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第二部 第一章 新たなる目標

60・異世界はスマホとともに

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 スマートフォンを略して書くと、何故『スマホ』になるのでしょう。
 『スマフォ』ではないのでしょうか。

 コンビニのバックルームにあるロッカーの中には、私の私物が少しだけ入っています。
 この異世界に転移した日、出勤した時に持っていたものです。
 それは今でも使っているショルダーバッグもそうなのですけれど、実はその中にスマートフォンも入っていました。
 この世界では電波も通らないし使えないので、スマホはバッグから取り出してロッカーの中に保管していたのです。

 ベッドにせっている時に、ふとスマホの存在を思い出して、それで実家と連絡がとれたらいいのに、などと考えていました。
 まさか無理でしょうと諦めていましたが、お店に電気という――この魔法の世界にとっては意味のない――エネルギーが通っている謎に思い至り、もしかしたらと神様に聞いてみる事にしました。
 十五日間寝込んだ後の初めての外出は、神様の洞窟になりました。  
 寝込む前も同じ洞窟でしたけど。



「無理じゃ。諦めよ」

 転移魔法で飛んで来て早々に、断言されました。
 無理でした。けんもほろろでした。
 さすがに異世界間の通話は無理という事でしたが、私は少し食い下がりました。

「ではここで何かしらの機能を使えるように改良出来ませんか? この世界限定なら神様の力でなんとかなりませんか? というか、神様なら便利アイテムくらい簡単に提供してみて下さい。あなたの言動は信じられませんけれど、力だけはあるのでしょう?」

 既に羽根ペンという便利アイテムを貰っているのにもかかわらず、元の世界の家族と連絡を取るという、わずかな期待が泡沫と消えた私は、八つ当たり気味に神様にぶつけました。
 
 神様は私が手に持つスマホを少しだけ見つめていましたが、意外な答えが返ってきました。

「このワシに向かって随分と勝手な事を。……ふむ。まあ、よかろう」

 あれ? 出来るのですか? え? この世界で使えるスマホの機能って何でしょう。

「それを貸せ、少し待っておれ」

 私からスマホを受け取ると、神様は煙となって姿を消しました。
 どこへ行ったのでしょう。
 五分ほどじっと待っていましたが、まだ戻っては来ません。
 ずっと立っているのも病み上がりにはきついので、近くのソファに腰かけました。

 ソファの向かいにはデスクもあり、その横で第一天使ミシェールが静かにたたずんでいます。
 
 ミシェールはこの洞窟が担当なのでしょうか。他の天使は何処に居るのでしょう。
 私の記憶では確か、十二天使という言葉をどこかで聞いたような気もします。
 私やアランの所に出張しているような天使も居るので、残りの天使がすべてここに居るとも限りませんが。

「ねえ、ミシェール。ここにはあなた以外にも天使は居るの?」

 二人きりで居るのに何も話さないのも気まずいかなと思い、話しかけてみたのはいいのですが――
 
「禁則事項です」

 そうでした。――彼女は前からこういう態度でした。
 誰でもなのか、私だけなのかは分かりませんが、受け答えが面倒くさくていつも『禁則事項』の一言で終わらせようとするのです。
 以前、どう見ても禁則ではないだろう、というような事柄までもそれで済まそうとしていました。

「えっと……じゃあ」
 
 せっかくなので、彼女と遊んで時間を潰そうと思いつきました。
 題して、『いつまで禁則続けるかゲーム!』(パフパフ)
 彼女が『禁則事項』以外の言葉を発したら終了です。
 それでは、早速。

「ミシェール、この洞窟の名称は何ていうのでしたっけ?」
「禁則事項です」

 いいですね、ミシェール。……その調子です。
 
「ここは神住窟カミノイワヤよね。……では神様の名前は?」
「ジ、禁則事項です」

 惜しいですね。『ジ』まで出ました。

「今、ジダルジータって言いそうになってなかった? じゃあ、神様は今、何処に行っているの?」
「チッ、禁則事項です」

 これは本当に、言ってはいけない事だったのかも知れません。
 それよりも今、舌うちしませんでしたか? この天使。
 気のせいでしょうか。

「じゃあ、天使の中で誰が一番可愛いと思う?」
「禁則事項です」
「残念、ラフィーでした~。では――」
「ちょっと……あなた……」
 
 あっ、『禁則事項』以外の言葉を口にしてしまいましたね。
 記録は最初のやつも含めて、五回でした。
 天使は皆可愛いのに、私がラフィーを贔屓にしているのが癪に障ったのでしょうか。
 ……などと呑気にしていたら、ミシェールの目つきが変わっていました。
 ――とっても険悪なものに。

「あなた、私を馬鹿にしているのですか? 人間の分際で? よく分かりました。死んで反省し――」

 ミシェールが左手を私に向けた瞬間、私たちの間に真っ白な煙が立ち込めて神様が現れました。

「待たせたの。ほれ、受け取れ」

 神様がスマホを私に放りました。
 慌ててキャッチしましたが……ちょっと待って。私、今――
 ミシェールに殺されかけなかった!?

「あぶなっ!」
「何がじゃ? 落としたくらいでは壊れぬ構造にしておいたぞ」
「いや、そうではなくて……え? 壊れないの? これ」

 ミシェールは神様が現れた事で気が削がれたのか、そっぽを向いています。
 私も少し、調子に乗ってしまっていたようです。
 十五日間も泣いて過ごした後で、精神状態もおかしなものになっていたのかも知れません。
 長い鬱状態からの、突然の躁状態。私はまだ病んでいるのでしょうか。

 しかし、危ない所でした。私のあまりにも軽薄な態度が天使の逆鱗に触れ、命を落とす所でした。
 触らぬ神と天使に祟りなし。……この人たちに余計な事を言うだけで命にかかわるのだと、肝に銘じました。
 
「何でもないです、神様。……ところでこのスマホはどういう風に使えるようになったのですか?」
「ワシのセンスで適当に機能を盛り込んでおいた。もちろんこの世界限定じゃが、ワシの魔力のサポートじゃ、唯一無二のアイテムじゃぞ」

 実際に使って確かめろ、という事でしょうか。
 どのような機能なのか分かりませんが、この世界でもスマホが使えるのはとても魅力的です。
 とはいえこの神様のする事ですから、私への監視とかその他もろもろ抑制するための機能だったりするのかも知れません。

「神様には色々と言いたい事もありますけど、あえて言いなりになってあげます」
「ほう」
「これから新しい魔王を討伐しに行きます。それが望みなのでしょう? アランも甦らせなければならないので、私の望みでもあるのですけど」
「そうじゃ。魔王を倒せば必ずやアランは蘇るじゃろう」

 私が魔王を倒して、元の世界に戻れるのかどうか。……それは聞かない事にしました。
 先日の神様の言葉では、よく分からないという事を言っていましたし、それに――
 それに、魔王を倒した瞬間に私が元の世界に戻る事になったとしたら、いったいその後、誰がアランに蘇生魔法を掛けてくれるのでしょう。
 この世界で蘇生魔法を使えるのは、私と神様だけです。
 討伐の現場に居ない神様は、あてに出来ません。
 私の手でアランを甦らせたいという気持ちもあります。

 魔王討伐時の特別な状況下という条件を満たして、同時に地球の女神の力が働いたとしても、私とフォレスが分離していなければ異世界転移は不可能なはずですし、私はどうしてもアランを蘇生しなければならないという使命を感じています。

 だから、今回のこの魔王討伐で、私が元の世界に戻るという事は――

 ありえないのです。
 
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