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第一部 第四章 これが私の生きる道
49・炎
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夜になってから、ランドルフがお店に来ました。
エリオットを見て驚いていましたが、彼が生きていた事に安堵の表情を浮かべています。
「そうか、色々あったわけなんだね。エリオットもそうだがサオリも大変だったね。こんな依頼をしてしまってすまなかった」
私から一通りの説明を受けた後、ランドルフは申し訳なさそうに謝ってきましたが、今回のピンチを招いたのはすべて私のせいなので、むしろ私の方が恐縮してしまいます。
「全部私が悪かったの……スライムがエリオットだと思い込んで、ラフィーに待ったを掛けてしまったから……」
「それも仕方のない事だよ、サオリ。まさか天使たちが遅れを取るとは誰も思わないさ」
「いえ、私の魔力がサオリにドレインされていなければ、何とかなったと思うのですけれどね」
すかさず口を挟むカーマイルですが、彼女はスライムの触手から私を庇ってくれました。
本当に私は何も言えません。
「さすがにあのスライムはAランクじゃ無理だ。しっかりとしたSランクパーティーでないとキツイだろう。とはいえサオリの話では魔王のパーティーが瞬殺したらしいが、それはそれで恐ろしいな」
その身を持って体験したエリオットは、あのスライムが一瞬で倒されたと聞いて驚いていました。
目の前で魔王パーティーの恐ろしさを見てしまった私は、あの連中に敵う相手は居ないのではと、ほぼ確信してしまっています。
ランドルフがカーマイルに向き直り、訊ねます。
「世界が崩壊するまでのタイムリミットはあとどれくらいなんだ?」
世界が滅亡するのは、魔王が誕生してから一年だと聞いています。
あの魔王はいったいいつ、この世界に生まれたのでしょう。
カーマイルは把握していました。
「あと半年と言った所ですね」
「半年か……」
「半年しかない……と言うべきかな」
ランドルフもエリオットも難しい顔になってしまいます。
「それまでに魔王を討伐できなければ終わりです」
「それは可能なのか?」
エリオットは問いますが、たぶん誰もが分かっている事でしょう。
「現状では無理ですね。あの魔王は恐らく過去最高で最悪の魔王です」
「もし世界が滅びたとして、魔王だけが生き残って、その後はどうなるの? 人類が居なくなってもまだ一年ルールは適応されるの?」
私は素朴な疑問をぶつけました。
世界が滅んで一年で、すぐにまた人類が栄えるとも思えません。
そんな状態の世界で一年ルールが発動されても、何も変わらないと思います。
「神ジダルジータが新たに世界を創造します。その中には人間も含まれます。そして一度世界を滅ぼした魔王は数百年の眠りにつくでしょう」
カーマイルの言葉に皆、黙ってしまいました。
どうする事も出来ない現実。
世界の崩壊を、黙って迎えるしかないのでしょうか。
魔王は『一年ルール』を知りませんでした。
あの場では魔法を教えろと言ってはいましたが、あの後で取り巻きの天使たちに事情を訊いている事だと思います。
あと半年もしたら、世界は自分一人を残して消え去るという事を知って、何を思うのでしょう。
「ねえカーマイル、向こうの天使たちはどう思っているのかな? 何とかしようとかないのかな?」
「どうでしょう。今回の魔王はちょっと特殊な誕生だったようなので、もしかしたら世界の破滅以外の最後を想定しているのかもしれませんが……でも」
「でも?」
本来魔王の討伐を手伝う立場の天使が二人も、魔王に付いて居る事自体がおかしいのです。
本当に特殊な関係が、あのパーティーにはあるのだと思います。
そしてカーマイルの見解もやはり、そうでした。
「あの魔王に対して特別な感情があるのではないでしょうか。世界が滅んだとしても、最後まで一緒に居ようとしているのか……そして今回の魔王は討伐する事が出来ないと、諦めているという事も……」
