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第二部 第二章 追跡者
67・妖精の森
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すべてを燃やし尽くされたはずの妖精の森は、その緑を復活させていました。
草木は新たに生い茂り、花は咲き、土は潤い、元通りの緑豊かな森の姿を取り戻していたのです。
「どういう事?」
魔族の軍勢によって火を放たれ、何処を向いても真っ赤に燃えていた光景が、今でも鮮明に思い起こされます。
ラフィーの魔法で鎮火したものの、その時には既に森と言うには程遠い惨状になっていました。
「アランなの」
「アラン?」
「そうですね、ニナ。アランの魔力でしょう」
私はふと、フォウがアランや他の天使たちを、『様』付けで呼ばない事に気付きました。
私とももう少し親密な関係になれたら、サオリと呼んでくれるのでしょうか。
「ちょっと待って、この森が燃やされた頃はアランは既に少年の姿になった魔王で、王都の魔法学院に通っていたのよ」
妖精の森とは何の関係も無い、違うアランになっていたはずです。
「先にジークを埋めた場所に行って調べてみましょう、サオリ様」
フォウに促されて、ある場所に向かいました。
森の中心に近いそこは、密集した木々によって陽の光も遮られた、ほの暗い静かな場所です。
一度焼失してしまったため、以前の風景とは様変わりしているはずですが、ニナとフォウには埋めた場所がはっきりと分かるようです。
「うー、やー」
ニナが気の抜けた可愛らしい掛け声で、目的の場所の地面を土魔法で掘り起こしましたが、そこには当然のように何も埋まってはいませんでした。
「土に還った……というわけでもなさそうね」
「そうですね、何年も経ったわけではありませんから」
何も残さずに、跡形もなく消えたジークの死体は、つまり魔族領で見たあれこそが生き返ったその姿だったのでしょうか。
「どういう事なのですか? サオリ」
「えっと、これは……」
当時の事を何も知らないカーマイルの疑問には答えられずに、フォウを見ました。
「私も聞きたいわ、フォウ。これはアランが関係しているというの?」
近くの大木の太い幹に触り、空へと伸びるそれを見上げたフォウはどこか懐かしむような、それでいて悲しみと寂しさも垣間見えるような、そんな表情でした。
「この森は燃やされる前にも一度、死に掛けました。……ジークがその精気を連日、大量に吸い取っていたためにです」
それは私も、フォレスの記憶で知っている事でした。ジークを倒した事によりその危機は免れたはずです。
ですが、その後……アランは――
「アランの魔力なしという体質の内に眠るマイナスの魔力が、合体したフォレスのエナジー・ドレインにより解放されて、この森は再生されました。それは秋の森を春の息吹で満たして、さらには精霊だったフォレスを妖精に生まれ変わらせる程の、膨大な魔力でした」
私の知るフォレスの記憶は、フォウが今言ってくれた所で終わっています。
妖精として生まれ変わるのを待つフォレスは、巨大な花の蕾の中で眠っていたからです。
「つまり、どういう事? フォウ」
「はい。アランのそのあまりにも膨大で強力な魔力はこの地に蓄えられて、森が燃やされた後ももう一度再生させる程の力が残っていたのだと思われます」
アランの魔力が、再度この森を復活させた……やっと理解できました。
「つまりジークも、その魔力のおかげで生き返ったようなものだったのね」
「それが一番可能性が高いかと思われます。ジークは倒される前から森の精気を吸収するためのパイプを自分に構築して、連日吸い取っていたわけですから、死んだ後でも同じようにアランの魔力を引き寄せたのではないでしょうか」
ジークは森が燃やされる前に、既にアランの魔力を吸収して生き返って、魔族領に帰っていた……それが一番妥当な考えのように私も思います。
ニナが言っていた、半分妖精の匂いがする――というのは、森に溶け込み、森の精気として蓄えられたアランの魔力が、体に満たされていたからなのでしょう。
ふと気付くと、私の隣に立つカーマイルが、腕を組んでフォウを睨んでいました。
「何故その死体を燃やすなりして完全に消滅させなかったのでしょう。迂闊でしたね、第四天使」
「……はい。その通りです……第五天使、カーマイル」
カーマイルの厳しい突っ込みに、何も言えなくなったフォウは俯いてしまいました。
しかしこれは、誰も責められない事だったと思います。
「カーマイル、そんな事をいまさら言っても仕方がないわ。これからどうするかを考えた方が建設的よ」
「ふん」
ジークの存在は、必ずこの先の障害になるに違いありません。きっと向こうも、私たちが魔族領に居た事に気付いたでしょう。
魔族領からすぐに戻らなかった事を少し後悔しましたが、いずれ相見える運命だとしたら、先に知っていた方がまだマシだったと言えるでしょうか。
「魔族領へはもう、フォレスが復活するまでは行かない方がいいでしょう。魔王討伐の切り札のくせに一番弱いサオリが狙われたら終わりです」
「そうね、カーマイル。それはあなたの言う通りだわ」
