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第二部 第四章 終わる世界
89・カーマイル曰く、「無理です」
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暴力というものは、問題を収束させるための手段であって、決着はすれど、決して解決ではない。
そんなカーマイルの言葉に、私は納得させられてしまいました。
元の世界の戦争に当て嵌めてみても確かにその通りで、終戦して決着がついた所で、戦後何十年と経った今でも、戦争によって引き起こされた様々な問題が残っていたりするのです。
そして、――ここにも一つ、問題が残っていました。
「勇者様、保護された子供たちはどうなさいますか?」
私は一度王都に運んで、そこで子供たちの面倒を見てもらえそうな施設を探そうかと思っていたのですが、各ギルドの連絡網はしっかりしているようなので、ギルド内ならどこに拠点を置いても良いのでは、と考えました。
つまり、子供の親を探すとなればギルドの組織力は必要になりますし、ギルドで保護されていれば安全だと思ったのです。
「それも、……ギルドに任せてしまっても、良いでしょうか?」
タイネンは顎ひげを右手で触り、少しだけ思案すると難しい表情になりました。
「私どもといたしましても、それもやぶさかではございませんが、いかんせん、そういった施設も資金も、何も無い状態でございまして……」
王都のギルド本部の方が手配は楽だったかな。……と思いましたが、資金なら今すぐにでも差し出す事は出来ます。
私はフォウにポケットから木箱を二つ取り出してもらって、物が散らばっているタイネンのデスクではなく、ソファの前に置かれた木製の横長のテーブルの上に並べてもらいました。
「こちらを寄付させて頂きます。木箱一つに金貨千枚が入っています」
木箱を見て訝しげだったタイネンの表情が、途端に驚愕のそれに変わりました。
「なんと!? すると木箱二つで金貨二千枚!?」
金貨二千枚。――二億円を寄付する事で、私はこの問題から逃げようとしていました。
何から何まで人任せ。……私は、ずるい女を徹底する事にしたのです。
「足りますか?」
「いや、勇者様……足りるも足りないも……子供をたった三十五人預かるだけでこれは、少し多すぎでは?」
「多い分には問題はありませんね。では、お任せしてしまってもよろしいですか?」
「は、はい! すぐにでも施設の建設を始めると共に、その間預けられる民間の宿屋も確保させていただきます!」
タイネンは子供を預かるだけと言いますが、身元も判明出来ない子はここで育てなければなりません。
今はカウンセリングも必要でしょうし、その後の教育も受けさせるべきでしょう。
聞けば子供たちは五歳から十二歳くらいの幼い子ばかりで、精神的におかしくなっている子も少なくないようです。
その他諸々を考えると二億円でも足りないように思えますが、足りなくなればまた追加で支援をすればいいと私は考えました。
「本当に面倒をお掛けします」
「いえいえ、滅相もございません! 勇者様の本来のお仕事を滞らせてしまっては、世界中から恨まれてしまいます。どうかお気になさらずに後の事はお任せください」
「……助かります」
私としてはとても一件落着とは言えませんが、魔王やジークを何とかしないとならないのも、現実問題として残っているのです。
「そういえば、……発言をお許し下さい、カーマイル様。……処分した二百五十もの死体はどうなったのでしょう?」
タイネンの隣で神妙にしていたダフネが思い出したように質問すると、カーマイルはそれに対して涼しい顔で答えました
「フォウの光魔法で塵となったので、骨の一つも残っていませんよ」
「そ、そうでございますか。……では、持ち帰られた首の方はこちらでお預かりいたします」
タイネンはダフネと共に、人身売買の首謀者たちの首を受け取るために、カーマイルとフォウを別の部屋に案内しました。
その部屋に私が付いて行く事はありません。
宿屋のマスターのガルドナとその弟の首も、その中にあったようです。
