あにおと

ふゆ

文字の大きさ
2 / 6

いちごと弟

しおりを挟む

(兄21・弟15)


 それはある春も近い冬の日、最近つかまり立ちを覚えたばかりのコウスケと、キョウスケが炬燵で戯れていた時のこと。
「キョウスケ、苺食べない?」
「苺?」
「おばあちゃんが送ってくれたのよ」
 と、上機嫌な母が持ってきたボールの中には大粒の赤い実がゴロゴロあった。母が炬燵のテーブルに置いたそれから一つ手に取り、ヘタをちぎってかぷりとかじりつく。
「あまい」
 じゅわりと溢れるみずみずしい汁の甘いこと。
「まだいっぱいあるから、それは食べちゃって大丈夫よ」
「うん、ありがとう、母さん」
「あとで、おばあちゃんにお礼の電話しなさいね」
「うん」
 優しく微笑む母に礼を言い、台所へ戻っていく背中を見送ってから新たな苺を手に取ると、ぐいぐいと腰のあたりのトレーナーを引っ張られる感覚があった。首を動かし、引かれている方を見る。引っ張っているのは無論、さっきまでキョウスケと遊んでいたコウスケだ。
 もちもちのほっぺたにきらきらの黒目で見上げてくるコウスケは今日も世界一愛らしい。今日のコウスケが着ているのは、トラさんのトレーナーとズボンだ。数あるコウスケの衣服の中から、キョウスケが選んだ。
「コウも食べる?」
 離乳食も始まり、なんでも食べたい小さな弟だ。苺なら大丈夫だろうと踏んで、ヘタを取り、キョウスケは一口大に割った実を、まんまるの目で待つコウスケの口元に差し出した。かぷり、とコウスケがキョウスケの指ごとかぶりつく。キョウスケが指を引き抜くと、コウスケはしばらく口をもぐもぐ動かして、こくりと頬が動いて、またじっとキョウスケを見た。心なし、小さな口が物欲しそうにあいて、あー、うー、しているような。
「はい、コウ。あーん」
 『おかわり』を差し出すと、コウスケはまたかぷりっ、とキョウスケの指ごと食べて、もぐもぐして、無垢な黒目がまたじぃっとキョウスケを見上げた。


「コウ、口を開けろ」
「んぁ」
 かぱとあいた口の中に、キョウスケはヘタをとった苺を押し込む。押し込まれたコウスケは、兄のマンションのリビングで、二人がけのソファーに腰かけて、つい先ほどまで参考書を読み耽っていたのだ。ほとんど反射であけた口に押し込まれた苺の果汁が、長く集中していてカラカラになった頭と喉を潤していく。
 押し込んだキョウスケはというと、いつの間にか持ってきた苺のパックを座卓に置き、コウスケの隣でせっせとヘタ取りをしているのだから、なんというか、この兄は本当に弟に甘い。旬のメロンのように甘すぎる。
「糖分もとらないと頭によくないぞ。だが生憎、この家に糖分らしい糖分は今、苺しかない」
「おれ、自分で食べるからおいといていいよ」
「手が汚れるぞ。ベタつくし、洗いに立つのも面倒だろう」
 ほら、とキョウスケが口元に差し出した赤い実を、コウスケは怪訝な目をしながら口内に招き入れた。噛む。汁がでる。甘い。うまい。お高い苺の味がする。
 苺は甘い。手も汚れない。故に立つ必要がない。それはとてもいいことだとコウスケも思う。いいことだけども。
「兄さん」
「うん?」
「なんか、楽しそうだね」
「そうか?」
「うん。いきいきしてる」
「そうかもな」
 はい。また新たな苺が口元に突き付けられる。それをくわえ、うろんげに見上げるコウスケの視線をキョウスケは笑い、
「なに、懐かしいことを思い出しただけだ」
 と、摘まんだ赤い実を一つ、形のいい唇の奥に押し込んだ。


+++++
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

処理中です...