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第二部 紅陽(完結)
7 五亨庵
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玲陽が紅蘭での暮らしに溶け込み始めた頃、雪はすっかりと町の景色を変えていた。
初めて味わう雪国の冬は、玲陽には厳しい。彼は持ち前の熱心な性格を駆使し、常に効率的に環境改善にあたった。
一番先に玲陽が手をつけたのは、暖をとることだった。適した着物の選び方、火鉢を置く位置と高さ、効果的に火を焚く時刻と長さ、部屋の換気の道筋に薪と炭の割合。また、同時に湯を沸かしたり、干物を炙ったり、体が温まる茶を研究したりなど、あらゆる方面に関心と努力が注がれた。
温まる。
たったそれだけのことに、ここまでの労力を傾ける玲陽。東雨が尊敬の眼差しを送ったことは、言うまでもない。
次に玲陽が着目したのは、毎日の食事だった。一年中温暖な歌仙とは違い、紅蘭は四季の変化が豊かである。季節ごとの特徴的な食材や、厳しい冬にそなえた加工方法、凍結を防ぐための保存の仕方、体を温める料理、薬膳、燃料を節約して調理する工夫など、こちらもあらゆることが対象となる。
食べることに関しては、東雨は非常に協力的だった。
玲陽と東雨は、よく二人で市場に出かけた。
初めはあれほどの警戒体制で挑んだ市場行軍が、いまは気軽で楽しいひとときだった。
市場の人々は玲陽のことを、親しみを込めて『悌君《ていくん》』と呼んだ。これは、玲陽が犀星の弟であること、礼儀正しい人柄であることから、自然と広がった呼び名だった。玲陽も最初は恥ずかしがりながら、それでも呼ばれると、はい、と小さく返事をした。
そんな玲陽の変化はもちろんのこと、東雨は『光理様予算』として犀星から生活費の増額があったことが、さらに嬉しかった。犀星は玲陽のためとなれば、ありえないほどに甘いのだ。
家のことを玲陽と東雨が引き受けてくれたため、犀星はその分、本来の仕事に打ち込むことができた。
涼景が警備の合間に、五亨庵の留守役から文書を預かって、屋敷に持ち込んだ。馬の鞍に括り付けた箱いっぱいの木簡の山は、間違いなく犀星に対する当てつけだろう。運び役となった涼景でさえ、慰めの言葉をかけることもできずに、玄関先で、では、と箱を置き去りにしたくらいだ。
これ、焚きつけにしていいですか。
箱の中を覗いて、東雨は大真面目に呟いた。犀星も、遠くを見ただけで何も言わなかった。
留守役の慈圓は、なかなか顔を出さない犀星に、ずいぶん焦れていると見える。
涼景を通じて、こちらの状況は五亨庵に伝わっている。そのため、玲陽の病状を案じて直接訪ねてくることはないのだが、犀星に対しては容赦がない。
犀星は私室にこもると、大量の書面に目を通し、一つ一つ的確に返答をつけた。
中書侍郎を勤めていただけのことはあって、慈圓が作る書類はわかりやすく、無駄がない。おかげで、決裁だけであれば即座に済ませることができた。
慈圓が抱える宮中の情報は、まさに生き字引という膨大さだった。官僚の経歴や実力、人間関係にとどまらず、彼らの弱点ともいうべき過去の疑惑や性癖に至るまで、その全てを知り尽くしていた。
それらを駆使し、理詰めと容赦のない語り口で、交渉においては負け知らずの強者である。犀星のやや奇抜な政策を実行するためには、彼の巧みな政治手腕が欠かせなかった。
その慈圓が、策略家として天塩にかけて仕込んだのが、犀星である。犀星はすんなりと慈圓を受け入れ、宮中での手管を学んできた。
基本的に、大胆に物事を進めることが多い犀星だが、慎重になる場面もある。たとえば、周囲からの依頼、要望、苦情の項目などだ。このような案件の心情的な配慮は、慈圓ではなく、犀星に一任されていた。
表情が乏しく、感情を持たないのでは、という噂まで立てられる犀星だが、それは真実ではない。実のところ誰より繊細に対応する力があることは、あまり知られていなかった。
手元に届いた案件のほとんどは、民衆から寄せられたものだ。正式にまとめられた訴えに、犀星自らが市中で相談を受けた事柄、最近の人々の関心ごとなどを加えて対策を練る。今までの経緯と今後の展望を多角的に考え、結論を導く。すぐに解決できない問題については、必ず代替え案や一時的な対応を示し、継続して問題解決にあたるための道を示した。
犀星のそのような政治手腕の根幹は、犀遠が領地をおさめる姿を見て、自然と身についたものであった。
慈圓からは理論武装を、犀遠からは人心に寄り添う精神を、犀星は自分のものとして身につけていた。
慈圓は、犀星にしかできない英断を求めるからこそ、憎まれることを覚悟の上で仕事を届けさせるのである。
緊急性を要するものとしては、燃料の問題が浮上していた。作物が不作だった影響で、冬にかけて、あらゆる商品の物価高騰が懸念されている。特に冬は薪の使用が欠かせない。これが不足したり、高値で手がでないとなると、直接、命の危険につながる。
犀星は、宮中の地図を頭の中に描いた。持ち主の没落などの理由で放置されている空き家が、数多くある。そのままでは倒壊の恐れもある危険な『木の塊』を、燃やすことはできないだろうか。犀星は、対象となる建物の洗い出し、建材の丁寧な分別や解体の方法、薪として配布するための流通網などにも触れ、慈圓に返事を書いた。あとは、慈圓と、もう一人の官吏である緑権が動いてくれるだろう。
内容の多くは、さほど機密性のあるものではない。
しかし、中には官吏たちの裏の事情や、時には宝順帝に対する謀反の疑いなど、穏やかではないものも混じる。犀星はどれに対しても真摯に向き合い、熟考を重ねて草案を作った。そして、何故かというか、やはりと言うべきか、すべてを玲陽にも見せた。
東雨はたまらず、苦く笑った。
自分にだって見せてくれないのに……
そこまで思って、東雨は、まぁいいかとやめた。見たところで、どうせ自分にはわからないだろう。それに、と東雨は考える。
光理様は、これから五亨庵で働くはずだ。
犀星が玲陽を屋敷に残して、一人で出かけるなど想像もつかない。どう考えても一心同体である。
それは、東雨にとって、あまり愉快な話ではない。
そうなるだろうと予想はしていたが、いざその時が来ると、どうにも気持ちが落ち着かなかった。
自分がどのように振る舞えばいいのか、少しずつわからなくなっている。原因は間違いなく、犀星と玲陽の関係性にある。それが気に入らないのだと言うことを、東雨は最近ようやく自覚していた。
だが、もしかしたら面白くなるかもしれないと、東雨は意識して楽観的に考えた。
賢い玲陽が加われば、新しいことが始まる気がした。
玲陽は、飲み込みが早い。専門的な都でのあれこれ、人間関係、時事的なことがらについて、一度聞けば覚えるし、一度読めば忘れない。
さらに、それらを自分の言葉で理解し、説明することもできる。難しいことも玲陽の説明であれば東雨は理解できた。この点が東雨にとって一番の大きな利点である。何しろ犀星はとにかく話をしない。自分だけが理解して、東雨には何も言わない。尋ねたところで、大した答えは期待できない。
長い間、言葉の足りない主君に仕えてきた東雨にとって、丁寧にわかりやすく話をしてくれる玲陽は本当にありがたい存在だ。
五亨庵には……いや、俺には光理様が必要だ。
必要、と考え、利用するのだ、と思い直す。
東雨の気持ちは、いつまでも、大きく揺れる振り子のようだった。
……今はまず、元気になってもらわなければ。
まだ時々不安な顔を見せる玲陽のそばに寄り添って、あれこれと安心させながら、東雨は関係を深めていた。
時々ふと、宝順帝のことがよみがえる。
……これで、いいんだ。俺は、間違ってない。
東雨は心の中で強く自分に言い聞かせた。
時は過ぎ、玲陽が都に来てから一ヶ月がたった。体のときと同じように、玲陽の心の回復は、安珠の想像を超えて早かった。まだ無理はできないが、本人がやりたいというのであれば、色々と挑戦させてもよいと安珠は言った。
ただし、必ず夜は眠らせるように、と、特に犀星に向かって、ゆっくりと含みのある言い方をした。犀星は、白檀を焚いて香らせること、気持ちの休まる茶を寝る前に飲ませること、などを答えていた。
いや、そこじゃないでしょう?
と、東雨は乾いた笑みを浮かべた。
東雨は毎朝、ある種の期待を込めて、そっと犀星たちの寝所を覗くのだが、そこには行儀よく並んで寝ている二人しかいない。こっそりと夜中に忍び込んだときも、ただ、静かに時間だけが過ぎてゆき、自分はすっかり凍えてしまった。
掃除をしますね! と、部屋に入っても、それらしき痕跡は無い。
洗濯をするので! と、寝具を取り替えても、やはり何も見つからない。
何やってんだよ、若様っ……!
