夜が長いこの世界で

柿沼 ぜんざい

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-第29夜- グランヴィル家の噂

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「さぁ、まだかね?僕を楽しませてくれよ。さん。僕は待たされるのが大嫌いなんだ」

 オーエンは脚を組みながらニヤニヤとこちらを見つめている。彼を囲むように周りにいる女3人も「早く見た~い」などほざいてやがる。

 (出し物なんて……何をすればいいんだ?この状況で……)

 私が困惑しているとレーネが私の裾を引っ張り出す。

「なんだこんな時に。どうした?」

 彼女の耳元で私が尋ねると「良い案があります。私に任せてください」と言い、キャリーバッグを開けようとし始める。

 (まさか、こいつ。見せた手品マジックをここで披露するつもりか?)
 
 レーネは彼らに「少々お待ちください」と伝えるとバッグから取り出したステッキとハット帽を取り出し、芸を始めた。

 よくある手品だ。杖から様々な色の花を咲かせ、ハットの中から白鳩を出す。仕舞いには彼女は口の中から色々な国旗が付いた糸さえも出してしまった。

 周囲の反応は偉く歓喜に包まれアンコールの声が上がっていた。

「ごめんなさいアンコールは無しで。マジシャン足るとも芸は1回きり。同じ芸は何度も見せませんよ」とレーネは彼らにウィンクを決めた。

 オーエンはとても喜んでいた。そして、あの老執事も例外では無かった。

「無茶振りを申して済まなかったな。まさか本当に芸を見せてくれるとは思わなかったよ。あれは一種の冗談ジョークだった。冗談ジョーク。いや~にしても凄かったよ。使い古された手品だったが、僕には1つもそのタネが分からなかったよ」

 彼は手を叩きながら椅子から立ち上がり、とても御満悦と言った表情であった。

 レーネに代わり私は「御満足して頂き、光栄です」と感謝の旨を伝える。私の可愛い相棒はこちらを見ながら「先輩は別に何もやってないじゃないですか?」と言わんばかりの目で訴えてきたが特に気にも留めなかった。

 すると例の老執事が私達に謝罪の意を伝えて来たでは無いか。これは思ってもみない出来事であった。

「いやはや申し訳ありませぬ。お二人を試すような真似をしてしまい。不本意ながらもこれは昔からの慣習でございまして」

「慣習?」

 私が不思議そうに言うと彼は「えぇ。代々より我がグランヴィル家はこの深い霧の森で迷った人達を無料タダで宿泊させておりました。しかし、その条件として当代の主に面白い見世物を披露するというのがありまして……その見世物で主を笑顔に出来なかった者や披露する素振りを見せない者。すなわち、勇気の無い者は屋敷に泊めず、追い出していたのです……。そしてこの慣習は今も残っており……先程のはその名残りと言いますか……」と長々と説明してくれた。

 余りにも説明が長過ぎた為か当主は「話が長いよ~爺や。それに僕の屋敷を我が物みたいな言い方はしないでよぉ~」とアルコールが回った人間みたいなテンションを見せる。(彼からは酒の匂いはしなかったが)

「いやはや私としたが申し訳ありませぬ。それでは旅人さん達をお部屋と案内致しますね」と老執事が言うとオーエンが「待った」を掛けた。

「君は良いとして、そこの君だ。赤装束に身を包んだそこの若い女」


 彼の言葉に私は自分の人差し指を自分の方へと向ける。

「そうだ。君だ。君の部下(?)は立派な芸を披露してくれたが君は何も見せてくれてはないじゃないか?先程はどさくさに紛れて自分が何かを成し遂げた…みたいな自信に溢れた顔をするが。君はどうなんだ?僕は君の宿泊をまだ許可していないぞ?」

 上手いことイケるかと思ったが人生はそう甘く無いようだ。

 私は一瞬、冷めきった表情をすると不気味なくらいの笑顔を作りこう言った。

「では、後ほどパーティーでお見せ致します。まだ、少し準備が必要なので」と。

 私の挑戦的な物言いに当主は「ほう。それは期待出来るな。楽しみにさせて頂くよ」と向こうも挑戦的に返して来ると「爺や、3階の部屋に彼女達を案内しておくれ。30マル7号室だ。そこなら空き部屋の中で最も広い筈だ。そこに彼女を今日、泊めさせる。すっかり外も暗く、冷え込んでるんだ。お湯の準備を他の使用人にもさせろ」と続けたのだ。

かしこまりました」

 老執事は腕を前に持って来て彼に頭を下げると私達をその部屋へと案内してくれた。

 部屋の前に着くと彼が鍵で扉を開けてくれる。

「どうぞ、ごゆっくり。お風呂の方はまだまだ準備がかかります故、ご了承ください。後ほど我が家うちの執事か家女中メイドがお湯を運んでくれますと思うので……では、」

 そう言い残し、扉を閉めた老執事は「ほっほっほ」と愉快そうに何処かへと向かって行った。その声は廊下にいながらも私達のいる部屋の中へと聞こえて来たのだった。

 ふかふかのベッドにダイブするなり、レーネも私を真似て隣に飛び込んで来る。ダブルだろうか?1つしかないがかなり横幅が広く造られたベッドだ。

「先輩酷いじゃないですか自分だけ何もしないで、私にだけ」

 突然、不思議なことを言い出すレーネに対し私は「何を馬鹿なことを言っているんだ?お前が勝手に始めた事だろ?」ととぼけ顔で返す。

「んんんんっー!まぁ、いいですけど!それより先輩、後で見世物を披露するって言ってましたけど何を披露するんです?」

「え、決めてない。ってか、そんな事言ったっけ?私、」

 またしても惚ける私に対しレーネは「まぁ、どうなっても私は助けませんけど~」と言ってベッドを降りた。浴室の方へと行った彼女に私は「まぁ大丈夫だろう。きっとあの老執事もオーエンも忘れているさ」と呑気なことを言い、「シャワーの方はどうだ?」と彼女に尋ねた。

