自分は誰よりも見ていたのだから。
東雨は、引きつりそうになる口元を意識した。湖馬は恐る恐る、
「歌仙様は、承親悌のことが……その……」
最後は言葉を濁した。東雨は一つ、頷いた。
「もちろん。若様には、陽様がすべてです」
東雨の声はわずかに掠れていた。
そう、言い切るのか。
湖馬は、苛立ちとも安堵ともつかない喧騒を胸に感じた。
犀星の本音など、態度からいくらでも透けて見えた。それは湖馬にすら容易にわかることであった。だが、東雨の気持ちを思うと、素直に肯定できなかった。
東雨は、そっと首を傾げた。
「湖馬様は、紅花祭に行ったことがあるんですか?」
「……去年、歌仙様の警護で一度だけ」
東雨は上目遣いに湖馬に向いた。好奇心に輝く瞳に、湖馬は釘付けだった。
「紅花祭って、どんな感じなんですか? 俺、行ったことないんです」
「ええと……」
湖馬は少しでも期待に応えようと、必死に言葉を探しながら、
「祭の間は、花街中が本当にきれいに飾られていて……色とりどりの布や紐が揺れて、街がひとつの花みたいに思える。人も、たくさん集まる。都だけではなく、近隣からも……」
湖馬は次々と、自分が見た限りを丁寧に話してくれた。
東雨は、その一つ一つに熱心に耳を傾けた。まだ見たことのない祭りの景色が、目の前に浮かぶようであった。
華やかな街で、犀星と玲陽はどんな顔で笑うのだろう。祭りよりもむしろ、その顔が見たかった。
東雨の胸の奥に、針の先で突いたような焼けつく思いが生まれた。
それは嫉妬と呼ぶにはあまりに幼く、憧れと呼ぶには程遠い、離れて大切にしておきたい気持ちだった。
話しの最後に、湖馬は一つ、つけ加えた。
「契り紐って知ってるか? 花町の風習なんだ。一本の紐の端を、相手の手首に結ぶ。結び合った二人は、二度と離れることは無いという願掛けなんだ」
東雨はとっさに、自分が誰かの手首に、紐を結ぶ想像をした。同時に、その人が誰であるのか知るのが怖くて、考えることをやめた。
湖馬の目は、そんな東雨の心のさざ波すら愛しむように、静かに向けられていた。だが、その切なさに東雨が気づくことはなかった。
然韋が忠誠を誓う宝順帝。
しかしその権威は、決して盤石ではない。宮中には、凡庸かつ冷徹な統治を快く思わない者たちの気配が常に蠢めいていた。静かな不満のうねりは、三年前、北方の国・千義との戦乱の最中に、宮中の内乱となって吹き出した。
第一親王・長雀は、皇位をめぐって、宝順帝と、第一皇位継承者である夕親王に弓を引いた。もう一人の皇位継承権を持つ玲親王は宮中にはおらず、難を逃れた。
当時、宮中では然韋率いる禁軍と、英仁が指揮する左近衛、そして、涼景不在で英仁の指揮下にあった右近衛が守りに当たっていた。
長雀は己の私兵を中心に、奇襲をもって夕泉の奏鳴宮を襲った。
長雀の動きを察知していた然韋は、英仁と結託した。
事前に夕泉を天輝殿に移し、禁軍で守りを固めた。次に、英仁率いる左近衛と右近衛が動き、長雀親王の軍勢を迎え撃った。
西側、白虎門から始まったこの争いは、函の歴史において数少ない、宮中を戦場とした乱戦となり、多くの貴人たちにも被害が及んだ。
長雀の私兵と、それに同調する民間人を交えた部隊は、白虎門を外側から打ち壊し、中央区に流れ込んだ。暴動の波が目指したのは天輝殿だった。
英仁は進路上にあった矢倉を拠点に兵を指揮した。善戦したものの、不幸にも戦いの最中に致命傷を負い、その場であっけなく命を落とした。軍を引き継いだ備拓が劣勢を押し返し、最後には反乱軍を門まで後退させることに成功した。
北方前線に出ていた涼景は、この乱を聞きつけて軍の一部を率いてとって返し、内部の備拓と協力して、門の外と内から挟み撃ちとした。こうして、長雀親王の皇位略奪を求めた反乱は、半月の混乱の末、英仁の死という悲劇を残し、幕を下ろした。
