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第二部 第三章 対決
79・ロデム、変身
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ロデムは不定形生命体でした。
スマホのアプリを生命体と呼んでいいのかは分かりませんが、自らの意志で動く事も出来る、神様の分身です。
その姿を何にでも変える事が出来て、大きさも自由自在です。
私の言う事も理解をしていて、言った通りのものに変形しました。
「やっぱりスライムじゃないの。この神様」
「あんな下等生物と一緒にしないで下さい」
一度サーラの魔法で蒸発させられましたが、アプリの使用で何度でも生き返るようです。
ただ、この黒い犬には活動限界があって――
「あっ、もう一分経った」
たった一分で、消えてしまうのでした。
「本当に使えないわね、この神様」
「だから、ここに神ジダルジータ様の分身がある事自体が奇跡だと、何度言えば――」
「分かった、分かったからそんなにむきにならなくてもいいわよ、カーマイル」
時間制限があってもどんな形にでもなれるのは、いざと言う時にはピンポイントで使えるかも知れませんね。
ただ、充電も一分掛かるみたいなので、消えたらまた一分待たなくてはならないようです。
「そろそろ出発しましょうか。夕方になっても次の街が見えてこなかったら、今日も野営になるわね」
今度は御者台にはニナが座りました。
フォウとニナが二人で交代して御者役をしているのです。
他の連中はというと、ラフィーはそもそも馬を操る事が出来ませんし、カーマイルは出来るのかも知れないけれども、やる気がありません。
サーラはお気持ちだけ受け取って、こちらからお断りしています。
一度だけ、サーラが「わたしも……お役に、立ちたいです」と言うので御者台を任せたのですが、馬車の速度が歩くそれと変わらなくなってしまったので、それ以降は遠慮してもらっています。
サーラののんびり気質が馬にも伝わってしまうのか、馬が走らずに歩いてしまうのです。
私も御者台に座ってみたいのですが、表に居ると標的になりやすいとの理由で、フォウに止められています。
馬車には防護魔法も掛かっているのですが、念のためだそうです。
ですがたった今、そのフォウの忠告を無視する形になりますが、試してみたい事が出来てしまいました。
「私、ちょっとロデムに試乗してみるから、先に馬車を出してちょうだい」
形も大きさも自在なのですから、乗って走る事も出来そうな気がしたのです。
しかし、私のこの提案にすぐさま待ったを掛けた天使が、約一名居ました。
「何をふざけた事を言っているのですか? 馬鹿ですか? 畏れ多くも神に跨ろうなどというその行為、万死に値しますよ?」
私はカーマイルの言葉を右から左に流し、スマホからロデムを召喚して命じました。
「ロデム、変身! 私が乗れるくらいの大きさになって!」
すぐさま変形したロデムは、大型犬くらいのサイズになりました。
私が乗ると命じたためか、ロデムのたてがみの部分が後ろにハの字に伸びて、掴みやすいように束になって固くなっています。
横腹の部分にはステップのような突起も作られ、足を掛けるのに丁度良い位置にありました。
跨ってたてがみを掴みステップに足を乗せると、私のポジションはオートバイに乗っているような感じになります。
「こ、こ、この罰当たり! 神に代わって私が天罰を――」
「サーラ、カーマイルがちょっとうるさいから、結界に閉じ込めて」
「は、は、はい……サオリ様」
サーラの魔法は天使よりも強力な魔力で展開されるので、カーマイルと言えどそれを破る事は出来ません。
「こ、この! 極悪人! 人でなし! 外道! 地獄に堕ちろ!」
「じゃあ先に出て」
結界に閉じ込められたカーマイルを乗せた馬車は軽快に走りだし、その後を追うように私もロデムに乗って発進しました。
ロデムバイクは、走れと念じただけで、それを読み取って走り出してくれました。