と、ついには妙な気分になる。
親王という立場上、犀星の後胤に関することがらは、皇帝に委ねられている。そのため、遊女であろうと、女性との交わりは許されない。そのため、東雨のような存在が、公式にあてられている。
だが実際、その配慮は必要なかった。もともと犀星は、色恋に対する情熱が薄いのだ。おかげで、夜伽役の東雨にも、一度も手出しをしたことがない。
一方、東雨は、犀星を悦ばせるため、指南役からあらゆる性技を叩き込まれた。自分から手を出さない犀星の性癖を憶測し、最近は男を抱くことも教えられた。抱き心地を損なわぬよう、手足を太く鍛えることを禁じられ、髪を切ることも許されなかった。傷が残るほどの怪我にも、気をつけている。
犀星のため、東雨なりに準備はしているが、全てが徒労におわっていた。
別に、若様と、そうなりたいわけじゃない。
寂しさを感じるのは、苦労が報われないからだ、と東雨は思うようにしている。何のために、気味の悪い男たちに体を開いてきたのだ、と、恨めしかった。
そんな中、玲陽ならばと見守っていたが、どうやらそれもないようである。
犀星のそのような潔癖ぶりに、東雨は諦めを感じ始めていた。
蓮章のようになれ、とは言わないものの、毎晩肌を寄せて抱き合って眠っているのだから、何かあってもいいではないか。いや、それが健全というものだろう。
でも、あの若様だしな。
期待するだけ無駄か、と東雨はどこか切なくなると同時に、ほっと安堵もする。
東雨にとって犀星は、どこまでも清らかな存在だ。穢れることを知らない犀星の生き方は、東雨には遠く感じられる。親王の夜伽のためと称して弄ばれてきた自分と比べ、綺麗なままの犀星は、憧れと嫉妬の対象でもある。
そんなあまりに刺激のない平和な毎日の果てに、ついに、犀星が五亨庵に戻る日が来た。
蓮章は『今あの人と顔を合わせたくないんで』と、逃げるようにして朝早くに宮中へ戻った。
玄草様に叱られるのが怖いのだろう。
と、東雨は納得した。
五亨庵筆頭官吏の慈圓は、蓮章と涼景の師匠である。慈圓は、ふたりがまだ幼かった頃に、縁あって引き取り、門弟として屋敷に住まわせながら学問を教えた。そのつながりもあって、蓮章たちはいまだに、慈圓には頭が上がらない。
犀星が偶然に慈圓を五亨庵に招き、自分の側近として仕事を任せるに至ったとき、涼景が思わずがっくりと肩を落としたことを、東雨は覚えている。そんなに怖い人なのか、と東雨は心配したが、実際の慈圓は、厳しいものの決して物わかりの悪い人間ではなかった
考え方は的確であるし、何よりも常識人だ。
……若様に比べれば、だけど。
東雨は、裏に起毛を織り込んだ袍を重ね着しながら思った。
慈圓は文官としては剛気な気性で、犀星の大胆な政策にも臆せず乗ってくる。口は悪いが、さっぱりとしていて後腐れがない。その場でどんなに叱られても、少しするとけろっとしている。
東雨は最初の頃はそんな慈圓にビクビクしていたが、今ではすっかり慣れてしまった。
その日、犀星たちは馬ではなく、徒歩で宮中へ向かった。ゆっくりと道を覚えながら、散歩がてらだ。
犀星たちの屋敷から北へ向かい、朱雀門を目指す。東西南北にある門のうち、南の朱雀門は民衆から異国の要人まで、幅広く利用する紅蘭の象徴とも言えた。
高さは、通常の民家を十も重ねたほどで、見上げるだけで圧倒される。
玲陽は近づくにつれて大きくなる朱雀門に、目を見張った。
左右に三重の楼閣をそなえた構造で、最上階には朱塗りの手すりがついた回廊がある。見張りの兵が何人か、弓を手に立っていた。それを支える基部は堅牢な石造の台座で、階段が前後にせり出し、その両側には石獅子が堂々とした風体で鎮座していた。城門の幅は、馬車が五台は並んで通っても余裕があるほどだ。
「大きいでしょう?」
と、東雨は言った。
「こんなの、想像もしてませんでした」
玲陽は驚くよりも先に、ただひたすらに呆然としている。犀星は周囲の景色などどうでもいい、と言わんばかりに、玲陽の横顔に釘付けである。
「昨年、修復が終わったばかりなので、色も鮮やかです」
東雨はすっかり、玲陽の道案内を担当していた。
「ここは宮中の南だから、朱雀門っていうんです」
「それで、鳳凰の飾りがあるんですね」
玲陽は上層の梁を仰ぎ見た。緑釉瓦で覆われ、反り上がった四隅に、陶製の鳳凰が据え付けられている。また、朱塗りの柱の至る所に、黄金の鋲が整然と打たれ、冬の午前の低い日の光に、威風を放って輝いていた。うっすらと積もった白い雪との対比が美しい。
東雨は先に立って、門の兵士に近づいた。本来なら、ここで通行証が必要となるのだが、今は犀星が一緒である。東雨は門番に、犀星を示した。
「歌仙様!」
気が抜けていた門番が、慌てて姿勢を正し、声を上げた。
「ああ。ご苦労。変わりないか?」
犀星は、歌仙親王特有の静かな、感情のない表情で尋ねた。決して笑顔を向けられたわけでも、名前を呼ばれたわけでもない。ごく普通の社交辞令だったが、若い門番は恐縮して頬を赤くする。
「はい! ありがとうございます!」
門番の返事はいささか的外れではあったが、犀星は小さく頷いて門を通り抜ける。その姿を、門番はじっと目で追いかけていた。
玲陽は一部始終を見ながら、東雨と一緒に門をくぐった。
「若様、ここでは人気あるんですよ」
と、東雨は、にこにことしている。
門の内側にも番の者がいた。犀星のことは先ほどと同様にやり過ごした。だが、玲陽の姿を見ると、眉を寄せた。呼び止めるつもりはないようだが、何者だろうという警戒の色が見える。しかし、玲陽ももう慣れたもので、にっこりと笑ってみせた。大抵、この笑顔を向けられると、相手は何も言えなくなってしまうのだ。
「光理様の笑顔は最強ですね」
東雨は嬉しそうだ。
「どんなに警備が厳重でも、光理様がにっこり笑ったら通してくれます」
「今は兄様が一緒ですから特別です」
と、玲陽が照れて言う。犀星は、門を通るときに作っていた親王の顔をやめて、玲陽のためだけの笑みを浮かべていた。
朱雀門からさほど遠くない一帯は、一般の民衆も出入りすることが許されている場所だ。ここでは商人たちが行商に来たり、宮中とのやりとりをしたり、取引のために簡単な屋台を組んだりと、活気ある様子だった。市場の延長で、犀星たちが住んでいるあたりと雰囲気は変わらない。
人通りも多く、賑わいもある。官民が入り乱れており、鮮やかな衣装も目につく。貴人の馬や輿などに混じって、商品を乗せた荷車も通る。
「今日、すぐにおまえの登録に行ってくる」
犀星は歩調を緩めて玲陽に並ぶ。東雨は、負けてなるものか、というように、玲陽の反対側に回り込んで一緒に歩いた。
「録坊で、正式におまえを俺付きに任命する。そうすれば通行証も出るし、自由に歩き回ることができる」
「それは楽しみです」
玲陽はやんわりと答えた。
「でも、ここ本当に広いですから……」
と、目を遠くへ向ける。
「こんなところ私一人で歩き回ったら、迷子になりますよ」
「それは困るな」
犀星は、あまり困っていない顔をした。
「一人で出歩いて迷子になるくらいなら、必ず俺と……」
「若様、そうやってまた光理様を一人占めにする気でしょう?」
と、東雨が横から、意地悪なことを言った。犀星はそっと東雨から目をそらした。
「五亨庵への目印は……」
気を取り直して、犀星は先を見た。朱雀門から北へ伸びる大通りの脇に、古い山桜の木が一本立っている。
「あの桜を覚えておけばいい」
「はい」
と、玲陽も歩きながら確認する。
「あの木を右に行くと、五亨庵だ」
「こんな、朱市の中にあるんですか?」
玲陽は首をかしげた。
「私、てっきり公の役所は、もっと宮中の奥にあるのだと思ってました」
玲陽の指摘はもっともだ。
「そうだな。そういう場合もある」
と、犀星は答えた。
「場合もある、のじゃなくて、五亨庵が特殊なんです」
と東雨が念押しした。玲陽は、やっぱり、という顔で、
「兄様のことだから、何かやらかしてるんじゃないかって思ってたんです」
と、犀星を見る。犀星は気にした様子もなく、ただ黙って前を向いて歩いている。
