夜が長いこの世界で

柿沼 ぜんざい

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-第34夜- 不穏な空気

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 この話をし始めてから彼女の顔を見るのが怖かった。だって今、どんな表情で私のことを見ているか分からなかったから。

 そして、私もどんな表情かおで彼女の目を見ればいいか分からなかった。

 そうやって俯いていると「もう気にしてないですよ。サテラさん」と優しい声が聞こえた。

「え?」

 私はミニテーブルのバスケットから視線を上にずらし、彼女方へと向ける。シェイリさんはいつの間にか上体を起こしていて、先程のようにベッドの上に座っていた。心しか意識もハッキリとしていて酔いがめているような気もした。

「だからもう大丈夫ですって。本当に……。そりゃあ、最初に聞いた時は驚きましたし、直ぐにはその現実を受け入れられませんでしたけど……」

「けど?」

「別にそれはサテラさんは悪くないですし、仕方の無いことだと割り切りましたよ……そりゃあ、なんでそんな事を言うの?とか、これが事件の真相なら教えないで欲しかったとも思いましたけど……。でも、言ったじゃないですか?サテラさん。『真実は誰かに伝える為にある』って。『例え、それがどんな残酷な真実で、それを知ったことによって誰かを傷付けることとなっても、誰かにそれを伝えるべきだ。』って……」

 (そういえばそんな事言ったな……)

 彼女の言葉を聞いて私はなんて返すべきか考えているとその間もなく彼女は話を続けた。

「私、昔から誰かに嘘をかれたり、隠し事をされるのが大っ嫌いだったんです……だから……だから、上手く言えないんですけど、その……少し救われたって言うか……その言葉に……。それに私、もう未練とか無いですしね。サテラさんの言葉のおかげで私は前よりも明るく前向きになれた気がします。父とは上手く行かなくて、半ば縁を切った状態ですけど、その分、自立が出来ましたし。今はこうして色々な所を転々としながら新しい出逢いを求めて旅に出ていますから……。だから……だからその、もう気にしてないので、サテラさんも気にしないでください。ホント、ホントに大丈夫ですから」

 彼女は震えながらも涙声で最後まで言葉を言い切った。その長い言葉はまるで劇の中の悲劇のヒロインの様な台詞だった。

 (本当は苦しかったろうに辛かったろうに……)

 私は特にかける言葉もなく「そう……分かった。それなら良かった」とだけ返した。

 これは決して私が薄情だからでは無く、の事だった。

 互いに全てを話し終えた私達は少しの沈黙を過ごし、それから最後の一杯を互いに楽しんだ。ワインの瓶とバスケットの中が空になると彼女は「貴女と話せて良かったです。サテラさん。まさかこんな所でまた会えるとは思っていなかったので」と言ってきた。私も「えぇ、それはこちらもです。また会えて良かった……私、あれから本当にこれで良かったのかって時々、悩んでたんです。でもシェイリさんと再開出来て、こうやって夜中に2人でお話し出来たことで自分の行いに少しは自信が持てました。こちらこそ、ありがとうございました」と感謝の意を伝えた。

 シェイリさん薄ら笑いをしながら「私は何もしてないですよ」と言うと「ひっく」と再びゲップをし、「それでは今夜はありがとうございました。また会えるかどうか分からないですけど、その時はよろしくお願いします」と言って右手を差し出して来た。私は「きっと会えますよ、また」と彼女の手を握った。

 彼女の去り際、レーネにも見送らせようとしたが心優しいシェイリさんは「寝ている人を起こすなんて野暮ですよ」と言い、私だけの見送りだけで十分と断った。なら「せめて私が部屋まで見送りますよ」と言うとそれも彼女は断り、「大丈夫ですから」と言ってバスケットと瓶を持って部屋を出て行った。

 廊下で私は彼女に「それではおやすみなさい。明日の朝は話せるか分からないので今のうちに言っておきますね。素敵な出逢が見つかるといいですね」と言える内に伝えといた。彼女も「えぇ。そちらこそ頑張ってください。これからも活躍に期待しておりますよサテライトさん」とちゃんと名前を呼んでくれて、最後に「良い夜」をと手を振ってこの階を後にした。

 それから私は部屋に戻り、寝ようとしたが、このタイミングでレーネが五月蝿うるさイビキをかき始めた為、なかなか寝付けず、窓を開けて換気をしながら深い霧を一人眺めていた。

 (夜中でも霧は濃いな。一体、いつになったらこの霧は晴れるんだ?)