弟がスアマンの下で働いていたと言う事でしたが、実際はガルドナ自身も組織の手下だったのです。
トルギスでのカーマイルの新たな尋問により、この町で経営する宿屋でも、過去に数人の子供を攫った事があったと、自白したと言うのです。
三十五人の子供たちはまた別の部屋――広い会議室の方で引き渡したようです。
戻ってきたカーマイルは、タイネンに告げました。
「隣の町のトルギスはしばらくはゴーストタウンと化すでしょう。王都の軍が来るまではここのギルドの職員か、もしくは冒険者を雇って派遣して見回りくらいはした方が良いでしょう。軍への要請は王都に寄った時に私がしておきました」
おお、と感嘆の表情を浮かべたタイネンは、深々とカーマイルに頭を下げてお礼を言いました。
隣に立っていたダフネもそれに釣られて、同じように御辞儀をします。
「ありがとうございます、カーマイル様。流石は勇者様のパーティーの方、王都にも当然のように顔が利くのでございますな」
「騎士団長のランドルフに、一方的に言い渡してきただけですけど」
最後に、何かあれば王宮騎士団のランドルフを頼るように言い残して、私たちはギルドを後にしました。
今回はギルド内の職員を集める事も無く、タイネンとダフネだけが建物の外まで出て来て、見送ってくれました。
「なんだか、スッキリしないわ。……私はいったい、何がしたかったのだろう」
「今更悩んでも仕方ありません。とりあえず決着はついたのですから、この先の事を考えましょう」
カーマイルの言う通り決着はつきましたが、解決はしていません。
肩を落とし、馬車に乗りこんだ私の気分は、憂鬱なままでした。
馬車のまま街の中を抜けて、いよいよ門を出ようとした直前で、私はあるものに気付きました。
「あれは……」
馬車を停めてもらい、歩いてそれに近づきます。
「やっぱり……フォウ、あれを出してちょうだい」
「はい、サオリ様」
フォウが袖口をまさぐっているその間に、私は門番の居る詰所に行き、ぼうっと立っていた男性に声を掛けました。
「あそこのスタンプを押したいのだけど、銀貨一枚で良かったかしら?」
そうなのです。例のスタンプラリーのハンコが、この町にもあったのです。
「スタンプ? ああ、あれか。久しぶりに聞いたよ」
門番の男性は、インクの入った箱を持ち出して来てくれました。
「銀貨はあの子から受け取ってちょうだい」
フォウとすれ違い様にスタンプラリーの用紙を受け取り、私はスタンプ台へ、フォウは銀貨を払うために門番の所へ向かいます。
「本当はこんな気分でも無かったのですけど、見つけてしまったらやるしかないでしょう」
スタンプ台のお芋のハンコを手に取り、インク箱を開けて中に押し込みました。
用紙の空いているマスにハンコを押しつけると、鳥のような形のものが紙に写されました。
「きっと、この町の特産は鳥だったのね」
鳥の輪郭の中にある文字は……『トラント』――またしても私は町を出るその瞬間まで、町の名前を知りませんでした。
「サーラ、トルギスの町ではこんなスタンプは見なかった?」
「え、えと……無かったと、思います。……」
トルギスの町には寄りたくも無かったので、丁度良かったと思います。
「じゃあ、出発よ」
「何故こんな事で、機嫌が直っているのですかサオリは。馬鹿ですか」
「そうね……馬鹿で結構よ」
既にこの町で一週間、鬱の状態を過ごしていました。
気持ちを切り替えられるなら、こんなスタンプでも縋り付きます。
今の私には、心の余裕なんてものはまったく無くて、気力を振り絞って無理矢理にでも余裕を作らない事には、いつ精神がおかしくなってしまうか分からない程なのです。
スタンプラリーの用紙を袖口のポケットに仕舞うと、フォウはそのまま御者台に向かいます。
私は幌の中でラフィーを抱っこして座りました。
カーマイルとサーラは向かいの席で、ニナは私の隣です。
馬車を出発させて少ししてから、カーマイルの顔を見ると、目が合いました。
私がこれから何を訊くのかも気付いたと思うのですが、何故か目を逸らします。
「ジークとは、どうだったの?」
