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第二部 第三章 対決
87・ずるい女2
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カーマイルはサーラによる回復魔法の使用を、わざと遅らせていました。
ガルドナは最初こそ大きな悲鳴を上げてましたが、今は床に頭を擦り付けて唸り声を震わせています。
左肩から流れる血は止まらず、床を真っ赤に染めて行きます。
「サーラ! 早く回復を!」
「まだです」
カーマイルは回復をさせずに、さらに左手を振り上げました。
「ちょっと! 死んじゃうでしょ!?」
サクっといとも簡単に、今度はガルドナの右腕が切り落とされました。
「がああっ!」
ギルド長の部屋の床が、あっという間に血の海と化しました。
タイネンとダフネも何も言えずに押し黙ったまま、息を呑んで成り行きを見守っています。
「そろそろいいでしょう。サーラ、回復を」
「は、……はいっ」
サーラの杖の先端が輝いて、ガルドナの傷が回復――と言う言葉は適切なのでしょうか――腕が新たに再生されました。
「はぁ! はぁ!」
生えた腕で床に手をついて項垂れるガルドナは、息も絶え絶えといった感じです。
その視線の先には、切り落とされた自分の両腕が転がっていました。
「腕が生えてもまだ痛みが残っているでしょう? サーラの回復魔法による急激な再生で、体は治っても頭が付いて行けずに、直前の痛みを忘れられないのです」
そういえば私もロデム・バイクで事故を起こした時、同じ現象が起きたのを思い出しました。
治っているはずなのに、しばらくは痛みが消えなかったのです。
「次、行きますか?」
カーマイルの質問にガルドナは、既に戦意喪失と言った態で首を横に振ります。
「もう、……止めて……下さい」
カーマイルが『宣言』ではなく、『質問』に止めた事は、彼女なりの優しさだったのでしょうか。
宣言だった場合、有無も言わさずにガルドナの体の何処かの部位が、切り落とされていた事でしょう。
「だいたいの事は覗かせてもらって知っていました。で? あなたに繋がる組織は何処の誰が率いるどんな団体なのですか?」
タイネンの代りに尋問を始めたカーマイルですが、タイネンも何も言わない所を見ると、カーマイルに任せてしまった方が楽だと思っているのでしょうか。
「隣の……トルギスって町に居る……スアマンってやつが取り仕切ってる」
「取り仕切るとは?」
「子供の……売買だ」
「その取引先は?」
「主に……貴族……だ」
タイネンが息を呑みました。
「どうりで今まで尻尾を出さなかったわけだ。貴族なら何かあってもすぐに揉み消す事が可能だろう」
それが何を意味するのか、貴族たちが買った子供をどうしているのか。
何らかの理由で子供が授からない夫婦がお金を出して買って、養子にしたりとかしているのでしょうか。
そんな私の希望的観測は、すぐに覆されました。……現実は甘くはないのです。
聞きたくもないのに、訊いてしまいました。
「子供を買う目的は……何?」
「そんなもの、決まってるだろう」
「……」
貴族たちが子供を買う目的は、……それは。
「大抵は奴隷として働かせて、ストレス発散のために痛めつけているようだ。……あとは地下室に閉じ込めて自分の愛玩目的とか、だな」
全身に悪寒が走り、鳥肌が立ちました。
私の居た世界にだって色々な嗜好を持つ人間が居るという事は、話には聞いて知っていましたが、あくまでも聞いた噂であって、実際に身近な所にそういう人が居たという事は流石にありません。
子供の売買だって普通に犯罪じゃないですか。
それをさらに愛玩にしようだなんて、どういう神経をしているのでしょう。
床に転がる腕が視界に入って、さらに気分が悪くなりました。――吐き気がします。
「ちょっと……失礼」
耐え切れずに、部屋を飛び出しました。
「多少は鍛えられたと思っていましたが、まだまだヤワですね」
カーマイルの言葉を背中で聞いて、部屋を出た所で堪らずに嘔吐してしまいました。
「もう、やだ……」
「だいじょぶ?」
ラフィーがすぐに傍に来てくれました。
何も言わずに廊下に撒き散らされた吐瀉物を、水魔法で洗い流してくれています。
