14 / 107
第一部 第一章 混沌の世界
14・糸
しおりを挟む
「前言撤回!」
毛布を跳ね上げ、寝ていた姿勢から上半身を起こすと、私は狭いバックルームで高らかに宣言しました。
寝言ではありません。ちゃんと覚醒しています。
カウンターへ行き、まだ在庫があるコーヒー豆をエスプレッソマシンに補充し、紙コップを置き、ホットSを選択。
ガガガガと豆が挽かれる音が朝の静かな店内に響きます。挽かれた豆の、深みのある独特な芳香が心地いいです。
出来上がったホットコーヒーにミルクを一つ、スティックシュガーを一本入れ、専用のプラチックのマドラーでかき回します。
「ぷはぁ」
一口くちにして、カウンター裏のタバコの棚を眺めました。
私はタバコは嗜みませんので関係ないのですけど、この大量のタバコはどうしましょう。
異世界の人に売れるのでしょうか。
いえ、そんな事より……。
ふつふつと怒りのようなものが込み上がってきます。
「前言撤回よ!」
朝から何でこんなにも、気持ちが昂ぶっているのでしょう。
はい。忘れたくても忘れられない、昨夜の出来事のせいです。
「なにが恋に国境はないですか、誰ですかそんな乙女な事を言う恥ずかしい人は。少女マンガですか!?」
私は怖さとか寂しさとか悲しさとか、全部ごっちゃになって混乱していたのです。
その気持ちを何とかしてくれるのが、目の前の人だと勘違いしたのです。
だからと言って、その人に恋しちゃったりなんかしませんよ?
男の人に甘えて慰めてもらおうだなんて、思ったりしてませんよ?
バックルームに連れ込んで、固い床に毛布を重ねて敷いて、布団代りにして……なんてそんな事もしませんし、騎士の着用する鎧が、脱ぐのが結構面倒でそれを私も手伝ったりなんか絶対にしません!
挙句の果てに、いざその時になって……大きすぎて……、断念したとかそんな冗談みたいな話、私は存じません。聞いた事もありません。
「あーもう! 異世界サイズめ!」
私は欲求不満なのでしょうか。
とりあえず私は昨夜の事を、全部無かった事にしたいようです。
「あれも……これも……全部、ぜんぶ……恥ずかしすぎる……」
いい歳していったい何をしているのでしょうか。
男の人の背中にしがみ付いて、「帰っちゃやだ」なんて言っていい歳なのでしょうか。
世間様は許してくれるのでしょうか。逮捕されないでしょうか。
私をこの世界に連れてきた神様だか仏様だか知りませんけど、どうせなら私を十七歳に戻してくれないでしょうか。
神様ならそれくらいの事、出来るのではないでしょうか。
このお店に、……異世界に来てまで電気を通すような気の利いた事が出来るのなら、何故私を十七歳にしなかったのかと問いたい。小一時間、問い詰めたい。
「まいどー!」
配達人のフーゴさんがやってきました。
「おはようございます、フーゴさん」
木箱を二つカウンターの前に置いてから――
「えっと、マスター?」
――と訊ねてきますが、マスターと呼ばれる者はコンビニには存在しません。
「私はオーナーでも店長でもありません。サオリと呼んでください」
「じゃあサオリ、この荷物を持ってきたヤツを見たぞ。初めて荷物を持ってきた時に気にしてたろ?」
「え?」
「十二歳くらいの女の子だった。透き通るような金髪のすげえ美少女だ。そいつはなんと転移魔法でうちの配送センターに来たんだ」
「転移魔法?」
「ああ。そんな魔法、Sランクだって滅多に使えるもんじゃねえ。それをまだ小さい女の子が使ってたんだ。タダもんじゃないねありゃ」
「そう……なの」
「俺の勘だけど、アレに関わらない方が身のためだぜ。嫌な予感しかしねえ」
「……」
「ありあっしたー!」
フーゴさんは颯爽と馬車に乗って去って行きました。
「十二歳くらいの……女の子」
貴重な情報だとは思いますが、私がそれを知った所で、いったい何が出来ると言うのでしょう。
私は木箱をカウンター内へ運び、中を確かめました。
マナ・ポーション
ヒール・ポーション
シースナイフ
教授の鞭
発注したものがすべて入っていました。
鞭を手に取るとどう見ても新品になっています。
エリオットが持っていたものを、回収した物ではないのでしょうか。
ナイフを見ても一度も使った事のないような、刃の輝きをしています。
「考えても分からないわね」
これらを持って来た者が十二歳くらいの女の子と聞いて、私は一つだけ連想したものがあります。
エリオットが洞窟で出会ったという天使です。
何故それに直結したのかは分かりませんが、そう想像してしまったのです。
神の使い。エリオットを追い詰めるべく魔物さえ使役した者。洞窟から外へエリオットを転送したのもこの天使でした。その転送とは転移と言うのではないのでしょうか。
私に繋がるものは……天使?