「サオリ様、ここは妖精の森ですが……フォレス様は反応されませんか?」
そう言われてみれば確かに、妖精の森に居るというのにフォレスが目覚める気配もありません。
「まだ眠ったままみたい……どうすればいいのか、正直分からないわ」
森の精気を感じ取って目覚めてくれたらいいのですが、相変わらず固い殻に閉じこもったまま、フォレスは出てきてくれません。
このまま森に滞在した方がいいのでしょうか。
それとも先に進んでもいいのでしょうか。
妖精の力も使えない状態なので、エナジー・ドレインで天使から魔力を補給する事も出来ないのですが、フォレスが眠っている今は、そうする必要もないようです。
フォレスとの合体を維持するための魔力補給ですが、魔力が限界まで減って、もう魔力が無いと消えてしまうという状況になれば、フォレスももしかしたら――「お腹が空いた」と起きだすかも知れませんね。
今は眠っている状態なので、魔力消費も極わずかで済んでいるのでしょうから、どれだけ時間が掛かるのかは分かりませんが。
「とにかく、ジークは狡猾な相手です。以前の戦いでは一番やっかいだと思われたサーラを罠によって転移させて、わたくしたちとの分断を成功させています」
「力もあって、ずるがしこいだなんて……本当に面倒ね」
でも、避けては通れそうもない障害です。しかも侮れない相手です。
もしかしたらサーラなら何とかしてくれるような気もしますが、前回はジークの罠にまんまと引っ掛かってもいます。
油断は出来そうにありません。
一応、サーラに訊いてみましょう。
「サーラ、あなたならジーク相手でも何とかなりそうじゃない?」
「わ、わたし……ですか?」
このサーラの脅えた小動物のような姿を見ていると、私は何もしていないのに、何だか悪者になったような気分です。
両手でギュッと抱きしめているその杖は、魔王にも大打撃を与えてしまえる恐ろしい伝説の武器なのですよ……あなたの方がよっぽど怖いんですよ……と、思わず言いたくなります。
「だって、魔王軍四天王のヴィーダも瞬殺だったのでしょう?」
「あ、あれは……すごく、おっきくて……動かなかったから……目を瞑ってても、倒せちゃい……ました」
四天王を目を瞑ったまま倒したんですか!? いや普通なら目を開けてても無理でしょう!? と、突っ込みたい所でしたが、強い口調で言うと泣かれそうなので止めました。
「と、とにかく今度は離ればなれにならないようにしないと……ね」
「は、はい……気を付け……ます」
一番強くて、一番頼りになりそうな大魔法使いは――
誰よりも気が弱い、小心な少女でした。
「ウチも頑張る!」
――そして、突然サーラの持つ杖から発せられた可愛い声は、一日に一度だけ言葉を話せる『ルルの今日の一言』でした。
草木は新たに生い茂り、花は咲き、土は潤い、元通りの緑豊かな森の姿を取り戻していたのです。
「どういう事?」
魔族の軍勢によって火を放たれ、何処を向いても真っ赤に燃えていた光景が、今でも鮮明に思い起こされます。
ラフィーの魔法で鎮火したものの、その時には既に森と言うには程遠い惨状になっていました。
「アランなの」
「アラン?」
「そうですね、ニナ。アランの魔力でしょう」
私はふと、フォウがアランや他の天使たちを、『様』付けで呼ばない事に気付きました。
私とももう少し親密な関係になれたら、サオリと呼んでくれるのでしょうか。
「ちょっと待って、この森が燃やされた頃はアランは既に少年の姿になった魔王で、王都の魔法学院に通っていたのよ」
妖精の森とは何の関係も無い、違うアランになっていたはずです。
「先にジークを埋めた場所に行って調べてみましょう、サオリ様」
フォウに促されて、ある場所に向かいました。
森の中心に近いそこは、密集した木々によって陽の光も遮られた、ほの暗い静かな場所です。
一度焼失してしまったため、以前の風景とは様変わりしているはずですが、ニナとフォウには埋めた場所がはっきりと分かるようです。
「うー、やー」
ニナが気の抜けた可愛らしい掛け声で、目的の場所の地面を土魔法で掘り起こしましたが、そこには当然のように何も埋まってはいませんでした。
「土に還った……というわけでもなさそうね」
「そうですね、何年も経ったわけではありませんから」
何も残さずに、跡形もなく消えたジークの死体は、つまり魔族領で見たあれこそが生き返ったその姿だったのでしょうか。
「どういう事なのですか? サオリ」
「えっと、これは……」
当時の事を何も知らないカーマイルの疑問には答えられずに、フォウを見ました。
「私も聞きたいわ、フォウ。これはアランが関係しているというの?」
近くの大木の太い幹に触り、空へと伸びるそれを見上げたフォウはどこか懐かしむような、それでいて悲しみと寂しさも垣間見えるような、そんな表情でした。
「この森は燃やされる前にも一度、死に掛けました。……ジークがその精気を連日、大量に吸い取っていたためにです」
それは私も、フォレスの記憶で知っている事でした。ジークを倒した事によりその危機は免れたはずです。
ですが、その後……アランは――
「アランの魔力なしという体質の内に眠るマイナスの魔力が、合体したフォレスのエナジー・ドレインにより解放されて、この森は再生されました。それは秋の森を春の息吹で満たして、さらには精霊だったフォレスを妖精に生まれ変わらせる程の、膨大な魔力でした」
