異世界コンビニ☆ワンオペレーション

山下香織

文字の大きさ
78 / 107
第二部 第三章 対決

78・道の途中2

しおりを挟む
「きゃあ!」

 サーラが驚いたのは、スマホから黒い影がサーラに向かって飛び出したからでした。
 彼女が無意識で発動した炎系の極大魔法は、黒い影を飲み込んで一瞬で塵に変え、その延長線上の大地一面を焼け野原と化したのです。

「危ない所でした……」

 私の横で冷や汗をかくフォウが、珍しく焦った表情をしています。
 直前でサーラがフォウを呼びに行っていた事は、僥倖でした。
 何故ならフォウが傍に居なかったら、彼女が展開する結界に守られる事もなく、私は黒焦げになり――いえ、骨すらも残らずに灰となっていた事でしょう。

「死んだかと、思った……」
「す、す、す……すみません! わ、わ。わたし……とんでも、ない事を!」
「だ、大丈夫よ。サーラ。ちゃんとフォウが守ってくれたわ」

 涙目のサーラが繰り返し謝っていますが、彼女は悪くありません。
 思えば私は洞窟の天使、ミシェールにも殺されかけた事がありましたが、魔族の敵なんかよりも身内と思っている者に、いつか本当に命を奪われるのではないでしょうか。
 それぞれ一撃必殺の攻撃魔法を持つ仲間たちは、ちょっとした間違いでも、ただの人間である私を一瞬で消し去る事が出来るのです。

「さっきのはいったい、何だったのでしょう。サオリ様」

 落ち着きを取り戻したフォウが、首をかしげています。
 スマホから飛び出した黒い影は、一瞬でサーラの魔法で消し飛んでしまったので、その形さえも把握出来ていませんでした。

「え、えっと。もう一度やってみるから。……えっと、今度はサーラは杖を構えなくてもいいわ」
「は、は、はい……本当に、申し訳……ありません……でした」

 馬車からニナとラフィーにカーマイルさえも、こちらに駆けつけて来ました。

「何事ですか、サオリ」
「ちょっとアプリの実験をしてたのだけど、サーラが間違って魔法を撃ってしまったの」

 カーマイルが焼けた大地を眺めてから、呆れ顔を私に向けて来ます。――何故サーラではなく、私を見て呆れているのでしょう。

「間違いのレベルがおかしいのではないですか? どうすれば間違いで、こんな地獄みたいな景色が出来るのですか」
「す、すみません! す、すみません!」
 
 サーラはさっきから、謝る事しか知らない子になってしまいました。
 ただでさえ受け身の子なのに今以上に消極的になってしまったら、このパーティーで攻撃の要のはずの大魔法使いが機能しなくなりそうで、危機感を覚えます。

 黒焦げの地面は私の居る地点から、放射状に広がって遥か彼方まで続いていました。
 本当に他に人が居ない場所で良かったと、それだけは安堵できました。

「すみま……せん。サオリ様……何故か、結界ではなくて……攻撃魔法が、出てしまいました……」
「ごめんちゃ! 撃ったのウチ!」

 サーラの持つ大魔導師の杖が、一日一回だけ可能な言葉をしゃべりました。

「ルルね。サーラを守ろうとしたのね」

 どうやら、サーラの身に危険が迫ると、ルルは独自の判断で魔法を行使出来るみたいです。
 流石、意志を持つ杖ならではと感心したい所ですが、肝心のルルがおっちょこちょいだと、少し困りますね。

「うちの子が……やったみたいです……すみません、でした」
「大丈夫よ、サーラ。私、生きてるし……。じゃあ皆の居る前で、もう一度やってみるわね。何か飛び出すと思うけど、攻撃魔法は止めてね」
「サーラは最初からこちら側で結界を張ってください。わたくしはサオリ様がスマホのアプリ? とやらを起動してから、サオリ様に結界を展開します」
「は、はい……フォウ様」
「それの方が無難ね。では、行くわよ」

 私はあらためて、『獣』のアイコンを押しました。

 ――ポチっと。

 先程と同じように、スマホを向けている方向に黒い影が飛び出します。
 けれども今度はサーラの結界に弾かれて、その足元に落ちました。
 その時には既に私の周りにも、フォウの結界が展開されていました。
 
「何ですか、これは?」
「さあ?」

 カーマイルの足元には、黒い塊りがプヨプヨと蠢いています。
 特に危険は感じません。

「またしても、スライムですか?」
「いえ、形を変えているみたいよ」

 黒い謎の物体は、徐々にその形を変えて行き、やがてそれは犬の姿となって安定しました。
 体長一メートルくらいのスリムな体型は、中型犬といった所でしょうか。

「犬になったわね」

 なるほど……アイコンの文字は『獣』でした。
 
「これは……なんという事でしょう、サオリ。これの魔力は……」

 何だかカーマイルが驚いています。

「これは魔獣のウルフとは違うの?」
「とんでもない。この犬の形をしたものの魔力は……ジダルジータ様の魔力の塊りそのものです」

 まあ、神様がカスタマイズしたスマホから出てきたものですから、そうなのだろうとも思いますが。

「まだ分からないのですか? 馬鹿ですか? 目の前の奇跡を、理解出来ないのですか?」
「だって、神様が作ったアプリだもの、神様の魔力なのは不思議じゃないでしょう?」

 カーマイルは目を丸くして、本気で呆れた顔をしました。

「今までは八十五パーセントでしたが、今回ばかりは百パーセントの気持ちを込めて言わせて下さい。馬鹿ですね?」
「なによ、それ」

 足元の黒い犬を指差して、カーマイルは力説します。

「いいですか、神ジダルジータ様の魔力そのものが形となって顕現しているのですよ。何か別の物体に籠められた魔力でも、ジダルジータ様の魔法が掛かったものでも無いのですよ。これが、これそのものが、神ジダルジータ様なのですよ!」
「へえ、じゃあこれ、神様なのね?」
「これって言うな!」
「カーマイルだって今、これって言ってたわよ」
「言ってません!」

 見た所ただの、大人しい黒い犬です。
 私は犬の目の前にしゃがみました。

「おすわり」

 黒い犬が、ペタっと座りました。

「お手」

 ちゃんとお手も出来ました。

「中々頭がいいわね」
「神になんて事をしてくれてんですか!? 馬鹿ですか? いっぺん死にますか!?」

 神様の事になると、カーマイルはやけに感情的になるようです。

「神様なら、しゃべれるかしら?」
「……」
「神様なら、何か特別な事が出来るかしら?」
「……」
「この犬、何にも役に立ちそうもないわよ、カーマイル」
「馬鹿な事を言わないで下さい。神がここに居るというだけで奇跡なのですよ、ありがたく思うがいいです」

 これは神様なので、崇め奉りなさいと、カーマイルは言いたいのでしょうか。
 
「まあいいわ。とりあえずペットという事で」
「ぺ? ペット?」
「名前はどうしましょうか」

 せっかくですから、名前を付けておきましょう。

「ジダルジータ様の名前は、絶対に付けないで下さい」
「これは神様なのでしょう? ジータとか可愛くない?」
「サオリに呼び捨てにされるのがオチですからね。それは許されません」

 元の世界の私の家では、犬を飼っていました。
 真っ白なマルチーズです。
 色も見た目も違いますが、同じ名前をこの黒い犬に付けようと思い付きました。

「じゃあこの子は、『ロデム』で」

 黒い犬は吠える事も唸る事もなく、ただ静かにその場に佇んでいました。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

合成師

盾乃あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...