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第二部 第四章 終わる世界
99・決着
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「エナジードレイン!?」
私の中のフォレスとの共有した記憶では、かつて妖精の森でアランと対決したジークは、その時アランと合体していたフォレスの能力、『エナジードレイン』によって、魔力をすべて吸い取られて息絶えたのです。
その能力は、森の精気を吸収して命の糧とする妖精が得意とするもので、他の種族が使いこなすという話はフォレスの記憶の何処を探しても、見つかりません。
「少し、種明かしをしてやろう」
何もする事が出来ない私を前に、勝ち誇ったジークが語り始めました。
「俺はあの森でアランと戦う前には随分と弱っていたのだ。そこで回復する手段として森の精気を吸収していたのだが、その時には既に、魔力を吸い取るためのパイプをスキルとして構築していた」
鎧を剥がされた私の肩に、ジークの手が置かれました。
「戦いに負け、アランに魔力を吸い尽くされて死んだ俺は森に埋められたが、毎日森の精気を吸収していた体は、死んだ後でも自然とそれを行っていたのだ」
ジークの手に力が籠り、私の肩が軋みました。
「時間は掛かったが俺は復活を果たし、魔力値も以前よりも遥かに高いものになった。そして、俺は――」
トラベラーズハットの鍔に隠れていたジークの目が現れ、その黒い瞳が燃えるような赤に染まり、光り輝き出しました。
「妖精の専売特許だった『エナジードレイン』を身に付けていたのだよ。さぁ、かつてアランにやられた技でもって、お前を殺してやろう」
「……」
今、……たぶん、……ジークはそのスキルを使っているのでしょう。
けれども、私には肝心の魔力なんて、一欠片も持ってはいないのです。
持ってはいないのですが――これは!?
体の奥で何か、蠢いているものがあります。
でもそれは、私の魔力のはずがありません。
「流石に相手が勇者ともなると、直ぐには吸収出来ないものだな。だが、それもどこまで耐えられるか、見せてもらおうか」
ゾゾゾ……と体の奥で這いずるように蠢くもの。
何かが、……引きずり出されようとしています。
ジークが吸い取ろうとしているものは、もしかしたら――
私の予感は的中しました。
硬い殻が破裂した感覚と同時に湧き上がる、懐かしい温もりとその存在感。
(サオリ様! これはいったい!?)
『フォレス! 目覚めたのね!?』
ジークのエナジードレインは、私の奥底に眠るフォレスの魔力を吸い取ろうとして、フォレスが閉じこもっていた殻を破ってくれたのです。
(申し訳ありません、自らの殻に閉じ籠ったのはいいのですが、あまりにも硬い殻を構築してしまったらしく、自分でも抜け出せなくなっていました。……お恥ずかしいです)
『その話は後よ、今は大変な状況なの。生き返ったジークに襲われている真っ最中なのよ!』
(ジーク!? しかもこれは、……エナジードレインですか?)
『何とかしないと、フォレスの魔力が吸われてしまうわ』
ジークの表情に変化が生じました。……歓喜です。
「おお、やっと魔力が感じられたぞ。……いよいよお前の最期だ」
この危機的状況に、フォレスはあまり動じてはいませんでした。
(大丈夫ですサオリ様、『エナジードレイン』とは、本来妖精だけが体得出きる特別な技なのです。ジークのような魔族が似たような事をした所で所詮本家には敵うはずがありません。とりあえず、表に出ます!)