私はカーマイルたちが魔族領でどういう事になっていたのか、ようやく訊ねる事にしたのです。
ところが、カーマイルは苦虫を噛み潰したような表情になり、たった一言だけ――
「無理です」
――と、小さく口を開いたきりでした。
そんなカーマイルの言葉に、私は納得させられてしまいました。
元の世界の戦争に当て嵌めてみても確かにその通りで、終戦して決着がついた所で、戦後何十年と経った今でも、戦争によって引き起こされた様々な問題が残っていたりするのです。
そして、――ここにも一つ、問題が残っていました。
「勇者様、保護された子供たちはどうなさいますか?」
私は一度王都に運んで、そこで子供たちの面倒を見てもらえそうな施設を探そうかと思っていたのですが、各ギルドの連絡網はしっかりしているようなので、ギルド内ならどこに拠点を置いても良いのでは、と考えました。
つまり、子供の親を探すとなればギルドの組織力は必要になりますし、ギルドで保護されていれば安全だと思ったのです。
「それも、……ギルドに任せてしまっても、良いでしょうか?」
タイネンは顎ひげを右手で触り、少しだけ思案すると難しい表情になりました。
「私どもといたしましても、それもやぶさかではございませんが、いかんせん、そういった施設も資金も、何も無い状態でございまして……」
王都のギルド本部の方が手配は楽だったかな。……と思いましたが、資金なら今すぐにでも差し出す事は出来ます。
私はフォウにポケットから木箱を二つ取り出してもらって、物が散らばっているタイネンのデスクではなく、ソファの前に置かれた木製の横長のテーブルの上に並べてもらいました。
「こちらを寄付させて頂きます。木箱一つに金貨千枚が入っています」
木箱を見て訝しげだったタイネンの表情が、途端に驚愕のそれに変わりました。
「なんと!? すると木箱二つで金貨二千枚!?」
金貨二千枚。――二億円を寄付する事で、私はこの問題から逃げようとしていました。
何から何まで人任せ。……私は、ずるい女を徹底する事にしたのです。
「足りますか?」
「いや、勇者様……足りるも足りないも……子供をたった三十五人預かるだけでこれは、少し多すぎでは?」
「多い分には問題はありませんね。では、お任せしてしまってもよろしいですか?」
「は、はい! すぐにでも施設の建設を始めると共に、その間預けられる民間の宿屋も確保させていただきます!」
タイネンは子供を預かるだけと言いますが、身元も判明出来ない子はここで育てなければなりません。
今はカウンセリングも必要でしょうし、その後の教育も受けさせるべきでしょう。
聞けば子供たちは五歳から十二歳くらいの幼い子ばかりで、精神的におかしくなっている子も少なくないようです。
その他諸々を考えると二億円でも足りないように思えますが、足りなくなればまた追加で支援をすればいいと私は考えました。
「本当に面倒をお掛けします」
「いえいえ、滅相もございません! 勇者様の本来のお仕事を滞らせてしまっては、世界中から恨まれてしまいます。どうかお気になさらずに後の事はお任せください」
「……助かります」
私としてはとても一件落着とは言えませんが、魔王やジークを何とかしないとならないのも、現実問題として残っているのです。
「そういえば、……発言をお許し下さい、カーマイル様。……処分した二百五十もの死体はどうなったのでしょう?」
タイネンの隣で神妙にしていたダフネが思い出したように質問すると、カーマイルはそれに対して涼しい顔で答えました
「フォウの光魔法で塵となったので、骨の一つも残っていませんよ」
「そ、そうでございますか。……では、持ち帰られた首の方はこちらでお預かりいたします」
タイネンはダフネと共に、人身売買の首謀者たちの首を受け取るために、カーマイルとフォウを別の部屋に案内しました。
その部屋に私が付いて行く事はありません。
宿屋のマスターのガルドナとその弟の首も、その中にあったようです。
弟がスアマンの下で働いていたと言う事でしたが、実際はガルドナ自身も組織の手下だったのです。
