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第二部 第三章 対決
81・打つ手がない
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「分かった事が三つあります」
カーマイルが右手の指を三本、立てていました。
河原から移動はしていませんが、フォウに体育館を出してもらい、その中の一室に皆で集まりました。
ニナはまだ目覚めないので、ベッドに寝かせています。
「一つは、あのジークは以前のジークでは無いという事。魔力値が数倍に増えています。現在のジークの戦闘力は、ここに居る誰よりも高くなっています」
サーラよりも高い数値になってしまっているのは、とてもまずい状況です。
これまではサーラさえ居れば何とかなると思っていた所を、サーラと天使をすべて合わせても、果たして対抗出来るのか分からなくなってしまったのです。
「二つ目は、エリーシアが囚われているという事が分かりました。ただこれはあの一瞬の映像だけの情報なので、生死は確認出来ていません。……が、死んでいる人間をあのように椅子に座らせたままというのも考えにくいので、生きていると思って間違いないでしょう。そしてそのエリーシアをサオリは救おうとしています」
確かに死んでいる人間をわざわざ椅子に座らせてそのままにしておくというのは、よく考えてみれば無さそうです。
魔族が殺した人間を遺棄するにしても、目につく場所に置いておく理由がありません。
それにあの映像はジークの視点だったのです。明らかにエリーシアの方を見ていたという事です。
あの魔族が自分が殺した相手に、未練を残しているとも思えません。
「三つ目は、……これは重要な情報です。馬鹿なサオリはもとより、誰も気付いて無さそうですけど、あのジークは転移魔法を体得しています」
「転移魔法を?」
「ジークは影のスキルによって、瞬間的に別の場所へと移動する事は出来ていましたが、移動手段はこれまでは飛行に頼っていたと思われます。それが、転移魔法を手に入れたというのですね、第五天使」
フォウの言うように、これまでにジークが転移魔法を使用したという事は無かったはずです。
ところが今回の件や、化物となったローランドの討伐時に傍に居た魔族や、カルミナの居た街で感知した魔族が一瞬で気配を絶ったという事実は、転移魔法の存在を示していました。
魔族領で見た時は、魔族の姿で飛行していたようですけれど……。
「いいですか? 恐らくエリーシアの囚われている場所は魔王城なのですよ。ジークが毎回連れて回っているはずが無いのですから」
「それは確かに、そうね」
「その魔王城に居るエリーシアがさっきの映像に映っていたのだとしたら、ジークは一瞬で移動した事になります。つまり、そういう事です」
あのジークが転移魔法を使えるのだとしたら、さらにこちらが不利になる要素にしかなりません。
例えジークを追い詰めた所で、一瞬で逃げられてしまうのですから。
ただ現状ではその追い詰めるという事が、とてつもなく困難なのだと言う事も分かっています。
「打つ手が……ないじゃない」
頭を抱える私の横で、カーマイルがボソッと言いました。
「サオリがあの金髪巻き髪を諦めれば、サーラの次元魔法で魔王城ごと消滅させて終わりなのですけれど」
「それは……駄目よ」
「そうですか……魔王城ごと消してジークを処分した後で瀕死の魔王のとどめを、サオリのエクスカリバーで済ませば楽……ああ、まだ勇者になれていませんでしたね。それ以前の話でした」
そうなのです、頭の痛い事に私はまだ、勇者の資格を得ていません。
私の心の奥底に眠るフォレスが目覚めない限り、魔王を倒すための聖剣エクスカリバーを持つ事さえ出来ないのです。
「本当にどうすればいいのよ……」
旅を続けて魔族領に着く頃に、フォレスが目を覚ましてくれたら良いのですが、そんな保証はどこにもありません。
「あれ?」
何故か急に、違和感が湧き上がってきました。
胸にわだかまるこのモヤモヤは、いったい何なのでしょう。
「カーマイル、何か見落としていない?」
「はて、まだ何かありましたか?」
「何か分からないけど、凄く嫌な感じがするの」
それが何なのか……とても嫌な、考えたくもないような事、それ故に自ら封印してしまっているような、無意識に避けている事柄……。
私は何に対して違和感を感じたのでしょう。
カーマイルの言葉を聞いていた時? エリーシアの姿を見てしまった時? ジーク、エクスカリバー、勇者、魔王、エリーシア、魔王城。
「魔王に魔王城……そこに居るエリーシア」
「何か分かったのですか? サオリ」
私は自分から目を逸らしていた事に、気付いてしまったのかも知れません。
想像したくもない事、認めたくない事が、確かにあったのです。
「ねえ、カーマイル。もしかしてなんだけど」
「何ですか?」
「もしもの話だけど、もしジークがエリーシアを殺さない理由が他にあったら?」
「殺さない理由ですか? そんなもの人質に――おや? 少しおかしいですね。先ほど見たジークの実力からしたら、人質を取る意味が無いような気がしてきました」