私の知るフォレスの記憶は、フォウが今言ってくれた所で終わっています。
妖精として生まれ変わるのを待つフォレスは、巨大な花の蕾の中で眠っていたからです。
「つまり、どういう事? フォウ」
「はい。アランのそのあまりにも膨大で強力な魔力はこの地に蓄えられて、森が燃やされた後ももう一度再生させる程の力が残っていたのだと思われます」
アランの魔力が、再度この森を復活させた……やっと理解できました。
「つまりジークも、その魔力のおかげで生き返ったようなものだったのね」
「それが一番可能性が高いかと思われます。ジークは倒される前から森の精気を吸収するためのパイプを自分に構築して、連日吸い取っていたわけですから、死んだ後でも同じようにアランの魔力を引き寄せたのではないでしょうか」
ジークは森が燃やされる前に、既にアランの魔力を吸収して生き返って、魔族領に帰っていた……それが一番妥当な考えのように私も思います。
ニナが言っていた、半分妖精の匂いがする――というのは、森に溶け込み、森の精気として蓄えられたアランの魔力が、体に満たされていたからなのでしょう。
ふと気付くと、私の隣に立つカーマイルが、腕を組んでフォウを睨んでいました。
「何故その死体を燃やすなりして完全に消滅させなかったのでしょう。迂闊でしたね、第四天使」
「……はい。その通りです……第五天使、カーマイル」
カーマイルの厳しい突っ込みに、何も言えなくなったフォウは俯いてしまいました。
しかしこれは、誰も責められない事だったと思います。
「カーマイル、そんな事をいまさら言っても仕方がないわ。これからどうするかを考えた方が建設的よ」
「ふん」
ジークの存在は、必ずこの先の障害になるに違いありません。きっと向こうも、私たちが魔族領に居た事に気付いたでしょう。
魔族領からすぐに戻らなかった事を少し後悔しましたが、いずれ相見える運命だとしたら、先に知っていた方がまだマシだったと言えるでしょうか。
「魔族領へはもう、フォレスが復活するまでは行かない方がいいでしょう。魔王討伐の切り札のくせに一番弱いサオリが狙われたら終わりです」
「そうね、カーマイル。それはあなたの言う通りだわ」
「サオリ様、ここは妖精の森ですが……フォレス様は反応されませんか?」
そう言われてみれば確かに、妖精の森に居るというのにフォレスが目覚める気配もありません。
「まだ眠ったままみたい……どうすればいいのか、正直分からないわ」
森の精気を感じ取って目覚めてくれたらいいのですが、相変わらず固い殻に閉じこもったまま、フォレスは出てきてくれません。
このまま森に滞在した方がいいのでしょうか。
それとも先に進んでもいいのでしょうか。
妖精の力も使えない状態なので、エナジー・ドレインで天使から魔力を補給する事も出来ないのですが、フォレスが眠っている今は、そうする必要もないようです。
フォレスとの合体を維持するための魔力補給ですが、魔力が限界まで減って、もう魔力が無いと消えてしまうという状況になれば、フォレスももしかしたら――「お腹が空いた」と起きだすかも知れませんね。
今は眠っている状態なので、魔力消費も極わずかで済んでいるのでしょうから、どれだけ時間が掛かるのかは分かりませんが。
「とにかく、ジークは狡猾な相手です。以前の戦いでは一番やっかいだと思われたサーラを罠によって転移させて、わたくしたちとの分断を成功させています」
「力もあって、ずるがしこいだなんて……本当に面倒ね」
でも、避けては通れそうもない障害です。しかも侮れない相手です。
もしかしたらサーラなら何とかしてくれるような気もしますが、前回はジークの罠にまんまと引っ掛かってもいます。
油断は出来そうにありません。
一応、サーラに訊いてみましょう。
「サーラ、あなたならジーク相手でも何とかなりそうじゃない?」
「わ、わたし……ですか?」
このサーラの脅えた小動物のような姿を見ていると、私は何もしていないのに、何だか悪者になったような気分です。
両手でギュッと抱きしめているその杖は、魔王にも大打撃を与えてしまえる恐ろしい伝説の武器なのですよ……あなたの方がよっぽど怖いんですよ……と、思わず言いたくなります。
「だって、魔王軍四天王のヴィーダも瞬殺だったのでしょう?」
「あ、あれは……すごく、おっきくて……動かなかったから……目を瞑ってても、倒せちゃい……ました」
四天王を目を瞑ったまま倒したんですか!? いや普通なら目を開けてても無理でしょう!? と、突っ込みたい所でしたが、強い口調で言うと泣かれそうなので止めました。
「と、とにかく今度は離ればなれにならないようにしないと……ね」
「は、はい……気を付け……ます」
一番強くて、一番頼りになりそうな大魔法使いは――
誰よりも気が弱い、小心な少女でした。
「ウチも頑張る!」
――そして、突然サーラの持つ杖から発せられた可愛い声は、一日に一度だけ言葉を話せる『ルルの今日の一言』でした。
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