倒せない魔王。
滅ぶ世界。
私は……もし私が魔王を倒せる立場にあったとしたら、それをやり遂げる事が出来るのでしょうか。
この世界を守るため、天使たちやランドルフたちの命を守るために、一人の少年を手に掛ける事が出来るのでしょうか。
「私には、無理だな……」
「どうした? サオリ」
思わず呟いた私の言葉を拾って、ランドルフが心配そうに訊ねます。
「いえ、私が勇者の力で魔王を何とか出来たとしても、人殺しは無理かな、って」
「サオリがそんな責任を負う必要はないんだよ。この世界の事はこの世界の住人がなんとかしなければならないんだ」
ランドルフのその言葉を聞いた私は、少し寂しい気持ちになりました。
私だって家を持って、税金まで払って、この世界の住人に少しはなったつもりでは居たのです。
もちろん元の世界に戻る事は諦めてはいませんが、ランドルフにとっては私はまだ異世界の住人なのでしょうか。
「おや、馬が来たようだ」
俯いた私には気付かずに、ランドルフはお店の外を見ていました。
単騎の鎧の騎士が、馬から飛び降りる所でした。
「騎士団の者だな。急用かな?」
何やら慌てた様子の騎士様が、お店に飛び込んできます。
「ランドルフ様! 大変です!」
「ダルカスか、いったいどうした?」
そういえばランドルフは騎士団の中で、いったいどんな地位に居るのでしょう。
考えた事もありませんが、王家の血筋ですからそれなりの階級に収まっているのかもしれませんね。
呑気に構えていた私に、ダルカスと呼ばれた騎士の言葉が突き刺さります。
「北から魔族の軍勢が、我が国に向けて進軍しているという情報が入りました! その数およそ二十万!」
「魔族だって!?」
魔族がこの国を目指しているですって?
「もしかして目当ては魔王? それとも勇者?」
「あ、サオリ様ですね。お噂はかねがねランドルフ様から……いえ魔族軍の目的は今の所分かっておりません」
わざわざこの国を目指すという事は、魔王か勇者が目的としか考えつきません。
いえ勇者というよりも、魔王を迎えに来たと言った方が納得できます。
それとも他に、何か理由があるのでしょうか。
「北から来たとなると魔族領から進軍してきたのか。途中にあった国や街はどうなったのだ」
「レグニア国は壊滅、我が国にほど近いトルリアの町も……き、消えました。そろそろ妖精の森に入る頃です。その森を抜けたらおよそ一ヶ月で王都に辿り着く事でしょう」
「ちょっと待って! 妖精の森!?」
風雲急! こうしてはいられません。
「カーマイル! 聖剣を持ってきて!」
「えええ……行く気ですか」
フォレスと合体していない今の私には、聖剣を持つ事は出来ません。
「ラフィーも行くわよ!」
「こーな?」
バックルームからショルダーバッグを持ち出し、ノートと羽根ペンを用意します。
「今から行くのか!? サオリ」
「すぐに行くわ。フォレスが危ないのよ」
転移すればすぐです。フォレスを送ったばかりの妖精の森に、まさか魔族が迫っていたとは思いもしませんでした。
「俺も行くぜ。万が一戦闘にでもなったら、人手は多い方がいいだろう」
「俺も行くよ、サオリ。一緒に転移させてくれ」
「あ、私もご同行させて下さい。サオリ様」
エリオットにランドルフ、それにダルカスまでもが一緒に行くと言います。
私が一番足手まといなはずですので、断る理由もありません。
「では、よろしくお願いしますね。みなさん、私の体に触れてください」
ラフィーと聖剣を担いだカーマイルに男性三人組が、それぞれ私の肩や腕に触ります。
私に触れている事が、一緒に転移する条件なのです。
「では、行きます」
転移魔法の文字列が書き込まれたページに、最後の三文字と行き先を加えました。
私を中心に、魔法円が浮かび上がります。
スパン! と空間が切り裂かれ、次の瞬間には妖精の森へ――
「え!?」
妖精の森……のはずですが――
私の目の前には――
