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第二部 第二章 追跡者
71・婚約者ですわ
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「場所を変えましょう」
私たちは人通りの多いこの場所を避けて、移動する事にしました。
ペンダントの女性には半ば強制的ですが、同行してもらいます。
王族のペンダントを持っている限り、見逃すわけには行かないのです。
捕まえた男は後で尋問をするため、とりあえずフォウのポケットに仕舞ってもらいました。
男が袖口に消える瞬間を目撃した女性はびっくりして何かを聞きたそうにしていましたが、私たちが平然としている姿に惑わされて何も言えずにいるようです。
「どこかの宿屋にでも入りますか? どうせ後で泊まる場所を探さなければならないのですし」
「それもいいけど、初めて来た街だから何処へ行けばいいのか分からないわ」
私とカーマイルの会話を聞いていた女性は、「それならば」と、よく知る宿屋を紹介してくれる事になりました。
この女性にしても、いつまでも人の往来のある所で、ペンダントの話を持ち出される事を嫌ったようです。
「助かりました。今日初めて来た街なんです」
「そのようですね。……申し遅れましたが、私はカルミナと申します。このたびは本当にありがとうございました」
「私はサオリです。泥棒を捕まえてくれた二人はラフィーとニナで、今私と話してた子がカーマイル。で、隣の子がフォウで、あと、えっと……あっちでプルプルしてる子がサーラです。って何やってるのよサーラは」
見ればサーラは少し離れた場所で、杖を抱えてプルプルしていました。
「す、すみません……こ、大魔導師の杖が何かを伝えたいらしくて……でも、今日はまだ言葉を、話せなくて」
何かに反応して振動している杖を、サーラが抱きしめて抑えているのでした。
天下の大魔導師の杖が……伝えたい事?
それは、私たちの危険を知らせるものなのではなくて?
ハッとしてすぐにフォウに命じました。
「フォウ、魔力感知! 最大で!」
「かしこまりました」
同時に私もバッグからスマホを取り出しました。
『健作くん』――『魔族』
画面が真っ黒に切り替わった瞬間、一か所だけピコンと赤い点が付きました。けれどもそれはすぐに消えてしまったのです。
「フォウは?」
「はい、わたくしの感知に一つだけ魔族が引っ掛かりましたが、すぐに消えてしまいました」
「やっぱり」
フォウが感知出来たという事は、五キロ圏内に魔族が居た――しかもスマホに赤く表示されたそれは、魔力の高い魔族のはずです。
消えたという事は遠ざかったのか、気配を殺せるのか……いずれにしても油断は出来ません。
五キロの距離はこの世界に魔法がある限り、そして一部の魔族が空を飛ぶという事実がある限り、決して遠いとは言えないのです。
「何かあったのですか?」
私たちの様子にただならぬものを感じたのか、カルミナが心配そうに訊ねてきました。
「何でもないです、気にしないで下さい。さあ案内して下さいな。そこで食事も出来たらいいのですけど」
言った後で素早くスマホに『エリーシア』と打ちましたが、その結果は出ませんでした。
横に並ぶフォウに小声で「さっきのはジークかしら?」と、訊いてみても彼女の答えは「反応が短すぎてわかりません」という事でした。
カルミナの後に付いてしばらく歩くと、人通りも少なくなり始めてやがて、住宅街のような区画に入りました。
「結構歩きましたね。……こんな所に宿屋があるのです?」
「はい。サオリ様のようなお方が安心して泊まれるように、それなりの宿をご案内させていただきます」
ああ、そういう事なのですね。
私がペンダントを出して王族関係だと言ってしまったので、気を使ってくれたようです。
「ただ、宿代が多少……いえ、かなりお高くなりますが……」
彼女は恐らくその後に続く「大丈夫でしょうか」という言葉を飲み込んだのだと思います。
こちらが王族関係だと知った上で聞く事ではないと、判断したのでしょう。
「もちろん大丈夫ですよ。金貨十枚でも二十枚でも即金で払えます」
「い、いえ……いくらなんでもそこまで高くはありません」