 ヒンヤリとした冷気で少し酔いがめて来た私は歯を磨き、頑張って寝る準備に入ろうとしていた。

 レーネが爆音で寝ているダブルベッドの上に入り、彼女に背を向ける形で布団を身体に掛けようとしていた時に『コンコン』と何処から音が聞こえた。

 私は一瞬、聞き間違いか別の部屋かと思ったが再び部屋の扉をノックする音が聞こえた為、ベッドを降り、扉の前に向かうと扉越しに声を掛けられた。

「おっ、起きてた起きてた。すみません夜分遅くに。じ、自分は隣の隣の部屋の30マル9号室のフローと言いまして。あの、今、5階の遊戯室でビリヤードとダーツをして遊んでいるので良かったら……と思いまして」

 私はその単語ワードを聞いた瞬間、即座に扉を開けて顔を外の彼に見せた。

「良いですね。ダーツにビリヤード。素晴らしい趣味をしている。丁度、私も寝付けない所でしてね?それで、場所は!?5階の遊戯室とは一体、何処にあるんですか!?」

 身を乗り出すようにして彼に顔を近付けた私はパーティー中に接触して来た男共となんら変わりに無かったと思う。

 困った顔を見せる彼に私は我に返り「す、すみません……」と言いレーネを部屋に置いて彼に着いて行った。5階の遊戯室へと着いた私は彼と共に部屋へと入る。

「おっ、フロー良い人連れてきたじゃねぇか。丁度、女が欲しかったんだ。ここは男いねぇしな」

 そう歓迎してくれた男は左目に傷の入ったカタギとは思えない見た目の男だった。口には葉巻をくわえてい。非常に煙たい男だ。(二つの意味で)

「ちょっと、酷いねぇアンタ。アタシは女じゃないって言うのかい?」

 そう反応を示す奇抜な髪色の女性はディーラーの様な格好をしている。騒ぎがあった時、私が話し掛けた女性だ。彼女は確か、美容師をしているらしく今日のオーエンの髪型は私がカットしセットしたものだとビンゴ大会の時に周りに自慢をしていたのは覚えている。

 他には保安官風の男とガタイの良い男が部屋にいた。この2人も覚えている。騒ぎが起きた時、2人の男を取り押さえ、即座に気絶させた者達だ。

 まだ起きていたとは……。意外と皆、夜更かしだ。

 そんな事を考えていると目に傷の入った男が話し掛けてくる。

「おい女。お前、見た目は餓鬼だがビリヤードのルール分かるか?」

 女呼びされた事と餓鬼扱いされた事が結構、イラッと来たがここは抑えろ抑えろと自分に言い聞かせ「えぇ、人並みには」と言ってゲームに参加した。

「ほれ次はお前の番だ……あ~名はなんだ?」

「サテラ……サテラで良い。キューそれを貸してくれ」

 私は傷男からそれを受け取り、慣れた手付きでボールを滑らせた。

「ほう、キスショットか……」と傷男が反応をし「狙ってやったのか?」と保安官が訊いてくる。

 私は「偶然ですよ」と鼻にかかる言い方で微笑んだ。

 それからは私の独壇場であった。ジャンプショット、スネークショット、カーブショットと特殊ショット得意技で周りを魅せ、かつ確実に入れたい穴にボールの番号ナンバーを落とし入れてみせたからだ。

「アンタ天才だよ、サテラ。人並みにしかやった事ないって言ってたけど嘘でしの?」

 美容師が私に尋ねてくるが「本当ですよ」と私は返した。

 「ほれ次はアンタの番だ。どうせナインボールワンショット狙いなんだろ?」

「まぁな」

 私は保安官からキューを受け取ると力強く球を弾いた。

 で、結局、ビリヤードは私の一人無双に終わった。他の者達はそれを快く思わなかったのかダーツをし始めたかそれも私の独壇場に終わった。それで、12時には なる頃には私を誘ったフローとガタイの良い男は眠ると言って部屋を後にし、遊戯室には私と美容師と傷目の男、保安官だけとなった。

「どうする?4人になったけど、またビリヤードする?それとも台あるからルーレットでもする?私、本職は美容師だけど最近は夜の仕事でディーラーもやってるから一応、回せるけど?」

 ルーレット台に手の平を付けて美容師はボールを転がしながら言った。彼女の提案に乗ろうか乗らないか私を含め3人が考えていると「きゃあああああ」と言う大きな叫び声が何処からか聞こえて来た。

「おい、今なんか悲鳴みたいの聞こえなかった?」

 傷目の男の発言に保安官も「あぁ、確かに聞こえた」と言う。美容師は「どうせゴキブリが出たとか、お湯が出ると思ってシャワー浴びたら冷水だったとか、で女が叫んだんでしょ?」と特に気にしている様子は無い。

