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第二部 第四章 終わる世界

91・穴があったら入りたい

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 ボートが完成するまでに一週間程掛かるという事で、その間はお店コンビニで待機していました。
 
「俺も魔族領に行こうか?」

 エリオットが私の旅のこれまでの経過を聞いて、そう言ってくれましたが私は断りました。

「普通の人が行ったらすぐに死ぬと思うし、エリオットはお店番をお願い」
「ええ……Sランクの冒険者、しかも不死身のアンデッドに向かって普通の人かよ。まぁ天使が困っているくらいじゃ、俺が行っても無駄か」
「私なんか、普通以下だけどね」
「まだ妖精は目覚めそうにないのか? 時間は限られているのに、困った事だな」

 私の中の妖精フォレスが目を覚まさない事には、勇者となって聖剣エクスカリバーを持つ事が出来ません。
 このままでは例え魔王と対峙したとしても、どうする事も出来ないのです。
 ただ、エリーシアが魔王として目覚める前に、何とかしたい所なのですが……。

 お店の外が少し、騒がしくなりました。
 馬車がやって来て、停まったようです。

「まいどー!」

 馬車から降りたその人は、見覚えがあります。

「あら、フーゴさんではないですか。お久しぶりです」
「久しぶりっすー! お荷物お届けに上がりましたー!」

 配達人のフーゴさんが、馬車の幌から木製の手漕ぎのボートを降ろし始めました。

「やっと出来たのね」
「重いけどここに置いちゃっていいんすか?」
「はい、そのままで」
「では、ありあっしたー!」

 お店の前にボートを置いて受取証に私からサインを貰ったフーゴさんは、馬車に乗って颯爽と去って行きました。

「ボートも来たし、私も行くわね」
「おう、気を付けて」

 お店の入り口の横の壁に、腕を組んで寄り掛かっていたエリオットは奥へと引っ込み、入れ違いにバックルームから出て来たラフィーとニナが、私の傍に寄って来ます。
 二人の口元には、さっきまで食べていたコロッケのカスが付いていましたが、可愛いのでそのまま放っておきました。
 私はノートを開き、さっそくボートごと魔族領へと転移しました。



 ◇ ◇ ◇



「さあ、向こう岸に渡るわよ」

 三人乗って丁度良い大きさのボートは新品なだけあって、削りたての新鮮な木の匂いがしました。
 ボートのオールはニナが持ち、船を漕ぎ出します。
 
 湖の水中には相変わらず何かが泳ぐ影が見え隠れしていますが、これがただの魚なのか魔物なのかは分かりません。
 襲って来るような事もなさそうなので気にしないようにはしているのですが、正体が分からないものというのは恐怖を掻き立てます。

 さて、無事に湖を渡って上陸した私たちですが、ここから何処をどう探せばいいのかが分かりません。

「検索してみましょう」

 スマホの『健作くん』で色々なワードを試してみました。
 『ジーク』『サーラ』『フォウ』『カーマイル』『天使』『魔王城』『エリーシア』『魔王』

「どれにも反応してくれないじゃない」

 何を入力しても、画面は真っ黒のままでした。
 反応が無いという事は、最低でも五キロ圏内には居ないという事なので、移動する事にしました。

「じゃあ、ちょっと馬車を取ってくるから、待っててね」

 ボートごと転移してコンビニに戻り、馬車とボートを交換してまた魔族領に戻ったら――

「何やってんの私!? また孤島に転移しちゃってるじゃないの!」

 つくづく自分の馬鹿さ加減に呆れました。
 上陸してもそこが転移のポイントになっていなかったから、わざわざボートを造ってもらって湖を渡ったはずなのに、それさえもすっかり忘れていたのです。

 結局またコンビニに戻り、ボートを手にして魔族領に引き返したのですが、ここで問題が一つ発生しました。

「私一人でボートを漕ぐの?」

 ニナとラフィーは湖の向こう側です。
 ボートを漕ぐ事自体は私でも出来ると思うのですが、もし転覆でもしてしまったら泳げない私は絶体絶命なのです。

「そ、そうだ。鎧になれば……重くて船沈むかな? ……沈んだら私、浮き上がってこれないよね……」

 こうなったら、向こう岸に居るニナとラフィーに泳いで戻って――って、

「おーい! どこ行くのあなたたち!」

 二人の天使を呼ぶために叫ぼうとして遠くの対岸を見たら、何故かあの二人はフラフラと反対側へと離れて行ってしまっているではないですか。

「ちょっと! 戻って来て!」

 駄目です。米粒くらいに小さく見える二人の天使は、完全に私の事を忘れて何かに夢中になっているようです。

 どうする!? 私!! 
 
 鎧でボートに乗っても沈んだらアウトですし、ロデムはデフォが犬だから船は漕げないだろうし、そもそも一分しか持たないですし、後は……後は何か使えるものは――
 スマホの画面を睨んでいた私は、ふと気付きました。
 私にはスマホのアプリだけではなく、ノートと羽根ペンがあったのです。

 ショルダーバッグからノートを取り出し、あらかじめ記入してある魔法の数々を、ページをめくって確かめました。
 確か、あの魔法もあったはず。……あった! ありました!

「これだわ! これなら使える!」

 私はある極大魔法の簡易術式の文字列に、わざと記入していなかった残りの三文字を書き足しました。
 長い術式は毎回書くのが面倒なので、三文字だけを残したものをノートにたくさん書いてあるのです。

 ノートを中心に水色の魔法円が展開されて、それが一気に広がって行くと、湖の水面はあっという間に凍りついて固まりました。

「やったわ! これで向こうに渡れる!」

 羽根ペンによる氷の極大魔法は、湖の水をすべて氷にしてしまいました。
 私は悠々と氷の上を渡って、無事に孤島から脱出しました。

「氷の極大魔法なんて、ラフィーでも使えたわよね……」

 なんて事でしょう。
 結局はボートすら使わずに、問題は解決されてしまったではないですか。

 ロデム・ボートの時間切れで溺れたり、黄金の鎧で湖の底に沈んだり、わざわざ王都でボートを造ってもらったり、せっかく渡ったのに馬車を取りに戻るため転移してしまって元の木阿弥だったり。
 私がいかに無駄な時間を過ごしてきたのか、愚かだったのか、馬鹿だったのか……穴があったら入りたいくらいに、自分が恥ずかしくて仕方がありません。

「ニナ! ラフィー! 何処!?」

 二人の姿が見えません。何処まで行ってしまったのでしょう。
 こんな所で一人にされても困ります。スマホの画面から『鎧』のアイコンを選んでタップしました。

 スマホから発生した光の粒子が私を包み込み、足元から順に黄金のプレートが装着されて行きます。
 黄金の全身鎧フルプレートが頭まで来て完成した所で、スマホを腰の小物入れに仕舞いました。

「これなら少しは安心ね」

 顔の部分のシールドを押し上げて、顔だけを出して呟きました。

「ほんと何処に行っちゃったのよ。あの二人」

 この辺りは大小の岩が転がるのみで何も無く、見通しが良い場所なので、二人が居るとしたらこの先の少し丘になっている所の先でしょう。
 緩いスローブになっている丘を登り切り、向こう側を見渡すと――

「な、なんなの……これは?」

 ――地獄のような光景が広がっていました。

  
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