それからほどなくして、ポツンと佇む一軒の、二階建で大きいけれども普通の外観の屋敷に着きました。
王族関係者でも泊まれる宿屋と聞いて、もっと豪奢な佇まいのものを想像していましたが、宿屋という事も言われなければ分からないような、普通の家に見えます。看板も出てはいません。
「ここは、身分の高い方がお忍びで滞在する時に利用する事が多いようです」
「繁華街からも離れてるし静かかもしれないけど、周りにお店も何もないし、お買いものとか不便そうね」
「馬鹿ですか、サオリは。人の多い目立つ場所の宿なんかに明らかに身分の高い者が泊まっているなどと知られたら、不貞の輩に襲って下さいと言っているようなものではないですか」
カーマイルのツッコミは私はスルーしたつもりでしたが、逆にカルミナの方が王族のペンダントを持つ私を馬鹿呼ばわりしたカーマイルに驚いています。
今頃彼女の頭の中では私たちの関係性について、疑問符がたくさん付いている事でしょう。
私の後ろに付き従っている少女たちは、侍女だとでも思っていたのかも知れません。
「カルミナさんはよく、こういう場所を知っているのですね」
「たまたまです。以前知り合った方が偶然王族の方で、この宿に何日か滞在していたというだけです」
王族と知り合った……詳しく聞けば色々と繋がりそうですね。
とても宿屋を営業しているようには見えない家の扉が開いて、中から中年の女性が出てきました。
その女性はカルミナを見て、大袈裟に驚いた表情をした後でそれを笑顔に変えると、カルミナに親しげに話しかけました。
「あら、誰かと思ったらカルミナさんじゃないですか。今日は何か?」
「こんばんわ、エメドーラさん。今夜は泊まる場所を探していた王族関係の方をご紹介に上がりました」
「王族?」と、こちらに向けた彼女の目つきは、一瞬だけ鋭いものになっていました。
「はじめまして、サオリと申します。こちらで泊まれるとカルミナさんに聞いて伺いました。ご迷惑でなければお願いできますでしょうか」
私を値踏みするような視線は一瞬だけで、すぐに笑顔を返してくれた女主人は「どうぞどうぞ、ようこそいらっしゃいました」と、中に入るよう促してくれました。
「私もこの方たちと少し話があるので、お邪魔させていただきます」
「それは構いませんが、カルミナさん。予約を受けていないのでお料理をお出しできませんがよろしいですか?」
あっ、ご飯が食べられないと天使たちがうるさくなりそうですね――特にニナとラフィーが……どうしましょう。
カルミナが私に向き直って「どうしますか?」と、訊いてきます。
「そうですね、……では食事はあなたとの話が終わったら、どこかに食べにでも行きます」
「そうですか。では、入りましょうか」
家の中の造りは外見からは想像も出来ない程、豪華なものでした。
やはり王族や貴族の御用達の宿、というのは本当のようです。
一階部分は一面に真っ赤でふかふかな絨毯が敷かれ、カフェのようにテーブルが並び、その各テーブルの上には瑞々しい花が生けられた花瓶が置かれ、天井にはシャンデリアも煌びやかにぶら下がっています。
宿屋らしく受付カウンターのスペースもちゃんとありました。
「あらためまして、エメドーラと申します。この宿の経営をしております」
「突然お邪魔してすみません。一晩だけお世話になりたいと思います」
「先ほど、王族の関係者様とカルミナさんがおっしゃっていたようですが」
ああ、証拠を出せ、という事でしょうか。
それならばと――また王族の紋章のペンダントを取り出して見せました。
「これは……シルバニア王国の王族直系のお方しか持っていないという紋章……ですね」
え? そうなのですか? 直系って……王様の家族だけって事ですか?
聞いてませんよ、……そんな事。
カルミナの方を見たら、彼女はなんともバツの悪そうな顔をしていました。
彼女のペンダントの事は、このエメドーラは知らない? そしてやはりあのペンダントは盗んだか、一時的に持たされたものかは分かりませんが、カルミナ本人のものではないのでしょう。
「失礼を承知でおたずねしても、よろしいでしょうか?」
えっと、……私が王族とどういう関係かって事ですよね。
えっと、……何て答えればいいのでしょう。
えっと、えっと――どうする!? 私!
