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第一章〘芽生える自我〙
第4話【野良犬のキバ】
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まだ、こちらに気づいていないのか?
俺は、木剣を脇構えのまま、フェリシテを剣先の範囲内にとらえた。
そのまま、腰から肩に向けて切り上げを狙う。フェリシテの半身が、こちらを向く。
俺の木剣は、逆側から切り上げられた。木剣は、上に反り返り、体制が崩れてしまう。
俺が、体制を立て直すより前に。
フェリシテは、素早く中段の構えを見せる。どうやら、刺突を狙うようだ。
(速すぎるっ……くそっ!!)
俺は、重心を右にかけて、刺突をかわした。
転びそうになりながら、踏ん張って耐える。再び脇構えに戻した。
「え、貴方が、リシャール様? 私は……っ!?」
俺は、返事をするつもりも名前を聞くつもりもない。すぐさま木剣を横に薙ぎ払う。
木のぶつかりあう鈍い音が、修練場に何度か響いた。
俺は、鍔迫り合いに持ち込もうとするが、フェリシテに打ち払われる。
次は、体制をすぐに整えて、袈裟斬り。フェリシテは、見事と言わざるを得ない体捌きでかわす。
木剣を握る手に力を込めた。
(こんな、貴族のお飾りに負けるのか。そんなわけないだろ。俺は、すでに人間を殺しているんだぞ。殺意なら、こんな人形には負けん!!)
何度、打ち込んでもフェリシテに焦りの色は見えない。俺の太刀筋に木剣を合わせてくる。
斬り込めば、その分、受け流された。
(殺してやる。後悔させてやる。俺は、俺は、こんなところで、立ち止まるわけにはっ!!)
頭の中を駆け巡るのは、フェリシテを叩き潰す自分の姿だ。愉悦を噛みしめるのは、俺だ。
太陽は、真下に生きる者の意地を知らない。
それなら、俺が教えてやればいい。剣技で勝てないのなら、ギフトを使う。
使われるために、存在するものは、何でも使う。そうして、フェリシテに勝利する。
俺の木剣は、打ち払われた。手から離れ、役に立たなくなった木の塊は、宙を舞う。
フェリシテは、木剣を下ろした。息を整えている様子だ。
近くにあった箱から、新しそうなタオルを取り出すと、こちらに差し出した。
「どうぞ。いきなりで驚きました。でも、これで役に立つと理解してくれましたか? 私は、フェリシテ。貴方の騎士団の副官を務めることとなりました。よろしく、お願いします」
フェリシテは、微笑んだ。見下しているように感じた。血を知らない心と細い手に。
(ギフト、血の共鳴……)
俺の血が脈打つ。全身から力の根源が、頭頂部を激しく殴打する。
ギフトとは、生まれ持った固有のスキル。俺に与えられたのは、血の共鳴。
アルウィンから、団長就任の祝に解放してもらった才能だ。
アンベールにくれてやるつもりだった。今は、フェリシテを慣らし運転にするのも、一興である。
全身の血を、魔力に変換する力。魔力を付与した攻撃は、普通の防御手段では防げない。
俺は、ロングソードの柄に手を添える。そして、鞘を引き、拳に力を込めた。
「リシャール団長……。何を、あぁ!!」
居合斬り、この間合いなら防げない。終わりだ。俺は、勝利を確信。
フェリシテに、笑みを返してやった。ところが、ロングソードは、その身体を斬り裂けない。
「そこまでだよ。リシャール。訓練場での真剣は、僕の許可を得ないとね。そのギフトは、使うべきではないよ。ギフトの使用も僕の許可がいる」
アルウィンは、俺のロングソードを掴んだ。その鋭い目つきに、体は動かせなくなった。
フェリシテは、アルウィンの顔を見つめている。手に持ったタオルを落とした。