私の違和感は、まさにそこだったのです。
あれほど自信満々で、その自信を裏付ける実力も備わっていて、わざわざ人質としてエリーシアをずっと生かしておく必要があるのでしょうか。
「でもジークの視界に映っていたのは、エリーシアよね」
サーラのマーキング魔法で一瞬だけ映ったのは、エリーシアで間違いはないと思います。
ジークが人質など必要ないとしたら、エリーシアを生かしている理由は……。
「ふん、サオリにしてはよく思いついたものです」
「ジークが私たちの前に姿を現して、その力を見せつけたのは私たちを諦めさせる、もしくは時間を稼ぐためなのでは?」
「あれだけの実力差を見せておけば、こちらが諦める事はなくても、十分な作戦を練るための時間とその準備が必要になります。それを狙って来たとも言えますね」
つまり、そこから導き出される答えとは――
「いいですか、サオリ。魔王は誕生しましたが、まだ目覚めてはいない状態だとしたらどうでしょう」
「魔王は存在しているけれど、目覚めていない……」
「私たちを足止めしたい理由があるとしたら、それくらいでしょう。ジークはサオリがまだ勇者になれていない事を知りません。サオリに魔力が無いのは隠蔽しているからだと思っていました。そして今、勇者に攻められると困る事があるのです。私たちの前に出て来たのは、あわよくば全滅させてしまおう、それが叶わなくとも足止めはしておこうと、目論んでいたのではないでしょうか。先日魔族領で私たちを見かけて、多少なりとも焦りが生じたとも言えます」
私もそんな気がします。でも、でも……ああ、このままでは……最悪の答えが出てしまいそうです。
「前回のアランの時の戦いと違って今回はサーラも居ます。加えて天使も増えています。強くなったジークと言えど簡単には行かないと思っているはずです。実際先程の戦いではニナが負傷させられましたが、こうやって逃げ切れています。そんな私たちが魔王城に攻め入ると、ジークは目覚めていない魔王を守りながら戦わなければならないのです」
ジークが私たちでは魔王を倒せないと言っていたのは、ハッタリだったのかも知れませんが、……そうではなく、私たちが手を出し辛いと思わせる要素があるとしたら。
でも、やっぱり……私はそんなこと、考えたくない――
「サオリ、覚悟を決めて下さい」
「か、覚悟……」
「もう分かっていますよね?」
「……」
私が否定したかった事、考えたくもなかった事、でも、もしそうなのだとしたら、私は……どうすれば。
それをカーマイルは、事もなげに口に出すのでした。
「新生魔王の正体は、エリーシアです」
カーマイルが右手の指を三本、立てていました。
河原から移動はしていませんが、フォウに体育館を出してもらい、その中の一室に皆で集まりました。
ニナはまだ目覚めないので、ベッドに寝かせています。
「一つは、あのジークは以前のジークでは無いという事。魔力値が数倍に増えています。現在のジークの戦闘力は、ここに居る誰よりも高くなっています」
サーラよりも高い数値になってしまっているのは、とてもまずい状況です。
これまではサーラさえ居れば何とかなると思っていた所を、サーラと天使をすべて合わせても、果たして対抗出来るのか分からなくなってしまったのです。
「二つ目は、エリーシアが囚われているという事が分かりました。ただこれはあの一瞬の映像だけの情報なので、生死は確認出来ていません。……が、死んでいる人間をあのように椅子に座らせたままというのも考えにくいので、生きていると思って間違いないでしょう。そしてそのエリーシアをサオリは救おうとしています」
確かに死んでいる人間をわざわざ椅子に座らせてそのままにしておくというのは、よく考えてみれば無さそうです。
魔族が殺した人間を遺棄するにしても、目につく場所に置いておく理由がありません。
それにあの映像はジークの視点だったのです。明らかにエリーシアの方を見ていたという事です。
あの魔族が自分が殺した相手に、未練を残しているとも思えません。
「三つ目は、……これは重要な情報です。馬鹿なサオリはもとより、誰も気付いて無さそうですけど、あのジークは転移魔法を体得しています」
「転移魔法を?」
「ジークは影のスキルによって、瞬間的に別の場所へと移動する事は出来ていましたが、移動手段はこれまでは飛行に頼っていたと思われます。それが、転移魔法を手に入れたというのですね、第五天使」
フォウの言うように、これまでにジークが転移魔法を使用したという事は無かったはずです。
ところが今回の件や、化物となったローランドの討伐時に傍に居た魔族や、カルミナの居た街で感知した魔族が一瞬で気配を絶ったという事実は、転移魔法の存在を示していました。
魔族領で見た時は、魔族の姿で飛行していたようですけれど……。
「いいですか? 恐らくエリーシアの囚われている場所は魔王城なのですよ。ジークが毎回連れて回っているはずが無いのですから」
「それは確かに、そうね」
「その魔王城に居るエリーシアがさっきの映像に映っていたのだとしたら、ジークは一瞬で移動した事になります。つまり、そういう事です」