「私は……」
ただ単にペンダントを貰ったお友達っていう関係はありですか? いや王族がそんなに簡単に家族だけの紋章を渡すはずがありませんよね。あっ! でも一度だけ結婚してもいいとかランドルフが言っていたはずですけど、あれってどうしたのでしたっけ、あれ? 私、王族をフッたのでしたっけ? あんなイケメンを? そうでしたその時はまだ元の世界に戻る気でいましたから、いえ今もそれは諦めたわけではないのですけど、その時はだめよだめだめとイケメンは諦めたのでした。ならばそれは婚約以前の問題で、とても婚約者を名乗れるものでもないですし、かと言って今まで顔も知られていない王族の家族が居たとかもおかしな話ですし、私は……私は――
「私は……ランドルフの婚約者ですわ!」
結局これしか、思いつきませんでした。
私たちは人通りの多いこの場所を避けて、移動する事にしました。
ペンダントの女性には半ば強制的ですが、同行してもらいます。
王族のペンダントを持っている限り、見逃すわけには行かないのです。
捕まえた男は後で尋問をするため、とりあえずフォウのポケットに仕舞ってもらいました。
男が袖口に消える瞬間を目撃した女性はびっくりして何かを聞きたそうにしていましたが、私たちが平然としている姿に惑わされて何も言えずにいるようです。
「どこかの宿屋にでも入りますか? どうせ後で泊まる場所を探さなければならないのですし」
「それもいいけど、初めて来た街だから何処へ行けばいいのか分からないわ」
私とカーマイルの会話を聞いていた女性は、「それならば」と、よく知る宿屋を紹介してくれる事になりました。
この女性にしても、いつまでも人の往来のある所で、ペンダントの話を持ち出される事を嫌ったようです。
「助かりました。今日初めて来た街なんです」
「そのようですね。……申し遅れましたが、私はカルミナと申します。このたびは本当にありがとうございました」
「私はサオリです。泥棒を捕まえてくれた二人はラフィーとニナで、今私と話してた子がカーマイル。で、隣の子がフォウで、あと、えっと……あっちでプルプルしてる子がサーラです。って何やってるのよサーラは」
見ればサーラは少し離れた場所で、杖を抱えてプルプルしていました。
「す、すみません……こ、大魔導師の杖が何かを伝えたいらしくて……でも、今日はまだ言葉を、話せなくて」
何かに反応して振動している杖を、サーラが抱きしめて抑えているのでした。
天下の大魔導師の杖が……伝えたい事?
それは、私たちの危険を知らせるものなのではなくて?
ハッとしてすぐにフォウに命じました。
「フォウ、魔力感知! 最大で!」
「かしこまりました」
同時に私もバッグからスマホを取り出しました。
『健作くん』――『魔族』
画面が真っ黒に切り替わった瞬間、一か所だけピコンと赤い点が付きました。けれどもそれはすぐに消えてしまったのです。
「フォウは?」
「はい、わたくしの感知に一つだけ魔族が引っ掛かりましたが、すぐに消えてしまいました」
「やっぱり」
フォウが感知出来たという事は、五キロ圏内に魔族が居た――しかもスマホに赤く表示されたそれは、魔力の高い魔族のはずです。
消えたという事は遠ざかったのか、気配を殺せるのか……いずれにしても油断は出来ません。
五キロの距離はこの世界に魔法がある限り、そして一部の魔族が空を飛ぶという事実がある限り、決して遠いとは言えないのです。
「何かあったのですか?」
私たちの様子にただならぬものを感じたのか、カルミナが心配そうに訊ねてきました。
「何でもないです、気にしないで下さい。さあ案内して下さいな。そこで食事も出来たらいいのですけど」
言った後で素早くスマホに『エリーシア』と打ちましたが、その結果は出ませんでした。
横に並ぶフォウに小声で「さっきのはジークかしら?」と、訊いてみても彼女の答えは「反応が短すぎてわかりません」という事でした。
カルミナの後に付いてしばらく歩くと、人通りも少なくなり始めてやがて、住宅街のような区画に入りました。
「結構歩きましたね。……こんな所に宿屋があるのです?」
「はい。サオリ様のようなお方が安心して泊まれるように、それなりの宿をご案内させていただきます」
ああ、そういう事なのですね。
私がペンダントを出して王族関係だと言ってしまったので、気を使ってくれたようです。
「ただ、宿代が多少……いえ、かなりお高くなりますが……」
彼女は恐らくその後に続く「大丈夫でしょうか」という言葉を飲み込んだのだと思います。
こちらが王族関係だと知った上で聞く事ではないと、判断したのでしょう。
「もちろん大丈夫ですよ。金貨十枚でも二十枚でも即金で払えます」
「い、いえ……いくらなんでもそこまで高くはありません」
それからほどなくして、ポツンと佇む一軒の、二階建で大きいけれども普通の外観の屋敷に着きました。
王族関係者でも泊まれる宿屋と聞いて、もっと豪奢な佇まいのものを想像していましたが、宿屋という事も言われなければ分からないような、普通の家に見えます。看板も出てはいません。