右や左に曲がるのも、体重移動をする前から私の意志を読むため、思考から動作へと移行するタイムラグが一切無く、人馬一体とも言えるようなその操作性は、とても気持ちの良いものでした。
「うーん、この。……バイクに乗る姿勢なのにそのバイクが四足走行とか……」
乗馬と違って完全に前傾姿勢の私は、まんまバイク乗りの恰好なのです。
命じればロデムの足も車輪になったのかもと思いながらも、その乗り心地の快適さにどうでも良くなります。
ちなみにワンピース姿のまま跨ってしまいましたが、ロデムの能力なのか風の抵抗はほとんど受けずに済んでいるので、捲れて下半身が露わになるという事もありませんでした。
「かなり良い感じね」
一方の馬車の方はニナの意外とも言える優れた操縦能力が、馬車の高性能を見事に活かして砂利道も苦にせず徐々に速度を上げて行き、周りの景色がもの凄い勢いで後ろに流れて行きます。
それに付いて行くロデムは、まだまだ余裕のようです。
「時速何キロ出てるのかしら、かなり速いかも」
風の抵抗が無いとは言え視点がかなり低く地面に近いため、それなりの疾走感を体感しています。
流れる景色の速さから、時速百キロは出てるのではと思ったその時――
私は肝心な事を忘れていた事に、それが起きてしまってから気付きました。
――ロデムの活動限界は一分と、とても短かかったのです。
「きゃあああぁぁぁぁ!」
一分の活動限界を迎えたロデムがパッと消えた瞬間、私は地面に放り出されて砂利の上を激しく転がり――
「おねーちゃん!」
ラフィーが私の事をそう呼ぶのを、久しぶりに聞いたと喜ぶ余裕などなく、地面の上を何回転か転がって体の痛みが激痛に変わった瞬間、気を失いました。
私の不運は、回復魔法と結界魔法を持つサーラがカーマイルに結界を張っていてそちらに集中していた事と、同じく回復魔法が使えるニナが御者台に座っていて後ろを走る私から離れていた事、さらに結界を展開出来るフォウはラフィーにねだられて肉を出そうと袖口ポケットに手を突っ込みまさぐっていたために、私の方を見ていなかった事でした。
通常でしたら私が怪我をする前に、天使たちの神速のフォローが入っていたはずの所を、タイミングが悪かったためにかなりの怪我を負いました。――後で聞いた所フォウの魔法による診断では、全身数十か所を骨折していた程の、重傷だったようです。
電光石火の速さでラフィーが馬車から飛び出して私をキャッチしてくれたので、体の一部が欠損したり、内臓が飛び出したりと、悲惨な事にはならなかったようですが、ラフィーのそれすらも遅れていたなら、私は既に死んでいたのではないでしょうか。
カーマイルが転がる私を見て、どういう顔をしていたのかは、想像したくありません。
気が付くと私は、停車した馬車の横の地面に横たわり、サーラの回復魔法を受けていました。
「し、死んだかと思った……」
「くくく、天罰が下りましたね」
「その顔止めて、カーマイル。気持ち悪い」
案の定、人が死に掛けたというのに、カーマイルは薄笑いを浮かべていました。
「おねーちゃん、だいじょぶ?」
「ああ、ラフィー。あなたがそう呼んでくれるだけで、お姉ちゃんは幸せよ。体の方はサーラが魔法で治してくれたから、大丈夫よ」
とは言え気絶する直前に、体に走った激痛は忘れていません。
回復魔法で完治したとしても、幻肢痛のように体がまだ痛みを覚えているのです。
「今日は危ない目にばかり遭うなぁ……しばらく大人しくしてようかな」
カーマイルが、「天罰じゃ、天罰じゃ」と、小躍りしているのを見ると、ちょっと腹も立ちますが、今日はもう馬車の中でじっとしていようと思います。
「サオリ様、まだ油断は出来ないようです」
「え!?」
フォウのその言葉に一瞬、サーラでも回復出来ないような深刻な怪我が残っているのかと思いましたが、そうではありませんでした。
フォウが私ではなくどこか遠くを見つめて、真剣な顔をしています。
「何が見えるの?」
「感じます」