玲陽は、犀星という人間をよく知っている。無理を通す性格の犀星が、前例を無視した言動をとることは、想像の範囲内だった。
東雨は、玲陽の常識的な価値観に望みをかけて、
「光理様からも言ってやってください。若様のやることときたら、何でも突拍子がなくて、おかげでまわりからの目が厳しくて。俺だって、他の所の使用人にいろいろ言われるんです」
「いろいろって?」
と、玲陽が心配そうな顔をする。東雨はもう、隠すつもりがないのか、堂々と言った。
「親王は姿形は美しい。でも、その変わり者ぶりは宮中に並ぶものなし。よくあんな常識のない主人のところにいられるなって」
「常識のない主人、ですか」
玲陽は口を結んで、犀星を見た。当の本人はどこ吹く風で、気にも止めていない。
「確かに、常識はないです。否定しません」
玲陽はあっさりと認めた。
「でも、実はただの非常識じゃないんですよ」
「どういうことですか?」
東雨が首を傾げる。玲陽は穏やかに、
「全てが非常識なら、誰もついてはきません。けれど、決まりきったことだけでは、新しいことは始められないでしょう?」
「確かに……」
やはり、玲陽の説明はわかりやすい、と東雨は納得した。
「兄様は、その両方を取る人です。欲張りなんですよ。だから、常識の守り方も破り方も知っている……」
そんな話をしても、犀星はやはり穏やかで、むしろ、それがどうした、という顔をしている。玲陽はそれがおかしかった。
「兄様、破天荒な振る舞い、わざとですよね?」
と探りを入れると、犀星は肯定するように笑った。
「どうりで……若様のやること、最後にはうまくいっちゃうんですよ。どうしてなのかと、不思議だったんです」
東雨は大きく頷き、それから、
「大変ですけど、最近は少し楽しいです。色々あって、退屈しないので」
と、笑った。
「すっかり兄様に毒されましたね」
と、玲陽は嬉しそうだった。
朱市には、東市で見知った商人も出入りしている。そういう慣れた者は、犀星たちを見つけると手を振ったり、頭を下げたりする。そんな時には、犀星もほんのわずかに笑みを浮かべて応えていた。
犀星は、公私でまるで違う表情を見せる。玲陽はそれが好きだった。
朱市の賑わいの中にいると、いつもの市場のように思われて、ここが宮中であることを忘れそうだ。しかし、少し遠くを見れば、明らかに様相が違う。広々とした門前の広場の北には、夏場であれば緑豊かに茂る庭があった。今は全て雪に覆われ、灰色の景色になっている。
「暖かくなったら、案内しよう」
と、犀星は言った。
少し先の約束ができるというのは、こんなに楽しいのだな、と犀星はしみじみと思った。
春が来る頃にも、こうして一緒に歩いているのだ、という安心感は、犀星の心を暖かく、そして強いものにしてくれた。
都に上がってから、ただひとつ、玲陽をここへ迎えることだけを考え、あらゆることに取り組んできた。
この道を歩きながら、ここに玲陽がいたらどんなにいいだろうと、毎日のように想像していた。それが今、現実になっている。
犀星は自然と足が軽くなるように感じたが、悟られまいと敢えて、落ち着いた声を出した。
「この木だ」
犀星は足を止めた。
その山桜は老木で、既に寿命を迎えている。それでも枝振りは立派で、越冬芽がついている。
「来年の春には花が咲く」
犀星の声は、どこまでも穏やかだった。誘われるように、玲陽も枝を見上げ、目を細めた。
「一緒に見られるんですね」
故郷の歌仙を思い出す。春になると花の下で風に吹かれながら共に話をするのが好きだった。
「きっと、この木もおまえに会えて嬉しいはずだ」
まるで何か、秘密を打ち明けるかのように犀星は言った。
「なぜ?」
犀星は少し照れたように、
「俺が毎日、おまえのことを話して聞かせていたから……」
犀星は少し眉を寄せ、それから、かすかにうなずく。
「ご挨拶を、しなければ」
言って、玲陽はそっと、幹に手をあて、頬を寄せた。目を閉じると、風がそっと金色の髪を撫でていった。
玲陽の反応に、犀星は少し照れたそぶりで、それでも、目は離さない。
人に見られることを気にして、東雨は二人をうながした。
桜の角を曲がり、東へ向かう。
石畳の小径はひと一人が通るのがやっとで、二人が並ぶとどうしても肩が触れる。だというのに、犀星はさりげなく玲陽の隣を歩こうとする。東雨は、やむを得ない、と言わんばかりに玲陽の腰に腕を回して寄り添う姿を見て、
「わざとだな」
と、つぶやいた。
玲陽の説明によれば、犀星は単に好き勝手をしているわけではなく、すべてを計算の上に行なっているらしい。
そうだとすれば、犀星がこの道の横幅を広げる工事に反対していたのは、この時のためだったのではないかと思ったりもする。そんな想像をめぐらせる東雨の顔には、本人も気づかない幸せな笑みが浮かんでいた。
両側の木々はすっかり葉を落として、枝の向こうに鮮やかな群青色の建物が見えている。玲陽は早くにそれを見つけて、じっと見つめていた。
「あれが、五亨庵ですか?」
声が期待に震えている。犀星は口元を緩めた。
「うん。ここに陽を連れてくるのが、俺の夢だった」
これほどに満たされた犀星の声を、東雨は聞いたことがなかった。
五亨庵の壁は輝く青に染められ、銀色の雲紋が描かれている。色彩の対比が実に美しい。緩やかに湾曲した白色の瓦が、高い屋根の上から招くように彼らを見下ろしていた。
五亨庵の最大の特徴は、名前の通り五角形の不思議な形をしていることだ。
近づくにつれ、玲陽は少しずつ表情を変えた。初めは少し驚いて、それから不思議そうな顔になり、最後にはほっと安堵を浮かべた。
新月の光を持つ玲陽には、この場所に宿った霊的な力がはっきりと感じ取れた。
「兄様、もしかして……」
と、玲陽は犀星を見た。犀星は玲陽の意図に気づいて、
「よくわからないんだが……俺はこの土地に呼ばれたと思う」
と、意味深な答えを返した。
「ここはもともと荒地で、あたりには五つの大きな石が埋まっていた」
「石?」
「石は動かさず、そのまま、床の一部にしてある」
「見ればすぐにわかりますよ」
と、東雨が二人の間をわざとすり抜けた。両肩に犀星と玲陽の体が触れる。さりげなく触れられたことが嬉しくて、東雨はそのまま先行した。
「こっちです!」
と、大きな声で道案内をする。
道は五亨庵の門へとつながっている。その大きな木製の扉は質素だが重厚で、外敵を防ぐための大切な役目を担う。幸にして使われたことは無いが、犀星が設計したとあって、五亨庵は軍事的な機能も考慮されている。
大抵の場合、この外門は開かれたままである。
五亨庵は、五角形をした外壁と、その内側のもう一つの五角形による内壁の二重構造で組み上げられている。
二つの壁の間には空間があり、仕切って部屋として利用されている。外門はその部屋のひとつに続いていた。そこは常駐する近衛兵の詰め所だった。十人ほどが楽に入る詰め所には、やわらかな毛氈が敷かれた長榻が置かれている。今、そこにごろんと横になって、ひとりの近衛兵がぼんやりとしていた。
「湖馬様、こんにちは!」
東雨がわざと大声で、中を覗いた。慌てて近衛兵が飛び上がる。
「……なんだ、東雨じゃないか。脅かすなよ」
湖馬と呼ばれた近衛は脱力した。
「へへ」
と、笑う東雨の後ろから、犀星が音もなく姿を表した。湖馬はだらけた姿勢のまま、犀星に目を向けた。
「久しぶりだな。元気そうでよかった」
「! ……歌仙さまっ!」
湖馬の声が裏返る。慌てて姿勢を正すが、もう遅い。
「い、異常ありません!」
「ここは、近衛の皆さんの休憩所です」
と、東雨が後ろの玲陽に説明する。
「休憩ではなく、警備に当たっているはずなんだが」
と、犀星が思わず正論を述べる。東雨は楽しそうに、
「ここで休むことを許可したのは若様じゃないですか」
「別に許可したわけではない。彼らが自然にそうしていたから、放っておいただけだ」
「放っておいたって事は、認めたってことなんです」
と、東雨は笑う。まぁ、そうなるか、と、犀星はそのままにした。
もともと、近衛の警備範囲は、宮中の中央区域である。それが、五亨庵の立地のために、南の辺境にまではるばる出向いてこなければならない。少しくらい役得があってもいいではないか、と、犀星は本気で思っている。