「ありがとう、ラフィー」
廊下の壁に寄り掛かって膝を抱えて座り、私は少し安堵していました。
カーマイルのアレを見たり、ガルドナの話を聞いて、何も思わなくなってしまったら人間としてお終いだと思います。
こんな事に慣れてしまって、いいわけがないのです。
まだ嫌悪出来る自分は正常なのだと、安堵したのです。
「勇者様」
タイネンとダフネが廊下に出て来ました。
「大丈夫です、……少し気分が悪くなっただけですから」
「勇者様でもそのような事があるのですね……いや失礼いたしました」
タイネンはあらたまって、私にこう言いました。
「勇者様ここは一つ、私から直接のギルド依頼を受けていただけないでしょうか」
どのような依頼か、聞くまでも無い事でした。
「隣の町に潜む組織を潰せばいいのですね。言われなくてもそのつもりです」
「ありがとうございます。最悪、組織の存在だけでも突き止めて……と、言いたい所ですが、こんな田舎の町では高ランクの冒険者を集める事もままならない故、すべてを勇者様にお任せしてしまってもよろしいでしょうか?」
「ええ、任されました。ただ私は動かないわ」
「動かない……とは?」
それには答えずに私は立ち上がり、ヨロヨロと動き出しました。
部屋に戻り、まずガルドナに質問しました。
「あなたは何故、その組織について詳しいの?」
「……」
沈黙は一瞬で、ガルドナはカーマイルをチラと見てから、すぐに答えました。
「俺の……弟が、その町でスアマンの下に付いて仕事をしている。……俺は小遣い稼ぎでたまに、弟に子供を紹介していた……本当にたまにだ! 信じてくれ!」
信じるも信じないも、この人は……もう駄目だ。
小遣い稼ぎがしたいばかりに、うちの天使たちを売ると連呼していたのでしょうか。
「カーマイル、仕事よ。ガルドナを連れて隣の町に行って、人身売買の組織を根絶やしにして来て。私は行かないから人手が足りないようなら他の誰かを選んで」
「ほう、サオリは行かないのですか」
「行かない。……だからカーマイルの好きなようにしてくれて構わないわ」
「なるほど。嫌なものは見たくないというわけですか」
「そうよ、見たくないの。子供が囚われていたらそれは保護するように」
カーマイルはジト目で私を見ながら確認して来ました。
「子供以外は……私の好きなようにすればいいのですね?」
「そうよ、証拠だけ持って来て」
「証拠、ですね。分かりました。ならばポケット持ちの第四天使と転移持ちのサーラをお借りします」
「いい? サーラ、フォウ」
「は、はい……サオリ様」
「かしこまりました」
私とカーマイルのやり取りを聞いていた、ガルドナが叫びだしました。
「俺も行くのか!? 俺は助けてくれるのか!? あ、案内はするから、助けてくれるんだよな!?」
「命乞いはカーマイルにしてみて。私は彼女に一任したの、後は知らないわ」
「そ、そんな……」
カーマイルの冷徹に光る瞳に脅えるガルドナは、何かを確信したようでした。
「い、いやだ! 俺は行かねえぞ! 行くならお前らで勝手に行ってくれ!」
「サーラ、第四天使、まずは馬車を取りに宿屋に行きます。こいつはうるさいのでポケットに」
「は、はい」
「了解です。第五天使」
フォウは叫び続けるガルドナを、袖口のポケットに無理やり仕舞ってしまいました。
「では、いいのですね? サオリ」
「行って、カーマイル」
カーマイルたち三人は、部屋を出て行きました。
「タイネンさん、たぶんこれで、解決はすると思います」
「……」
カーマイルがどういう処置を取るのか、想像に難くありません。
だからこそ、私は同行しなかったのです。
逆に私が行って、カーマイルが行かなくても、結果は同じように思えます。
抵抗してくる悪人に対して、言葉だけで説得出来る能力は、私にはありません。
私は痛いのも怖いのも嫌いです。
見るのも嫌なのです。
こんな事に首を突っ込んでおいて無責任と思われるかも知れませんが、魔王討伐に向かう勇者の行動としてどうなのかと言われるかも知れませんが、嫌なものは嫌なのです。
子供を売買する組織があればそれは許せない、許せないけれども私が行かなくても済むのでしたら、そうするまでです。
魔王討伐は私が行かなければならないから、私がアランの魂を取り戻さなければならないから、アランとの約束があるから、やろうとしているだけなのです。
