夜が長いこの世界で

柿沼 ぜんざい

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-第1夜-トナードの人狼

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 “人狼”は闇夜にうごめく。

 夜になると奴らはその化けの皮を剥がし、本来の姿に返る。

 そして、密かに人の血肉を喰らうんだ。それが奴らの食事であり、習性だ。

 今宵も何処で、また……


 私は昨日から人狼調査の為に、王都から大分離れた所にある田舎の小さな村。トナードを訪れていた。

 目撃情報によれば、この小さな村トナードには人狼が一匹は潜り込んでいると言う。

 その為に私が昨日から泊りがけで調査をしていたんだけど……。

「きゃあぁぁぁぁ」との大きな悲鳴で私はすぐさまに宿を抜け出し外に出た。悲鳴の方に駆け付けてみれば既に周りに野次馬が。

「何かありました?」

 私は野次馬の元へと近付きながら、そう尋ねた。

「そ、村長のパルポードさんが……」

 涙を目に浮かべ、そう震えながら指差す地面ほうには昨日の昼間に私を快く歓迎してくれた老人の亡骸が。

 (捕食痕……人狼の仕業か)

「取り敢えず皆落ち着いて」

 私は野次馬らにそう呼び掛ける。

「落ち着いてられますか!」

 一人の婦人がそう私に言ってきた。他の人もそうだ。皆がパニックに陥っている。まぁ、それも無理もない。

「一先ず……保安局か警務局に連絡を……。それと、念の為ににも連絡をして」

「お嬢さん、確か昨日トナード入りをした旅人さんだろ?」

 一人のおじさんが私にそう尋ねてきた。

「えぇ、そうだけど?」

「旅先でこんな事件に巻き込まれてるのに、随分と落ち着いているじゃないか。まだ若いのに肝がわってる」

「そう?これでも結構、怖いよ?普通に」

 嘘はいていない。だってこの野次馬の中に村長を殺した人狼はんにんが居るかもしれないんだ。私が聖導教会の聖職者プリーストである事をバレる事を凄く恐れていた。当然のことだ。

 もしかしたら今、話しているこのおじさんがそうである可能性も否定出来ない。

「そうかい、出来た子だ」

「それはどうも」

 そんなやり取りをしているうちにこの場から一旦去っていた一人の若い女性が戻って来た。

「い、一応、村の保安所に報告してきました。そ、それと……保安所を通して、(保安所の職員が)保安局と聖導教会の方に連絡をしてくださりました……」

「ありがとう。この村に一番、近い(聖導教会の支部)は第8支部かな……到着までに時間が掛からないといいけど」

 それから副村長や村役場の人達の指示で私たちは村で唯一の大きなホテルに集められて泊まることになった。(一部、私がそうするように誘導、仕向けた)

 これに応じない者は犯人である可能性が高いと見なされ、隔離監禁をすると半ば強引な手を使ったおかげで村に住む者(宿泊者を含む)を全員、村長殺しの容疑者としてホテルに集める事が出来たんだ。

 後は保安局か聖導教会のどちらかがトナード入りをしてくれる事を願っていたんだけど……。

 どうやら、その必要はなかったみたい。だって、人狼はんにんさんの方から現れてくれたから。しかも私の部屋に。

「村長が何者かに殺された恐怖から寝付けない夜。もしかしたら村長はに食べられたのかもしれない……そんな不安と孤独に震える少女わたしを守ってくれる騎士様ナイトは貴方かしら?」

 私は付き窓の前(物置き場)で横の壁を背にもたれ掛かりながら(足は反対の壁に着けている)、扉を開けて入って来た男にそう言った。(鍵はわざと掛けなかった)

 窓の外は青白い夜と白き輝きを放つ月が今日も綺麗に世界を照らしていた。

「白々しい嘘はよせ。あの慣れた感じに冷静な判断。お前、人狼狩りか?」

 窓から差す光が彼の顔を照らした。そこにはこのホテルの従業員の顔があった。先程、野次馬の中に紛れていた従業員の彼の顔が……。

「んーまぁ。そんな所…かな?」

 私は窓(の部分)から降り、彼と対面する。

「どうしてそんな私の前に現れたの?綺麗だから?」

 これに対し、従業員の男はケラケラと笑いながら「戯言たわごとを」と言った。

「おめでたい奴だな。これから、俺に喰われるっていうのに……。だが、こんな綺麗な女に会ったのは初めてだ」

「そう。ありがとう」

「貴様、歳は?」

「16」

「そうかそうか。丁度いい。熟れてる頃だな。食べるには少し惜しいが……」

 そう言うと彼は月光つきびかりを浴びながら、その身体を体毛に覆われたけだものへと変えていった。

「ゔ……あ゙あ゙ぁっ」

 そう声を出しながら、人狼は首を回して私の元へと近付いてくる。

「無駄な抵抗は寄せ。いくらお前が人狼狩りだろうとここは環境が悪過ぎる。それにお前は(人間の)女子供で一人。俺は人狼で一人だ。夜の人狼を倒すのは人間一人だと困難だということをお前が一番、知っている筈だろ?」

 人狼は余裕そうな表情かおでそう言う。

「そうね……には、そう言われてるかも、ね」

「一般的には?だと?」

 一旦、間を空けて彼は「まさか……お前……」と言った。

 そんな人狼に対し私は赤のマントで隠していた両腰に着けてある白銀の刃エルシオンを抜く。

「行くよ……“エルシオン”……」

 私は両手に握られた武器を使い、瞬く間に目の前の人狼に無数の斬撃を浴びせた。

 人狼は「ぷはぁ」と血を吐き、後ろに倒れた。

 だが彼は生きている。何故ならば急所を外したからだ。その理由は……。

「おい、化け物」

 私は倒れているそいつを踏み付けながら、刃を顔に向けた。

「この村に他に仲間はいるのか?いるとするなら、どれくらいだ?」

 この問いに彼は素直に答えた。そして私は彼を楽にさせて殺った。

 そのまま苦しんで死んでもらっても構わなかったんだけど、彼が死ぬ間際に「お前の美しさと強さに敗けた……」と言ってくれたからだ。

 だから私はこう言ってやったんだ。

「ありがとう」って。

 彼の証言は本当だった。村役場の中に、靴屋の中にそれぞれ一匹ずつ人狼が紛れ込んでいた。

 だから私は容赦なく返り血を浴びることが出来たんだ。

 ホテルの中は騒然としていて、恐怖の音で溢れていた。

 え?もし、彼が虚偽の証言をしていて、人を手に掛けていたらって?

 ……んー、まぁ、その時はその時ってことで。

 こうして私の活躍により、村から恐怖が消え去った。

 夜が明ける前に保安局の人達がトナード入りを果たした。私は自身の正体と事情を説明した。

 そして、その後に教会の第8支部の方々がやって来て、現場の実況見分と念の為の人狼調査が本格的に行われた。

 その結果、トナードにはもう人狼は居ないと判断されたんだ。

 任務を無事、遂行した私は次の目的地へと向かって今、歩いている。

 暗い夜は明け、太陽が世界を照らしている。

 私はサテライト=ヴィル・アストレア。

 16歳の聖職者プリーストだ。

 そして、人や人狼奴らは私をこう呼ぶ。

     と。
 





 

 

 

 

 
 
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