夜が長いこの世界で

柿沼 ぜんざい

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-第33夜- 楽しい一夜(ひととき)

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 (な、何故あいつが今、ここに……)

 私はの存在に驚きを隠し切れないでいた。そんな事を知るよしもなくレーネは隣にやって来た「先輩?どうかしました?」と尋ねて来たが今の私にはそんな言葉、耳から耳へと筒抜けで行っていた。

 2度目の修羅場か10分程が経ち、時刻はもう20:50となっていた。参加者達の口数も減って来て、料理を手に取る者や料理自体が減って来た頃、執事長とオーエンが再び、部屋へと戻って来た。

 先程と同じように執事がグラスとスプーンで音を鳴らすと辺りは静まり返る。

「皆様、今宵は楽しまれておりますでしょうか?先程、約3名程、気分を害された……と申し出る者がいらっしゃったみたいで今現在、彼はご自身の泊まる部屋で休まれておりまする」

 先程まで険悪な雰囲気に包まれていた室内が笑い声でごった返す。彼の底知れぬ技量に驚かされるばかりだ。

 (にしても今の話、あのウンガーってオッサンのことと気絶させられた2人の男の事を言っているよな)

「という冗談はさておき、それでは皆様、お待ちかねのバースデーの時間です。今回は我が主が主役の為、特大サイズのケーキを長らく愛用させて頂いているお店に作ってもらいました!」

 盛大な拍手に包まれるとミシェルは指をパチンと鳴らした。その合図により、扉が開かれ執事やメイド達が荷台の手押し車サービスワゴンにとても大きなホールケーキを乗せて運んで来た。そのケーキはあまり高くない天井のシャンデリアにも届きそうな程、高さがあった。参加者達もそのあまりの大きさに「おぉ~」と声を上げていた。

「それでは今からわたくしが、我が愛しの主の為に。主の歳の数だけの蝋燭ロウソクに火を着けていきたいと思います。マツ君、脚立を。スコール君はマッチの方の準備を」

 ミシェルに名指しされた2人はそれぞれ言われた通りにそれらを持ってくると、執事長が脚立に乗り、ケーキの頂点てっぺんに立つ蝋燭に火を着けて行った。

「危ないから気を付けてくださいね」

 近くの女性に心配される執事長。彼はニッコリと笑うと心配した女性に対し「大丈夫です。屋敷うちの執事達が脚立を押さえてくれておりますので」と返した。それに付け加えるようにさっきの争いを止めたガタイの良い男が「万一の時は俺が受け止めるからいいさ」と女性を安心させた。

 こうして執事によってケーキの蝋燭の火が全て着けられると室内が暗転し、彼の誕生を祝うムードへと変わって行った。

 そして、始まるバースデーソング。「ハッピーバスデートゥユー」と共に始まった歌と共に室内に鳴り響く手拍子。正直、『なんで私はこんな事をやらされているのだろう』と思いながらも無言で手拍子をしていると隣に人が立つ気配を感じた。『また老執事あんたか』と心の中で呟きながら横を見ると、そこには女性が立っていた。

「久しぶりだな、赤ずきん。まさかこんな所で再開出来るとは思わなかったぞ?10ヶ月振りかな?」

 彼の生誕を祝う歌と手拍子の中で女はそう言った。

「やはりだったか。でも、何故、お前がここにいる?オーエンに招待でもされたのか?」

 そいつは私の問いに答えることを無く質問で返して来た。

「貴様こそどうしてだ?まさかこの霧の深い森の中で道でも迷ったのか?」と。

 私は「あぁ」とだけ返すとそいつを強く睨んだ。そいつは「おぉ、怖い。せっかくの美人が台無しだぞ」と言い、急に顔を近付けたかと思うと「今宵は面白いモノが見れそうだ」と意味深な事を耳打ちし、私の近くから離れて行った。

 (……?一体、何のことを言っているんだ?まさか、あいつこの屋敷で何かしでかす気か?)

 私の不安を他所よそに当主オーエンは脚立に乗り、全ての火を消し終えた。火が消えた同時に部屋の明かりが戻り、オーエンはゆっくりと脚立を降りてくる。

「オーエン様。蝋燭の火を吹き消す時、何を願われましたか?」

 ミシェルの問いに彼は「うん?今年も楽しいことがいっぱいありますようにって願ったよ?」と答えた。それを聞くなり執事は「左様でございますか」と微笑みを浮かべる。

 こうして火消しの儀式は終わり、使用人達によってその大きなケーキは切り分けられ、小さな皿へと乗せられて運ばれて行った。いつの間にか料理やワインはテーブルの上から消え、代わりに沢山のグラスがタワー状になって運ばれて来た。

 (まさか、シャンパンタワーでもやるつもりか?)