この一件は、千義との二年に及ぶ戦いに疲弊していた人々の心をさらに暗く追い詰めた。不安を煽るように、武器や火薬、食料が、高い値で取引された。誰より民心に敏感だった玲親王は、このことを憂慮し、自ら涼景に願い出て前線へと赴いた。
犀星はそこで、大規模な最終作戦に加わり、結果的に政治的駆け引きによって千義との休戦へと持ち込むことに成功した。
玲親王のこの働きは、民衆に安堵をもたらすとともに、その人気を不動のものとした。
それは、次なる乱れへとつながる危険な布石にも思えた。
成功を得た者が次に考えること、それは決まって権力の保持と安定である。
玲親王に出世の意思がないらしいと言う噂は、前々から宮中で知れ渡っていた。
有能でありながら、権力に無欲な末弟。
だが、皇帝を守る身として、然韋は決してそれを楽観視することはできなかった。
親王には、五亨庵がある。
かの地は、古より力が集まる場所として、陰陽に関わるものにも一目をかれる遺跡だった。
そこを根城とし、さらに皇帝の寵愛も得る涼景を傍に置き、自分自身も美貌と才知によって民心を得る政治を続けている。
五亨庵は決して侮ってならない相手だ。
警戒はしつつも、然韋には、五亨庵に手を出すことはためらわれた。
かつて、生まれたばかりの玲親王を都から逃し、十五年後、強く望んで召喚したのは、然韋の最愛の主人・宝順の意思である。宝順を重んずれば重んずるほど、然韋は玲親王を厚遇しないわけにはいかなかった。
実際、玲親王自身も然韋に対し丁寧に接し、礼を失することはなかった。宝順のいかなる命令にも誠意を表して応える姿勢は、従順な臣下そのものだった。
だが、気になる。
然韋は石畳の向こうに目を向けた。
五亨庵には慈玄草がいる。慈圓は事あるごとに宝順に諫言し、その意思を正そうとしてきた人物だった。
己に対し正論を突きつけてくる慈圓は、宝順帝にとって目障りで扱いにくい相手に他ならなかった。その慈圓が今もなお五亨庵にあり、政治の要職にある以上、玲親王を掌握し、どのような策謀を巡らせないとも限らなかった。
玲親王の氷の仮面のしたに、いかな素顔が隠されているか、それを読み解くのは容易いことではなかった。
五亨庵のすることは、いつも想像を超えてきた。
昨日は、玲親王の直轄地となった南西の宿場に、新たに湯治場を建てるとの申請も出されていた。その裏にどのような思惑があるのか、計り知れなかった。
慈圓と涼景。この二人が揃って味方する以上、玲親王は宝順にとって安全ではない。
然韋は常に、五亨庵の動きに敏感だった。
一つ、糸のほつれ目を見つけたならば、そこからすべてを引き摺り出す。
今の世が、宝順帝をどう裁こうと、然韋には己の信念に殉ずる覚悟があった。
忠実な臣であり、宝順を思う然韋と心を同じくする者が、もう一人いた。
弟・夕泉親王である。
今日も、訪問の予定が告げられていた。
日の光が溢れる天輝殿の階は、いつもより白く輝いて見えた。
展開して警備に当たる部下たちの動きを視界に捉えながら、然韋はじっと遠くに目を向けた。
夏が近づき、緑が日々、色濃さを増した。蝶が少なくなり、代わりに蝉の声が絶え間なくなった。
ふと、然韋の胸に昔の情景が重なって見えた。
然韋が初めて宮中に上がったのは、十二になったこの季節だった。
武官の家に生まれ、ひたすらに皇家に仕えることを教えられてきた。
いつか自分の主を持ち、その忠義のために身を捧げることが、幼い然韋の思い描く輝かしい未来だった。
自ら望んで武の道に入り、時の皇帝・蕭白に仕えた父とともに宮中の一切を学んだ。父は周りに信頼され、皇帝の情愛も受けた大人物であった。
その背中を追いながら、然韋もまた必死に励んだ。