犀星たちのやりとりよりも、湖馬は玲陽の姿に目を奪われていた。
犀星が従兄弟を連れてくる、という連絡は受けていた。その従兄弟が珍しい容姿であることも伝わっていたが、実際に眼にすると驚きを隠せなかった。
「初めまして」
と、玲陽は丁寧に礼をして、にっこりする。
「あ……はい」
と、湖馬は間の抜けた対応をする。
このような、玲陽の笑顔による一撃、は、完全に相手の警戒心を溶かした。
「さぁ、光理さま、こちらです」
東雨は、内扉に手をかけた。
「いらっしゃいませ!」
明るい東雨の声が響いた。
開かれる門の隙間から、ゆっくりと中の様子が明らかになる。
玲陽の顔が、生き生きと輝いた。
そこは、まさに五角形の壁で仕切られた不思議な空間だった。
青と白、銀色の取り合わせで整えられた柱と壁、黒檀の床と白い石畳で囲まれた静謐な大広間は、清純な空気で満たされていた。玲陽は上を見上げた。高い天井の近くには、ぐるりと部屋を一周する欄間があり、青く澄んだ空が、まるで建物の装飾の一部であるかのように輝いて見える。そこから吹き込む風は心地よく、さらに床に近いあたりにも通風口が用意され、常に空気が循環するようにできている。
「冬場は寒いんですけど、夏は逆に外よりも涼しいんです」
と、東雨が言う。玲陽は小さく頷いた。
「この風の通り道……歌仙の屋敷で使われる、避暑の工夫が生きています」
その言葉に、犀星はかすかに嬉しそうな顔をする。
五角形の大広間は、辺を取り囲むように板張りの艶やかな回廊が巡っている。いくつかの机や棚が置かれ、個人が仕事に取り組みやすい配置だ。その外側には、外壁との間の空間があり、いくつかに仕切られた小部屋になっている。部屋に戸はなく、衝立が置かれていた。
中央は、板張りの回廊から数段を降りて、石畳になっている。石畳には長榻が二脚、その間には長い几案が用意されていた。どうやら、みなが集まって話し合う空間らしい。足元には柔らかな毛氈が敷かれ、まさに五亨庵の中心がこの場所であるということが示されていた。
入り口の内扉の前で、玲陽は立ち尽くしていた。玲陽の視界に、ちらりと光が踊った。それは彼にだけ見えた幻だったのだろう。玲陽は自然と、その光に導かれるように、中央へと歩んだ。そこで立ち止まり、ゆっくりと一周、見回した。まるで、この五亨庵という空間に、抱かれているような感覚があった。それはどこか犀星の気配そのものでもある。
東雨は、そんな玲陽の素直な反応を眺めていたが、やがて、そっと声をかけた。
「あそこが、若様の席です」
入り口の真正面に、ひときわ大きな几案が据えられている。床に座らず、交椅を用いている。刀を帯びたまますぐに動けるように、という犀星らしい選択だった。
美しく、神聖さを醸し出していると同時に、軍事や政治の機能性も兼ね備えているその構造は、犀星の心そのものを映し出しているかのようだった。
五亨庵は、あなた自身なのですね。
玲陽は、思わず自分の身体を抱きしめていた。
犀星が堪えきれない、という仕草で、その肩を抱こうと腕を上げた時、落ち着いた男の声がした。
「ようやくお戻りですか。随分と長い休暇でしたな、伯華様」
左奥の小部屋から、初老の男が姿を見せた。びくっとして、犀星は手を引っ込めた。
「玄草」
と、字を呼ぶ。玲陽はぼんやりしていた心を引き戻した。
その男は、蓄えたひげをひねりながら、背筋を伸ばしている玲陽と向き合った。
「玄草様……」
玲陽は裾を揺らして一歩進み出ると、まるで宮中で育てられた若君のように、優雅に礼をした。
「慈玄草様。お目通り叶いまして光栄にございます。犀光理にございます」
美しい鐘のような玲陽の声が、五亨庵の澄んだ空気に響く。
これを待っていたのだ、と、犀星は思った。この地に五亨庵を構えた時から、必ずや玲陽を招くと決めていた。
犀星は自分がどこにいるかも忘れてしまうほど、気持ちが高ぶっていた。
慈圓は、落ち着きのない犀星と、冷静に自分を見つめて立つ玲陽とを見比べ、そして、大袈裟なほどのため息をついた。
「侶香は、随分と面白い人間を育てたようですな」
唐突に慈圓が口にした名前に、犀星と玲陽は顔を見合わせた。
「あの?」
と、玲陽が困った表情を見せた。自分は何か失礼なことをしただろうか。
慈圓はにやり、と笑った。その顔はどこか、犀遠に似ていた。
「いや、光理どの。失敬した。おぬしの義父、犀侶香はわしの盟友でな。あやつがどんなふうにおぬしを育てたか、楽しみにしておった。伯華さまがこの調子ゆえ、もしや光理どのも似たような破天荒であってはと案じていたところだ。だいたい、伯華様ときたら……」
「玄草、その話はまた後にしてもらえるか?」
犀星が、まるでそれ以上話されては困る、というように遮った。玲陽はもっと聞きたい顔をしたが、こればかりは勘弁してほしい、という犀星の目に、苦笑して黙っていた。
「陽の登録に行きたい」
犀星はわざと忙しさを装うように、自分の席に寄ると、脇の箪笥の中を探す。
「何をお探しですか」
と、慈圓が近づく。
「王印」
と、一言、犀星は答えた。
「え! 無いんですか?」
東雨は犀星と一緒に、几案のまわりを探し始めた。
「王印?」
玲陽が慈圓に問いかける。
「親王が公式文書に用いる印のことだ。五亨庵では第一の貴重品だな」
冷静に、慈圓は言った。玲陽は目を丸くした。
「そんな大事なもの……!」
「心配には及ばん。おそらく……」
慈圓は落ち着いた様子で、几案のひとつに向かう。そこは、もう一人の五亨庵の官吏である、緑権の席だ。
犀星や慈圓の机上がきちんと整理されているのに対し、そこだけはまるで子供が散らかしたように、ものが雑多に置かれていた。筆は墨が固まったまま放置され、筆架も斜めに傾いている。木簡や竹簡が広げられたまま山をつくり、その隙間から硯が見えた。さらに机の端には算木が立てかけられ、中身のわからない袋や箱の類も不揃いな層を作っている。几案だけではなく、交椅の上にまで物が重なり、一番上には湯呑みがふたつ、乗っていた。
慈圓は慎重にそれらを避けながら、錦の袋を引っ張り出した。残念ながら、中身は空だった。
「あやつめ……」
憎々しげに愚痴りながら、慈圓はなおも周りをひっくり返した。
黒い小さな王印は、几案の下の毛氈の中から見つかった。
「どうしてそんなところに……」
東雨が、ぎょっとした。
慈圓はちらっと、今はいない緑権の代わりに、交椅に座る湯呑みを見た。
「しばらく前に仙水が来て、花街の警備の王旨が欲しいと言ったので、謀児が対応したのだ」
「それって、もう、一月も前じゃないですか」
東雨はげっそりとした顔で、
「謀児様、ずっと王印を踏んづけて生活していたんですね」
「そういうやつだよ、あれは」
慈圓は。王印を錦の袋と共に犀星に渡しながら、
「申請書は、ご自分でどうぞ」
まるで、邪魔はしませんよ、というような慈圓の口ぶりだった。
犀星は玲陽を見た。その目が、こちらに来い、と無言で伝える。玲陽は少し緊張しながら、犀星のそばに立った。犀星はそっと玲陽の背にふれて、座れ、というように促す。戸惑いながら、玲陽は犀星の席に座った。
東雨はそっと慈圓に近づき、並んで様子を伺った。慈圓は腕を組み、特に咎め立てすることもなく、ふたりを見守っている。
犀星は数枚の木札を丁寧に机上に広げた。それから墨を溶き、筆先を整えて、申請文をしたためる。その内容はすでに決めていたらしく、筆のはこびによどみはなかった。
『犀光理を以て、親王の左右に近く仕えしめ、その職を以て、親王の代理として事の一切を委ねる』
玲陽は、その一文に息を飲んだ。それは紛れもなく、自分を犀星と同列に扱うという内容だ。
何か言おうとした玲陽の唇に、犀星は素早く指を当てた。わずかに目を震わせ、玲陽はうつむいた。
犀星は箪笥から、小皿に盛った印泥を取り出し、申請書と並べた。王印を布で丁寧に拭い、印面を確かめてから、少しずつ朱をつける。
無言で進むその様子を、玲陽はじっと見ていた。用意が整うと、犀星は玲陽の後ろに立ち、背中から抱くように右手を取った。そして、玲陽の手の中に、王印を預けた。
ちょっと、待ってください……!
