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第二部 第四章 終わる世界

90・あれから三ヶ月

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「無理って……どういう事?」
「言葉のままですよ。無理なものは無理なのです」

 ジークと一戦したと聞きました。それが無理というのはどうやっても敵わないという事でしょうか。

「サーラはどう思うの?」
「わ、わたしも……どうすれば、いいのか……」

 フォウは御者台で馬を操っているので、今は話を聞けませんが、とりあえず詳細が知りたいです。

「詳しく聞かせてくれないかな? カーマイル」
「あいつは、たぶん魔王より強いと思いますよ。魔王はまだ目覚めていませんけれど」
「魔王より?」
「最初から最後まで、あいつは余裕でしたよ。戦闘になったきっかけは、魔族領で魔王城を探していた私たちを見つけて、わざわざ向こうからやって来たのです」

 魔王城での戦闘では無かったという事は、エリーシアとの直接の接触は無かったのですね。

「まず、ジークは影のスキルを強化していました。それのせいでサーラの次元魔法さえも躱してしまうのです」
「影……」
「そして魔力弾という飛び道具を持っているにも関わらず、あいつは接近戦を挑んでくるのですよ。なめているとしか思えません」

 飛び道具を使わずに接近戦。――私はそこの部分に少し、引っかかりを覚えました。
 ジークという魔族はとても狡猾で、陰でコソコソと悪巧みをするイメージだったので、そこまで自らを押し出して戦うようなイメージは湧きませんでした。

「ちょっと引っかかるけど、それだけ強くなったので遊んでいたとでも? ……でも、やっぱり違う気がする」
「何が違うのですか? 参考までに聞いてあげます」

 戦ってもいない私の意見さえも聞こうとするカーマイルも意外だなと思いましたが、私は思ったままを伝えました。

「だって先日のカルミナの居た町で起きた事、……宿屋の女主人が操り人形にされていた事件の事だけど」
「それがどうかしたのですか」
「あなたたちを相手に遊べるようなやつが、わざわざ罠みたいな面倒なものを、仕掛けるような事なんてするのかしら」
「……」
「あれだって、つい最近の事よ? そこから今日までの間に更に何倍も強くなったなんて事はないんじゃないかな? だからジークは何かを狙っていたんじゃないかって思うんだけど」

 カーマイルが目を閉じて思案しています。戦闘を振り返っているのでしょうか。

「魔力弾を使っていないわけではありませんでした。ただ使用したとしても私たちに接近するためのフェイントとかでした」
「どうしても接近戦にしたかった?」
「理由なんて分かりません。ただ、普通の接近戦とは少し、違う感じはしましたね」
「どんな感じだったの?」

 少し、間を置いたカーマイルは、何かを思い出したようでした。

「そういえば……あいつは……やたらと私たちの体に触れようとしていましたね。攻防の合間に、何度か掌を向けて来ていたように思います」
「実際に触られたの?」
「いいえ、流石にそこまでこっちも油断はしていませんよ。三人居れば必ず誰かのフォローは入ります」
「触る事で何か特別な攻撃スキルが発動する……とか?」
「それをするだけで戦況が激変する程の特別な技でも開発したとかですかね。必殺技というものは絶大な効果の代償に複雑な条件が付与されるのが常識ですからね」
「フォウが光の極大魔法を撃つのに、詠唱が必要になると言うような?」
「そんな所です」

 カーマイルは御者台のフォウに声を掛けて、馬車を停めました。

「定期連絡と言いましたが、ジークの元に戻るのはこれが最後です。何度も戦って生き延びていられるような相手ではありません」
「え? ちょっと、カーマイル。さっき無理って言ってたじゃない。……それなのにもう一度行くって言うの?」
「確かめたい事が出来たのです。なるべく命を優先しますが、ヒントくらいは掴んで来ますよ」
「危ないなら止めた方がいいってば、カーマイル」

 馬車の外に出てサーラとフォウを集めると、カーマイルは一言だけ残してから、サーラに転移を指示しました。

「死んだら後は任せます」
「ちょっ! 死ぬ気で行かないでよ!」

 パシン! と、空間が切り裂かれて、あっという間に転移して行ってしまいました。
 サーラも共に戦ったカーマイルを信用しきっているのか、何も言わずに従っていました。

「もう!」

 私も、ラフィーとニナを連れて行くべきでしょうか。
 ですが、二人の天使たちはともかく、私が行っても足手まといにしかならないと思います。 
 
「きっと、大丈夫よね……」

 大丈夫ではありませんでした。
 カーマイルたち三人は、一ヶ月近く経っても戻って来なかったのです。



 ◇  ◇  ◇
 
 

 一週間が過ぎた頃、「あれ?」と思い、二週間経っても帰って来なくて「どうしたんだろう? ジークを探しているのかな?」となり、三週間が過ぎて流石に「何かあったに違いない」という結論にやっと至り、私は魔族領へと転移しました。