その頃、彼が仕えることになる親王が、正式に継承者として世に出た。
のちの宝順帝、齢九つの少年だった。
宝順を前に、己の未来を夢見た感動は、夏を迎えるたびに鮮やかに蘇った。
深く記憶に浸っていた然韋は、馬のいななきに我に返った。見つめる道の先に、左近衛の隊列が見えた。
先頭を行く備拓の黒い馬。それに続く二列の騎馬隊。
騎馬の中央に守られた帳車は、夕親王のものである。柔らかな薄い緑の天蓋が、木の葉よりも優しく揺れていた。
軽快な馬蹄の音は石畳に響き、それは然韋だけが見ることを許された美しい式典のようでさえあった。
備拓率いる隊列が、天輝殿の階の下に到着した。
然韋は段を降りた。
その頃には、然韋の背後に禁軍の兵たちが整然と並んでいた。
近衛が丁重に帳車に歩み寄ると、踏み台を置き、静かに戸を開いた。
音もなく、墨色の絹の靴が伸ばされ、台を踏んで、夕泉が姿を現した。
その場の皆が、一斉に首を垂れた。
薄い銀色の袍に同色の裳を身ににつけ、帯には濃いめの銀鼠、眩しく白い艶のある紐が締められていた。百合の形に開いた袖から、白檀の扇の端が覗いてた。口元を覆う面纱の玉飾りは日の光を弾いて七色に光輝くようであった。
夕泉は常に物静かで政治の表舞台に出ることもなく、軍事に口を挟むこともなかった。
しかし、宝順を思い、その安寧を願う心は、然韋に勝るとも劣らない。十日を空けることなく、奏鳴宮から天輝殿へ足繁く通うのが、夕泉の習いとなっていた。
備拓は先に立って夕泉を案内してから、慣れた様子で脇に避けた。
左近衛の務めはここまでだった。
互いに頷き、夕親王の警護が然韋に移った。天輝殿より先は、禁軍に全てが委ねられる。
然韋は丁寧に頭を下げた。
夕泉は、宝順の敵ではないと心得ていた。
しかし、同時に、心を許すことはない。
宝順と一歳違いの夕泉を、然韋は幼い頃から知っていた。利発だった宝順に比べ、奥底が見えない薄気味悪さを、然韋はこの日陰の親王に抱き続けていた。それは、年を追うごとに更に影を濃くするようだった。
「兄上はいかに?」
夕泉は待ちかねた声で、然韋に尋ねた。
「陛下はただいま、午前の謁見に応じていらっしゃいます。しばらく、庭でお持ちくださいますようにとの仰せにございます」
然韋は階を上がり、左に折れた。石の回廊をめぐり、中庭へと案内していく。
周囲を高い城壁で囲まれた、複雑に入り組んだ通路と階段。然韋は夕泉の前を歩きながら、背後に決して油断はしなかった。夕泉の後ろから、然韋の腹心が同様に厳しい目で従っていた。間に挟まれた夕泉だけは、どこか、くつろいだ空気をまとっていた。
然韋は胸がざわついた。
夕泉は宝順をいたわりこそすれ、傷つけることはないと承知していた。だが、その有り様は、涼景同様に、然韋には許し難かった。むしろ、兄弟であるぶん、夕泉の罪の方が重いとも思われた。
誰もが、陛下を利用する。そのお心に漬け込む。
然韋はひたすらに宝順を思い、案じ続けていた。
夕泉たちの姿が消えると、すぐに禁軍が入り口に立ち並び、人の柵を作った。
備拓は心の中で息をついた。然韋も、夕泉も、遠い存在のような気がした。
時を分けず、宮中には様々な思惑が交錯する。
誰が誰を信じ、誰が誰を利用し、誰が誰を切り捨てるのか。それは誰にもわからなかった。
その策謀の渦には、個人の願いなど酌量されはしない。
一言の呟き、一つの仕草、視線の動き、それで全てが簡単に崩壊するのだ。
真に心許せる友は、宮中では得られない。
備拓は長く、それを噛み締めてきた。
かつて仕えた英仁もまた、確実に見えない力に犯され、晩年はひどく歪んでしまった。
そんな英仁を、夏史は信頼し、己を賭けた。
そしてその夏史もまた、いつしか壊されてしまった。