私はやはり、ずるい女なのでしょうか。
ガルドナは最初こそ大きな悲鳴を上げてましたが、今は床に頭を擦り付けて唸り声を震わせています。
左肩から流れる血は止まらず、床を真っ赤に染めて行きます。
「サーラ! 早く回復を!」
「まだです」
カーマイルは回復をさせずに、さらに左手を振り上げました。
「ちょっと! 死んじゃうでしょ!?」
サクっといとも簡単に、今度はガルドナの右腕が切り落とされました。
「がああっ!」
ギルド長の部屋の床が、あっという間に血の海と化しました。
タイネンとダフネも何も言えずに押し黙ったまま、息を呑んで成り行きを見守っています。
「そろそろいいでしょう。サーラ、回復を」
「は、……はいっ」
サーラの杖の先端が輝いて、ガルドナの傷が回復――と言う言葉は適切なのでしょうか――腕が新たに再生されました。
「はぁ! はぁ!」
生えた腕で床に手をついて項垂れるガルドナは、息も絶え絶えといった感じです。
その視線の先には、切り落とされた自分の両腕が転がっていました。
「腕が生えてもまだ痛みが残っているでしょう? サーラの回復魔法による急激な再生で、体は治っても頭が付いて行けずに、直前の痛みを忘れられないのです」
そういえば私もロデム・バイクで事故を起こした時、同じ現象が起きたのを思い出しました。
治っているはずなのに、しばらくは痛みが消えなかったのです。
「次、行きますか?」
カーマイルの質問にガルドナは、既に戦意喪失と言った態で首を横に振ります。
「もう、……止めて……下さい」
カーマイルが『宣言』ではなく、『質問』に止めた事は、彼女なりの優しさだったのでしょうか。
宣言だった場合、有無も言わさずにガルドナの体の何処かの部位が、切り落とされていた事でしょう。
「だいたいの事は覗かせてもらって知っていました。で? あなたに繋がる組織は何処の誰が率いるどんな団体なのですか?」
タイネンの代りに尋問を始めたカーマイルですが、タイネンも何も言わない所を見ると、カーマイルに任せてしまった方が楽だと思っているのでしょうか。
「隣の……トルギスって町に居る……スアマンってやつが取り仕切ってる」
「取り仕切るとは?」
「子供の……売買だ」
「その取引先は?」
「主に……貴族……だ」
タイネンが息を呑みました。
「どうりで今まで尻尾を出さなかったわけだ。貴族なら何かあってもすぐに揉み消す事が可能だろう」
それが何を意味するのか、貴族たちが買った子供をどうしているのか。
何らかの理由で子供が授からない夫婦がお金を出して買って、養子にしたりとかしているのでしょうか。
そんな私の希望的観測は、すぐに覆されました。……現実は甘くはないのです。
聞きたくもないのに、訊いてしまいました。
「子供を買う目的は……何?」
「そんなもの、決まってるだろう」
「……」
貴族たちが子供を買う目的は、……それは。
「大抵は奴隷として働かせて、ストレス発散のために痛めつけているようだ。……あとは地下室に閉じ込めて自分の愛玩目的とか、だな」
全身に悪寒が走り、鳥肌が立ちました。
私の居た世界にだって色々な嗜好を持つ人間が居るという事は、話には聞いて知っていましたが、あくまでも聞いた噂であって、実際に身近な所にそういう人が居たという事は流石にありません。
子供の売買だって普通に犯罪じゃないですか。
それをさらに愛玩にしようだなんて、どういう神経をしているのでしょう。
床に転がる腕が視界に入って、さらに気分が悪くなりました。――吐き気がします。
「ちょっと……失礼」
耐え切れずに、部屋を飛び出しました。
「多少は鍛えられたと思っていましたが、まだまだヤワですね」
カーマイルの言葉を背中で聞いて、部屋を出た所で堪らずに嘔吐してしまいました。
「もう、やだ……」
「だいじょぶ?」
ラフィーがすぐに傍に来てくれました。
何も言わずに廊下に撒き散らされた吐瀉物を、水魔法で洗い流してくれています。
「ありがとう、ラフィー」
廊下の壁に寄り掛かって膝を抱えて座り、私は少し安堵していました。
カーマイルのアレを見たり、ガルドナの話を聞いて、何も思わなくなってしまったら人間としてお終いだと思います。