フォウは遠くの見えない何かを見つめたまま静かに、覚悟を感じさせる重みを持たせながら、ゆっくりと答えました。
「やつが、……来ました」
スマホのアプリを生命体と呼んでいいのかは分かりませんが、自らの意志で動く事も出来る、神様の分身です。
その姿を何にでも変える事が出来て、大きさも自由自在です。
私の言う事も理解をしていて、言った通りのものに変形しました。
「やっぱりスライムじゃないの。この神様」
「あんな下等生物と一緒にしないで下さい」
一度サーラの魔法で蒸発させられましたが、アプリの使用で何度でも生き返るようです。
ただ、この黒い犬には活動限界があって――
「あっ、もう一分経った」
たった一分で、消えてしまうのでした。
「本当に使えないわね、この神様」
「だから、ここに神ジダルジータ様の分身がある事自体が奇跡だと、何度言えば――」
「分かった、分かったからそんなにむきにならなくてもいいわよ、カーマイル」
時間制限があってもどんな形にでもなれるのは、いざと言う時にはピンポイントで使えるかも知れませんね。
ただ、充電も一分掛かるみたいなので、消えたらまた一分待たなくてはならないようです。
「そろそろ出発しましょうか。夕方になっても次の街が見えてこなかったら、今日も野営になるわね」
今度は御者台にはニナが座りました。
フォウとニナが二人で交代して御者役をしているのです。
他の連中はというと、ラフィーはそもそも馬を操る事が出来ませんし、カーマイルは出来るのかも知れないけれども、やる気がありません。
サーラはお気持ちだけ受け取って、こちらからお断りしています。
一度だけ、サーラが「わたしも……お役に、立ちたいです」と言うので御者台を任せたのですが、馬車の速度が歩くそれと変わらなくなってしまったので、それ以降は遠慮してもらっています。
サーラののんびり気質が馬にも伝わってしまうのか、馬が走らずに歩いてしまうのです。
私も御者台に座ってみたいのですが、表に居ると標的になりやすいとの理由で、フォウに止められています。
馬車には防護魔法も掛かっているのですが、念のためだそうです。
ですがたった今、そのフォウの忠告を無視する形になりますが、試してみたい事が出来てしまいました。
「私、ちょっとロデムに試乗してみるから、先に馬車を出してちょうだい」
形も大きさも自在なのですから、乗って走る事も出来そうな気がしたのです。
しかし、私のこの提案にすぐさま待ったを掛けた天使が、約一名居ました。
「何をふざけた事を言っているのですか? 馬鹿ですか? 畏れ多くも神に跨ろうなどというその行為、万死に値しますよ?」
私はカーマイルの言葉を右から左に流し、スマホからロデムを召喚して命じました。
「ロデム、変身! 私が乗れるくらいの大きさになって!」
すぐさま変形したロデムは、大型犬くらいのサイズになりました。
私が乗ると命じたためか、ロデムのたてがみの部分が後ろにハの字に伸びて、掴みやすいように束になって固くなっています。
横腹の部分にはステップのような突起も作られ、足を掛けるのに丁度良い位置にありました。
跨ってたてがみを掴みステップに足を乗せると、私のポジションはオートバイに乗っているような感じになります。
「こ、こ、この罰当たり! 神に代わって私が天罰を――」
「サーラ、カーマイルがちょっとうるさいから、結界に閉じ込めて」
「は、は、はい……サオリ様」
サーラの魔法は天使よりも強力な魔力で展開されるので、カーマイルと言えどそれを破る事は出来ません。
「こ、この! 極悪人! 人でなし! 外道! 地獄に堕ちろ!」
「じゃあ先に出て」
結界に閉じ込められたカーマイルを乗せた馬車は軽快に走りだし、その後を追うように私もロデムに乗って発進しました。
ロデムバイクは、走れと念じただけで、それを読み取って走り出してくれました。
右や左に曲がるのも、体重移動をする前から私の意志を読むため、思考から動作へと移行するタイムラグが一切無く、人馬一体とも言えるようなその操作性は、とても気持ちの良いものでした。