すべてが終わった今も、備拓には夏史が全てを一存で行ったとはとても思えなかった。何かに取り付かれたような夏史の動向は、間近で見ていた備拓にも不可解だった。
備拓は部下たちを振り返った。
左近衛を門前の詰所で休ませ、馬上で備拓は、先日の玄武池での出来事を思い出していた。
夕泉が、状況が不透明な中で、その場を動かぬと言った時、備拓は強く撤退を進めることができなかった。
長く染みついた宮中の習慣のためと、思いたかった。だが、本当の理由は、己の保身ではないのか。怒りを買い、失うことに怯え、諫言をためらった。
あの場は夕泉の身の安全が優先だったはずだ。己の権力が散ることすら恐れずに、行動を起こすべきであった。自分の至らなさは、夕泉だけではなく、部下たちをも危険に晒した。
いつから、これほど臆病になった?
儀礼を重んじると言えば体裁は良いが、実際には意気地がなかったのだと、備拓は自分を嘲った。
あの時、まるで備拓の弱さを見抜いたように、若い五亨庵の近侍は、夕泉に対し言い放った。
夕泉一人が残れば良い、周りを巻き込むな。
直属の臣下である備拓にすら、はばかられる暴言だった。そして皮肉にも、まことの忠臣であればこそ、言うべき諫言であった。
あの青年には、それができた。
備拓は、東雨の決意に満ちた面差しを思い出した。
あの言葉の裏には、主人への厚い敬愛があった。夕泉の悲劇は、犀星の悲劇である。
そのたったひとつの思いが、あの青年に、あの言葉を叫ばせたのだ。
厳格に生きてきた備拓にとっては、初めて見る荒れた場面あった。官吏同士の罵り合いは、飽きるほどに目にしてきたが、皇族に対する暴言を聞いた事は無かった。
なにより、備拓をじわじわと追い詰めたのは、言葉そのものではなかった。
犀祥雲の胆力、冷静な判断と迷いなき行動、うちに秘めた主人への愛。
玲親王が危険を冒して宝順を策に落とし、法の網をかいくぐり、自ら侍童殺害という冤罪を負いながら、それでも守りきったのは、あのような人物であったのだ。
裏を返せば、玲親王にとって祥雲は、それだけのことをする価値のある人間だったということの証明だった。さらに、その愛を受けたからこそ、祥雲は一層、身を投げ出して玲親王に尽くすのだ。
愛し、愛され、応え、信頼する。
宮中において人とのつながりほどもろく、儚く、頼りないものはない。毒とはなっても、薬とはならぬ。鎖とはなっても、暖かな糸とはならぬ。
だというのに、五亨庵ではその奇跡が確かに現実になっている。
それを目の当たりにした備拓の心には、玲親王と祥雲との深いつながりが、生涯忘れることのできない記憶として刻みつけられた。
犀星と祥雲。そして、玲親王と涼景。
五亨庵とは……
備拓は、天輝殿を振り返った。
夕泉は今夜、兄と過ごすことになっていた。
夜になれば、左近衛はこのまま、天輝殿の夜間勤務に入る手筈だった。
備拓の年と苦労を重ねた顔に、表現しがたい哀愁が浮かんだ。
禁軍、夕泉、左近衛。
清々しい初夏の日差しの下で見えた宮中の暗い影の一部始終を、慎は木立の陰から覗き見ていた。
蓮章は午後から、犀星たちの警護で花街へ行く。当然、自分も隠れて同行するつもりである。準備で手が離せない蓮章に代わって様子を見に来た慎は、思いがけない場面に出くわし、苦虫を噛み潰した。
夕泉が天輝殿に入るとき、決まって良くないことが起こる。
一応、リィに知らせておくか。
五亨庵へ向かおうと、茂みの中を歩き出した慎は、数歩のところで再び立ち止まった。腰を落として身をひそめる。
右衛房の方角から、落ち着いた身なりの涼景が一人、歩いてくるのが見えた。
思わず、慎の顔が毒でも吐くのではないか、という歪み方をした。
涼景が、一人で、徒歩で、天輝殿へ。
これが最悪を意味することを、慎はよく知っていた。
リィに……知らせられるものか!