私は自分の体を、フォレスに委ねました。
懐かしいこの感覚。――やっと、やっとフォレスが、目覚めてくれたのです。
「ふん。目付きが変わったな、もう限界なのだろう。そろそろその無尽蔵にある魔力を差し出してもらおうか」
「馬鹿ね、差し出すのはそっちです」
「なんだと!?」
フォレスの力でもジークの髪の毛の拘束は破れないらしく、体の自由は奪われたままです。
けれども、ジークの方から私の体に触れているので、何も問題はありませんでした。
「エナジードレイン!」
「ま、まさか貴様!」
チョロチョロと細かくジークに流れていたフォレスの魔力の流出は止まり、今度は逆にジークの魔力が激流となって、私の体に流れ込んで来ました。
「ばかな! こんな事があるはずが――」
「惨めな男ですね。二度も同じ手で滅ぶなんて」
ジークからの魔力の流入は止まる事を知らず、いつまでも続きました。
『サオリ様……このジークの魔力、以前とは質も量も違うのですが』
フォレスはジークが何故復活したのか、その理由をまだ知りません。
(私の記憶を覗いて、フォレス。すべてが分かるわ)
『サオリ様、これは……この魔力は……アラン様!?』
(そうよ、フォレス。このジークは妖精の森で、アランの魔力を吸収して生き返ったの)
『そんな……』
フォレスの様子が、明らかにおかしくなりました。
(どうしたの? フォレス)
『サオリ様、……私が精霊時代にアラン様の魔力を吸収しきれずに、溶けてしまったのはご存じですね』
(それは、知ってるけど……)
『今のジークの魔力量は、私の許容量の限界まで行ってしまうかも知れません。……つまり』
(同じ事が起きると言うの!? ならもう止めて! もう妖精の森は無いのよ、あなたがまた妖精として生まれ変われる保証はどこにも無いのよ!)
合体しているせいで、フォレスの覚悟が直に伝わって来ます。
彼女はもう、止まる気はさらさら無いと、それが本望だと、心の中で思ってしまっていました。
「サオリ様……どうか、生き延びて下さい……そしてアラン様が蘇った時、私の事を――」
「魔力が……俺の魔力がぁ!」
断末魔の叫びを上げるジークは、私の肩に置いた手を離す事も出来ずに魔力を吸収され続け、徐々に痩せ細って行き、やがて干からびた頃にやっと私から離れて、ずるずると床に崩れ落ちて行きました。
「死んだ!? やったわフォレス! もう大丈夫よ……フォレス!?」
いつの間にかフォレスと入れ替わって、私自身の声を発していました。
「フォレス! フォレスってば!」
気付いていました。――私の中の何処にも、フォレスが居ない事を。
彼女の存在が、失われた事を。
「フォレス……」
自らの命を犠牲に、ジークという強敵の魔力をすべて吸い尽くしたフォレスは……消えてしまいました。
「せっかく、目覚めたというのに……そんな……」
最後の瞬間、フォレスの気持ちが私に流れ込んで来ました。
吸収するジークの魔力の中に、アランの魔力を感じていたフォレスは、とても幸せな感情に包まれていたのです。
それだけが彼女にとって、せめてもの救いだったのでしょうか。
「はっ、ジーク!?」
私が放心状態で居る間に、いつの間にかジークは移動していました。
「まだ生きていたの!?」
魔力を吸い尽くされたはずのジークは、這いつくばりながら、玉座に座るエリーシアの元へ辿り着こうとしていました。
「まだだ、……まだ終われん……」
この世界の生物は、魔力が無くなった瞬間、生きては行けないはずなのです。
それをこの男は執念で動いたのか、フォレスの許容量を超えた分だけ魔力が残っていたのか、最後の力を振り絞って何かをやろうとしていました。
「まさか、エリーシアを!?」
ジークのやろうとしている事はすぐに分かりました。エリーシアから魔王因子を取り出して自分に取り込もうとしているのです。
すぐに止めなければ、すぐに!
けれども私の体は、いまだにジークの黒髪で拘束されていて動けません。
このままでは、エリーシアが……とっさに十字架のカーマイルの方を見ると、気絶してしまっています。
私がせめて自力で魔法が使えたなら、私に魔力があったなら!