私の視界は――
「こんな事って!」
――紅蓮の炎で、真っ赤に染まっていました。
エリオットを見て驚いていましたが、彼が生きていた事に安堵の表情を浮かべています。
「そうか、色々あったわけなんだね。エリオットもそうだがサオリも大変だったね。こんな依頼をしてしまってすまなかった」
私から一通りの説明を受けた後、ランドルフは申し訳なさそうに謝ってきましたが、今回のピンチを招いたのはすべて私のせいなので、むしろ私の方が恐縮してしまいます。
「全部私が悪かったの……スライムがエリオットだと思い込んで、ラフィーに待ったを掛けてしまったから……」
「それも仕方のない事だよ、サオリ。まさか天使たちが遅れを取るとは誰も思わないさ」
「いえ、私の魔力がサオリにドレインされていなければ、何とかなったと思うのですけれどね」
すかさず口を挟むカーマイルですが、彼女はスライムの触手から私を庇ってくれました。
本当に私は何も言えません。
「さすがにあのスライムはAランクじゃ無理だ。しっかりとしたSランクパーティーでないとキツイだろう。とはいえサオリの話では魔王のパーティーが瞬殺したらしいが、それはそれで恐ろしいな」
その身を持って体験したエリオットは、あのスライムが一瞬で倒されたと聞いて驚いていました。
目の前で魔王パーティーの恐ろしさを見てしまった私は、あの連中に敵う相手は居ないのではと、ほぼ確信してしまっています。
ランドルフがカーマイルに向き直り、訊ねます。
「世界が崩壊するまでのタイムリミットはあとどれくらいなんだ?」
世界が滅亡するのは、魔王が誕生してから一年だと聞いています。
あの魔王はいったいいつ、この世界に生まれたのでしょう。
カーマイルは把握していました。
「あと半年と言った所ですね」
「半年か……」
「半年しかない……と言うべきかな」
ランドルフもエリオットも難しい顔になってしまいます。
「それまでに魔王を討伐できなければ終わりです」
「それは可能なのか?」
エリオットは問いますが、たぶん誰もが分かっている事でしょう。
「現状では無理ですね。あの魔王は恐らく過去最高で最悪の魔王です」
「もし世界が滅びたとして、魔王だけが生き残って、その後はどうなるの? 人類が居なくなってもまだ一年ルールは適応されるの?」
私は素朴な疑問をぶつけました。
世界が滅んで一年で、すぐにまた人類が栄えるとも思えません。
そんな状態の世界で一年ルールが発動されても、何も変わらないと思います。
「神ジダルジータが新たに世界を創造します。その中には人間も含まれます。そして一度世界を滅ぼした魔王は数百年の眠りにつくでしょう」
カーマイルの言葉に皆、黙ってしまいました。
どうする事も出来ない現実。
世界の崩壊を、黙って迎えるしかないのでしょうか。
魔王は『一年ルール』を知りませんでした。
あの場では魔法を教えろと言ってはいましたが、あの後で取り巻きの天使たちに事情を訊いている事だと思います。
あと半年もしたら、世界は自分一人を残して消え去るという事を知って、何を思うのでしょう。
「ねえカーマイル、向こうの天使たちはどう思っているのかな? 何とかしようとかないのかな?」
「どうでしょう。今回の魔王はちょっと特殊な誕生だったようなので、もしかしたら世界の破滅以外の最後を想定しているのかもしれませんが……でも」
「でも?」
本来魔王の討伐を手伝う立場の天使が二人も、魔王に付いて居る事自体がおかしいのです。
本当に特殊な関係が、あのパーティーにはあるのだと思います。
そしてカーマイルの見解もやはり、そうでした。
「あの魔王に対して特別な感情があるのではないでしょうか。世界が滅んだとしても、最後まで一緒に居ようとしているのか……そして今回の魔王は討伐する事が出来ないと、諦めているという事も……」
倒せない魔王。
滅ぶ世界。
私は……もし私が魔王を倒せる立場にあったとしたら、それをやり遂げる事が出来るのでしょうか。