さすがに驚いて、玲陽は犀星を振り返った。
犀星がしていることが、どれほど大胆で常軌を逸しているか。宮中の儀礼に通じていない玲陽にも明白だった。
困惑する玲陽に、犀星はささやいた。
「受けて欲しい」
玲陽はためらい、問うように慈圓に目を向ける。慈圓は黙ったまま、かすかに笑っていた。東雨も何も言わない。
玲陽は改めて書面を見た。それから、ふたたび犀星を見た。犀星の蒼い瞳は確かに潤んで、自分だけを見つめていた。
もう、玲陽には頷く以外にできなかった。
そっと、犀星の手が導き、文末の署名が記された上で止まる。玲陽の手は震えていた。犀星の手も、やはり震えていた。やがて、互いを打ち消し合うかのように、そのさざなみは静まっていく。そして、凪。
どちらからともなく、手を下ろした。静かに、犀星の名に、印が重なる。
雲が切れたのだろうか。
差し込んできた日の光がふたりを照らし、甘い風と暖かな沈黙が辺りを満たした。
群青の中に光を抱いて、五亨庵は静かに、始まりを予感していた。
初めて味わう雪国の冬は、玲陽には厳しい。彼は持ち前の熱心な性格を駆使し、常に効率的に環境改善にあたった。
一番先に玲陽が手をつけたのは、暖をとることだった。適した着物の選び方、火鉢を置く位置と高さ、効果的に火を焚く時刻と長さ、部屋の換気の道筋に薪と炭の割合。また、同時に湯を沸かしたり、干物を炙ったり、体が温まる茶を研究したりなど、あらゆる方面に関心と努力が注がれた。
温まる。
たったそれだけのことに、ここまでの労力を傾ける玲陽。東雨が尊敬の眼差しを送ったことは、言うまでもない。
次に玲陽が着目したのは、毎日の食事だった。一年中温暖な歌仙とは違い、紅蘭は四季の変化が豊かである。季節ごとの特徴的な食材や、厳しい冬にそなえた加工方法、凍結を防ぐための保存の仕方、体を温める料理、薬膳、燃料を節約して調理する工夫など、こちらもあらゆることが対象となる。
食べることに関しては、東雨は非常に協力的だった。
玲陽と東雨は、よく二人で市場に出かけた。
初めはあれほどの警戒体制で挑んだ市場行軍が、いまは気軽で楽しいひとときだった。
市場の人々は玲陽のことを、親しみを込めて『悌君《ていくん》』と呼んだ。これは、玲陽が犀星の弟であること、礼儀正しい人柄であることから、自然と広がった呼び名だった。玲陽も最初は恥ずかしがりながら、それでも呼ばれると、はい、と小さく返事をした。
そんな玲陽の変化はもちろんのこと、東雨は『光理様予算』として犀星から生活費の増額があったことが、さらに嬉しかった。犀星は玲陽のためとなれば、ありえないほどに甘いのだ。
家のことを玲陽と東雨が引き受けてくれたため、犀星はその分、本来の仕事に打ち込むことができた。
涼景が警備の合間に、五亨庵の留守役から文書を預かって、屋敷に持ち込んだ。馬の鞍に括り付けた箱いっぱいの木簡の山は、間違いなく犀星に対する当てつけだろう。運び役となった涼景でさえ、慰めの言葉をかけることもできずに、玄関先で、では、と箱を置き去りにしたくらいだ。
これ、焚きつけにしていいですか。
箱の中を覗いて、東雨は大真面目に呟いた。犀星も、遠くを見ただけで何も言わなかった。
留守役の慈圓は、なかなか顔を出さない犀星に、ずいぶん焦れていると見える。
涼景を通じて、こちらの状況は五亨庵に伝わっている。そのため、玲陽の病状を案じて直接訪ねてくることはないのだが、犀星に対しては容赦がない。
犀星は私室にこもると、大量の書面に目を通し、一つ一つ的確に返答をつけた。
中書侍郎を勤めていただけのことはあって、慈圓が作る書類はわかりやすく、無駄がない。おかげで、決裁だけであれば即座に済ませることができた。
慈圓が抱える宮中の情報は、まさに生き字引という膨大さだった。官僚の経歴や実力、人間関係にとどまらず、彼らの弱点ともいうべき過去の疑惑や性癖に至るまで、その全てを知り尽くしていた。
それらを駆使し、理詰めと容赦のない語り口で、交渉においては負け知らずの強者である。犀星のやや奇抜な政策を実行するためには、彼の巧みな政治手腕が欠かせなかった。
その慈圓が、策略家として天塩にかけて仕込んだのが、犀星である。犀星はすんなりと慈圓を受け入れ、宮中での手管を学んできた。
基本的に、大胆に物事を進めることが多い犀星だが、慎重になる場面もある。たとえば、周囲からの依頼、要望、苦情の項目などだ。このような案件の心情的な配慮は、慈圓ではなく、犀星に一任されていた。
表情が乏しく、感情を持たないのでは、という噂まで立てられる犀星だが、それは真実ではない。実のところ誰より繊細に対応する力があることは、あまり知られていなかった。
手元に届いた案件のほとんどは、民衆から寄せられたものだ。正式にまとめられた訴えに、犀星自らが市中で相談を受けた事柄、最近の人々の関心ごとなどを加えて対策を練る。今までの経緯と今後の展望を多角的に考え、結論を導く。すぐに解決できない問題については、必ず代替え案や一時的な対応を示し、継続して問題解決にあたるための道を示した。
犀星のそのような政治手腕の根幹は、犀遠が領地をおさめる姿を見て、自然と身についたものであった。
慈圓からは理論武装を、犀遠からは人心に寄り添う精神を、犀星は自分のものとして身につけていた。
慈圓は、犀星にしかできない英断を求めるからこそ、憎まれることを覚悟の上で仕事を届けさせるのである。
緊急性を要するものとしては、燃料の問題が浮上していた。作物が不作だった影響で、冬にかけて、あらゆる商品の物価高騰が懸念されている。特に冬は薪の使用が欠かせない。これが不足したり、高値で手がでないとなると、直接、命の危険につながる。
犀星は、宮中の地図を頭の中に描いた。持ち主の没落などの理由で放置されている空き家が、数多くある。そのままでは倒壊の恐れもある危険な『木の塊』を、燃やすことはできないだろうか。犀星は、対象となる建物の洗い出し、建材の丁寧な分別や解体の方法、薪として配布するための流通網などにも触れ、慈圓に返事を書いた。あとは、慈圓と、もう一人の官吏である緑権が動いてくれるだろう。
内容の多くは、さほど機密性のあるものではない。
しかし、中には官吏たちの裏の事情や、時には宝順帝に対する謀反の疑いなど、穏やかではないものも混じる。犀星はどれに対しても真摯に向き合い、熟考を重ねて草案を作った。そして、何故かというか、やはりと言うべきか、すべてを玲陽にも見せた。
東雨はたまらず、苦く笑った。
自分にだって見せてくれないのに……
そこまで思って、東雨は、まぁいいかとやめた。見たところで、どうせ自分にはわからないだろう。それに、と東雨は考える。
光理様は、これから五亨庵で働くはずだ。
犀星が玲陽を屋敷に残して、一人で出かけるなど想像もつかない。どう考えても一心同体である。
それは、東雨にとって、あまり愉快な話ではない。
そうなるだろうと予想はしていたが、いざその時が来ると、どうにも気持ちが落ち着かなかった。
自分がどのように振る舞えばいいのか、少しずつわからなくなっている。原因は間違いなく、犀星と玲陽の関係性にある。それが気に入らないのだと言うことを、東雨は最近ようやく自覚していた。
だが、もしかしたら面白くなるかもしれないと、東雨は意識して楽観的に考えた。
賢い玲陽が加われば、新しいことが始まる気がした。
玲陽は、飲み込みが早い。専門的な都でのあれこれ、人間関係、時事的なことがらについて、一度聞けば覚えるし、一度読めば忘れない。
さらに、それらを自分の言葉で理解し、説明することもできる。難しいことも玲陽の説明であれば東雨は理解できた。この点が東雨にとって一番の大きな利点である。何しろ犀星はとにかく話をしない。自分だけが理解して、東雨には何も言わない。尋ねたところで、大した答えは期待できない。
長い間、言葉の足りない主君に仕えてきた東雨にとって、丁寧にわかりやすく話をしてくれる玲陽は本当にありがたい存在だ。
五亨庵には……いや、俺には光理様が必要だ。
必要、と考え、利用するのだ、と思い直す。
東雨の気持ちは、いつまでも、大きく揺れる振り子のようだった。
……今はまず、元気になってもらわなければ。
まだ時々不安な顔を見せる玲陽のそばに寄り添って、あれこれと安心させながら、東雨は関係を深めていた。
時々ふと、宝順帝のことがよみがえる。
……これで、いいんだ。俺は、間違ってない。
東雨は心の中で強く自分に言い聞かせた。
時は過ぎ、玲陽が都に来てから一ヶ月がたった。体のときと同じように、玲陽の心の回復は、安珠の想像を超えて早かった。まだ無理はできないが、本人がやりたいというのであれば、色々と挑戦させてもよいと安珠は言った。
ただし、必ず夜は眠らせるように、と、特に犀星に向かって、ゆっくりと含みのある言い方をした。犀星は、白檀を焚いて香らせること、気持ちの休まる茶を寝る前に飲ませること、などを答えていた。
いや、そこじゃないでしょう?
と、東雨は乾いた笑みを浮かべた。
東雨は毎朝、ある種の期待を込めて、そっと犀星たちの寝所を覗くのだが、そこには行儀よく並んで寝ている二人しかいない。こっそりと夜中に忍び込んだときも、ただ、静かに時間だけが過ぎてゆき、自分はすっかり凍えてしまった。
掃除をしますね! と、部屋に入っても、それらしき痕跡は無い。
洗濯をするので! と、寝具を取り替えても、やはり何も見つからない。
何やってんだよ、若様っ……!