ほぼそうなんじゃないかという気持ちになっています。
そして天使の背後には、神様という存在も見え隠れします。
その洞窟へ行けば、私は元の世界に戻れるのでしょうか。
私はバックルームへ戻り、エリオットが残した羽根ペンを手に取ります。
彼はこのペンの能力がまだ分からないと言っていました。
Sランクの彼が分からない事を、私が分かるとも思えませんが、それでも調べる必要がありそうです。
羽根ペンはインクがなければペンとして使う事が出来ません。
ランドルフが来た時にでも、お願いしてみましょう。
コンビニエンスストアには、残念ながらインクは置いていないのです。
真っ白で綺麗な羽根を透かして見ながら、何かと繋がったかもしれない一本の細い糸が、このペンから伸びているような、そんな気がしました。
毛布を跳ね上げ、寝ていた姿勢から上半身を起こすと、私は狭いバックルームで高らかに宣言しました。
寝言ではありません。ちゃんと覚醒しています。
カウンターへ行き、まだ在庫があるコーヒー豆をエスプレッソマシンに補充し、紙コップを置き、ホットSを選択。
ガガガガと豆が挽かれる音が朝の静かな店内に響きます。挽かれた豆の、深みのある独特な芳香が心地いいです。
出来上がったホットコーヒーにミルクを一つ、スティックシュガーを一本入れ、専用のプラチックのマドラーでかき回します。
「ぷはぁ」
一口くちにして、カウンター裏のタバコの棚を眺めました。
私はタバコは嗜みませんので関係ないのですけど、この大量のタバコはどうしましょう。
異世界の人に売れるのでしょうか。
いえ、そんな事より……。
ふつふつと怒りのようなものが込み上がってきます。
「前言撤回よ!」
朝から何でこんなにも、気持ちが昂ぶっているのでしょう。
はい。忘れたくても忘れられない、昨夜の出来事のせいです。
「なにが恋に国境はないですか、誰ですかそんな乙女な事を言う恥ずかしい人は。少女マンガですか!?」
私は怖さとか寂しさとか悲しさとか、全部ごっちゃになって混乱していたのです。
その気持ちを何とかしてくれるのが、目の前の人だと勘違いしたのです。
だからと言って、その人に恋しちゃったりなんかしませんよ?
男の人に甘えて慰めてもらおうだなんて、思ったりしてませんよ?
バックルームに連れ込んで、固い床に毛布を重ねて敷いて、布団代りにして……なんてそんな事もしませんし、騎士の着用する鎧が、脱ぐのが結構面倒でそれを私も手伝ったりなんか絶対にしません!
挙句の果てに、いざその時になって……大きすぎて……、断念したとかそんな冗談みたいな話、私は存じません。聞いた事もありません。
「あーもう! 異世界サイズめ!」
私は欲求不満なのでしょうか。
とりあえず私は昨夜の事を、全部無かった事にしたいようです。
「あれも……これも……全部、ぜんぶ……恥ずかしすぎる……」
いい歳していったい何をしているのでしょうか。
男の人の背中にしがみ付いて、「帰っちゃやだ」なんて言っていい歳なのでしょうか。
世間様は許してくれるのでしょうか。逮捕されないでしょうか。
私をこの世界に連れてきた神様だか仏様だか知りませんけど、どうせなら私を十七歳に戻してくれないでしょうか。
神様ならそれくらいの事、出来るのではないでしょうか。
このお店に、……異世界に来てまで電気を通すような気の利いた事が出来るのなら、何故私を十七歳にしなかったのかと問いたい。小一時間、問い詰めたい。
「まいどー!」
配達人のフーゴさんがやってきました。
「おはようございます、フーゴさん」
木箱を二つカウンターの前に置いてから――
「えっと、マスター?」
――と訊ねてきますが、マスターと呼ばれる者はコンビニには存在しません。
「私はオーナーでも店長でもありません。サオリと呼んでください」
「じゃあサオリ、この荷物を持ってきたヤツを見たぞ。初めて荷物を持ってきた時に気にしてたろ?」
「え?」
「十二歳くらいの女の子だった。透き通るような金髪のすげえ美少女だ。そいつはなんと転移魔法でうちの配送センターに来たんだ」
「転移魔法?」
「ああ。そんな魔法、Sランクだって滅多に使えるもんじゃねえ。それをまだ小さい女の子が使ってたんだ。タダもんじゃないねありゃ」
「そう……なの」
「俺の勘だけど、アレに関わらない方が身のためだぜ。嫌な予感しかしねえ」
「……」
「ありあっしたー!」
フーゴさんは颯爽と馬車に乗って去って行きました。
「十二歳くらいの……女の子」
貴重な情報だとは思いますが、私がそれを知った所で、いったい何が出来ると言うのでしょう。
私は木箱をカウンター内へ運び、中を確かめました。
マナ・ポーション
ヒール・ポーション
シースナイフ
教授の鞭
発注したものがすべて入っていました。
鞭を手に取るとどう見ても新品になっています。
エリオットが持っていたものを、回収した物ではないのでしょうか。
ナイフを見ても一度も使った事のないような、刃の輝きをしています。
「考えても分からないわね」
これらを持って来た者が十二歳くらいの女の子と聞いて、私は一つだけ連想したものがあります。
エリオットが洞窟で出会ったという天使です。
何故それに直結したのかは分かりませんが、そう想像してしまったのです。
神の使い。エリオットを追い詰めるべく魔物さえ使役した者。洞窟から外へエリオットを転送したのもこの天使でした。その転送とは転移と言うのではないのでしょうか。
私に繋がるものは……天使?
ほぼそうなんじゃないかという気持ちになっています。
そして天使の背後には、神様という存在も見え隠れします。
その洞窟へ行けば、私は元の世界に戻れるのでしょうか。
私はバックルームへ戻り、エリオットが残した羽根ペンを手に取ります。
彼はこのペンの能力がまだ分からないと言っていました。
Sランクの彼が分からない事を、私が分かるとも思えませんが、それでも調べる必要がありそうです。
羽根ペンはインクがなければペンとして使う事が出来ません。
ランドルフが来た時にでも、お願いしてみましょう。
コンビニエンスストアには、残念ながらインクは置いていないのです。
真っ白で綺麗な羽根を透かして見ながら、何かと繋がったかもしれない一本の細い糸が、このペンから伸びているような、そんな気がしました。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
合成師
盾乃あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる