冒険者の仕立て屋さん『外見偏差値カンストオーバーの彼女は、今日も愛の言葉を真に受てくれない』

ヤナギメリア

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第7話 けんぷふぁー【回想戦闘回】

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 宇宙に浮かぶ乳粥一滴でも、いずれは世界の最果てを目指す。なりたい自分に、なるんだ。

 それは、彼がかつて託された。戦士としての聖句だった。

 彼は闘技場で初めて目にした闘士《ケンプファー》を見て、一目で違うと理解した。

 開会直後行われたの剣舞はゾッとするほど美しくて、悪漢混じりで不平不満を垂れ流していた観客達ですら、稀代の女剣士に一生の虜になってしまう程だった。

 前座の剣闘は彼にとってどれも楽しかった。露出の多い女性剣闘士や、鉄アミやトライデント、悪漢が持つスター・フィストなど、戦場でもお目にかかれない派手さを重視した武器。首長が宣言しての、過去の大戦を模した巨兵剣闘など。

 村の草剣闘や、大きな街の剣闘会とは一味違う。都の剣闘とはこういうものかと見せつけられる。彼は楽しんでいた。愉しんでいた。その闘士と、目が合ってしまうまでは。

 闘士は闘技場の中央に進むと、檻の中で暴れ回る妖魔も、騒がしい実況も、危険すぎる妖魔におののく観客も、意識の中に入れなかった。

 ただ少しだけ、少しだけ咳払いをして。
 戦いの開始を告げるため、裂帛の気合を込めた。
 竜の咆哮を、した。

「ゴォォォオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 どよめいていた観客全員が一斉に耳を塞ぎ、あまりの声による風圧に、小柄な種族は座席にしがみついている。声量の衝撃に、勝手に開戦のドラが音を響かせていた。

 唯一。見つめていた彼と、見守るように眺めていた馬耳の女性。そして、天真爛漫な笑みを深めた女剣士のみが、微動だにしなかった。

 それは、世界を揺るがす咆哮だった。
 世界に響く絶唱だった。

 竜は、火を吹く。

 数多の力渦巻く彼の世界において、常識はずれのノドを誇り、人はそれを逆燐と呼んだ。
 では、その末裔たる竜闘士の咆哮は、いかほどか。

 しん、と静まり返った会場の観客たちに、ぐるりと指を差し、竜闘士は拳を力強く天に掲げた。

「湧け!! 観客共!!」
「……ゥゥゥゥゥウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 海岸の波が迫るように、歓声は熱狂に変化し、瞬く間に声援の津波となっていく。観客席は怒号をゆうに越える、歓喜持つ熱狂の声で満たされていく。

「さぁ!、はじめようぜ!!」

 武闘の開演である。開戦のドラを待たず、妖魔は檻を壊し解き放たれた。

「コォケェエエエエエエエ!!」

 最も敵意持つ外敵に、すぐその石化させる自慢のくちばしで、一気に距離を詰め襲いかかる。

「クック!!!」 
「ンんん!!」

 悲鳴めいた馬耳の女性の声が、その場に響く。
 竜闘士はあえて、無防備に受けて魅せた。
 両の脚と太い尻尾で身体を支え、大地に踏ん張り耐えて魅せる。体の石化が始まるが、厚い鱗と皮を犠牲に、そのまま見事に耐えきって見せた。

「ゴ、ッコケェ!?」「ジャアア!?」

 竜闘士の尋常ならざる行動と気迫に、眼の前の妖魔は蛇の尾ごと慄いた。その隙を一切容赦なく、竜闘士は見逃さなかった。

「そんな、もんかぁあぁ!!」

 そして、何1つ装備していない己が拳のみで妖魔を殴り抜け、倍以上の体格の妖魔を闘技場端まで、たったの一撃で吹っ飛ばした。

「かぁあああ!!」
「ゴッゴフエェエエエ!!」

 さらに飛び上がり、己が翼で空を飛び、容赦なく蹴り砕く為に空から襲いかかる。殴り抜けるたびに拳を力強く天に掲げ、咆哮し、観客に竜闘士は己が拳を誇り続けた。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 観客たちはまるで竜闘士に力を分け与えるように、熱狂し続けていく。

 彼はその光景に、涙さえ流して見惚れた。高鳴る鼓動。鳴り止まない潮騒。焼け果てる脳。泡立つ肌。息を吸うことさえ止めた喉。
 見開かれたまま微動だにできない、乾き飢えた瞳。全身全霊が、今この場所に立ち、産み出され、生きている事そのものに歓喜していた。

「ゲゲゲッガッケェ…」

 いくどか殴り抜けたあと、妖魔はついに地に伏し、ピクリとも動かなくなった。
 竜闘士は勝利したあと、最初と同じように会場の観客たちにぐるりと指をまわし、拳を力強く天に掲げ。

大咆哮した。

 それは世界を揺るがす咆哮だった。
 世界に響く絶唱だった。

 まるで武の喜びを分かちあった戦士達に、遠く遠く、響くように届くように……。

 竜闘士は、その場のすべての声を握りしめ、掲げるように、天に拳を突き上げ続けていた。





「よお、お目覚めさん」
「おう、おはようさんだ」

 紙切れこと、マナギ・ペファイストが小屋から出ると、クリスとクックが出迎えてくれた。クックはマナギの古い友人であり、自身の青春と言って憚らない人物であった。
 聞き覚えのある翼が羽ばたく音がしていたので、彼は特に驚かなかった。

「姫さんは?」
「水浴び。昨日はお盛んだったのか?」
「まだそんなんじゃねえさ。女心だろうよ。そっちこそどうなんだ?」

 クック頭目は黙って自慢げに片手を広げて見せて、もう片手で3本指を追加した。

「一晩中たぁ……タフだな?」
「ラランにゃ聞くなよ。脳髄ぶっこ抜かれちまう」

 クリスがわずかに咳払いしたので、シモイ話はそこでお開きとなった。なんとなく、マナギは姫がいる川下に顔を向けた。

「仕立て屋になる日も、近いか」
「だな。しっかしよく寝てみたいだが、なんの夢見てたんだ?」
「昔のアンタの夢見てたって、言ったらどうする?」

 マナギは冗談めかして茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。ぞぞぞと非常に寒気を覚えるように、クックは反応してしまった。

「やめい。すっげぇキモいぞ」
「おう、やってて俺も気持ち悪いわ。だがいい時代だっただろ?」
「……………そう、だな。あの頃の夢は、俺もよく見ちまう」
「なあ、まだ……」
「お前も好きだなぁ。……まだ勝とうとする邪念はあるな。冴える時もようやく見えてきたが……」
「そうか、じゃあどうするんだ」

 マナギが飽きもせず、何度だって問いかけたやり取りだ。あの日のように、クックは拳を天に突き上げてくれた。

「宇宙に浮かぶ乳粥一滴でも、いずれは世界の最果てを目指す。……アイツが居なくても、なりたい自分に、なるさ」
「……さては。夢は、女の夢か」
「女と、……俺の夢さ」
「女泣かせめ。なら、1本相手してくれ。頭目」




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