「ア、アルウィン様。申し訳ございませんでした。私が、油断したのです……」
「うん? ありがとう。フェリシテ。おかげで、リシャールの未熟さが、良く分かったよ。その命をかけた献身、僕は忘れないからね?」
フェリシテは、タオルを拾うと、自らの顔を隠すようにした。
俺には、フェリシテの澄ましきった顔が、紅潮しているように見えた。
「どうかな。リシャール。フェリシテは、副官として申し分ない強さだろう? 君を殺さなかった。僕の言い付けを守ったからだよ。だからね。お互いに、よく話をして黒曜騎士団の今後を決めるべきだ」
アルウィンは、手に持ったロングソードを持ち直して、俺の鞘に納めた。
その手からは、血が流れている。白い手には、鮮血が、痛々しいほどに光っていた。
フェリシテは、アルウィンにハンカチを手渡している。
(全ては、事前の話し合いの上かよ……。アルウィンのやつ。俺のギフトを込めた刃を受けても、あの程度の傷で。俺は、恐ろしく弱いな……クソっ)
俺は、堪えきれない怒りと、ギフトの副作用に地面に倒れ込んだ。そして、殴った。地面を。
骨をきしませるほどの痛みに、手を震わせる。怒りが収まらない。何かが喉の奥から這い上がってくる。
「保護者気取りか? アルウィン。いい気なものだな。楽しいか? 俺を愚弄してっ!?」
アルウィンは、涼やかな目で俺を見下ろした。これは、八つ当たりだと俺も分かっているのだ。
「貴方の殺意を心配しているのです。その感情に取り込まれたら……。あとに残るのは、後悔だけ」
フェリシテの瞳は、哀れみをはらんでいた。俺には、そう見えた。
哀れな野犬を見る飼い犬の目だ。雨風を凌ぐ家も、体を肥えさせるエサもない野犬を。
「知った口をきくな。俺は、それすらも噛み砕いてみせる……。運命に縛られたお前に言えたことか!?」
「まぁ、まぁ、その決意は敵に向けようね? リシャール。大英雄アンベールにさ?」
俺は、訓練場の砂を握りしめる。今は、この屈辱に耐えるしかない。
俺は、立ち上がって二人を睨みつけた。この血に流れる呪いのような怒り。
それは、俺を生かし続けてくれた。しかし、怒りだけでは、超えられない者たちがいる。
今日の敗北は、それを教えてくれた。しかし、感謝の言葉は出てこない。憤懣が感謝を押さえつけたのだ。
第一章第4話【野良犬のキバ】完。
俺は、木剣を脇構えのまま、フェリシテを剣先の範囲内にとらえた。
そのまま、腰から肩に向けて切り上げを狙う。フェリシテの半身が、こちらを向く。
俺の木剣は、逆側から切り上げられた。木剣は、上に反り返り、体制が崩れてしまう。
俺が、体制を立て直すより前に。
フェリシテは、素早く中段の構えを見せる。どうやら、刺突を狙うようだ。
(速すぎるっ……くそっ!!)
俺は、重心を右にかけて、刺突をかわした。
転びそうになりながら、踏ん張って耐える。再び脇構えに戻した。
「え、貴方が、リシャール様? 私は……っ!?」
俺は、返事をするつもりも名前を聞くつもりもない。すぐさま木剣を横に薙ぎ払う。
木のぶつかりあう鈍い音が、修練場に何度か響いた。
俺は、鍔迫り合いに持ち込もうとするが、フェリシテに打ち払われる。
次は、体制をすぐに整えて、袈裟斬り。フェリシテは、見事と言わざるを得ない体捌きでかわす。
木剣を握る手に力を込めた。
(こんな、貴族のお飾りに負けるのか。そんなわけないだろ。俺は、すでに人間を殺しているんだぞ。殺意なら、こんな人形には負けん!!)
何度、打ち込んでもフェリシテに焦りの色は見えない。俺の太刀筋に木剣を合わせてくる。
斬り込めば、その分、受け流された。
(殺してやる。後悔させてやる。俺は、俺は、こんなところで、立ち止まるわけにはっ!!)