「その、まさかでございますよ」

 横からぬっと顔を出してきたミシェルに私は動じなかったがレーネはギョッとした顔で変な声を出した。

「楽しまれていますかな?お二人さん」

「まぁ、ボチボチと言った所でしょうか、ね」

 私がそう答えると「それは何より。では私はシャンパンの方をやってこなければ」とタワーの方へと向かって行った。

 タワーの近くに来るなり「皆さん、今から最初の催し物をお見せ致しましょう。上流階級の皆様なら見慣れた光景。シャンパンタワーでございます。発酵のキツい銘柄の為、事前にこちらでデキャンタージュさせて頂きました。それでは始めさせて頂きます」

 ミシェルは先程、バースデーケーキの時に使った木製の脚立を再び持ってくるとそれに乗り、タワーの最頂点テッペンからトクトクとそれを流し始めた。
 シャンパンで満たされたグラスが下のグラスへと流れ落ちる光景は一種の芸術で、私はその枝分かれして落ちゆく滝の中に沢山の輝きを見た。

「んーっ、なんて素晴らしい光景だ」

「とてもかぐわしいな」

 近くにいるたくましい顎髭の男性と端正な顔立ちをしたハット帽を被った若い男がそんなやり取りをしていた。

「綺麗ですね、」

「わ、ビックリしたっ!シェイリさんいつの間に」

「どうも~」

 彼女はケーキの皿を持ちながら素敵な笑顔を見せる……と言うよりケーキがそんなに美味しいのだろうか?至福のひとときって表情だ。

「もういいんですか?」

「何がです?」

 彼女はとぼけた事を言うとケーキを一口を口の中に運んだ。

「恍けないでくださいよ。素敵な男性方に呼ばれていたじゃないですか?もう話して来なくていいんですか?」

「あ~そういう意味ですか。えぇ、もう話は終わりました。彼らと話していて大体分かったんでいいんです」

 彼女はまたケーキを一口、フォークで運んだ。

「大体分かったとは?」

 言葉の意味が分からなかったので尋ねると彼女は「相性……とかかな?合わなかったんですよ彼らとは。なんか違うって言うか……私が求めているモノとはちょっと違うなって」と微笑みながら答えた。

 「シェイリさんが男性に求めているモノってなんなんですか?」と尋ねようとしたが、それを訊く前に彼女はジェントルマン風の白髪のお爺さんに声を掛けられ「ではまた!」と言って移動し始める。私は作り笑顔で軽く手を振ると彼女も手を振りながらまた何処かへ行ってしまった。

「あれ、そういえばレーネは?」

 周囲をキョロキョロと見渡すと案の定と言うべきかレーネはケーキを貰いに列に並んでいた。「もう一個ください~もう一個だけ~」と駄々をこねる様子から見るにあいつは何個かケーキを食べているのに更にお代わりを貰おうとしているようだ。なんていやしい奴め。

「あいつ……」

 レーネの所に向かおうとした時だった。私は突然、何者かによって横から腕を捕まり半回転させられ、その人物の方へと強制的に視線を向ける事となってしまった。

「やぁ、お嬢さん。こんな所で独り寂しく突っ立ってどうしたんだい?」

「……腕、離してください」

「おっと、これは失礼。私としたことが」

 その若い男は私の腕を離すとニッコリと気持ちの悪い笑顔を浮かべ「私はポルア・リキュールケルス。私立探偵をやっております」と訊いてもないのに勝手に自己紹介をし始めた。

「たん……てい?」

「えぇ。存じ上げません?私の名前を。メルエムこの国ではそこそこ名の知れた探偵だと思ってたんですが……まぁ、良いでしょう。こうして、たった今、この私の名前を知ることが出来たんですから」

「は、ははぁ」

 (なんなんだこいつは……いきなり人の腕を掴み勝手に自己紹介を始めたと思えば……すっごい馴れ馴れしいし、なんかキザでナルシストっぽいし)

 如何にもって感じのトレンチコートと帽子を身に付けた探偵は「あ、それとこれどうぞ。余分に1杯多く貰ったので……」とシャンパングラスを突き出して来る。

「結構です。連れがいるので、そいつから貰います」

「嘘をくなって、強がんなよ。他の人は欺けても私はそう簡単に騙せないぞ?」

 彼の発する単語一つ一つが非常に不快で不愉快だった。そして、その吐息混じりの声が耳に掛かる感じがして体全身に寒気が電流の如く走り鳥肌が立ちそうだ。

「結構です……本当にいるんで。っていうか開会の挨拶の時、見たでしょ?あんたも。それにそのグラス、誰かの為に取っといたんじゃないですか?貴方にだって連れが……」

「ん?なんのことだ?私は知らないなそんなの。それに僕に連れはいない。今日、このグランヴィル邸に招待されたのだって何かの間違いだと思ってるし、親しい友人おろか知人など、このパーティーにいないな」