慎は唾を吐き捨てた。
優しい安珠を前にしても、東雨は長いこと、言葉が思いつかなかった。
伝えたいことははっきりとしていて、あまりにも単純である。
しかし、それをどのように説明したらよいかとなると、難しい問題だった。
初夏の白い光が、安珠の小さな庵の中に優しいぬくもりを注ぎ込んでいた。
寒くもなく暑くもなく、湿ってもおらず、肌はピリピリするような乾燥も感じない。
安珠は黙って、少しまどろむように座ったまま、東雨の言葉を待っていた。膝の前に置かれた茶は、とうに冷めていた。
せかせることもなく、話題を出すこともしない。
ただじっと東雨の心の準備が整うのを、温かに待ってくれた。
東雨は数を数えるように呼吸した。
それからようやく、指先で膝を強く掴みながら、安珠の襟の合わせのあたりを見つめて、口を開いた。
「とても恥ずかしいのですが……」
声は、それを聞くだけで、本当に言いにくいのだとわかるほど、上ずっていた。
「わしは医者だからどんな話でも聞くし、安心して話してくれていい」
安珠の言葉に、東雨は自信なく頷いた。
「安珠様のことは信頼していますし、そういうものなんだろうと思うのですが……でも、なんと言っていいか言葉に迷います」
「一番使いやすい言葉を使って、話してごらん」
「でも、失礼があったりしてはいけませんので……」
「何を言っても、失礼ということはない。先に約束しよう。安心して話してみなさい」
「……わかりました」
東雨は大きく息を吸い、長くそれを吐いた。目線は上げられなかったが、声は少しだけ張りを取り戻していた。
「あの、冬の大怪我が過ぎてから……」
東雨はゆっくりと話し始めた。
「俺の体は、少し調子を崩しています」
「あれだけの傷を負ったのだ。そうなってもおかしくない。おまえが悪いわけではないのだよ」
安珠の優しい相槌に、東雨は、少し肩の力が抜けた。
「体力は、もともとそんなにないですけど、でも、だいぶ楽になりました」
「歌仙様も気にかけてくださるか?」
「はい。大事にしてくださいます」
大好きな犀星の笑顔が思い出されて、東雨は膝をぎゅっと縮めた。
「痛みもまだ続いてますが、俺の周りには古傷を抱えている人が多くいて、助けてくれます。どうにかやっていけそうです」
「そうか、それは心強いな」
「はい」
東雨は、先に言うべき事は言った、と一度呼吸した。そして視線を横にずらした。
「問題はそこじゃなくて……」
話そうとしても、言葉が喉でつかえた。
それを見て、安珠の柔らかな顔が、喉の奥から東雨の言葉を引き出してくれた。
「情動に関わることかね?」
東雨は迷いながら顔を上げた。
かすり傷に優しく軟膏を差し出すような、よく見る安珠の顔だった。
東雨が、黙っていると、安珠はそのまま続けた。
「おまえくらいの歳だと、色々と心に合わせて体も動くだろう。だが、おまえの傷では、自分でどうすることもできない。体の内側に熱が溜まり、それを冷ます術もない」
東雨は唇を噛んだ。
見るもの、聞くもの、思うこと。その全てが体の中に溢れ、逃げ場を失って、自分自身を翻弄するのだ。
「もしかしたら、そんな生きづらさを背負っているのではないかと案じていたのだ」
「はい……おっしゃる通りです」