「ここは、身分の高い方がお忍びで滞在する時に利用する事が多いようです」
「繁華街からも離れてるし静かかもしれないけど、周りにお店も何もないし、お買いものとか不便そうね」
「馬鹿ですか、サオリは。人の多い目立つ場所の宿なんかに明らかに身分の高い者が泊まっているなどと知られたら、不貞の輩に襲って下さいと言っているようなものではないですか」
カーマイルのツッコミは私はスルーしたつもりでしたが、逆にカルミナの方が王族のペンダントを持つ私を馬鹿呼ばわりしたカーマイルに驚いています。
今頃彼女の頭の中では私たちの関係性について、疑問符がたくさん付いている事でしょう。
私の後ろに付き従っている少女たちは、侍女だとでも思っていたのかも知れません。
「カルミナさんはよく、こういう場所を知っているのですね」
「たまたまです。以前知り合った方が偶然王族の方で、この宿に何日か滞在していたというだけです」
王族と知り合った……詳しく聞けば色々と繋がりそうですね。
とても宿屋を営業しているようには見えない家の扉が開いて、中から中年の女性が出てきました。
その女性はカルミナを見て、大袈裟に驚いた表情をした後でそれを笑顔に変えると、カルミナに親しげに話しかけました。
「あら、誰かと思ったらカルミナさんじゃないですか。今日は何か?」
「こんばんわ、エメドーラさん。今夜は泊まる場所を探していた王族関係の方をご紹介に上がりました」
「王族?」と、こちらに向けた彼女の目つきは、一瞬だけ鋭いものになっていました。
「はじめまして、サオリと申します。こちらで泊まれるとカルミナさんに聞いて伺いました。ご迷惑でなければお願いできますでしょうか」
私を値踏みするような視線は一瞬だけで、すぐに笑顔を返してくれた女主人は「どうぞどうぞ、ようこそいらっしゃいました」と、中に入るよう促してくれました。
「私もこの方たちと少し話があるので、お邪魔させていただきます」
「それは構いませんが、カルミナさん。予約を受けていないのでお料理をお出しできませんがよろしいですか?」
あっ、ご飯が食べられないと天使たちがうるさくなりそうですね――特にニナとラフィーが……どうしましょう。
カルミナが私に向き直って「どうしますか?」と、訊いてきます。
「そうですね、……では食事はあなたとの話が終わったら、どこかに食べにでも行きます」
「そうですか。では、入りましょうか」
家の中の造りは外見からは想像も出来ない程、豪華なものでした。
やはり王族や貴族の御用達の宿、というのは本当のようです。
一階部分は一面に真っ赤でふかふかな絨毯が敷かれ、カフェのようにテーブルが並び、その各テーブルの上には瑞々しい花が生けられた花瓶が置かれ、天井にはシャンデリアも煌びやかにぶら下がっています。
宿屋らしく受付カウンターのスペースもちゃんとありました。
「あらためまして、エメドーラと申します。この宿の経営をしております」
「突然お邪魔してすみません。一晩だけお世話になりたいと思います」
「先ほど、王族の関係者様とカルミナさんがおっしゃっていたようですが」
ああ、証拠を出せ、という事でしょうか。
それならばと――また王族の紋章のペンダントを取り出して見せました。
「これは……シルバニア王国の王族直系のお方しか持っていないという紋章……ですね」
え? そうなのですか? 直系って……王様の家族だけって事ですか?
聞いてませんよ、……そんな事。
カルミナの方を見たら、彼女はなんともバツの悪そうな顔をしていました。
彼女のペンダントの事は、このエメドーラは知らない? そしてやはりあのペンダントは盗んだか、一時的に持たされたものかは分かりませんが、カルミナ本人のものではないのでしょう。
「失礼を承知でおたずねしても、よろしいでしょうか?」
えっと、……私が王族とどういう関係かって事ですよね。
えっと、……何て答えればいいのでしょう。
えっと、えっと――どうする!? 私!
「私は……」
ただ単にペンダントを貰ったお友達っていう関係はありですか? いや王族がそんなに簡単に家族だけの紋章を渡すはずがありませんよね。あっ! でも一度だけ結婚してもいいとかランドルフが言っていたはずですけど、あれってどうしたのでしたっけ、あれ? 私、王族をフッたのでしたっけ? あんなイケメンを? そうでしたその時はまだ元の世界に戻る気でいましたから、いえ今もそれは諦めたわけではないのですけど、その時はだめよだめだめとイケメンは諦めたのでした。ならばそれは婚約以前の問題で、とても婚約者を名乗れるものでもないですし、かと言って今まで顔も知られていない王族の家族が居たとかもおかしな話ですし、私は……私は――
「私は……ランドルフの婚約者ですわ!」
結局これしか、思いつきませんでした。
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