「じゃ、じゃあ、なんで招待されたんですか?それにそのグラスは……」

「さぁ?知名度があるからかな?それとこのグラスは君みたいな美しい女性に手渡す為に取ったのさ。そう、これはきっと“運命”なんだ。僕らはきっとここでこうして出会う運命……って、おい、ちょっと待てよ君ったら……せめて名前だけでも……」

「全く……ここはナンパ目的の男しかいないのか?」

 彼が自分の世界に入り込みながら長々と話し始めたのはチャンスと思い私は静かにかつ迅速に彼の近くから離れ、レーネの所へと向かっていた。

「レー…」

 名前を呼ぼうとすると私より先にオーエンが彼女に話し掛けた。

「ケーキそんなに気に入ったか?」

「えぇ!そりゃあ勿論!!」

「ならいい、食うが良い。その代わり、お願いがある。先程、僕に見せた手品マジックはまたここで披露してくれないか?」

「え、」

 キョトンとした顔のレーネ。「え?」と言いたいのはこっちだ。

「彼女の手品道具、持って来ても宜しいですかな?」

 すっかり、いつの間に隣に立たれている事に慣れてしまった私は「いえ、私が取ってきます。あまり、私物を見られたくはないので」とミシェルに伝えた。老執事は「しかし、長旅でお疲れの方にそんなことをさせる訳には……」と引き止めようとして来たが「女性レディの花園を男性が見るなんて御法度ですよ。紳士なら尚更」と言い、この部屋を後にした。

 リビングを出たら、メイドが声を掛けてくる。

「どうかしましたか?どちらへ?」

 私は一旦、自室へ戻ると言う旨を伝えると、「では私も部屋前まで着いて行きます。マスターキーで扉を開けますね」と言いメイドも私の後を着いてきた。

 (そういえば部屋の鍵を貰っていなかったな……後で渡されるのだろうか?)

 泊まる部屋へと戻って来た私はレーネの手品道具だけを手に持ち、メイドと共にリビングへと戻った。

 リビングに戻ると、先程あんなに高くそびえ立っていたケーキも半分程、えぐり取られており、美しい滝流れを作っていたシャンパンのタワーもかなり低くなっていた。

 ふと、壁掛けの時計に目が行く。

 (もう21時5分か……思ったよりも時間が経つのが早いな。遅くても23時には寝たいんだが……)

 道具をレーネに渡すと、彼女は軽く酔っ払いながらも手品を披露し始める。全てはケーキの為、その想いが彼女に力を与えたのだろう。彼女は見事に全てのマジックをやり遂げた。

「こ……怖かった……なんで私がアシスタントをやらさせる羽目に……」

「ほっほほほ、素晴らしかったじゃないですか」

 隣で愉快そうに老執事は笑うが私はそれ所じゃなかった。冷や汗と心臓のバグバクが凄い。

 何が「素晴らしかったじゃないですか」だ。とんでもない、命が幾つあっても足りない。そんな悠長なことを言えるのは他人事だからだろう。
 アルコールの回った相棒にナイフを投げられたんだぞ?こっちは磔にされて、身動きが一切取れなかった。大事に至らなかったのは奇跡だろう。
 
 当の本人はと言うと無事、手品を成功させたことによる高揚感と達成感、そして何よりケーキが沢山、食べれる事もあり、かなりの上機嫌だった。

 なかなかヒヤッとした経験だったが彼女の喜ぶ顔を見て、なんだか私も嬉しくなってる。

「レーネ。私にもケーキとシャンパンをくれ。食欲が湧いてきた」

 それから私達はケーキを食べでシャンパンを飲み、ケーキを食べてはシャンパンを飲みと優雅な時間を過ごした。

 オーエンを祝う生誕パーティーは22時半まで続き、その間、景品が当たるビンゴ大会や、伝言遊戯ゲーム、歌の披露会や短時間の小劇、踊り子による踊りの披露等の催し物が行われた。

 ミシェルとオーエンによって閉会式の挨拶が終わると最後の幕引きとしてミュージカル女優のアイリスが美声を披露し、参加者らの心を魅了した。こうして今夜のパーティーは幕を閉じたのだった。

 パーティーが終わるとミシェルら執事達とメイドは部屋の鍵をそれぞれに渡し、「おやすみなさいませ。良い夜を」と夜の挨拶をして回っていた。

 私達もミシェルから鍵を受け取り、彼とオーエンに挨拶をすると部屋へと向かう為、リビングを後にした。オーエンあのしつこい男は「まだ名前を教えてくれ」等とほざいていたが私はガン無視を決め込んだ。