と、ついには妙な気分になる。
親王という立場上、犀星の後胤に関することがらは、皇帝に委ねられている。そのため、遊女であろうと、女性との交わりは許されない。そのため、東雨のような存在が、公式にあてられている。
だが実際、その配慮は必要なかった。もともと犀星は、色恋に対する情熱が薄いのだ。おかげで、夜伽役の東雨にも、一度も手出しをしたことがない。
一方、東雨は、犀星を悦ばせるため、指南役からあらゆる性技を叩き込まれた。自分から手を出さない犀星の性癖を憶測し、最近は男を抱くことも教えられた。抱き心地を損なわぬよう、手足を太く鍛えることを禁じられ、髪を切ることも許されなかった。傷が残るほどの怪我にも、気をつけている。
犀星のため、東雨なりに準備はしているが、全てが徒労におわっていた。
別に、若様と、そうなりたいわけじゃない。
寂しさを感じるのは、苦労が報われないからだ、と東雨は思うようにしている。何のために、気味の悪い男たちに体を開いてきたのだ、と、恨めしかった。
そんな中、玲陽ならばと見守っていたが、どうやらそれもないようである。
犀星のそのような潔癖ぶりに、東雨は諦めを感じ始めていた。
蓮章のようになれ、とは言わないものの、毎晩肌を寄せて抱き合って眠っているのだから、何かあってもいいではないか。いや、それが健全というものだろう。
でも、あの若様だしな。
期待するだけ無駄か、と東雨はどこか切なくなると同時に、ほっと安堵もする。
東雨にとって犀星は、どこまでも清らかな存在だ。穢れることを知らない犀星の生き方は、東雨には遠く感じられる。親王の夜伽のためと称して弄ばれてきた自分と比べ、綺麗なままの犀星は、憧れと嫉妬の対象でもある。
そんなあまりに刺激のない平和な毎日の果てに、ついに、犀星が五亨庵に戻る日が来た。
蓮章は『今あの人と顔を合わせたくないんで』と、逃げるようにして朝早くに宮中へ戻った。
玄草様に叱られるのが怖いのだろう。
と、東雨は納得した。
五亨庵筆頭官吏の慈圓は、蓮章と涼景の師匠である。慈圓は、ふたりがまだ幼かった頃に、縁あって引き取り、門弟として屋敷に住まわせながら学問を教えた。そのつながりもあって、蓮章たちはいまだに、慈圓には頭が上がらない。
犀星が偶然に慈圓を五亨庵に招き、自分の側近として仕事を任せるに至ったとき、涼景が思わずがっくりと肩を落としたことを、東雨は覚えている。そんなに怖い人なのか、と東雨は心配したが、実際の慈圓は、厳しいものの決して物わかりの悪い人間ではなかった
考え方は的確であるし、何よりも常識人だ。
……若様に比べれば、だけど。
東雨は、裏に起毛を織り込んだ袍を重ね着しながら思った。
慈圓は文官としては剛気な気性で、犀星の大胆な政策にも臆せず乗ってくる。口は悪いが、さっぱりとしていて後腐れがない。その場でどんなに叱られても、少しするとけろっとしている。
東雨は最初の頃はそんな慈圓にビクビクしていたが、今ではすっかり慣れてしまった。
その日、犀星たちは馬ではなく、徒歩で宮中へ向かった。ゆっくりと道を覚えながら、散歩がてらだ。
犀星たちの屋敷から北へ向かい、朱雀門を目指す。東西南北にある門のうち、南の朱雀門は民衆から異国の要人まで、幅広く利用する紅蘭の象徴とも言えた。
高さは、通常の民家を十も重ねたほどで、見上げるだけで圧倒される。
玲陽は近づくにつれて大きくなる朱雀門に、目を見張った。
左右に三重の楼閣をそなえた構造で、最上階には朱塗りの手すりがついた回廊がある。見張りの兵が何人か、弓を手に立っていた。それを支える基部は堅牢な石造の台座で、階段が前後にせり出し、その両側には石獅子が堂々とした風体で鎮座していた。城門の幅は、馬車が五台は並んで通っても余裕があるほどだ。
「大きいでしょう?」
と、東雨は言った。
「こんなの、想像もしてませんでした」
玲陽は驚くよりも先に、ただひたすらに呆然としている。犀星は周囲の景色などどうでもいい、と言わんばかりに、玲陽の横顔に釘付けである。
「昨年、修復が終わったばかりなので、色も鮮やかです」
東雨はすっかり、玲陽の道案内を担当していた。
「ここは宮中の南だから、朱雀門っていうんです」
「それで、鳳凰の飾りがあるんですね」
玲陽は上層の梁を仰ぎ見た。緑釉瓦で覆われ、反り上がった四隅に、陶製の鳳凰が据え付けられている。また、朱塗りの柱の至る所に、黄金の鋲が整然と打たれ、冬の午前の低い日の光に、威風を放って輝いていた。うっすらと積もった白い雪との対比が美しい。
東雨は先に立って、門の兵士に近づいた。本来なら、ここで通行証が必要となるのだが、今は犀星が一緒である。東雨は門番に、犀星を示した。
「歌仙様!」
気が抜けていた門番が、慌てて姿勢を正し、声を上げた。
「ああ。ご苦労。変わりないか?」
犀星は、歌仙親王特有の静かな、感情のない表情で尋ねた。決して笑顔を向けられたわけでも、名前を呼ばれたわけでもない。ごく普通の社交辞令だったが、若い門番は恐縮して頬を赤くする。
「はい! ありがとうございます!」
門番の返事はいささか的外れではあったが、犀星は小さく頷いて門を通り抜ける。その姿を、門番はじっと目で追いかけていた。
玲陽は一部始終を見ながら、東雨と一緒に門をくぐった。
「若様、ここでは人気あるんですよ」
と、東雨は、にこにことしている。
門の内側にも番の者がいた。犀星のことは先ほどと同様にやり過ごした。だが、玲陽の姿を見ると、眉を寄せた。呼び止めるつもりはないようだが、何者だろうという警戒の色が見える。しかし、玲陽ももう慣れたもので、にっこりと笑ってみせた。大抵、この笑顔を向けられると、相手は何も言えなくなってしまうのだ。
「光理様の笑顔は最強ですね」
東雨は嬉しそうだ。
「どんなに警備が厳重でも、光理様がにっこり笑ったら通してくれます」
「今は兄様が一緒ですから特別です」
と、玲陽が照れて言う。犀星は、門を通るときに作っていた親王の顔をやめて、玲陽のためだけの笑みを浮かべていた。
朱雀門からさほど遠くない一帯は、一般の民衆も出入りすることが許されている場所だ。ここでは商人たちが行商に来たり、宮中とのやりとりをしたり、取引のために簡単な屋台を組んだりと、活気ある様子だった。市場の延長で、犀星たちが住んでいるあたりと雰囲気は変わらない。
人通りも多く、賑わいもある。官民が入り乱れており、鮮やかな衣装も目につく。貴人の馬や輿などに混じって、商品を乗せた荷車も通る。
「今日、すぐにおまえの登録に行ってくる」
犀星は歩調を緩めて玲陽に並ぶ。東雨は、負けてなるものか、というように、玲陽の反対側に回り込んで一緒に歩いた。
「録坊で、正式におまえを俺付きに任命する。そうすれば通行証も出るし、自由に歩き回ることができる」
「それは楽しみです」
玲陽はやんわりと答えた。
「でも、ここ本当に広いですから……」
と、目を遠くへ向ける。
「こんなところ私一人で歩き回ったら、迷子になりますよ」
「それは困るな」
犀星は、あまり困っていない顔をした。
「一人で出歩いて迷子になるくらいなら、必ず俺と……」
「若様、そうやってまた光理様を一人占めにする気でしょう?」
と、東雨が横から、意地悪なことを言った。犀星はそっと東雨から目をそらした。
「五亨庵への目印は……」
気を取り直して、犀星は先を見た。朱雀門から北へ伸びる大通りの脇に、古い山桜の木が一本立っている。
「あの桜を覚えておけばいい」
「はい」
と、玲陽も歩きながら確認する。
「あの木を右に行くと、五亨庵だ」
「こんな、朱市の中にあるんですか?」
玲陽は首をかしげた。
「私、てっきり公の役所は、もっと宮中の奥にあるのだと思ってました」
玲陽の指摘はもっともだ。
「そうだな。そういう場合もある」
と、犀星は答えた。
「場合もある、のじゃなくて、五亨庵が特殊なんです」
と東雨が念押しした。玲陽は、やっぱり、という顔で、
「兄様のことだから、何かやらかしてるんじゃないかって思ってたんです」
と、犀星を見る。犀星は気にした様子もなく、ただ黙って前を向いて歩いている。
玲陽は、犀星という人間をよく知っている。無理を通す性格の犀星が、前例を無視した言動をとることは、想像の範囲内だった。
東雨は、玲陽の常識的な価値観に望みをかけて、
「光理様からも言ってやってください。若様のやることときたら、何でも突拍子がなくて、おかげでまわりからの目が厳しくて。俺だって、他の所の使用人にいろいろ言われるんです」
「いろいろって?」