 ところが私の転移出来る場所は、例の巨大な湖の中心にある孤島だけで、ここからだと陸に上がるための手段がありませんでした。
 前回陸へと渡った場所は、何故か転移のセーブポイントになっては居ませんでした。
 距離的にもっと離れていないと、更新されないのかも知れません。
 他の原因としては、ノートに移動先を記載しての転移なので、詳しい住所があるわけもないこの場所の指定に『魔族領』としか書けなかった事でしょうか。

「フォウのポケットが無いと船も出せないし、何も出来ない……」

 ニナとラフィーだけなら泳いでも行けそうですが、私は実はカナヅチなので水の中に入る事さえ躊躇われました。
 以前ここからフォウの船で陸に渡った時も思いましたが、かなりの距離を行かなければならないのです。
 そして湖の中には、未確認の水中生物の泳ぐ影も確認していました。

 こんな怖い場所で生身で泳ぐなんて、私にはとても出来ませんし、そもそも泳げません。
 ショルダーバッグの中の、魔法の簡易術式が記入してあるノートが濡れてしまうのも致命的です。
 インクも使えなくなってしまうかも知れません。

 ちなみに『鎧』アイコンで黄金の鎧姿になって、パワーアップした私が泳げるか試してみた所、一メートルも泳げずにその場で湖の底まで沈みました。
 光の粒子で構成されているはずの黄金のプレートは、着ている私には感じさせませんがそれなりの重量があるようです。
 沈んだ私をニナとラフィーがすぐに引き上げてくれたのと、プレートの中には水が入って来なかったので、事なきを得ましたが……。

「まさか、皆死んだりしていないわよね……」

 いくらジークが強くても、あのメンバーで全滅は無いと私は思います。
 何かトラブルがあって、転移も出来ない状態なのだと信じる事にしました。
 
「地道に馬車を走らせて、魔族領へと行くしかないのかしら」

 特に良い解決案も思い浮かばず、少しずつ移動する事しか出来ませんでした。

 そして三ヶ月が経った頃――

「あっ!」

 馬車を停めて休憩している時に、私は幌の中で何気なくスマホを弄っていて、あるアイコンに釘付けになりました。

「『獣』! ロデムってば変身出来るじゃない!」

 すっかり忘れていたのです、ロデムの変身能力を使えば、もしかしたら船にさえなるのではないでしょうか。

「うわぁ……何で思い付かなかったんだろう。三ヶ月も経っちゃったよ……」
「こーな? 」
「なの?」

 能天気二人組の天使が気付いてくれるわけもなく、無駄に三ヶ月も過ごしてしまいました。
 収穫と言えば途中で寄った三つの町で、スタンプ三つをゲットした事だけでした。
 これによってスタンプラリーは、残り一つを残すのみとなったのです。

 私たちはすぐに魔族領に転移しました。
 ロデムを召喚して指示を出すと、見事に小型の手漕ぎボートへと変身してくれました。

「やっとこれで、向こう岸に渡れるわ」

 私はこの時、まだ忘れている事がある事に、気付いていませんでした。
 カーマイルが私の事を、散々馬鹿だ馬鹿だと言っていた意味を、思い知る事になったのです。

 三人で意気揚々とロデム・ボートに乗り込み、ちょうどが経った頃――
 時間制限で消えてしまったロデム・ボートから放り出された私たちは、溺れかけてしまったのです。
 ――正確には私だけが溺れて、パニックになったのですが……。

 二人の天使に救助されて元の孤島に這い上がり、びしょ濡れで息も絶え絶えな私は、仰向けに寝転んだまま手で顔を覆い、ひとりごちました。

「本当に、馬鹿だ……私」

 溺れた時にショルダーバッグも水没したため、中のノートも水浸しになってしまいましたが、記入してある簡易術式が滲んだりノートが破けたりはして居なかったので、ラフィーの風魔法で乾かしてもらうだけで済みました。

 そして、さらに――
 私がもっと馬鹿だったと思い知らされたのは、町でボートを購入してから魔族領に転移すれば良いと気付いてからでした。
 直接転移するのですから、仕舞ったり運んだりする必要もなく、一番簡単な方法でした。

 実際にはどこの町にもでボートは売っていなかったのと、ボートを買える程(いくらで買えるのかは知らない)の、まとまったお金は持っていなかった事に気付いてお店コンビニに戻り、エリオットとの挨拶もそこそこに、お金を手にしてから王都で探してもやっぱり売って無かったので、王宮まで行ってランドルフに紹介してもらった職人さんに造ってもらう事になったわけですが――

 一段落して落ち着いてふと我に返った時、ここまでドタバタしていた自分につくづく呆れてしまいました。
「何をやっているのでしょう……馬鹿ですか? 私」

  
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