こんな事に慣れてしまって、いいわけがないのです。
まだ嫌悪出来る自分は正常なのだと、安堵したのです。
「勇者様」
タイネンとダフネが廊下に出て来ました。
「大丈夫です、……少し気分が悪くなっただけですから」
「勇者様でもそのような事があるのですね……いや失礼いたしました」
タイネンはあらたまって、私にこう言いました。
「勇者様ここは一つ、私から直接のギルド依頼を受けていただけないでしょうか」
どのような依頼か、聞くまでも無い事でした。
「隣の町に潜む組織を潰せばいいのですね。言われなくてもそのつもりです」
「ありがとうございます。最悪、組織の存在だけでも突き止めて……と、言いたい所ですが、こんな田舎の町では高ランクの冒険者を集める事もままならない故、すべてを勇者様にお任せしてしまってもよろしいでしょうか?」
「ええ、任されました。ただ私は動かないわ」
「動かない……とは?」
それには答えずに私は立ち上がり、ヨロヨロと動き出しました。
部屋に戻り、まずガルドナに質問しました。
「あなたは何故、その組織について詳しいの?」
「……」
沈黙は一瞬で、ガルドナはカーマイルをチラと見てから、すぐに答えました。
「俺の……弟が、その町でスアマンの下に付いて仕事をしている。……俺は小遣い稼ぎでたまに、弟に子供を紹介していた……本当にたまにだ! 信じてくれ!」
信じるも信じないも、この人は……もう駄目だ。
小遣い稼ぎがしたいばかりに、うちの天使たちを売ると連呼していたのでしょうか。
「カーマイル、仕事よ。ガルドナを連れて隣の町に行って、人身売買の組織を根絶やしにして来て。私は行かないから人手が足りないようなら他の誰かを選んで」
「ほう、サオリは行かないのですか」
「行かない。……だからカーマイルの好きなようにしてくれて構わないわ」
「なるほど。嫌なものは見たくないというわけですか」
「そうよ、見たくないの。子供が囚われていたらそれは保護するように」
カーマイルはジト目で私を見ながら確認して来ました。
「子供以外は……私の好きなようにすればいいのですね?」
「そうよ、証拠だけ持って来て」
「証拠、ですね。分かりました。ならばポケット持ちの第四天使と転移持ちのサーラをお借りします」
「いい? サーラ、フォウ」
「は、はい……サオリ様」
「かしこまりました」
私とカーマイルのやり取りを聞いていた、ガルドナが叫びだしました。
「俺も行くのか!? 俺は助けてくれるのか!? あ、案内はするから、助けてくれるんだよな!?」
「命乞いはカーマイルにしてみて。私は彼女に一任したの、後は知らないわ」
「そ、そんな……」
カーマイルの冷徹に光る瞳に脅えるガルドナは、何かを確信したようでした。
「い、いやだ! 俺は行かねえぞ! 行くならお前らで勝手に行ってくれ!」
「サーラ、第四天使、まずは馬車を取りに宿屋に行きます。こいつはうるさいのでポケットに」
「は、はい」
「了解です。第五天使」
フォウは叫び続けるガルドナを、袖口のポケットに無理やり仕舞ってしまいました。
「では、いいのですね? サオリ」
「行って、カーマイル」
カーマイルたち三人は、部屋を出て行きました。
「タイネンさん、たぶんこれで、解決はすると思います」
「……」
カーマイルがどういう処置を取るのか、想像に難くありません。
だからこそ、私は同行しなかったのです。
逆に私が行って、カーマイルが行かなくても、結果は同じように思えます。
抵抗してくる悪人に対して、言葉だけで説得出来る能力は、私にはありません。
私は痛いのも怖いのも嫌いです。
見るのも嫌なのです。
こんな事に首を突っ込んでおいて無責任と思われるかも知れませんが、魔王討伐に向かう勇者の行動としてどうなのかと言われるかも知れませんが、嫌なものは嫌なのです。
子供を売買する組織があればそれは許せない、許せないけれども私が行かなくても済むのでしたら、そうするまでです。
魔王討伐は私が行かなければならないから、私がアランの魂を取り戻さなければならないから、アランとの約束があるから、やろうとしているだけなのです。
私はやはり、ずるい女なのでしょうか。
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