「ᚥᛆᚱᚥᛐᚮᛐᚮᛘᚮᛘᛁᚴᛁᛐᛆᚱᛁᚥᛆᚱᚥᛐᚮᛐᚮᛘᚮᚿᛁᚼᚮᚱᚮᛒᚢᛒᛂᛋᚼᛁ!!!」
次の瞬間、小さくて弱よわしい炎の塊が、這いずるジークの後頭部に直撃しました。
それは干からびたジークの体を激しく燃え上がらせ、瞬く間に全身を焼き尽くしてしまいました。
ジークは最期の言葉を発する事もなく、完全に消滅したのです。
「デビ!?」
まさかの伏兵が居ました。
魔族のデビが、私に加勢してくれたのです。
「デビ、デビ、……ありがとう、……ありがとう!」
「うわーん! アタシ……アタシ、同族殺しになっちゃったよぉ!」
私の中のフォレスとの共有した記憶では、かつて妖精の森でアランと対決したジークは、その時アランと合体していたフォレスの能力、『エナジードレイン』によって、魔力をすべて吸い取られて息絶えたのです。
その能力は、森の精気を吸収して命の糧とする妖精が得意とするもので、他の種族が使いこなすという話はフォレスの記憶の何処を探しても、見つかりません。
「少し、種明かしをしてやろう」
何もする事が出来ない私を前に、勝ち誇ったジークが語り始めました。
「俺はあの森でアランと戦う前には随分と弱っていたのだ。そこで回復する手段として森の精気を吸収していたのだが、その時には既に、魔力を吸い取るためのパイプをスキルとして構築していた」
鎧を剥がされた私の肩に、ジークの手が置かれました。
「戦いに負け、アランに魔力を吸い尽くされて死んだ俺は森に埋められたが、毎日森の精気を吸収していた体は、死んだ後でも自然とそれを行っていたのだ」
ジークの手に力が籠り、私の肩が軋みました。
「時間は掛かったが俺は復活を果たし、魔力値も以前よりも遥かに高いものになった。そして、俺は――」
トラベラーズハットの鍔に隠れていたジークの目が現れ、その黒い瞳が燃えるような赤に染まり、光り輝き出しました。
「妖精の専売特許だった『エナジードレイン』を身に付けていたのだよ。さぁ、かつてアランにやられた技でもって、お前を殺してやろう」
「……」
今、……たぶん、……ジークはそのスキルを使っているのでしょう。
けれども、私には肝心の魔力なんて、一欠片も持ってはいないのです。
持ってはいないのですが――これは!?
体の奥で何か、蠢いているものがあります。
でもそれは、私の魔力のはずがありません。
「流石に相手が勇者ともなると、直ぐには吸収出来ないものだな。だが、それもどこまで耐えられるか、見せてもらおうか」
ゾゾゾ……と体の奥で這いずるように蠢くもの。
何かが、……引きずり出されようとしています。
ジークが吸い取ろうとしているものは、もしかしたら――
私の予感は的中しました。
硬い殻が破裂した感覚と同時に湧き上がる、懐かしい温もりとその存在感。
(サオリ様! これはいったい!?)
『フォレス! 目覚めたのね!?』
ジークのエナジードレインは、私の奥底に眠るフォレスの魔力を吸い取ろうとして、フォレスが閉じこもっていた殻を破ってくれたのです。
(申し訳ありません、自らの殻に閉じ籠ったのはいいのですが、あまりにも硬い殻を構築してしまったらしく、自分でも抜け出せなくなっていました。……お恥ずかしいです)
『その話は後よ、今は大変な状況なの。生き返ったジークに襲われている真っ最中なのよ!』
(ジーク!? しかもこれは、……エナジードレインですか?)
『何とかしないと、フォレスの魔力が吸われてしまうわ』
ジークの表情に変化が生じました。……歓喜です。
「おお、やっと魔力が感じられたぞ。……いよいよお前の最期だ」
この危機的状況に、フォレスはあまり動じてはいませんでした。
(大丈夫ですサオリ様、『エナジードレイン』とは、本来妖精だけが体得出きる特別な技なのです。ジークのような魔族が似たような事をした所で所詮本家には敵うはずがありません。とりあえず、表に出ます!)