と、玲陽が心配そうな顔をする。東雨はもう、隠すつもりがないのか、堂々と言った。
「親王は姿形は美しい。でも、その変わり者ぶりは宮中に並ぶものなし。よくあんな常識のない主人のところにいられるなって」
「常識のない主人、ですか」
玲陽は口を結んで、犀星を見た。当の本人はどこ吹く風で、気にも止めていない。
「確かに、常識はないです。否定しません」
玲陽はあっさりと認めた。
「でも、実はただの非常識じゃないんですよ」
「どういうことですか?」
東雨が首を傾げる。玲陽は穏やかに、
「全てが非常識なら、誰もついてはきません。けれど、決まりきったことだけでは、新しいことは始められないでしょう?」
「確かに……」
やはり、玲陽の説明はわかりやすい、と東雨は納得した。
「兄様は、その両方を取る人です。欲張りなんですよ。だから、常識の守り方も破り方も知っている……」
そんな話をしても、犀星はやはり穏やかで、むしろ、それがどうした、という顔をしている。玲陽はそれがおかしかった。
「兄様、破天荒な振る舞い、わざとですよね?」
と探りを入れると、犀星は肯定するように笑った。
「どうりで……若様のやること、最後にはうまくいっちゃうんですよ。どうしてなのかと、不思議だったんです」
東雨は大きく頷き、それから、
「大変ですけど、最近は少し楽しいです。色々あって、退屈しないので」
と、笑った。
「すっかり兄様に毒されましたね」
と、玲陽は嬉しそうだった。
朱市には、東市で見知った商人も出入りしている。そういう慣れた者は、犀星たちを見つけると手を振ったり、頭を下げたりする。そんな時には、犀星もほんのわずかに笑みを浮かべて応えていた。
犀星は、公私でまるで違う表情を見せる。玲陽はそれが好きだった。
朱市の賑わいの中にいると、いつもの市場のように思われて、ここが宮中であることを忘れそうだ。しかし、少し遠くを見れば、明らかに様相が違う。広々とした門前の広場の北には、夏場であれば緑豊かに茂る庭があった。今は全て雪に覆われ、灰色の景色になっている。
「暖かくなったら、案内しよう」
と、犀星は言った。
少し先の約束ができるというのは、こんなに楽しいのだな、と犀星はしみじみと思った。
春が来る頃にも、こうして一緒に歩いているのだ、という安心感は、犀星の心を暖かく、そして強いものにしてくれた。
都に上がってから、ただひとつ、玲陽をここへ迎えることだけを考え、あらゆることに取り組んできた。
この道を歩きながら、ここに玲陽がいたらどんなにいいだろうと、毎日のように想像していた。それが今、現実になっている。
犀星は自然と足が軽くなるように感じたが、悟られまいと敢えて、落ち着いた声を出した。
「この木だ」
犀星は足を止めた。
その山桜は老木で、既に寿命を迎えている。それでも枝振りは立派で、越冬芽がついている。
「来年の春には花が咲く」
犀星の声は、どこまでも穏やかだった。誘われるように、玲陽も枝を見上げ、目を細めた。
「一緒に見られるんですね」
故郷の歌仙を思い出す。春になると花の下で風に吹かれながら共に話をするのが好きだった。
「きっと、この木もおまえに会えて嬉しいはずだ」
まるで何か、秘密を打ち明けるかのように犀星は言った。
「なぜ?」
犀星は少し照れたように、
「俺が毎日、おまえのことを話して聞かせていたから……」
犀星は少し眉を寄せ、それから、かすかにうなずく。
「ご挨拶を、しなければ」
言って、玲陽はそっと、幹に手をあて、頬を寄せた。目を閉じると、風がそっと金色の髪を撫でていった。
玲陽の反応に、犀星は少し照れたそぶりで、それでも、目は離さない。
人に見られることを気にして、東雨は二人をうながした。
桜の角を曲がり、東へ向かう。
石畳の小径はひと一人が通るのがやっとで、二人が並ぶとどうしても肩が触れる。だというのに、犀星はさりげなく玲陽の隣を歩こうとする。東雨は、やむを得ない、と言わんばかりに玲陽の腰に腕を回して寄り添う姿を見て、
「わざとだな」
と、つぶやいた。
玲陽の説明によれば、犀星は単に好き勝手をしているわけではなく、すべてを計算の上に行なっているらしい。
そうだとすれば、犀星がこの道の横幅を広げる工事に反対していたのは、この時のためだったのではないかと思ったりもする。そんな想像をめぐらせる東雨の顔には、本人も気づかない幸せな笑みが浮かんでいた。
両側の木々はすっかり葉を落として、枝の向こうに鮮やかな群青色の建物が見えている。玲陽は早くにそれを見つけて、じっと見つめていた。
「あれが、五亨庵ですか?」
声が期待に震えている。犀星は口元を緩めた。
「うん。ここに陽を連れてくるのが、俺の夢だった」
これほどに満たされた犀星の声を、東雨は聞いたことがなかった。
五亨庵の壁は輝く青に染められ、銀色の雲紋が描かれている。色彩の対比が実に美しい。緩やかに湾曲した白色の瓦が、高い屋根の上から招くように彼らを見下ろしていた。
五亨庵の最大の特徴は、名前の通り五角形の不思議な形をしていることだ。
近づくにつれ、玲陽は少しずつ表情を変えた。初めは少し驚いて、それから不思議そうな顔になり、最後にはほっと安堵を浮かべた。
新月の光を持つ玲陽には、この場所に宿った霊的な力がはっきりと感じ取れた。
「兄様、もしかして……」
と、玲陽は犀星を見た。犀星は玲陽の意図に気づいて、
「よくわからないんだが……俺はこの土地に呼ばれたと思う」
と、意味深な答えを返した。
「ここはもともと荒地で、あたりには五つの大きな石が埋まっていた」
「石?」
「石は動かさず、そのまま、床の一部にしてある」
「見ればすぐにわかりますよ」
と、東雨が二人の間をわざとすり抜けた。両肩に犀星と玲陽の体が触れる。さりげなく触れられたことが嬉しくて、東雨はそのまま先行した。
「こっちです!」
と、大きな声で道案内をする。
道は五亨庵の門へとつながっている。その大きな木製の扉は質素だが重厚で、外敵を防ぐための大切な役目を担う。幸にして使われたことは無いが、犀星が設計したとあって、五亨庵は軍事的な機能も考慮されている。
大抵の場合、この外門は開かれたままである。
五亨庵は、五角形をした外壁と、その内側のもう一つの五角形による内壁の二重構造で組み上げられている。
二つの壁の間には空間があり、仕切って部屋として利用されている。外門はその部屋のひとつに続いていた。そこは常駐する近衛兵の詰め所だった。十人ほどが楽に入る詰め所には、やわらかな毛氈が敷かれた長榻が置かれている。今、そこにごろんと横になって、ひとりの近衛兵がぼんやりとしていた。
「湖馬様、こんにちは!」
東雨がわざと大声で、中を覗いた。慌てて近衛兵が飛び上がる。
「……なんだ、東雨じゃないか。脅かすなよ」
湖馬と呼ばれた近衛は脱力した。
「へへ」
と、笑う東雨の後ろから、犀星が音もなく姿を表した。湖馬はだらけた姿勢のまま、犀星に目を向けた。
「久しぶりだな。元気そうでよかった」
「! ……歌仙さまっ!」
湖馬の声が裏返る。慌てて姿勢を正すが、もう遅い。
「い、異常ありません!」
「ここは、近衛の皆さんの休憩所です」
と、東雨が後ろの玲陽に説明する。
「休憩ではなく、警備に当たっているはずなんだが」
と、犀星が思わず正論を述べる。東雨は楽しそうに、
「ここで休むことを許可したのは若様じゃないですか」
「別に許可したわけではない。彼らが自然にそうしていたから、放っておいただけだ」
「放っておいたって事は、認めたってことなんです」
と、東雨は笑う。まぁ、そうなるか、と、犀星はそのままにした。
もともと、近衛の警備範囲は、宮中の中央区域である。それが、五亨庵の立地のために、南の辺境にまではるばる出向いてこなければならない。少しくらい役得があってもいいではないか、と、犀星は本気で思っている。
犀星たちのやりとりよりも、湖馬は玲陽の姿に目を奪われていた。
犀星が従兄弟を連れてくる、という連絡は受けていた。その従兄弟が珍しい容姿であることも伝わっていたが、実際に眼にすると驚きを隠せなかった。
「初めまして」
と、玲陽は丁寧に礼をして、にっこりする。
「あ……はい」
と、湖馬は間の抜けた対応をする。
このような、玲陽の笑顔による一撃、は、完全に相手の警戒心を溶かした。
「さぁ、光理さま、こちらです」
東雨は、内扉に手をかけた。
「いらっしゃいませ!」
明るい東雨の声が響いた。
開かれる門の隙間から、ゆっくりと中の様子が明らかになる。
玲陽の顔が、生き生きと輝いた。
そこは、まさに五角形の壁で仕切られた不思議な空間だった。