東雨は、何度も頷いた。安堵に、全身の力が抜けた。
「なんと説明していいかわからなくて」
力なく、東雨は言った。
「前はどうにかできましたけど、今はどうしようもなくて、何か方法があれば……」
安珠は黙って腕を組んだ。東雨の抱えた問題を解消するための手段は、いくつかあった。まだ恋も知らず、人との情に慣れず、そして誰よりも心優しい東雨には、何を言うのが適切か、迷うところだった。
「よく使われる方法としては……」
と、安珠が探りながら、
「気持ちを他のものに向けるのは有効だ。剣術でも家の仕事でも、書を読むことでも絵を見ることでも、楽を奏でることでも良い。心を違う方向に持って行く」
東雨は黙ってそれを聞いていたが、少し寂しそうに瞬いた。その様子から、安珠は察した。
「そのようなことは、すでに試したようだな」
東雨は、こくんと頷いた。
「それでも、うまくいかなくて」
「そうか」
安珠は穏やかな顔のまましばらく考えると、心を決めたように東雨の目を見た。
「これからわしが話す事は、少し難しいかもしれないが……」
東雨は真剣な目で、安珠を見返した。
「いずれ、おまえの助けになるかもしれないから、知識だけは伝えておこうと思う」
言いながら、安珠は笑顔から真面目な顔へと切り替えた。語り口調も深刻さが増した。
「はい」
背を伸ばし、東雨は一つ息を飲んだ。
「今すぐにとは言わぬが……」
安珠は一言、前に置いてから続けた。
「もし、おまえがいつか、思いの通じ合う相手と出会い、寄り添えた時、その体の熱も自然と収まる」
思いの通じ合う相手……
いつか自分にも、そんなことが起きるのだろうか。
東雨の脳裏を、様々な出来事が駆け抜けた。最後に残ったのは、遠くを見つめる涼景の横顔だった。
東雨は左右に視線を動かし、それからまた安珠に戻した。
「おまえの心が、その誰かと響きあった時、おまえの体も響き合うのだ」
それはとても抽象的だったが、なぜか東雨の心に、すとんと入ってきた。
「相手の喜びが、自分の喜びになる。たとえ肉体的に困難を抱えていたとしても、心が満たされれば体もそれについてくる。心と体は不可分であり、分けて良いことはない」
東雨は黙って頷いた。
「今はまだそのような時ではないかもしれないが、体の熱を否定せずともよい。それはおまえの心がそう動いているからだ。その動きは自然なものであり、豊かに人を思える証拠でもある。誇って良いことなのだ」
涙が、ポロリと東雨の両眼からこぼれ落ちた。喉の奥が痛くなった。
それは、熱い熱い涙だった。
東雨は拭うこともなく膝に落ちる雫を見た。
これでいい。
これでいいのだ。
心の中の重荷が、みるみる抜け落ちていった。
安珠の庵を訪ねてからずっと不安そうだった東雨の顔に、ようやく柔らかな笑みが浮かんだ。
「ありがとうございます」
透き通る声で、東雨は頭を下げた。
安珠もまた笑顔に戻って、柔らかな眼差しで東雨の涙を見た。
日差しがふっと緩み、風が柔らかく、部屋の中を撫でた。
わずかな薬草の香り、そして忘れていた茶の香りまでが東雨の世界に戻ってきた。
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