あのジークが転移魔法を使えるのだとしたら、さらにこちらが不利になる要素にしかなりません。
例えジークを追い詰めた所で、一瞬で逃げられてしまうのですから。
ただ現状ではその追い詰めるという事が、とてつもなく困難なのだと言う事も分かっています。
「打つ手が……ないじゃない」
頭を抱える私の横で、カーマイルがボソッと言いました。
「サオリがあの金髪巻き髪を諦めれば、サーラの次元魔法で魔王城ごと消滅させて終わりなのですけれど」
「それは……駄目よ」
「そうですか……魔王城ごと消してジークを処分した後で瀕死の魔王のとどめを、サオリのエクスカリバーで済ませば楽……ああ、まだ勇者になれていませんでしたね。それ以前の話でした」
そうなのです、頭の痛い事に私はまだ、勇者の資格を得ていません。
私の心の奥底に眠るフォレスが目覚めない限り、魔王を倒すための聖剣エクスカリバーを持つ事さえ出来ないのです。
「本当にどうすればいいのよ……」
旅を続けて魔族領に着く頃に、フォレスが目を覚ましてくれたら良いのですが、そんな保証はどこにもありません。
「あれ?」
何故か急に、違和感が湧き上がってきました。
胸にわだかまるこのモヤモヤは、いったい何なのでしょう。
「カーマイル、何か見落としていない?」
「はて、まだ何かありましたか?」
「何か分からないけど、凄く嫌な感じがするの」
それが何なのか……とても嫌な、考えたくもないような事、それ故に自ら封印してしまっているような、無意識に避けている事柄……。
私は何に対して違和感を感じたのでしょう。
カーマイルの言葉を聞いていた時? エリーシアの姿を見てしまった時? ジーク、エクスカリバー、勇者、魔王、エリーシア、魔王城。
「魔王に魔王城……そこに居るエリーシア」
「何か分かったのですか? サオリ」
私は自分から目を逸らしていた事に、気付いてしまったのかも知れません。
想像したくもない事、認めたくない事が、確かにあったのです。
「ねえ、カーマイル。もしかしてなんだけど」
「何ですか?」
「もしもの話だけど、もしジークがエリーシアを殺さない理由が他にあったら?」
「殺さない理由ですか? そんなもの人質に――おや? 少しおかしいですね。先ほど見たジークの実力からしたら、人質を取る意味が無いような気がしてきました」
私の違和感は、まさにそこだったのです。
あれほど自信満々で、その自信を裏付ける実力も備わっていて、わざわざ人質としてエリーシアをずっと生かしておく必要があるのでしょうか。
「でもジークの視界に映っていたのは、エリーシアよね」
サーラのマーキング魔法で一瞬だけ映ったのは、エリーシアで間違いはないと思います。
ジークが人質など必要ないとしたら、エリーシアを生かしている理由は……。
「ふん、サオリにしてはよく思いついたものです」
「ジークが私たちの前に姿を現して、その力を見せつけたのは私たちを諦めさせる、もしくは時間を稼ぐためなのでは?」
「あれだけの実力差を見せておけば、こちらが諦める事はなくても、十分な作戦を練るための時間とその準備が必要になります。それを狙って来たとも言えますね」
つまり、そこから導き出される答えとは――
「いいですか、サオリ。魔王は誕生しましたが、まだ目覚めてはいない状態だとしたらどうでしょう」
「魔王は存在しているけれど、目覚めていない……」
「私たちを足止めしたい理由があるとしたら、それくらいでしょう。ジークはサオリがまだ勇者になれていない事を知りません。サオリに魔力が無いのは隠蔽しているからだと思っていました。そして今、勇者に攻められると困る事があるのです。私たちの前に出て来たのは、あわよくば全滅させてしまおう、それが叶わなくとも足止めはしておこうと、目論んでいたのではないでしょうか。先日魔族領で私たちを見かけて、多少なりとも焦りが生じたとも言えます」
私もそんな気がします。でも、でも……ああ、このままでは……最悪の答えが出てしまいそうです。
「前回のアランの時の戦いと違って今回はサーラも居ます。加えて天使も増えています。強くなったジークと言えど簡単には行かないと思っているはずです。実際先程の戦いではニナが負傷させられましたが、こうやって逃げ切れています。そんな私たちが魔王城に攻め入ると、ジークは目覚めていない魔王を守りながら戦わなければならないのです」
ジークが私たちでは魔王を倒せないと言っていたのは、ハッタリだったのかも知れませんが、……そうではなく、私たちが手を出し辛いと思わせる要素があるとしたら。
でも、やっぱり……私はそんなこと、考えたくない――
「サオリ、覚悟を決めて下さい」
「か、覚悟……」
「もう分かっていますよね?」
「……」
私が否定したかった事、考えたくもなかった事、でも、もしそうなのだとしたら、私は……どうすれば。
それをカーマイルは、事もなげに口に出すのでした。
「新生魔王の正体は、エリーシアです」
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