「うゔぅ、ぐるじい……お腹タプタプ、頭クラクラ……」

「自業自得だレーネ。大して酒も強くないし胃袋も大きくないのに馬鹿みたいに食べるからだ。それと重い、こっちによっかかるな!誰が貴様の手品道具を持っているって思ってるんだ?」

 レーネは「ひぇぇ、ず、ずびばせん……」と言い萎縮した。

 そうやってゆっくり階段を上がっていると後ろから聞き慣れた声が私達を呼んだ。

「サテラさん、レーネさん!」

「!シェイリさん」

「今日はよく遭いますね!大丈夫ですか?レーネさん、大分飲まれたようで……」

「えぇ、まぁ」

 シェイリはすっかり酔いが抜けきっているようだった。私は彼女に「あの、すみません、良かったら……」と肩を貸してくれるように頼み、2人でレーネを担いで部屋の前まで運んだ。

 私達の部屋がある3階へと辿り着くと私はシェイリさんにお願いをし、部屋を先に開けてくれないかと頼んだ。彼女はそれを快く了承すると「何号室ですか?」と訊いてくる。

「30マル7号室です」

 鍵をしっかりと彼女の手に渡すとシェイリは扉を開けてくれた。

 部屋の前に着くなり私は「すみません、ありがとうございます」と彼女に礼を言う。シェイリは「いえいえ」と言うと「お二人さんは307号室だったんですね!」と言い、「あの、良かったら後で部屋に来てもいいですか?一旦、部屋に戻った後!明日には2人も帰られると思うですし、今夜ぐらいしかこうして話す機会無いかな~って。それにこんな状態のレーネさんを4階うえに来させる訳にもいかないですし」と言ってきたのだった。

 正直、もう疲れたから寝たいと言いたかったが、彼女の言う通り、こうしてゆっくりと話す機会も無いし、もう次は会う事は無いと思った私はレーネをここまで運んでくれた礼も兼ねて「いいですよ」と了承をした。

 シェイリは部屋を出ると「ではすぐに来ますので」と言って自分の部屋へと戻って行った。一方、レーネはと言うと「もう食べられないです~オーエンさん~」なんて寝言を言っていたので、彼女をベッドの上へと運び、寝かせておいた。

 それから10分もしないうちに部屋をトントンと叩く音がすると「私ですシェイリです。飲み直しの為のお酒と軽食を持って参りました」と言い彼女がやって来た。

 「待っていました、どうぞ」と部屋を開けると彼女を招き入れた。

 それから少しの間、2人でたわいも無い会話をしながら楽しんでいるとまたしてもノックの音が。

 オーエンか?それとも例の執事か?と身構えていると声が女性の者だと分かり、私は再び、扉を開ける。

 どうやら暖炉の薪に火を着けにやって来たそうだ。2人のメイドのうち一人は薪に火を灯すと、もう一人は火消し用の水が入ったバケツを暖炉の近くに置いた。
 その間、片方のメイドは「こんな所にいらしたんですね?シェイリさん。12時頃にまた暖炉の火を着けに部屋に参りますので、その時までに部屋にお戻りください」と言い残して2人は私の部屋を後にした。

 そして、刻は23時15分を示す頃、私は遂にその話を切り出した。

「あ、あの……シェイリさん」

「ん?なんですかぁ?あ、そうやって誘導尋問みたいなことして私にババを引かせるつもりですかぁ?ひっく、」

 すっかり虚ろな目をし、顔を赤くしている彼女に私は卑怯だと思いながらもの事について話すこととした。

「シェイリさん……こんな酔っ払ってる時にこんな話をして申し訳ないと思っているんですけど……。どうしても、その話がしたくて……」

「その話ってぇ~?なんですかぁ?ひっく、ひっく」

 ふかふかのベッドの上に腰を下ろしていたシェイリさんは今日は珍しく静かに寝ているレーネの足の近くで横になった。

 キョトンとした表情を私に向けている。

 私はミニテーブルの上に置いてある彼女が持ってきたバスケットからクッキーを手に取るとそれをワインで流し、意を決した。

「あの日……私は本当のことを言うべきか、言わないべきか、迷っていたんです。正直……。覚えていますか?私が貴女あなたの婚約者の亡骸を見せる為、村役場へと連れて行った時の事……。私はギリギリまで悩んでたんです。貴女の婚約者のカリアさんが一連の事件の人狼はんにんであると言うべきか……」

 



 



 

 
 

 
 

 
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