私は自分の体を、フォレスに委ねました。
懐かしいこの感覚。――やっと、やっとフォレスが、目覚めてくれたのです。
「ふん。目付きが変わったな、もう限界なのだろう。そろそろその無尽蔵にある魔力を差し出してもらおうか」
「馬鹿ね、差し出すのはそっちです」
「なんだと!?」
フォレスの力でもジークの髪の毛の拘束は破れないらしく、体の自由は奪われたままです。
けれども、ジークの方から私の体に触れているので、何も問題はありませんでした。
「エナジードレイン!」
「ま、まさか貴様!」
チョロチョロと細かくジークに流れていたフォレスの魔力の流出は止まり、今度は逆にジークの魔力が激流となって、私の体に流れ込んで来ました。
「ばかな! こんな事があるはずが――」
「惨めな男ですね。二度も同じ手で滅ぶなんて」
ジークからの魔力の流入は止まる事を知らず、いつまでも続きました。
『サオリ様……このジークの魔力、以前とは質も量も違うのですが』
フォレスはジークが何故復活したのか、その理由をまだ知りません。
(私の記憶を覗いて、フォレス。すべてが分かるわ)
『サオリ様、これは……この魔力は……アラン様!?』
(そうよ、フォレス。このジークは妖精の森で、アランの魔力を吸収して生き返ったの)
『そんな……』
フォレスの様子が、明らかにおかしくなりました。
(どうしたの? フォレス)
『サオリ様、……私が精霊時代にアラン様の魔力を吸収しきれずに、溶けてしまったのはご存じですね』
(それは、知ってるけど……)
『今のジークの魔力量は、私の許容量の限界まで行ってしまうかも知れません。……つまり』
(同じ事が起きると言うの!? ならもう止めて! もう妖精の森は無いのよ、あなたがまた妖精として生まれ変われる保証はどこにも無いのよ!)
合体しているせいで、フォレスの覚悟が直に伝わって来ます。
彼女はもう、止まる気はさらさら無いと、それが本望だと、心の中で思ってしまっていました。
「サオリ様……どうか、生き延びて下さい……そしてアラン様が蘇った時、私の事を――」
「魔力が……俺の魔力がぁ!」
断末魔の叫びを上げるジークは、私の肩に置いた手を離す事も出来ずに魔力を吸収され続け、徐々に痩せ細って行き、やがて干からびた頃にやっと私から離れて、ずるずると床に崩れ落ちて行きました。
「死んだ!? やったわフォレス! もう大丈夫よ……フォレス!?」
いつの間にかフォレスと入れ替わって、私自身の声を発していました。
「フォレス! フォレスってば!」
気付いていました。――私の中の何処にも、フォレスが居ない事を。
彼女の存在が、失われた事を。
「フォレス……」
自らの命を犠牲に、ジークという強敵の魔力をすべて吸い尽くしたフォレスは……消えてしまいました。
「せっかく、目覚めたというのに……そんな……」
最後の瞬間、フォレスの気持ちが私に流れ込んで来ました。
吸収するジークの魔力の中に、アランの魔力を感じていたフォレスは、とても幸せな感情に包まれていたのです。
それだけが彼女にとって、せめてもの救いだったのでしょうか。
「はっ、ジーク!?」
私が放心状態で居る間に、いつの間にかジークは移動していました。
「まだ生きていたの!?」
魔力を吸い尽くされたはずのジークは、這いつくばりながら、玉座に座るエリーシアの元へ辿り着こうとしていました。
「まだだ、……まだ終われん……」
この世界の生物は、魔力が無くなった瞬間、生きては行けないはずなのです。
それをこの男は執念で動いたのか、フォレスの許容量を超えた分だけ魔力が残っていたのか、最後の力を振り絞って何かをやろうとしていました。
「まさか、エリーシアを!?」
ジークのやろうとしている事はすぐに分かりました。エリーシアから魔王因子を取り出して自分に取り込もうとしているのです。
すぐに止めなければ、すぐに!
けれども私の体は、いまだにジークの黒髪で拘束されていて動けません。
このままでは、エリーシアが……とっさに十字架のカーマイルの方を見ると、気絶してしまっています。
私がせめて自力で魔法が使えたなら、私に魔力があったなら!
「ᚥᛆᚱᚥᛐᚮᛐᚮᛘᚮᛘᛁᚴᛁᛐᛆᚱᛁᚥᛆᚱᚥᛐᚮᛐᚮᛘᚮᚿᛁᚼᚮᚱᚮᛒᚢᛒᛂᛋᚼᛁ!!!」
次の瞬間、小さくて弱よわしい炎の塊が、這いずるジークの後頭部に直撃しました。
それは干からびたジークの体を激しく燃え上がらせ、瞬く間に全身を焼き尽くしてしまいました。
ジークは最期の言葉を発する事もなく、完全に消滅したのです。
「デビ!?」
まさかの伏兵が居ました。
魔族のデビが、私に加勢してくれたのです。
「デビ、デビ、……ありがとう、……ありがとう!」
「うわーん! アタシ……アタシ、同族殺しになっちゃったよぉ!」
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