「どうする?一応、見に行くか?」

「見に行くかって、場所が何処かも分からないんだぞ?この屋敷は5階建てで、地下室もある。別棟だってここを含め3つあるんだし、叫び声の特定なんて無理だろ?」

 傷目の男は保安官の発言に見事、正論で返す。

「どうする~? 遊戯ゲームの続き、やらないならアタシはもう寝るけど?遅くても明日の昼にはここを出たいし」

「辞めだ辞め。俺も醒めちまったわ、なんか……どうせ次の遊戯もサテラそいつの一人勝ちなんだろ?全く……運に愛された奴だぜ」

 美容師はまだやってもいいと言わんばかりの雰囲気だったが傷男の言葉で一気に解散ムードへと向かって行った為、私達はここでお開きという事にした。

 鍵を借りていた美容師が部屋の鍵を閉め、ミシェルさんの所に返しに行くと言った。男二人はそれなら任せると早々に部屋に戻って行ったが私は一人で返しに行かせるのもなんだが気が引ける気がして彼女に同行する事にした。

「アンタ優しいんだな。別にアタシは良いって言ったのに」

 廊下を歩いているとふいに美容師がそう言ってくる。

「一緒に遊んだんだから返しに行くのが道理でしょう。あの男二人が薄情なんですよ。特にあの傷目の男。私のことを何度もイカサマ扱いしやがって……」

「まぁ、そう思われるのも無理は無いでしょ。アンタ強過ぎだし。ねぇ、アタシだけに教えてよ?同じ女のよしみって事でさ?」

 どうやら彼女も疑っているらしい。だけど私は本当に何もしていない。決してイカサマなど……。

「無いですよそんなの。だって、本当に実力で勝ったんですから」

「はいはい(笑) じゃあこれでどう?アタシの名前を教えてあげるって事で?」

 ニコニコしながら彼女は私の顔を覗き込むように言う。まだ信じてないようだ。ヤレヤレと思いつつも私は「タネも仕掛けもないですけど、貴女の名前は気になるので名前だけ教えてください」と言おうと思った。言おうと思ったんだ……。

 だが、それも叶うことは無かった。突然、現れた“一人の人間の存在”によって……。

 それは階段の踊り場の近くに来た時に現れた。突如、女性が私達の前に姿を現した。息をゼェゼェハァハァと激しく切らし、顔色を青くし、汗に塗れたメイドが私達の前に飛び出てきたのだ。

「なっ、何?どうしたの?」

 美容師が彼女の元に駆け寄る。だがメイドは相当、同様しているのか、なかなか言葉を発せず、呼吸もとても乱れていた。

 ただ、メイドはこちらに顔を向けながら右手の人差し指だけを階段の方へとさしていた。先程の女性の悲鳴と言い、これはただ事では無いと感じた私は美容師より前に出てメイドの前で腰を下ろした。踊り場の所で脚を崩して座り込んでしまっている彼女の視線に合わせる為だ。

「落ち着いてください。どうかしましたか?何か……」

 酷く怯えた様子だった。身体をプルプルと小刻みに震わせ、未だに尚、何も声を発せずにいる。ただ、彼女の指さす方に何かがある。そう信じた私は美容師に「彼女を頼む」と言い残し、階段を駆け下りた。

 4階、3階と降りるが廊下は静かで特に変わった様子は無い。だが、2階へ来た時、私はその異変を悟ったのだ。

 パーティーの片付けをしていた筈の執事やメイドが沢山、廊下を駆け足で行ったり来たりとしていた。

 (こ……これは……一体、)

 するとここに偶然、レーネが駆け付けた。

「せ、先輩っ!探したんですよ?部屋に居なくて心配したんですからっ!」

 若干、寝癖が残っていて目も三重になっている。この様子から見るにほんの数分前まで寝てたという感じだろう。

「レーネ、それは済まない。理由は後で話す。それよりお前は……」

「えぇ、寝起きですっ!外が何やら騒がしてくて、何人もの人が廊下を行ったり来たりしてる音が聞こえたので、慌てて部屋を出て来てしまいました……」

 レーネは私が言おうとしたことを見抜いていたみたいだ。

 (慌てて出て来た……ん?待てよ?という事は……)

「おい、まさかお前、部屋の鍵を閉めずに来たのか?鍵は今、私が持っているし……」

「え、えぇ、そうですよ?だって先輩、言ってたじゃないですか?昔、暮らしていた家では鍵をかける習慣が無かったって。だから、大丈夫かなって……」

 (バカ!307号室あそこには“神器”があるんだぞ!誰かに部屋を入られたら……)

 私はレーネをその場に置いて上へと駆けるように向かった。部屋の前に着くなり私は即座に中へと入り“神器”を確認したが、誰かが私達のアタッシュケースを漁った痕跡は無かった。安堵したのかホッと息が出た。すぐ様、2階へと戻ろうと扉を開けるとそこにはがいた。

「……なっ、貴様……何故ここに……」

「やっと始まったみたいね。面白いコトが……ふふふっ、今夜からしばらくはになりそうね」

 そう言い残し、彼女は背中をこちらに見せたまま、手を振って去っていった。

 私はただ無言で彼女の開いた背中を見ていた。
 
 

 
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