「うーん、この。……バイクに乗る姿勢なのにそのバイクが四足走行とか……」
乗馬と違って完全に前傾姿勢の私は、まんまバイク乗りの恰好なのです。
命じればロデムの足も車輪になったのかもと思いながらも、その乗り心地の快適さにどうでも良くなります。
ちなみにワンピース姿のまま跨ってしまいましたが、ロデムの能力なのか風の抵抗はほとんど受けずに済んでいるので、捲れて下半身が露わになるという事もありませんでした。
「かなり良い感じね」
一方の馬車の方はニナの意外とも言える優れた操縦能力が、馬車の高性能を見事に活かして砂利道も苦にせず徐々に速度を上げて行き、周りの景色がもの凄い勢いで後ろに流れて行きます。
それに付いて行くロデムは、まだまだ余裕のようです。
「時速何キロ出てるのかしら、かなり速いかも」
風の抵抗が無いとは言え視点がかなり低く地面に近いため、それなりの疾走感を体感しています。
流れる景色の速さから、時速百キロは出てるのではと思ったその時――
私は肝心な事を忘れていた事に、それが起きてしまってから気付きました。
――ロデムの活動限界は一分と、とても短かかったのです。
「きゃあああぁぁぁぁ!」
一分の活動限界を迎えたロデムがパッと消えた瞬間、私は地面に放り出されて砂利の上を激しく転がり――
「おねーちゃん!」
ラフィーが私の事をそう呼ぶのを、久しぶりに聞いたと喜ぶ余裕などなく、地面の上を何回転か転がって体の痛みが激痛に変わった瞬間、気を失いました。
私の不運は、回復魔法と結界魔法を持つサーラがカーマイルに結界を張っていてそちらに集中していた事と、同じく回復魔法が使えるニナが御者台に座っていて後ろを走る私から離れていた事、さらに結界を展開出来るフォウはラフィーにねだられて肉を出そうと袖口ポケットに手を突っ込みまさぐっていたために、私の方を見ていなかった事でした。
通常でしたら私が怪我をする前に、天使たちの神速のフォローが入っていたはずの所を、タイミングが悪かったためにかなりの怪我を負いました。――後で聞いた所フォウの魔法による診断では、全身数十か所を骨折していた程の、重傷だったようです。
電光石火の速さでラフィーが馬車から飛び出して私をキャッチしてくれたので、体の一部が欠損したり、内臓が飛び出したりと、悲惨な事にはならなかったようですが、ラフィーのそれすらも遅れていたなら、私は既に死んでいたのではないでしょうか。
カーマイルが転がる私を見て、どういう顔をしていたのかは、想像したくありません。
気が付くと私は、停車した馬車の横の地面に横たわり、サーラの回復魔法を受けていました。
「し、死んだかと思った……」
「くくく、天罰が下りましたね」
「その顔止めて、カーマイル。気持ち悪い」
案の定、人が死に掛けたというのに、カーマイルは薄笑いを浮かべていました。
「おねーちゃん、だいじょぶ?」
「ああ、ラフィー。あなたがそう呼んでくれるだけで、お姉ちゃんは幸せよ。体の方はサーラが魔法で治してくれたから、大丈夫よ」
とは言え気絶する直前に、体に走った激痛は忘れていません。
回復魔法で完治したとしても、幻肢痛のように体がまだ痛みを覚えているのです。
「今日は危ない目にばかり遭うなぁ……しばらく大人しくしてようかな」
カーマイルが、「天罰じゃ、天罰じゃ」と、小躍りしているのを見ると、ちょっと腹も立ちますが、今日はもう馬車の中でじっとしていようと思います。
「サオリ様、まだ油断は出来ないようです」
「え!?」
フォウのその言葉に一瞬、サーラでも回復出来ないような深刻な怪我が残っているのかと思いましたが、そうではありませんでした。
フォウが私ではなくどこか遠くを見つめて、真剣な顔をしています。
「何が見えるの?」
「感じます」
フォウは遠くの見えない何かを見つめたまま静かに、覚悟を感じさせる重みを持たせながら、ゆっくりと答えました。
「やつが、……来ました」
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