この世界を守るため、天使たちやランドルフたちの命を守るために、一人の少年を手に掛ける事が出来るのでしょうか。
「私には、無理だな……」
「どうした? サオリ」
思わず呟いた私の言葉を拾って、ランドルフが心配そうに訊ねます。
「いえ、私が勇者の力で魔王を何とか出来たとしても、人殺しは無理かな、って」
「サオリがそんな責任を負う必要はないんだよ。この世界の事はこの世界の住人がなんとかしなければならないんだ」
ランドルフのその言葉を聞いた私は、少し寂しい気持ちになりました。
私だって家を持って、税金まで払って、この世界の住人に少しはなったつもりでは居たのです。
もちろん元の世界に戻る事は諦めてはいませんが、ランドルフにとっては私はまだ異世界の住人なのでしょうか。
「おや、馬が来たようだ」
俯いた私には気付かずに、ランドルフはお店の外を見ていました。
単騎の鎧の騎士が、馬から飛び降りる所でした。
「騎士団の者だな。急用かな?」
何やら慌てた様子の騎士様が、お店に飛び込んできます。
「ランドルフ様! 大変です!」
「ダルカスか、いったいどうした?」
そういえばランドルフは騎士団の中で、いったいどんな地位に居るのでしょう。
考えた事もありませんが、王家の血筋ですからそれなりの階級に収まっているのかもしれませんね。
呑気に構えていた私に、ダルカスと呼ばれた騎士の言葉が突き刺さります。
「北から魔族の軍勢が、我が国に向けて進軍しているという情報が入りました! その数およそ二十万!」
「魔族だって!?」
魔族がこの国を目指しているですって?
「もしかして目当ては魔王? それとも勇者?」
「あ、サオリ様ですね。お噂はかねがねランドルフ様から……いえ魔族軍の目的は今の所分かっておりません」
わざわざこの国を目指すという事は、魔王か勇者が目的としか考えつきません。
いえ勇者というよりも、魔王を迎えに来たと言った方が納得できます。
それとも他に、何か理由があるのでしょうか。
「北から来たとなると魔族領から進軍してきたのか。途中にあった国や街はどうなったのだ」
「レグニア国は壊滅、我が国にほど近いトルリアの町も……き、消えました。そろそろ妖精の森に入る頃です。その森を抜けたらおよそ一ヶ月で王都に辿り着く事でしょう」
「ちょっと待って! 妖精の森!?」
風雲急! こうしてはいられません。
「カーマイル! 聖剣を持ってきて!」
「えええ……行く気ですか」
フォレスと合体していない今の私には、聖剣を持つ事は出来ません。
「ラフィーも行くわよ!」
「こーな?」
バックルームからショルダーバッグを持ち出し、ノートと羽根ペンを用意します。
「今から行くのか!? サオリ」
「すぐに行くわ。フォレスが危ないのよ」
転移すればすぐです。フォレスを送ったばかりの妖精の森に、まさか魔族が迫っていたとは思いもしませんでした。
「俺も行くぜ。万が一戦闘にでもなったら、人手は多い方がいいだろう」
「俺も行くよ、サオリ。一緒に転移させてくれ」
「あ、私もご同行させて下さい。サオリ様」
エリオットにランドルフ、それにダルカスまでもが一緒に行くと言います。
私が一番足手まといなはずですので、断る理由もありません。
「では、よろしくお願いしますね。みなさん、私の体に触れてください」
ラフィーと聖剣を担いだカーマイルに男性三人組が、それぞれ私の肩や腕に触ります。
私に触れている事が、一緒に転移する条件なのです。
「では、行きます」
転移魔法の文字列が書き込まれたページに、最後の三文字と行き先を加えました。
私を中心に、魔法円が浮かび上がります。
スパン! と空間が切り裂かれ、次の瞬間には妖精の森へ――
「え!?」
妖精の森……のはずですが――
私の目の前には――
私の視界は――
「こんな事って!」
――紅蓮の炎で、真っ赤に染まっていました。
応援ありがとうございます!
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