青と白、銀色の取り合わせで整えられた柱と壁、黒檀の床と白い石畳で囲まれた静謐な大広間は、清純な空気で満たされていた。玲陽は上を見上げた。高い天井の近くには、ぐるりと部屋を一周する欄間があり、青く澄んだ空が、まるで建物の装飾の一部であるかのように輝いて見える。そこから吹き込む風は心地よく、さらに床に近いあたりにも通風口が用意され、常に空気が循環するようにできている。
「冬場は寒いんですけど、夏は逆に外よりも涼しいんです」
と、東雨が言う。玲陽は小さく頷いた。
「この風の通り道……歌仙の屋敷で使われる、避暑の工夫が生きています」
その言葉に、犀星はかすかに嬉しそうな顔をする。
五角形の大広間は、辺を取り囲むように板張りの艶やかな回廊が巡っている。いくつかの机や棚が置かれ、個人が仕事に取り組みやすい配置だ。その外側には、外壁との間の空間があり、いくつかに仕切られた小部屋になっている。部屋に戸はなく、衝立が置かれていた。
中央は、板張りの回廊から数段を降りて、石畳になっている。石畳には長榻が二脚、その間には長い几案が用意されていた。どうやら、みなが集まって話し合う空間らしい。足元には柔らかな毛氈が敷かれ、まさに五亨庵の中心がこの場所であるということが示されていた。
入り口の内扉の前で、玲陽は立ち尽くしていた。玲陽の視界に、ちらりと光が踊った。それは彼にだけ見えた幻だったのだろう。玲陽は自然と、その光に導かれるように、中央へと歩んだ。そこで立ち止まり、ゆっくりと一周、見回した。まるで、この五亨庵という空間に、抱かれているような感覚があった。それはどこか犀星の気配そのものでもある。
東雨は、そんな玲陽の素直な反応を眺めていたが、やがて、そっと声をかけた。
「あそこが、若様の席です」
入り口の真正面に、ひときわ大きな几案が据えられている。床に座らず、交椅を用いている。刀を帯びたまますぐに動けるように、という犀星らしい選択だった。
美しく、神聖さを醸し出していると同時に、軍事や政治の機能性も兼ね備えているその構造は、犀星の心そのものを映し出しているかのようだった。
五亨庵は、あなた自身なのですね。
玲陽は、思わず自分の身体を抱きしめていた。
犀星が堪えきれない、という仕草で、その肩を抱こうと腕を上げた時、落ち着いた男の声がした。
「ようやくお戻りですか。随分と長い休暇でしたな、伯華様」
左奥の小部屋から、初老の男が姿を見せた。びくっとして、犀星は手を引っ込めた。
「玄草」
と、字を呼ぶ。玲陽はぼんやりしていた心を引き戻した。
その男は、蓄えたひげをひねりながら、背筋を伸ばしている玲陽と向き合った。
「玄草様……」
玲陽は裾を揺らして一歩進み出ると、まるで宮中で育てられた若君のように、優雅に礼をした。
「慈玄草様。お目通り叶いまして光栄にございます。犀光理にございます」
美しい鐘のような玲陽の声が、五亨庵の澄んだ空気に響く。
これを待っていたのだ、と、犀星は思った。この地に五亨庵を構えた時から、必ずや玲陽を招くと決めていた。
犀星は自分がどこにいるかも忘れてしまうほど、気持ちが高ぶっていた。
慈圓は、落ち着きのない犀星と、冷静に自分を見つめて立つ玲陽とを見比べ、そして、大袈裟なほどのため息をついた。
「侶香は、随分と面白い人間を育てたようですな」
唐突に慈圓が口にした名前に、犀星と玲陽は顔を見合わせた。
「あの?」
と、玲陽が困った表情を見せた。自分は何か失礼なことをしただろうか。
慈圓はにやり、と笑った。その顔はどこか、犀遠に似ていた。
「いや、光理どの。失敬した。おぬしの義父、犀侶香はわしの盟友でな。あやつがどんなふうにおぬしを育てたか、楽しみにしておった。伯華さまがこの調子ゆえ、もしや光理どのも似たような破天荒であってはと案じていたところだ。だいたい、伯華様ときたら……」
「玄草、その話はまた後にしてもらえるか?」
犀星が、まるでそれ以上話されては困る、というように遮った。玲陽はもっと聞きたい顔をしたが、こればかりは勘弁してほしい、という犀星の目に、苦笑して黙っていた。
「陽の登録に行きたい」
犀星はわざと忙しさを装うように、自分の席に寄ると、脇の箪笥の中を探す。
「何をお探しですか」
と、慈圓が近づく。
「王印」
と、一言、犀星は答えた。
「え! 無いんですか?」
東雨は犀星と一緒に、几案のまわりを探し始めた。
「王印?」
玲陽が慈圓に問いかける。
「親王が公式文書に用いる印のことだ。五亨庵では第一の貴重品だな」
冷静に、慈圓は言った。玲陽は目を丸くした。
「そんな大事なもの……!」
「心配には及ばん。おそらく……」
慈圓は落ち着いた様子で、几案のひとつに向かう。そこは、もう一人の五亨庵の官吏である、緑権の席だ。
犀星や慈圓の机上がきちんと整理されているのに対し、そこだけはまるで子供が散らかしたように、ものが雑多に置かれていた。筆は墨が固まったまま放置され、筆架も斜めに傾いている。木簡や竹簡が広げられたまま山をつくり、その隙間から硯が見えた。さらに机の端には算木が立てかけられ、中身のわからない袋や箱の類も不揃いな層を作っている。几案だけではなく、交椅の上にまで物が重なり、一番上には湯呑みがふたつ、乗っていた。
慈圓は慎重にそれらを避けながら、錦の袋を引っ張り出した。残念ながら、中身は空だった。
「あやつめ……」
憎々しげに愚痴りながら、慈圓はなおも周りをひっくり返した。
黒い小さな王印は、几案の下の毛氈の中から見つかった。
「どうしてそんなところに……」
東雨が、ぎょっとした。
慈圓はちらっと、今はいない緑権の代わりに、交椅に座る湯呑みを見た。
「しばらく前に仙水が来て、花街の警備の王旨が欲しいと言ったので、謀児が対応したのだ」
「それって、もう、一月も前じゃないですか」
東雨はげっそりとした顔で、
「謀児様、ずっと王印を踏んづけて生活していたんですね」
「そういうやつだよ、あれは」
慈圓は。王印を錦の袋と共に犀星に渡しながら、
「申請書は、ご自分でどうぞ」
まるで、邪魔はしませんよ、というような慈圓の口ぶりだった。
犀星は玲陽を見た。その目が、こちらに来い、と無言で伝える。玲陽は少し緊張しながら、犀星のそばに立った。犀星はそっと玲陽の背にふれて、座れ、というように促す。戸惑いながら、玲陽は犀星の席に座った。
東雨はそっと慈圓に近づき、並んで様子を伺った。慈圓は腕を組み、特に咎め立てすることもなく、ふたりを見守っている。
犀星は数枚の木札を丁寧に机上に広げた。それから墨を溶き、筆先を整えて、申請文をしたためる。その内容はすでに決めていたらしく、筆のはこびによどみはなかった。
『犀光理を以て、親王の左右に近く仕えしめ、その職を以て、親王の代理として事の一切を委ねる』
玲陽は、その一文に息を飲んだ。それは紛れもなく、自分を犀星と同列に扱うという内容だ。
何か言おうとした玲陽の唇に、犀星は素早く指を当てた。わずかに目を震わせ、玲陽はうつむいた。
犀星は箪笥から、小皿に盛った印泥を取り出し、申請書と並べた。王印を布で丁寧に拭い、印面を確かめてから、少しずつ朱をつける。
無言で進むその様子を、玲陽はじっと見ていた。用意が整うと、犀星は玲陽の後ろに立ち、背中から抱くように右手を取った。そして、玲陽の手の中に、王印を預けた。
ちょっと、待ってください……!
さすがに驚いて、玲陽は犀星を振り返った。
犀星がしていることが、どれほど大胆で常軌を逸しているか。宮中の儀礼に通じていない玲陽にも明白だった。
困惑する玲陽に、犀星はささやいた。
「受けて欲しい」
玲陽はためらい、問うように慈圓に目を向ける。慈圓は黙ったまま、かすかに笑っていた。東雨も何も言わない。
玲陽は改めて書面を見た。それから、ふたたび犀星を見た。犀星の蒼い瞳は確かに潤んで、自分だけを見つめていた。
もう、玲陽には頷く以外にできなかった。
そっと、犀星の手が導き、文末の署名が記された上で止まる。玲陽の手は震えていた。犀星の手も、やはり震えていた。やがて、互いを打ち消し合うかのように、そのさざなみは静まっていく。そして、凪。
どちらからともなく、手を下ろした。静かに、犀星の名に、印が重なる。
雲が切れたのだろうか。
差し込んできた日の光がふたりを照らし、甘い風と暖かな沈黙が辺りを満たした。
群青の中に光を抱いて、五亨庵は静かに、始まりを予感していた。
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