 部屋の方から彼女の声が返ってくる。

「うーん、一応、出るには出ますけど……水だけだすね。量も少ないですし、お湯が来るまでこの部屋で大人しく待ってましょう」

「そうか……分かった」

 私もベッドを降り、窓の方へと向かう。

 (凄い霧だ……夜なのに空を見ても真っ白だ。辺り一面真っ白……)

 窓に付着している結露を意味も無く一滴すくい上げるとそれを人差し指と親指の間で擦り合わせた。

「しかし、良い部屋だな。本当に。いつかの王都の屋敷とは大きく違う。主は変わり者だが器を大きく、そして、霧に覆われた森山にたたずんでいるからか屋敷も一段と広く感じるよ」

 浴室から戻って来たレーネが「そういえば思い出しましたよ先輩」と前置きをしてこんなことを話してくれた。

「私の父から聞いた話なんですが、このルノウェ山一帯を有している一家がいるって話です。それってもしかしたら、この屋敷の主である、グランヴィル家だったんじゃないかなって!その一家は私有地であるこの土地の登山を許可し、日が沈む頃、霧で視界を悪くし道を迷った旅人達を無料タダで泊めてあげるって噂で……」

「なるほど、確かにお前の父から聞いた話とこの屋敷の件は非常に一致しているな。しかし、私は先程、敢えて何も言わなかったが気になることがある。例の老執事が言ってた件だ。主を笑顔に出来なかったり、見世物を披露しようとする意思を見せなかった者は屋敷に泊めず、追い出していたと言っていた。もし、それが本当だとしたらこの一族は平気で遭難者を見殺しにするような冷血な一家という事になるぞ」

 私の言葉を聞いてレーネは「あ~それはですね~多分、あの執事の悪い冗談だと思いますよ。ほら、ブラックジョークって奴です。あの執事って何かと人の心読んだり相手を試してたりする節があるじゃないですか?だから多分、私達の反応を見たかったんじゃないかな~って」と自分の考えを伝えてくれた。

「なるほど、ね。言われてみればそうだな。あの執事もこの屋敷の当主も人を試したりすることを楽しんでる節がある。そういうのが好きなんだろうな」
 
 その後、私達はお湯が届くまでトランプをして時間を潰していた。元 手品師マジシャンのレーネは聖職者プリーストとなった今も趣味で手品をしている為、普段から小道具を持ち歩いているようだ。

「2人だけのババ抜き程、盛り上がらないものも無いな」

「ですね。こんな時にイアン先輩がいてくれたらいいんですけどね、」

「でもあいつトランプ弱いからな~。何やらしてもいつもあいつが負けてるよ」

「えぇっ!そうだったんですか?」

「あぁ」

「所でイアン先輩はこの休暇をどう過ごしてるんですか?」

「実家に顔を見せに行くとは言っていたがそれ以外は聞いてない」

 「そうなんです……くっ」

 (ふっ、ジョーカーがレーネの元へ移動した。残り枚数2人合わせて11枚。この勝負も私の勝ちだな)

「どうした?レーネ。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?表情が歪んでるじゃないか?」

 ババを引いた彼女に対し、私は煽りを入れた。

「べ、べべ別に?いつも通りですけど?私は普段からこういう顔なんです?よ?」

「へぇ、それは大変、ブサイクだな」

 私は彼女の手元から♡の6を引いて、ペアを手札から捨てた。残る手札は♣︎の4、♡のQクイーン、♠︎のAエースの3枚だけだ。

「ぶ、ブサイクじゃないですし?私、可愛いですし!?」

 “敗北”という2文字がジワジワと近付いてくる実感に耐えられなくなったのかレーネはすっかり取り乱していた。

 (こいつはイアンより分かりやすい。やっぱり私と良い勝負出来るのは輝夜かぐやだけか。あいつのポーカーフェイスには何度も騙された)

 勝負も終わりが見えた頃、部屋をコンコンとノックする音が聞こえた。

 恐らくは老執事が言っていたお湯だろう。私はベッドの上に座ったまま「どうぞ~空いていま~す!」と言う。

「え、ちょっと先輩。鍵掛けてなかったんですか?不用心ですよ、そんなの」

 心配性なレーネに私は「一々かけるのが面倒だからな」とだけ答えた。

「失礼致します」と流れる様に入って来たメイド達によって私達の浴槽は満タンになった。

 去り際、一人のメイドが「予備のお湯を小樽2個分置いておいたので、お背中を流す時などにお使いください。またお湯は30分後にはぬるくなってしまうので入る時には早めを心掛けください」と言い残した。

 メイド達がいなくなり、再び静かになったこの部屋。私はレーネにお風呂に入ることを促す。

「この勝負はもう私の勝ちだ。レーネ、負けを認めて一緒に入ろう。お湯が冷め切ってしまう前に」

「いいえ、まだ入りません。白黒ハッキリと着けてからにします」

 一度、こうなってしまえばこいつは私の言う事を聞く耳を持たない。納得のいくように私は彼女の我儘ワガママに付き合ってあげることとした。

 まぁ、結局私が勝ったんだけど。
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