トルギスでのカーマイルの新たな尋問により、この町で経営する宿屋でも、過去に数人の子供を攫った事があったと、自白したと言うのです。
三十五人の子供たちはまた別の部屋――広い会議室の方で引き渡したようです。
戻ってきたカーマイルは、タイネンに告げました。
「隣の町のトルギスはしばらくはゴーストタウンと化すでしょう。王都の軍が来るまではここのギルドの職員か、もしくは冒険者を雇って派遣して見回りくらいはした方が良いでしょう。軍への要請は王都に寄った時に私がしておきました」
おお、と感嘆の表情を浮かべたタイネンは、深々とカーマイルに頭を下げてお礼を言いました。
隣に立っていたダフネもそれに釣られて、同じように御辞儀をします。
「ありがとうございます、カーマイル様。流石は勇者様のパーティーの方、王都にも当然のように顔が利くのでございますな」
「騎士団長のランドルフに、一方的に言い渡してきただけですけど」
最後に、何かあれば王宮騎士団のランドルフを頼るように言い残して、私たちはギルドを後にしました。
今回はギルド内の職員を集める事も無く、タイネンとダフネだけが建物の外まで出て来て、見送ってくれました。
「なんだか、スッキリしないわ。……私はいったい、何がしたかったのだろう」
「今更悩んでも仕方ありません。とりあえず決着はついたのですから、この先の事を考えましょう」
カーマイルの言う通り決着はつきましたが、解決はしていません。
肩を落とし、馬車に乗りこんだ私の気分は、憂鬱なままでした。
馬車のまま街の中を抜けて、いよいよ門を出ようとした直前で、私はあるものに気付きました。
「あれは……」
馬車を停めてもらい、歩いてそれに近づきます。
「やっぱり……フォウ、あれを出してちょうだい」
「はい、サオリ様」
フォウが袖口をまさぐっているその間に、私は門番の居る詰所に行き、ぼうっと立っていた男性に声を掛けました。
「あそこのスタンプを押したいのだけど、銀貨一枚で良かったかしら?」
そうなのです。例のスタンプラリーのハンコが、この町にもあったのです。
「スタンプ? ああ、あれか。久しぶりに聞いたよ」
門番の男性は、インクの入った箱を持ち出して来てくれました。
「銀貨はあの子から受け取ってちょうだい」
フォウとすれ違い様にスタンプラリーの用紙を受け取り、私はスタンプ台へ、フォウは銀貨を払うために門番の所へ向かいます。
「本当はこんな気分でも無かったのですけど、見つけてしまったらやるしかないでしょう」
スタンプ台のお芋のハンコを手に取り、インク箱を開けて中に押し込みました。
用紙の空いているマスにハンコを押しつけると、鳥のような形のものが紙に写されました。
「きっと、この町の特産は鳥だったのね」
鳥の輪郭の中にある文字は……『トラント』――またしても私は町を出るその瞬間まで、町の名前を知りませんでした。
「サーラ、トルギスの町ではこんなスタンプは見なかった?」
「え、えと……無かったと、思います。……」
トルギスの町には寄りたくも無かったので、丁度良かったと思います。
「じゃあ、出発よ」
「何故こんな事で、機嫌が直っているのですかサオリは。馬鹿ですか」
「そうね……馬鹿で結構よ」
既にこの町で一週間、鬱の状態を過ごしていました。
気持ちを切り替えられるなら、こんなスタンプでも縋り付きます。
今の私には、心の余裕なんてものはまったく無くて、気力を振り絞って無理矢理にでも余裕を作らない事には、いつ精神がおかしくなってしまうか分からない程なのです。
スタンプラリーの用紙を袖口のポケットに仕舞うと、フォウはそのまま御者台に向かいます。
私は幌の中でラフィーを抱っこして座りました。
カーマイルとサーラは向かいの席で、ニナは私の隣です。
馬車を出発させて少ししてから、カーマイルの顔を見ると、目が合いました。
私がこれから何を訊くのかも気付いたと思うのですが、何故か目を逸らします。
「ジークとは、どうだったの?」
私はカーマイルたちが魔族領でどういう事になっていたのか、ようやく訊ねる事にしたのです。
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