頭の中を駆け巡るのは、フェリシテを叩き潰す自分の姿だ。愉悦を噛みしめるのは、俺だ。
太陽は、真下に生きる者の意地を知らない。
それなら、俺が教えてやればいい。剣技で勝てないのなら、ギフトを使う。
使われるために、存在するものは、何でも使う。そうして、フェリシテに勝利する。
俺の木剣は、打ち払われた。手から離れ、役に立たなくなった木の塊は、宙を舞う。
フェリシテは、木剣を下ろした。息を整えている様子だ。
近くにあった箱から、新しそうなタオルを取り出すと、こちらに差し出した。
「どうぞ。いきなりで驚きました。でも、これで役に立つと理解してくれましたか? 私は、フェリシテ。貴方の騎士団の副官を務めることとなりました。よろしく、お願いします」
フェリシテは、微笑んだ。見下しているように感じた。血を知らない心と細い手に。
(ギフト、血の共鳴……)
俺の血が脈打つ。全身から力の根源が、頭頂部を激しく殴打する。
ギフトとは、生まれ持った固有のスキル。俺に与えられたのは、血の共鳴。
アルウィンから、団長就任の祝に解放してもらった才能だ。
アンベールにくれてやるつもりだった。今は、フェリシテを慣らし運転にするのも、一興である。
全身の血を、魔力に変換する力。魔力を付与した攻撃は、普通の防御手段では防げない。
俺は、ロングソードの柄に手を添える。そして、鞘を引き、拳に力を込めた。
「リシャール団長……。何を、あぁ!!」
居合斬り、この間合いなら防げない。終わりだ。俺は、勝利を確信。
フェリシテに、笑みを返してやった。ところが、ロングソードは、その身体を斬り裂けない。
「そこまでだよ。リシャール。訓練場での真剣は、僕の許可を得ないとね。そのギフトは、使うべきではないよ。ギフトの使用も僕の許可がいる」
アルウィンは、俺のロングソードを掴んだ。その鋭い目つきに、体は動かせなくなった。
フェリシテは、アルウィンの顔を見つめている。手に持ったタオルを落とした。
「ア、アルウィン様。申し訳ございませんでした。私が、油断したのです……」
「うん? ありがとう。フェリシテ。おかげで、リシャールの未熟さが、良く分かったよ。その命をかけた献身、僕は忘れないからね?」
フェリシテは、タオルを拾うと、自らの顔を隠すようにした。
俺には、フェリシテの澄ましきった顔が、紅潮しているように見えた。
「どうかな。リシャール。フェリシテは、副官として申し分ない強さだろう? 君を殺さなかった。僕の言い付けを守ったからだよ。だからね。お互いに、よく話をして黒曜騎士団の今後を決めるべきだ」
アルウィンは、手に持ったロングソードを持ち直して、俺の鞘に納めた。
その手からは、血が流れている。白い手には、鮮血が、痛々しいほどに光っていた。
フェリシテは、アルウィンにハンカチを手渡している。
(全ては、事前の話し合いの上かよ……。アルウィンのやつ。俺のギフトを込めた刃を受けても、あの程度の傷で。俺は、恐ろしく弱いな……クソっ)
俺は、堪えきれない怒りと、ギフトの副作用に地面に倒れ込んだ。そして、殴った。地面を。
骨をきしませるほどの痛みに、手を震わせる。怒りが収まらない。何かが喉の奥から這い上がってくる。
「保護者気取りか? アルウィン。いい気なものだな。楽しいか? 俺を愚弄してっ!?」
アルウィンは、涼やかな目で俺を見下ろした。これは、八つ当たりだと俺も分かっているのだ。
「貴方の殺意を心配しているのです。その感情に取り込まれたら……。あとに残るのは、後悔だけ」
フェリシテの瞳は、哀れみをはらんでいた。俺には、そう見えた。
哀れな野犬を見る飼い犬の目だ。雨風を凌ぐ家も、体を肥えさせるエサもない野犬を。
「知った口をきくな。俺は、それすらも噛み砕いてみせる……。運命に縛られたお前に言えたことか!?」
「まぁ、まぁ、その決意は敵に向けようね? リシャール。大英雄アンベールにさ?」
俺は、訓練場の砂を握りしめる。今は、この屈辱に耐えるしかない。
俺は、立ち上がって二人を睨みつけた。この血に流れる呪いのような怒り。
それは、俺を生かし続けてくれた。しかし、怒りだけでは、超えられない者たちがいる。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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